僕が間違いに気づくまで
寂しいって訊かれれば、答えはわからん。
でも、閑散としている部屋に一人でいることは何か、たまに息が詰まるほど嫌な時がある。
自分で何かしなければ音が聞こえてこないこの部屋で、明日になるのを一人で待つ。
早く明日になればいい、そう思いながら目を閉じる。
そうだ俺は、「また明日」と言える仲間を手に入れるために、
「ただいま」と言えば「おかえり」と言ってくれる家族を失った。
この世界で生きていく方法 -Another Story- *5
『九州においで』
姉貴があまり家に帰っていないことを知って、親がよくそう言って電話をかけてくる。
先月なんて姉貴が家にいたのはたったの四日。
日曜日にフラッと戻って来てどうでもいい話を満足するだけ話してまた出て行った。
あの時俺の面倒を看ると親に啖呵を切っていたのはどこのどいつだ。
そう思いたくなるような俺の放置具合。
確かに親も心配にはなるだろうが、もう俺自身は慣れてしまった。
というよりは、普段は二人分しなければいけない家事も、今では一人で済んでいる。
楽と言えば、楽になったのかもしれない。
口うるさく言われる事もなくなったしな。
「ここで大丈夫。心配いらん。」
『そげなこと言うたかてアンタ一人じゃどうしようもないでしょう。』
「もう慣れたし今更じゃ。」
『そんなことないわよ。こっちの中学通いなさいって。』
「悪いがそのつもりはなか。もう転校して新しい環境に馴染むのはごめんじゃ。」
また知らない奴らの中に入って知らない奴のまま卒業していく。
そういうのはもう、ハッキリ言って嫌だ。
『そげなこと言うけど雅治。アンタあまりクラスに馴染んでないそうじゃない。』
電話越しの母親の言葉に、少しだけ押し黙った。
姉貴から訊いたんだろう。
確か先週、学校で三者面談があった。
普通なら担任と三人で話してそこでサヨウナラのはずが、俺は保護者が姉貴だっただけあって、
担任としてもいろいろ話す事があったんだろう。俺は先に帰らされた記憶がある。
『テニス部ばっかとつるんで、あまりクラスで楽しそうにしていないって聞いたわよ。』
「…それは担任の目が悪いだけじゃな。見えないところで楽しんどる。」
『嘘おっしゃい。アンタ、小さい頃から転校ばっかりしてたから、やっぱりクラスの子と上手く馴染めないの?』
「そんなんじゃなか。そこは心配せんでいい。じゃあ今から部活じゃけぇまた連絡する。」
そう言ってまだ何か言っていた母親の電話を一方的に切った。
心配してくれている母親には悪いとは思う。
でも、心配はしてくれんでも全然いい。
だって俺は、馴染めないんじゃない。
馴染みたくないだけ。
ここに来て、テニス部と言う名の居場所は作った。
楽しくて、今俺が一番手放したくない場所。
それだけでいい。
それだけあれば、俺は今を楽しむことができる。
だからもう、これ以上の居場所はいらないんよ。
いつかまた失ってしまう場所は、作りたくなんてない。
人と距離を縮めることに少し抵抗心がある。
それは、幼い頃から転校を繰り返し、居場所を作ってこなかった俺の後遺症と言っていい。
仕方がないと思う。でもだからと言って苦労はしていないし、今のままで十分満足している。
だからどうか、これ以上俺から居場所を奪うようなマネはしないでほしい。
この気持ちはきっと、誰にもわからない。
転勤族の家庭に生まれた子どもにしかわからない、複雑な心なのだから。
2009.07.23