music by beyond 「最期の夏」

 

 

 

 

 

 

 

 

駆け巡る走馬灯の中で、漸く大切なモノを見つけたんだ。

掴んだ手を、もう放しはしない。

どんな事がこの身に降り懸かろうとも失うわけにはいかないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この世界で生きていく方法 FINAL STORY

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんじゃこるぁああああー!」

 

 

 

 

 

赤也の雄叫にも似た悲鳴が響き渡る。

風呂だと言って柳に半ば蹴っ飛ばすように起こされた赤也は半分開いていない今にも閉じてしまいそうな目を擦りながら脱衣所へと向かった。

そこで、鏡で自分の顔でも見たんだろう。

 

そう、自分の顔であって自分の顔ではない悲惨な顔を。

 

 

 

 

 

「ちょっと先輩アンタまじ潰す!」

「待て待て待て待て切原君! 何故私だと即決め付ける!」

「アンタか幸村部長しかこんなにあくどい悪戯なんてしないんスよ!」

「幸村くーん! 切原君が何か悪口言ってるよー!!」

「はあ!? チクってんじゃねぇよ!!」

 

 

 

 

 

パンツ一丁の切原君がものすごい形相で私に激怒する。

顔に落書きしてあるだけあって掘りの深さが増して怖いんだか面白いんだか間抜けなんだか分からない顔をしていた。

てかこれ傍から見たら立派なセクハラだよね。

私的にはおいしいんだけど顔が………残念でしかたがない。

自分でやったんだけど。

 

 

 

 

 

「赤也、誰が悪戯大好きオチャメ部長だって?」

「言ってないっスよそんなこと一言も! つーか部長服!

いくら風呂上がりだからってボクサー一丁はないっしょ! 先輩もいるんだからちゃんと服着てくださいよ!」

「……へえ、それをお前が言うんだ。 お前の場合その顔だからただの変態だぞ赤也。」

 

 

 

 

 

まったくだ。

 

110番したら確実にお縄にかけられますよ切原君。

 

誰のせいっスか!とプンプン怒りながら赤也は柳君が待つ風呂場へと戻って行った。

本当の実行犯は私とブン太なんだけどなー。

幸村は私達を煽ってただけなのに。

あれ、結局は幸村にも非があるのかな?

 

 

 

 

 

、ちょっといいか。」

「どうしたの、真田君。」

「ここじゃちょっと話せん。 玄関辺りでいいか。」

「私は別にどこだっていいけど…まさか告白?

「寝言は寝てから言え。」

 

 

 

 

 

ハンッと鼻で笑ってでは行くぞと背を向ける真田。

 

何だか物凄く傷ついた。

 

そのまま一人で行かせてやろうかと本気で思ったけど、ただでさえ幸村達からそんな扱いを受けているのに

私までそんなことしちゃったら可哀相だと私の良心が言っていたので、仕方なしについて行ってあげた。

 

 

 

 

 

「で、どうしたの? そんな難しい顔してたらせっかく年齢が近づいてきた顔が余計老けちゃうよ。 …………すんません冗談です。

「簡単に謝るようだったら初めから言うな馬鹿者。」

「何だろうね、幸村君の伝染病か何かかな。 口が勝手に動いちゃうの。」

「ふん、ろくな者に似ないな。」

「それはどうもありがとう。」

「っ幸村いつの間に!!!」

「ずっとちゃんの後ろついて歩いてたけど、それが何かダメだった?

「幸村くーん、脇腹掴むのヤめてよーってか服着ようよー。 いつまでもボクサー一丁で風邪引いても知らないよー。」

 

 

 

 

 

幸村は後ろから抱きつく形で私の腹の肉を掴みながら真田に対してそりゃもーニッコニコで微笑む。

何だか久しぶりに幸村の本当の恐怖を味わった気がするな、私。

よかった、相手が真田で。 私だったらチビッてたよ。

幸村って3年経ってさらに怖くなってるというか、最強になってる気がするんだけど……。

気のせいかな。

 

 

 

 

 

「で、話って何だい真田。」

「いや、俺はに話があって幸村に話があるワケでは、」

ちゃんに何の話?」

「……大した話ではない。 そう気にするな。」

 

 

 

 

 

真田がここまで私に話があるって言い張ってるって事は……やっぱり告白かな。

なんて考えてたら幸村が「告白じゃあるまいし、大したことないんだったらさっさと内容言えよ。」なんてちょっと夢を壊すような事をさらりと言った。

まあ最初から期待なんてしてないけど。

 

