music by G2-MIDI 「月見草の咲く丘で」
記憶にない世界が生まれた。
故に、繋がらない世界。
(高校生と合同合宿、ねぇ。)
やはり知らない。
記憶になんて、ない。
そんな世界が俺達の時間を歪め、二つの世界を邪魔している。
「ま、あとはあっちに任せるしかないのう。」
煮え切らない思いを抱こうとも、自分ができる事と言ったら限られている。
出来ないものに首を突っ込んだってしょうがない。
今しがた帰ったばかりの柳に全ての希望を託し、自分は残された時間を有効に使うしか、道は残されていない。
「さて、どうなるんかのう。 お手並み拝見といこうか、渡瀬龍。」
公園の入り口に堂々と立っている時計を見上げる。
普通ならまだ子ども達が遊んでいる時間だが、耳を澄ましても子どもの声は疎らに聞こえてくるだけだった。
そんな公園の一角に、ブランコに乗りたそうな子どもそっちのけで、ジャッカルと高さ競走しているの姿を目にする。
ブン太はそんな二人を小学生くらいの女の子三人とお菓子を頬張りながら眺めていた。
ほんに大人気ない。 なんて、今更な話だが。
「変わらないモノっちゅうんは、確かにあると思うんじゃけどのう。」
この世に変わらないモノなどない。
そういう教えがある。
確かにどんなに目に見えていなくたって全てのモノは時が経つにつれ、少しずつ姿形は変わっている。
だけど、俺思うんじゃ。
考え方一つで物事は変わるって言う。 それと一緒。
確かに時の流れでモノは変わる。
変わっていく。
それは人の気持ちも一緒で。
気持ちだって、変わってく。
を信じてる。
が俺達を忘れるわけがない。
あの日の別れ際、そう思ったって、この数年間で何度がもし俺達を忘れていたらって考えた事か。
だけどな、流れる時の中で変わった気持ちがあったって、
再びその人を前にした時にまた、元に戻せばいいだけのこと。
またあの日抱いた気持ちを、思い出せばいいだけのこと。
変わったっていい。
変わったって、別にいいんよ。
忘れなきゃ、忘れさえしなきゃ、それでいい。
忘れてさえいなければ、また思い出せるから。
あの日の気持ちをまた抱けばいいだけのこと。
だったら結局、あの日と何ら、変わってなどいないのだから。
「あの日の気持ちはずっと、忘れんよ。」
。
あの日お前に言ったことは嘘偽りひとつない。
忘れない。 ずっと、胸に残ってる。
『好いとおよ、』
どれだけ時が経とうとも、俺は絶対に忘れないから。
必ずまた、会う日まで。
この世界で生きていく方法 FINAL STORY
苦しい。
視界が、霞む。
どれだけ俺達が望もうとも、全ては時の流れが変えていく。
それを受け入れる事も、時には大切なんじゃないかって、俺は思うんだ。
「ジャッカル、暇だからブランコ乗ろう!」
「嫌だ。」
「じゃあ丸井く「ジャッカル乗れよ。」
「何でだよ!!」
仁王と柳と別れ、俺達は言われた通り公園の中へと入って行った。
まだちらほら子どもが遊んでいる中に入っていくのは気が引けたが、
俺達がここにいなければ仁王達と再び合流できなくなってしまうから仕方ない。
半分諦めモードで入って行ったはいいが、そっこうが俺の腕を掴んでブランコに乗ろうと言ってくる。
正直、今すぐでも走ってどこかに逃げたい。
断ると、の腕を引っ張る力が強くなる。
力いっぱい踏ん張ってみるが、ブン太からのゴーサインが出た瞬間、
無駄に力が強くなって俺はあっさり引きずられるようにしてブランコへと向かわされた。
「何でお前はすぐそうやって俺を巻き込むんだ…!」
「ジャッカルからかって遊ぶのが私の特権じゃん!」
「そんな特権やった覚えはこれっぽっちもない!」
「あれー可笑しいなー。 そんなことないと思うんだけどな〜。」
の惚けた声色に、俺のコメカミがヒクつく。
途端にあの悪夢の一ヶ月間を思い出して、今更になってのことをはっきりと思い出した。
ああ、そうだ。 こいつはこんな奴だった…。
「どっちが高く漕げるか競走ね!」
「おい、今小学生が…」
「代わって!」
「おい!」
ブランコは全部で四つ。
そのうち三つのブランコに小学生くらいの女の子が三人座っていた。
座っていたのに、の奴はいい年こいて小学生相手に満面の笑みで「代わって!」と言いやがった。
恥ずかしげもなく!
