music by G2-MIDI 「世界でたった一つの」
『やーなーぎ君っ。』
振り返る。
少しやつれたか、覇気のない笑顔を貼り付けた渡瀬龍がいた。
『向こうの世界に行ったら、調べてほしいことがあるんだ。』
『ほう、何だそれは。 俺に出来る事なら、手伝おう。』
『……ありがと、助かるよ。』
異世界に行くと言う非現実的な行動に、興味はもちろんあった。
俺達全員がの世界に行くと決まった日、俺はそこにいた誰よりも好奇心を抱いていたことだろう。
向こうの世界に行く理由はもちろんに会うためだ。
残されている時間も、あまりない事は承知済みだった。
しかし、俺には他にもしたいことが山ほどあったのは事実。
俺達の世界がの世界では漫画として存在しているのだと聞いていたから、調べてみたくて仕方がなかった。
そこに舞い降りた、渡瀬龍から俺への頼み事。
『研究が失敗した原因、時間が許す限りでいいから調べてくれない? たぶん、他にもある気がするんだ。』
『他にも…とは?』
俺の問いかけに、渡瀬龍の表情が曇る。
他にもと言うくらいだから、何か一つは原因を掴んでいるのだろう事はわかっていたがあえて訊く事にする。
『俺達の世界が向こうじゃ漫画だってこと、知ってるよな? 俺が知っている失敗の原因の一つは
向こうの世界で俺達の漫画が完結してしまった事にあるんだ。』
『……完結、…終わってしまったということか。』
『ああ。 完結した頃はまだ良かった。 歩みを止めてしまった俺達の世界は、時間が経つにつれて……
向こうの世界の人達から俺達の記憶が薄れてきているのが原因なんじゃないかって。』
『向こうの世界の人間が?』
『ああ。 向こうの人間の想いの大きさでできてんだ、この世界は。 だから忘れ去られると、消えちまう。
あっちの世界の人達の記憶から消え去ると、存在する必要が、なくなるんだ。 何しろ、漫画の世界だからな。』
『なるほど、そういうことか。』
『でもそれだけじゃやっぱり可笑しいんだ。 何か、何か決定的な原因があったはずなんだ。』
『…つまりそれを俺に調べてきてほしいと、そういうことだな?』
渡瀬龍はこくんと頷いて俺にもう一度頭を深々と下げる。
『お願いだ。 どうか、原因を調べてください。』
断る理由など、俺にはどこにも見当たらない。
ただ黙って頷き、小さく震える彼の肩を叩いてやる事しか、俺には出来なかった。
この世界で生きていく方法 FINAL STORY
(あ、やべぇわ。)
どくんっ
波打つ心臓。
感覚のしない指先。
座っているだけなのに額に滲む汗が、焦燥感を掻き立てる。
頭に浮かぶのは、
(俺、消えちまう…―――)
慌てて向けた視線の先、映るのはジャッカル先輩に向かって
「よっ総理大臣!」と意味不明な言葉を言いながら背中をバチンと叩く先輩の姿。
まだ、まだダメだ。
まだ消えちゃダメだ。
だって、俺、まだ何にもしてない。
(何も、伝えちゃいねぇのに…!!)
