僕が間違いに気づくまで

 

 

 

 

 

 

姉貴があまり家に帰ってこなくなりだしたのは、中学二年生の春くらいから。

初めは二人で家事なんかをいろいろと分担してやってきた。

だけど、最近はもう大体の家事はほとんど俺がやってこなしていた。

 

 

 

姉貴ももう社会人だ。

男の一人や二人は作って遊びたいだろう。

今日も泊まって帰ってこないという連絡が入って、俺は今日の晩飯の献立を考える事にした。

 

 

 

 

 

この世界で生きていく方法 -Another Story- *4

 

 

 

 

 

「…今日は疲れとるけん。コンビニ弁当でもでええかのう。」

 

 

 

そうと決まればスエットのまま財布を握って適当にサンダルを履いた。

今日はアイスが食べたい気分だ。 ついでに買うか。

そんなことを考えながら家からすぐのコンビニの自動ドアを潜った。

 

 

 

「あ、仁王君じゃないですか。」

「柳生? こんな時間に何しよん?」

「家の飲料水を少し切らしてまして。」

 

 

 

そう言ってもう購入済みのペットボトルが何本か入った重そうビニール袋を掲げる。

柳生比呂士。 テニス部で結構お気に入りの奴。

コイツは紳士と呼ばれとって、一言で言えば本当に優しい男だ。

俺にとっちゃたまにお節介だと言いたくなる時があるのも事実。

それでも厳しい事を言う時だってあるし、親でも何でもないのに俺もよくコイツに怒られたりもする。

 

 

 

「仁王君はアイスクリームでも買いに来たのでしょう?」

「おうその通りじゃ。 何でわかった?」

「最近アナタはアイスクリームをよく丸井君と揃って買い食いしていらっしゃるので。」

「アイツがいたら釣られて買うてしまうからな、いくらあっても金が足らん。」

「丸井君のせいになさってはいけんませんよ。 それはただ自分を抑制する力が仁王君にないだけですよ。」

「口うるさい説教はごめんじゃ。」

 

 

 

また口うるさい説教が始まるのを予期し、ヒラヒラ手を振ってコンビニの奥へと入っていく。

買い物を済ませたくせにまだ帰らないのか、柳生は俺の後をついて歩いた。

アイスが置いてあるところと正反対の方向へ向かったからか、柳生は「おや。」と声を漏らした。

俺が向かった先は、弁当が並んだ棚だ。

 

 

 

「晩御飯、まだなのですか?」

「姉貴が今日も帰ってこんのじゃと。 急に言われたんで作るのが面倒になってな。」

「そうでしたか。 しかしそんな物ばかり食べていてはあまり栄養がありませんよ。」

「いつも食うとるわけじゃないからええんよ。 普段はちゃんと俺も料理くらいする。」

「ほう、仁王君がですか…ちょっと意外ですね。それは是非食べてみたいものです。」

 

 

 

少し驚いた表情を浮かべて微笑む。

俺は適当な弁当を手にとって「じゃあいつか食わしてやる。」と言って飲み物のコーナーへと向かった。

 

 

 

「本当ですか? ありがとうございます。 是非お呼ばれします。」

「言っておくが大したもんは作れんぞ。」

「どういった物なら作れるのですか?」

「…肉じゃが…とか?」

「家庭料理の基本はマスターしているじゃないですか。 それだけで十分です、スゴイですよ。」

「…そう褒めなさんな。」

 

 

 

コイツは本当に嬉しそうに相手の事を褒める。

あまり褒められなれていない俺にとってはそんな言葉が少しくすぐったい。

困ったように俺も笑って適当に緑茶のペットボトルを手に取ってレジへと向かった。

それでもまだ、この男は俺の後をついてくる。

 

 

 

「帰らんでええんか? 飲み物温くなるぜよ。」

「少しくらいなら大丈夫ですよ。 それに仁王君こそ、アイスクリームはいいのですか?」

「あ、」

 

 

 

レジのお姉さんにお金を払い、財布を再びポケットにしまった手が止まる。

弁当とお茶が入った袋を手渡そうとしていたお姉さんも困ったように笑った。

 

 

 

「あー……面倒くさい、もうええ。」

「いいんですか?」

「ええよ。 丸井ほど執着心はなか。」

「丸井君なら叫んでアイスコーナーに駆けて行きそうですけどね。」

 

 

 

クスクス笑って俺と共にコンビニを出る。

俺達の背中に向かってレジのお姉さんの「ありがとうございました。」という声が聞こえた。

外はもう、コンビニと電灯の光だけが頼りなくらい真っ暗だった。

 

 

 

「明日も朝練か…面倒じゃ。」

「朝、起きれますか?」

「どうかのう。 起こしてくれる奴がおらんしな。 二度寝したらアウトじゃ。」

「じゃあモーニングコールでもしましょうか?」

「男からのモーニングコールは御免、と言いたいところじゃが…頼む。」

「了解しました。」

 

 

 

ふんわりと笑って柳生は「それでは。」と俺と反対の曲がり角を曲がる。

たまにこうやって試合の日の早い朝なんかは柳生が電話で起こしてくれることがあった。

姉貴と二人暮らしと言っても、最近ではもうほとんど一人暮らしに近い。

起こしてくれる奴なんか本当にいないから、マメに電話で起こしてくれる柳生の存在は結構ありがたかった。

俺は自分で言うのも何だか、朝に弱い。

寝起きの機嫌は最悪だし、二度寝したら絶対に起きない。

自分から電話を頼んだくせに、電話越しの柳生に切れたこともあったくらいだ。

それでも柳生は怒らなかったし、こうやってまたモーニングコールを引き受けてくれるから、コイツはいい奴代表なんだろうな。

 

 

 

「お、流れ星。」

 

 

 

ふと見上げた空に、一瞬だけ小さな流れ星を見つけて俺は帰路に着いた。

 

 

 

 

 

2009.07.23