「え、あ、…うんいいよー!」
「いいのかよ!」
「おーいい子だな、お前ら。 よし、じゃあ兄ちゃんと一緒にお菓子食べながらコイツらが漕いでるの見てようぜ!」
「ブン太お前その子達のお菓子が目当てだろ! 見っとも無いからやめろよ!」
「うっせーなさっさと漕げよハゲ。」
「はい、赤い髪のお兄ちゃんにはこれあげるー。」
「マジいいの? サーンキュッ!」
「だから貰うな! ってイテェ!!!」
「ちょっとさっさと乗ってよ私ずっと待ってんのに!」
「あーもう何なんだよお前らは!!」
信じらんねぇ! マジでこいつら高校生かよ!
思わず頭を抱えたくなるほど、目の前の光景に俺は眩暈がした。
「よーいどんっ!」
「おいまだ俺ブランコに乗ってなっ……!」
「罰ゲームは滑り台の下から駆け上って階段をジャンプして着地するムービーを私に撮らせることね。」
「俺負ける前提の罰ゲームじゃねぇか! っていうかこれをどうやって勝敗つけるって言うんだよ!」
「そんなの決まってるじゃん高く上がったほうが…」
「わかるわけねぇだろ!?」
キーキーキーキーギコギコギコギコギコギコギコギコ
錆びた金属の擦れる音がする。
大声で叫びながら二人、互い違いにブランコを漕ぐ。
こんなに真剣にブランコ漕いだのなんて、いったい何年ぶりだろうか…。
「ねージャッカル!」
「あー!?」
「気持ちいいねー!」
そう言われて、横を向く。
バカみたいな顔をしながらがブランコを漕いでいた。
バカみたいな顔って言っても、あの頃と同じように楽しそうで、屈託のない笑顔。
一緒にいたら釣られて笑ってしまう、不思議な笑顔だった。
あの頃より少し大人びた顔であっても、やはりその効果は変わってはいない。
俺の口元が、少しだけ綻んだのが、自分でもわかった。
「……ああ、そうだな。」
俺の返事が聞こえなかったのか、は「無視はよくない!」って言いながら俺のブランコを片足で蹴ってくる。
おいコラちょッやめろ!
変な向きにブランコが揺れてるだろ!
「お前小学生見てるんだからやめろバカ!」
「うっせーぞハゲ。」
「何でそこでブン太が答えるんだよ!」
「はい、せーの、」 「「「うっせーぞーハゲー。」」」
「子どもに何教えてんだよテメェは!!」
ブン太の手拍子に合わせて小学生が口を揃えて俺を罵る。
俺が怒鳴ると、四人は嬉しそうに笑って指をさしてきた。
ああ、頭が痛ぇ…。
「ねーねージャッカルー!」
「………、」
「ねージャッカルってばー!!」
「うっせーなだから蹴るなよ!!」
「一回で返事しないからだよ自業じ・と・く!」
またしても俺のブランコが変な方向に揺れ、バランスを崩して思わず落ちそうになった。
少しスピードが落ちてしまったブランコをもう一度勢いよく漕いで口笛を吹きながら余裕かましてるへと近付ける。
は、必死にブランコを漕いでいる俺の方を向くことなく、真っ直ぐ見据えてこう言った。
…何だかすごく、動悸がする。
「何年経ってもさー」
「あー?」
「ジャッカルとはずっとこうやって遊んでたいなー。」
何年経っても。
何年、何十年?
答えなんてない。
そもそも俺達に、この先の未来はあるのだろうか。
それすらも、わからない。
一分、一秒。
時は、絶えず流れてく。
流れて、全てのモノを変えていく。
あの日、が帰ってから随分な時が流れた。
会えなかった時間。
空白の時間が、信じたモノを不安にさせていく。
何度、あの日々が夢だったんじゃないかって、思ったことだろう。
「……だよ。」
「え、何ってー!?」
ずっと変わらず、こんな仲でいたい。
ずっとずっと、バカやって笑顔でいたい。
みんなが好きなお前と、一緒にいたい。
願ってた。
ずっと願ってた。
時の流れに逆らって、変わることを恐れてた。
今の今まで、ずっと、ずっと。
だけどな、違うんだ。
願うだけじゃ、俺達は消えてなくなっちまう。
「ああそうだなって言ったんだよ!」
「ホントにー!?」
「嘘付いてどうすんだ!」
「アハハそれもそうだよねー!」
人は変わる。
俺も、も、ブン太も、仁王も、柳も、先に帰ったみんなも。
みんな、変わってる。
変わるモノだから、“ずっと”なんて約束、俺にはできない。
― ずっとなんて、ありえねぇんだよ。
さっき、誤魔化した言葉。
言えるわけがない。
笑顔を、奪いたくはないから。
辛気臭い顔なんて、最後に、したくないから。
「。」
俺はブランコを漕ぐ足を止め、少しずつスピードを落としていくブランコに揺られながらの名を呼んだ。
俺の普通じゃない空気を感じ取ったブン太がワザとらしく大きな声で小学生の女の子達に向かって「この菓子うめぇな!」
と言いながら視線を自分へと向けてくれたのがわかった。 気、遣えるようなったんだな、ブン太。
すると、これ以上漕いだって高くならないんじゃないかってくらい思いっきりブランコを漕いでいるが俺の方を向く。
少しだけ、ブランコの勢いが弱った気がした。
「ありがとな。」
何も言わない。
何も、言えない。
これ以上の言葉はもう、喉を通らない。
― 何年経ってもさージャッカルとはずっとこうやって遊んでたいなー。
言って貰えて正直に嬉しかった。
お前の中にずっと、俺が存在する事ができるんだって、思えたから。
だけど、時が流れると何もかもが変わっていく。
ずっとこのままでいるわけにはいかない。
わかってる。 わかっていた。
俺達は時の流れには逆らえない。
俺はこの現実を受け止める。
だけど終わりにだけはしたくないから、だから「ありがとう」以外の言葉は出てこない。
「さよなら」なんて別れの言葉は口に出来ない。 したくない。
「ジャッカル。」
「ん、」
「ありがと。」
へへっと笑ってがブランコから飛び降りる。
それには周りで見ていた小学生も驚きで、それでも当の本人は平然と「よっ」と言いながら両手を高く上げていた。
おいおいおいおい! その高さから飛び降りたら危ねぇだろ!
