music by G2-MIDI 「月見草の咲く丘で」
驚きだったことはたくさんある。
でも、それでよかったんじゃないかと、今では思う。
「仁王君何処に行くのー? っていうか行き道わかるの?」
見慣れない街並みを五人で歩く。
、仁王、ジャッカル、ブン太、俺。
先に帰った精市、弦一郎、柳生、赤也は今、一体何をしているのか。
存在している世界が違う今の俺達にはわかるはずはないが、そんなことばかりを考えてしまう。
「のう、。」
「わっ何?」
急に立ち止まった仁王にぶつかりそうになったが慌てて足を止める。
彼女は突然のことに驚いた表情を浮かべて、仁王を見上げた。
「ちょっと参謀に用があるけん。 ちょいそこの公園で待っとってくれんか?」
「え、二人で行くの?」
「そうじゃ。」
「……どこ、行くの?」
少し疑いの目を仁王へと向ける。
も、きっと心配なんだろう。 寂しいと、言わずとも表情にはっきりと出ていた。
しかし、仁王はそんな彼女の反応に笑顔を浮かべ、彼女の頭をあやす様に撫でた。
「大丈夫、ちゃんと帰ってくるぜよ。」
「……ほんとに?」
「ああ、約束は守る男じゃけん。」
の視線が、俯く。
だがすぐに意を決したのか、は顔上げ、力強い瞳で仁王を見つめた。
「わかった、約束だよ。」
ああ、神様。
この世にアナタが存在するのなら、どうか。
どうか彼女と過ごした時間だけでも、忘れずに残しておいてはくれないだろうか。
たとえ、俺達の世界が、俺達の存在を消してしまったとしても。
彼女との想い出だけは、どうか …――――――
この世界で生きていく方法 FINAL STORY
「さて参謀、どこまで知っとるんじゃ?」
公園へと向かって行く達の背中を見つめながら、仁王が口を開いた。
向かうところがあるのか、仁王は達が向かった方向と反対方向へ歩き始める。
どこへ行くのかわからなかったが、俺は黙ってその隣をついて歩くことにした。
どこまで、とはやはり渡瀬龍に頼まれて調べていた、異変の原因の事だろうか。
「俺がこの世界に来て知ったことは、ほんのごく僅かな事だ。 まだ何とも言えん。」
「じゃあそのごく僅かな事って、何じゃ?」
「仁王、お前も調べていたんだろう?」
「……つまりは答え合わせ、ってところかのう。」
「なるほどな。」
仁王が調べてきた事と、俺が調べてきた事。
それを照らし合わせてお互いに出した答えというものを確認したかったのだろう。
だが、俺が調べて出した答えが本当だったなら。
仁王が調べて出した答えと重なってしまったのなら。
そう考えると、これは俺だけの心の中にしまっておきたい、そういう思いが沸いてこないわけでもない。
「俺、参謀と赤也に出会う前、こっちの世界の病院跡に行ってきたんよ。」
「ほう、どうだったんだ?」
「何もなかった。 跡形もなく、さら地じゃった。」
予想していた返答に、「そうか」とだけ呟いて頷く。
俺達の世界との世界が繋がっていたという病院。
俺達の世界の病院も潰れてなくなっていたのだから、こちらの病院も潰れていて可笑しくはないだろう。
ただ聞かされた現実に少し、物悲しさを感じざるをえない。
ああ、やはり連絡手段は途絶えてしまっているのだと、辛い現実を受け入れなくてはならないのだ。
「ただな。」
「…何かあるのか?」
「私有地になっとったんよ。 誰かが病院跡を買い取っとったみたいじゃ。」
「……調べたのか?」
「ああ、丁寧にも電話番号が書いてあったんでな。 電話して、ネカフェでいろいろ調べさせてもらったぜよ。」
そう言いながら少し大きめのブックストアの入り口の前に立つ。
自動ドアが左右に開き、その中へと仁王が入って行ったので俺も遅れをとらずに後に続いた。
ネカフェで調べた、ということは…この世界と俺達の世界の通貨は共通しているということか。
何を仕出かすかわからない仁王のことだから少し不安だが…まあ大丈夫だろう。
だったら、俺もあの本屋で一冊本を買って行っても良かったものだなと、少しだけ後悔が俺を襲った。
「で、何がわかったんだ?」
一冊の本の前で仁王がぴたりと歩みを止める。
きゅっとスニーカーと床が擦れる音が、静かな店内に響いた。
「あの土地の所有者は、潰れた病院の院長だった。」
一番上の冊子を手に取る。
それをじっと見つめて、仁王はゆっくりと顔を上げた。
ああ、そうか。
やはり仁王が出した結論も、同じだったか。
仁王の言葉の一つ一つに俺の胸が跳ね上がる。
聞きたくない。 しかし、聞かなければ、前へは進めない。
俺の直感がそう感じ取ったから、俺は耳を塞ごうとはせずに仁王の言葉を受け入れることにした。
「まあ詳しく言えば、院長だった男が行っていたもう一つの事業、そこが買い取っとった。」
「…なるほどな。」
「参謀は、これ、読んだんか?」