気が付けば、真っ青な顔をしたまま俺は、無意識のうちに立ち上がっていた。
少し大人びた彼女の姿。
以前は彼女より少しだけ目線が高かった。
なのに、今真っ直ぐ彼女を見据えると、彼女の後ろの景色が見えてしまう。
時間が、そうさせた。 時間が、俺達を成長させ見る景色を変えてしまった。
『切原、』
跡部サンも、よく見てみれば以前より確実に大人びていた。
中学時代よりがっちりした体系。
だけどスレンダーに伸びた身長。
少しだけ、ヘアスタイルも変わった。
『後悔、残してくるなよ。』
どこで仕入れた情報なんだろう。
何故、俺達が先輩の世界に行くって知っていたんだろう。
浮かんできた疑問をそのまま口にすると、跡部サンは相変わらずの大胆不敵な笑みでこう言った。
『当たり前だ、バーカ。 俺様に知らないことなんてねぇんだよ。』
『はいはい、で、誰から聞いたんスか?』
『…切原お前………、まあいい。 お前のところの部長にだ。』
『幸村部長がッスか?』
『ああ、意外だろ?』
確かに意外だった。
部長がわざわざ氷帝の跡部サンにまでこのことを知らせるなんて。
『ま、アイツに無事会えたらヨロシクくらい伝えておけ。』
『……ッス。』
『じゃーな。』
そう言って片手を上げて背を向ける跡部サンをぼんやりと眺めていると、ふと気づく。
ああ、この人も先輩のこと、気に入ってたんだよなって。
行きたくても、会いに行けない。
俺達が全員行くことだって、無理に近いっていうのに、跡部サンを連れて行くことなんてできない。
それをわかっているから、この人は言わない。 行きたいって、言わない。
俺達に、自分の思いを預けることしか、できないんだ。
そう思ったら最後、うずうずし出した胸の内を抑える事ができなくて、
気が付いたら俺は跡部サンの事を呼び止めてしまっていた。
『やっぱ、嫌だ。 いつか、アンタが自分の口で伝えてください。』
足を止めて振り返った跡部サンに向かってそう言う。
言ったら俺はもうそれだけで満足で、少しだけ目を見開いた跡部サンを残して校門の角を曲がって家へと向かった。
また、会えるんだって。
これが最後じゃないんだって、そう伝えたくて。
俺は跡部サンの小さなお願い事を拒絶した。
『ちょっと、悪いことしちまったなー。』
最後に見た跡部サンの表情を思い浮かべながら転がっていた空き缶を蹴り上げる。
一度電信柱にぶつかると、カンカンカンと音を立てながらどっかに転がっていってしまった。
ヨロシク、この一言を先輩に伝えることは簡単だ。
伝える事は簡単だけど、伝えてしまったら跡部サンは先輩に会えないって事を受け入れて、諦めてしまうかもしれない。
それは、俺としてもあまり好ましくない結果だった。 だから断った。
だけど、跡部サンの想い自体はしかと受け止めたつもりだ。
先輩には伝えてやんねーけど、いつか、跡部サンが自分の口から先輩に伝える事ができるように。
『俺達がどうにかしねぇと。』
ぎゅっと握り締めた拳を空へと向ける。
傾きかけた太陽が、俺の事を笑った気がした。
大丈夫。
心配なんて要らない。
世界は、一つに繋がる。
繋がらなきゃ、嫌だもん。
「まさか柳生までもがいなくなっちまうなんてな。」
「……そうだね。 あ、このプリンは私のだから取らないでね。」
「ケチ。 んじゃこのイチゴジャムロールちょうだい。」
「やらん、触るな。」
「仁王テメッ取り込むんじゃねぇよ!」
「ブン太サンめちゃくちゃ意地汚いッスよ…。」
仁王のロールパンに手を伸ばして叩かれたブン太の手が引っ込む。
後輩に意地汚いと言われ、それでも「うっせー赤也そのゼリー寄越せ。」と言い続けるブン太はきっと、動揺してるんだと思う。
柳生が帰ってしまった事で、さっきまで抑えていた不安が、さらにブン太を襲っているんだろう。
私は自分用のプリンを半分だけ食し、残りの半分をブン太へと渡した。
ブン太の目が少し見開かれた。
「んだよ、これ…」
「あげる。 もうお腹いっぱいだもん。」
「……じゃあ貰う。」
一瞬納得いかないって表情を浮かべたけれど、欲しいという欲求が勝ったのか、渋々残りのプリンを食べるブン太。
実のところ腹八分目なんだけど、いざお腹が空けばコンビニの袋の中には、まだ柳生の分が入っている。
本来なら、柳生が食べるはずだった、サラダとおにぎりが二個。 誰も手をつけることなく、残っていた。
サラダを放置しておくのは気が引けたので、それを持って冷蔵庫へと向かう。