ガキが見てるんだから危ない真似するんじゃねぇよ!
思わず注意しようと、勢いがなくなってきていたブランコを足で止めて俺も降りる。
ああ、また眩暈がする。 息が、できない。
「おいお前な、何度も言うけど」
「行きなよ、ジャッカル。」
「え、」
背を向けたまま、が言い放つ言葉。
理解するのに少しだけ時間がかかったけど、何を言おうとしたのか何となくわかってしまった。
ちょっとだけ飛び上がる心臓が、痛い。
苦しくて、息がつまっちまうんじゃないかってくらい、悲鳴を上げてる。
ちらりと、隣のブン太を盗み見る。
ブン太の目は、俯いたままだった。
「こんな顔、見せたくないから早く行って。」
視線を戻すと、の肩が小刻みに震えているのがわかった。
掠れた声が、さらに俺の胸を締め付ける。
「行ってって言ってるんだから早く行ってよジャッカルのくせに!!」
叫んだ声が、夕暮れ間近の公園に響く。
驚いて、思わずへと踏み出しかけていた足を止めた。
一歩、後ろへと下がる。
一歩、一歩、また一歩。
ざ、ざ、と砂が擦れる音だけがその空間に響いて、俺は何も言えない。
喉が焼けるように熱くて、痛くて、苦しくて。
俯いて肩を震わせているにかけてやる言葉なんて、何一つ見つからなくて。
「じゃーねジャッカル、また…会う、日……まで。」
のその言葉を合図に、俺はに背を向け走り出した。
息がくるしいのに、自然と身体はひと気のない場所へと向かって走っている。
早く、早く、早く。
視界は涙で歪んで前が見えなくて。
呼吸はもうしてるのかしてないのかさえわからなくて。
噛み締めた歯が、ギリリと嫌な音を立てた。
「の、くせに…」
― 泣き顔隠してんじゃねぇよ、バカ。
俺達はずっと、次に会った時にが変わってしまっていることを恐れていた。
が変わってしまって、俺達のことを忘れていたらって、考えただけで怖かったんだ。
そんな不安を取り除きたくて、俺達はここまで来た。
案の定、は変わっていた。
でも、は俺達を必要としてくれていた。
その事実だけで、十分だから。
「こ、んな…悲しい別れになる、なんて、……やっぱ手紙勝ち取った…せい、か?」
フッと笑って涙を拭う。
あんな反省の色の欠片もない懺悔ばっかの手紙。
思い出して、何だかすごく懐かしい感情に襲われた。
呼吸の苦しさが限界に達して、公園を出てすぐの自動販売機にもたれかかって目を閉じる。
『フーアーユー?』
『俺は日本語話せるぞ?』
激しい息切れと、もう何も聞こえない世界。
浮揚感が、身体中を襲う。
なあ。
また会う日までってお前が言ったんだ。
また、会うんだろ?
俺達、会うことができるんだろ?
信じて、いいんだろ?
「だったら、俺は待ってるぜ。」
その時がくるのを、待ってる。
どんなに時が流れて、どんなに変化をし続けても。
その時を待ち続けるから。
だから、次に会った時は泣き顔なんかじゃなく笑顔を見せてくれよ。
あの、屈託のない無邪気な笑顔を。
お前の笑顔が一番、俺は大好きだから。
そして、また
俺の事、思う存分からかってくれればいいから。
それが、お前の特権なんだろ、。