先ほど手に取った冊子と同じ物が何冊か重ねて置かれている一番上の表紙を指先でとんとんと叩く。
俺は何も言わずに、ただ頷いた。
この世界に降り立って一番最初に目に付いたのは、こことは別のブックストアだった。
以前、俺達の世界はこの世界で漫画の扱いをされていると聞かされていたのを思い出し、
興味を引かれて自然と足は店の中へ入っていた。
そこで偶然見つけたモノ。 俺は、黙ってそれを手にとってじっと見つめた。
「だったら話は早い。 今までの情報で導き出した結論、答え合わせといこうかのう。」
仁王が指す、冊子へと視線を落としていた顔を上げる。
てっきり、またいつもの嫌な笑みを浮かべているのかと思っていた。
あの口端を上げたニヒルな笑みを、浮かべているものだと。
(……愚かだな、俺は。)
俺だけではない、はずだ。
仁王だって、同じ気持ちなはずなんだ。
仁王だって、平気であるはずが、ないのにな。
受け入れる事が怖い。 はっきり言って嫌だ。
しかし、そうしなければ先へは進めない。
受け入れなければ、何も始まらない。 終わるだけだ。
わかっているから、俺達は恐れながらも受け入れようと、しているんだ。
「今もまだ研究は続けられている。 しかし、これを見たところ、俺達の世界と繋がることは決してない。
………そういうことだろう? どうだ、仁王。 正解だろう。」
傷ついたような、寂しそうな目をした仁王が、俺の問いかけに小さく頷く。
待ち望んでいた答えであったはずなのに、
その答えが返ってきたことによって現実を受け入れざるをえない、そんな立場に立たされた仁王。
そして、それは俺自身も、同じだった。
「ああ、正解じゃ。」
そう言って仁王は俺に背を向け、手に持っていた冊子をレジへと持っていく。
その背中をじっと見つめながら、俺は小さく呟いた。
「………だが、それは一時的なものだぞ、仁王。」
俺の考えが正しければ、の話だが。
そっと心の中で付け加えて、薄く開く目。
もう一度冊子へと視線を落とし、それを手に取る。
俺の記憶にない世界。
この世界が生まれたことによって、俺達の時間とこの世界の時間に歪みができた。
たぶん、渡瀬龍が行っていた研究の本当の失敗は、ここにあったのだろう。
(まあ、全ては憶測にしか、過ぎないけどな。)
だけどどうか、この憶測が本当であって欲しいと、願う。
絶望的な現実を受け入れるから、どうか。
少しだけの希望を抱いてもいいのではないか。
そう考える自分は、未だこの異世界の奇跡に甘えているだけなのだろうか。
ジャンプスクエアと書かれた冊子を元にあった場所へと戻し、
レジを済ませたばかりの仁王より先にブックストアを出る。
温かな日差しが、ものすごく心地よくて目を細める。
「仁王。」
「……なんじゃ。」
「奇跡というものは、自分の手で起こすものなのかもしれないな。」
レジ袋を手首に提げた仁王が俺の後に続いて店内から出てくる。
そんな仁王を気配で感じ取って、奴に背を向けたまま、俺はそう言った。
途端に、感じる全身の浮遊感。
霞む視界に、激しい耳鳴り。
(なるほど、こういうことか。)
少しでも気を許してしまえば、身体は本来在るべき世界へ戻ろうとする。
精市も、弦一郎も、柳生も、赤也も。
無意識か意識的かはわからんが、先に帰った奴らは皆、
の言葉や行動に安心したか何かで気を、許してしまったのだろう。
そして今、俺も、
「仁王、先に帰って伝えておく。」
「……渡瀬龍に、か?」
「ああ、繋げる世界を間違ってもらっては、困るからな。」
「…………、」
フッと笑って仁王の手首にぶら下がるソレを指差す。
それだけで十分に意味を汲み取った仁王が困ったように笑って、言う。
「…俺にはまだやり残したことがあるけん。 それが終わるまでは帰れん。
それに、との約束もあるしな。 じゃけん、頼んだぜよ。 参謀。」
その言葉に小さく「ああ」と頷いてふらふらする覚束ない足を動かしてひと気のない路地裏へと入り込む。
消える瞬間を、誰かに見られるわけにはいかない。
これ以上問題を起こしては、それこそこの世界へ再び来ることができなくなってしまうからな。
俺はそっと目を伏せ、路地裏へは入ってこない仁王の名を、もう一度呼んだ。
すぐにそこにいるんだろう。 姿は見えなくとも、「何じゃ?」と案外近くから声が聞こえた。
「に、また会おうとだけ、伝えておいてくれ。」
仁王が了解の言葉を述べたと同時に、意識がフッと消えてなくなる。
自分が自分でないような、可笑しな感覚に襲われながら、俺はもう一度強く願った。
ああ、神様。
たとえどれだけ時が経とうとも、
たとえどれだけの人が俺達の世界を忘れてしまっても、
彼女と過ごした僅かな時間だけは、消し去らないでくれ。
それが、俺達が存在できる、たった一つの希望だから。