僕が間違いに気づくまで
「雅治早く行こうぜ。」
この名前を呼ばれることが、嫌だった。
だって俺は相手の名前を知らないから。
「じゃーなーまた明日。」
明日という約束を交わされることが、嫌でたまらなかった。
だって俺は、この約束を守れない。
「雅治、お父さんね。 今度は神奈川県への転勤が決まったのよ。」
子どもながらにして、心に決めたことがある。
友達なんて、いらない、って。
この世界で生きていく方法 -Another Story- *1
小学生になってから、俺は、仁王家は各地を転々としていた。
父親がそういう仕事に就いているから仕方がないと言ったらそれまで。
やめてくれと頼めば忽ち俺ら家族は路頭に迷う事になる。
毎日温かい飯が食えるのは、俺らのために働いてくれている親父の存在があるから。
それを俺だってちゃんとわかっている。だから我が侭は言わない。
そんな家庭で育ってきている俺だから、同じ学校に一年以上いたことがない。
だからクラスメイトの顔や名前もまちまちでしか覚えていないし、向こうも俺の事なんて覚えているのかさえわかったもんじゃない。
これが、転勤族の運命でもある。
初めは一生懸命名前を覚えようとしたこともあったが、何しろ転校ばかりしていると、段々とそれも面倒になってくる。
だから途中からそういう努力をすることをやめた。
慣れ親しんで、共に遊んだりすることもなくなった。
またすぐに離れ離れになるとわかっていたから、無理にその場に未練を残す真似をしなかっただけ。
向こうにとっても、俺にとっても良い事だと思う。寂しいと、思わなくてすむのだから。
転校してきたと思えば、またすぐに何処かへ行ってしまう。
あまり話もせず、ほどほどにクラスに馴染んでおけば、いつかふとしたときに「ああ、仁王雅治なんて奴がいたな。」と思うくらいだ。
俺の事を思い出して、寂しいと思う奴なんていない。
俺もまた、思い出して「会いたいな。」と思える奴なんていなかった。
それが、仁王雅治という人間の生き様だった。
2009.07.23