ついでに使用済みのコップを持って行き、昨日そのままだった食器を洗ってくれていたジャッカルに渡した。
「悪いねぇジャッカル。」
「かまわねぇよ。 一日世話になったんだ、これくらいはしておかねぇとな。 小母さんに悪いだろ。」
「ホント良い奴だねジャッカル! いいお嫁さんになれるよ!」
「嬉しかねぇよ…。」
「よっ総理大臣!」なんて意味のわからない台詞を吐いてジャッカルの背中をバチンと叩く。
するとジャッカルは「ぐえっ」と意味不明な声を上げてその場に蹲ってしまった。
「……っおい、。」
「んー何だジャッカル。」
「力、強くなったな…。」
「嬉しかないやい。」
普通の女の子に力強くなったなんて、褒め言葉になんてなるもんか。
相変わらず女心わかってないなあ、ジャッカルは。 だからモテないんだ。
のろのろと立ち上がったジャッカルを背に、再びみんながいるテーブル席へと戻る。
すると真っ先に目に飛び込んできたのは、ちょっとだけ肩をビクつかせた赤也だった。
「あ、先輩ちょっとこっち来てくれません?」
「ナニナニー!? まさか密会ですか切原く「冗談はいいから早く!」……くすん。」
立ち上がった状態だった赤也がニッコリ笑って私の腕を引いて玄関へと向かう。
何だ何だと内心小躍りしながら連れて行かれるがままに私は後を小走りでついて行く。
玄関に散らばっている靴を適当に履いて赤也は外へ出るよう促した。
「ねぇ、どうしたの?」
「先輩、お願いがあるんス!」
「な、何!? 何でも言って! 切原君の頼みなら私何だって聞いちゃう!」
「…いや、そんな瞬きしないでくださいよ気持ち悪いんで。」
「ひ、ひどっ! ちょっと乙女モードになっただけじゃんか…。」
胸にグサリと突き刺さった赤也の台詞に涙が少しポロリと落ちそうになる。
でも我慢だ、我慢だ。 と自分に言い聞かせてもう一度「で、何?」と聞きなおす。
すると笑顔だった赤也の表情が、ゆっくりと真剣なものへと変わっていった。
途端に私の動悸が、さっきとは違った意味で激しくなった。
「さっきブン太サンに言った言葉、絶対だって、約束してください。」
差し出された小指。
パッと赤也へ視線を向けると、これっぽっちも赤也に似合わない切なそうな笑みを浮かべていた。
きゅうっと縮まる、心臓。
言葉が、喉に突っかかって出てこなかった。
「絶対、また会えますよね?」
眉間に皺が寄って、赤也が私を見つめる。
胸が、喉が、じーんとなって涙が溢れてくる。 それを堪えるように強く口を結んだ。
返す言葉が声にならないから、私は大きく頷いて赤也の小指に自分の小指を絡ませる。
絶対、世界は繋がる。
大丈夫。
絶対、また会えるから。
「約束ッスよ絶対に!」
「っ!」
絡まった小指を引かれ、すっぽり赤也の胸の中へと収まる。
突然のことに、心臓がどきっと跳ねた。
息が苦しくて顔を上げようとしても、後頭部を赤也に押さえられてて上げられない。
潰れちゃうんじゃないかってくらい、強く、強く、強く抱きしめられた。 存在を確かめるように、強く。
ああ、赤也も…大きくなったんだな。 って、私よりうんと大きくなった身長差を感じて、思う。
赤也に抱きしめられるなんて思いもしなかったから、どうしていいのかわからず、混乱したままそっと赤也の背中を撫でてみる事にした。
「切原君、」
名前を呼んだら、そっと身体が離れる。
目が合って、赤也は「先輩達には内緒ッスよ。」と言って少しだけ赤い頬に流れた一筋の滴を手の甲で拭った。
少しだったけど泣き顔を見られたのが、恥ずかしいのかもしれない。
私は小さく笑って「仕方ないなー。」と返す。 少し、胸にじんわりとした温かみを感じた。
「先輩、後ろ向いて。」
「え?」
「振り返らないで、先にリビングに戻って。」
「……切原くん、」
「早く。」
両肩を掴まれて180°回転させられる。
目の前には、家の玄関。
背中に感じるのは、赤也の存在。
赤也は私越しに玄関のドアを開けると、
「じゃーね、先輩。」
そう私の耳元で呟いて私の肩を押すと、パタンと玄関のドアを閉めた。
止まる、息。
慌てて振り返る。
私は目を見開いて閉まったドアをもう一度開け放った。
「………いない。」
だけど、そこには誰もいない。
人の存在など、感じない。
今の今まで確かに存在していたはずなのに、赤也の姿はどこにもない。
私はそっとドアを閉め、そこにもたれかかる。
ズルズルとその場にしゃがみ込み、さっき我慢したばかりの涙を少しだけ流した。
「バカ、赤也の……バカやろう。」
掠れた声。
絞り出したように呟いた言葉はもう赤也には届かない。
帰ってしまったから。
自分の世界に、彼は帰ってしまったから。
「自分の時は止めたくせに、最低。」
一度息を飲み込むと、赤也がやったみたいに手の甲で頬を拭い、立ち上がる。
玄関の鏡でお顔をチェックして一度だけ頬を両手で叩く。
「よしっ」と気合を入れなおして再びリビングへと足を踏み入れた。
まっ先にそんな私に反応を示したのは、もう食事を終えた柳だった。
「…赤也、帰ったのか?」
「うん、帰ってったよ。」
「………そうか。」
私の返答に驚きはしないものの、少しだけ声のトーンを下げる。
きっと、柳もブン太も仁王もみんな、赤也が私の手を引いて出て行った時点でわかっていたのかもしれない。
だから改めて「何でだよ」とか言う人は、ここには誰もいなかった。
「ふー終わった終わった。」
洗い物を終えたジャッカルが柳の隣に腰を下ろし、残していたカフェオレを一気に飲み干す。
肩の凝りを解しながら、小さく息を吐いた。
「俺も、そろそろヤバいかもしれねぇな…。」
「…ジャッカル?」
「ハハ耳鳴り半端ねぇんだわ、あんま、聞こえねぇし……視界も半分以上ぼやけてる。」
「……次は、ジャッカルか。」
ブン太が小さく呟く。
そんなブン太を見て、ジャッカルはフッと笑った。
「限界が来る時って、わかるもんなんだな。 だから赤也もさっき急いでを連れ出したんだろ。」
「……そうみたいじゃの。 さっき急にヤバイって言って立ち上がっとった。」
仁王の返答に、ジャッカルは一度だけブン太に視線を向ける。
その表情は何故か、吹っ切れたような、清々しい表情に見える。
だけどブン太は視線を俯かせているから、ジャッカルのそんな表情に気づかない。
そのままジャッカルはブン太から目を逸らし、テーブルの上で組んだ自分の手を見つめた。
「だったら先に帰ったアイツら全員、自分の限界をわかって、帰ってたってことだよな。」
ジャッカルはもう一度「だから突然消えたってわけじゃ、ないんだよな。」と、何か確認するようにそう言った。
ブン太がゆっくりと顔を上げて窺うようにジャッカルに視線を向ける。
それを予想していたのか、ジャッカルは口元に笑みを浮かべて優しくブン太を見遣った。
「急に消えるわけじゃねぇ、大丈夫だ。」
「……そっか。」
「ったく、いつまでも辛気臭い顔してんな。 らしくねぇぞブン太。」
「うっせ、してねぇよ。」
「だったら鏡でも見てこいよ。 なあ柳?」
突然話を振られてコーヒーを飲んでいた柳が顔を上げる。
フッと笑みを浮かべると、「ああ、そうだな。」と返事を返した。
「何だよ、揃いも揃って…」
拗ねたのか、机に突っ伏すブン太。
その姿を見て、私の胸が少しだけ小さく痛んだ気がした。
「あ、そうじゃ。」
「どうした、仁王。」
「ちぃと気になることがあったんじゃが……、」
「気になること? 何だ、それは。」
今思い出したと言わんばかりに仁王が手を叩く。
ジャッカルが首を傾げると、ブン太も少しだけ顔を上げて仁王を見た。
気になることって何だろう。 仁王が気になっている事が私も気になって、仁王の言葉を待つ。
だけど仁王が気になっている事の正体を柳は知っているのか、少しだけ苦い顔をした。
「、街に出たい。」
「え?」
「気なることを調べる為にも今から街に出たいんじゃが、家空けても大丈夫か?」
「……鍵あるし、大丈夫だけど…、」
意図が掴めず困惑した私の返答に満足した仁王がニッと笑う。
んじゃ行こうぜよ。 という仁王の言葉に、少しだけ、胸騒ぎ。
それはブン太も同じだったのか、ブン太の眉がピクリと跳ね上がったのを見てしまった。
だけど、行かなきゃいけない気がして、NOとは言えない。
私達は、仁王に促されるまま、朝食を終えた家を出ることにした。
知っているから、希望を抱いたはずなのに。
希望が叶わなかった時が怖くて、動けずにいた私。
不安と希望が入り混じった複雑な感情が、胸を何度も締め付ける。
ねぇ、みんな。
私だって、怖いんだよ。
変わっていくみんなが、二度と手の届かない存在になってしまうんじゃないかって。
異世界への扉が閉ざされた時、私一人が違う世界の人間になってしまうんじゃないかって。
でもね、信じたいんだ。
信じなきゃ、始まらない。
ダメだって諦める事は簡単だ。
だけどそうすると、そこで終わってしまうでしょ?
だったら私は信じたいの。
いつかまた、世界は一つに繋がるんだって。
そう、信じていたいんだよ。
それって、いけないことじゃ、ないよね。