観念した真田は一度咳払いをし、

 

 

 

 

 

、」

「…はい。」

「俺達はたぶん、もうそう長くはここには居れん。」

 

 

 

 

 

ゆっくりと落ち着いた口調でそう言った。

重く、心に圧し掛かる。

 

わかっているだけに、ひどく現実に引き戻された気分になる。

 

 

 

 

 

「だから、今言っておく。 よく聞いてくれ。」

「………うん。」

 

 

 

 

 

真田が話す間、幸村は黙ってじっと真田を見つめていた。

そして真田は少しの間を置いて、再びゆっくりと口を開いた。

 

 

 

 

 

「異世界の俺達が異世界のお前と出会った事は紛れもない事実だ。 だから、二度と会えないとしても、忘れないでくれ。」

 

 

 

 

 

二度と、会えないとしても。

 

 

 

 

 

その言葉に気づかないほど、私は馬鹿じゃない。

あの頃みたいに、何も考えずに生きているわけじゃない。

私はもう高校生だ。

少し考えれば、真田が何を言わんとしているのかだってすぐにわかる。

 

だから、胸が痛かった。

 

 

 

 

 

「……忘れるわけ、ないじゃん。 忘れるわけないよ?」

、」

「忘れられるわけないじゃない! だって、普通じゃありえない出会いだったんだよ?! 簡単に忘れるわけないよ!!」

、」

「何で、真田君は私を信用してないの!? 私、みんなのこと忘れた事なんてひと時もないよ!?」

「落ち着いて、ちゃん…、」

 

 

 

 

 

後ろから幸村が興奮した私の肩をそっと叩く。

ハッとして振り返ると、幸村はニッコリと笑って私の頭を撫でた。

 

 

 

 

 

「真田は、…ううん、俺達は別にちゃんを疑ってるワケじゃないんだよ。 ただ、不安なんだ。」

「ふ、あん?」

「そう、不安なんだ。 時間は全てを変えてしまうからね。」

「………やっぱり信用してないんじゃない。」

「違うよ。 ちゃんじゃないんだ。 世界中の人たちが、俺達という存在を忘れてきてしまっているから…」

「え?」

 

 

 

 

 

そう言って幸村は綺麗に苦笑いを浮かべた。

幸村の台詞に腕を組んで立っていた真田がそっと目を伏せる。

それだけで、事の深刻さがひしひしと伝わってきた。

 

世界中の人たちが忘れてきているって、どういうこと?

忘れてきているって幸村達を?

 

 

 

 

 

「ねえ、それってどういう、意味?」

 

 

 

 

 

首を傾げて聞いてみる。

聞いて、少しだけ歪んだ幸村の表情を見て、後悔した。

 

私は、何も知らずに彼らとの再会を喜んでいたんだ。

彼らがどういう気持ちでここへ来たのか、何も知らなかった。

知ろうとも思わないで、何一つ疑わないで、

ただ、笑ってた。

 

 

 

 

 

「ねえ!!幸村君!!」

「あのね、ちゃん、」

「嘘でしょ!?何が、ねえ何があるの!?」

「落ち着いて、聞いて、ちゃん、」

「何が!?ねえ、何が起こってるの!?」

ちゃ」

「幸村君たちはどうしてこの世界に来たの!!?」

話を聞かんか!!!!」

「!!」

 

 

 

 

 

一喝され、押し黙る。

幸村が「落ち着け、真田。」と真田を宥める。

 

そして一拍置いて聞かされた事実に、私は自分の耳を疑った。

 

 

 

 

 

「俺達、消えちゃうかもしれないんだ。」

 

 

 

 

 

頭がガンガンと響く。

 

消えちゃう?

誰が?幸村たちが?

 

何で、どうして?

 

疑問ばっかりが頭に浮かんで、だけどどれも声に出して言うことすら出来なかった。

もう、私の頭は本来の機能を停止している。

体中の力がふっと抜けて、開けた目を瞬きする事すら忘れてしまっていた。

 

 

 

 

 

「いろいろあってね、でも大丈夫。 心配しないで。」

「心配しないでって……するに決まってんじゃん! 何が大丈夫なの!?」

「大丈夫だよ、俺達は別にお別れを言いに来たわけじゃない。」

「でも消えちゃうかもしれないんでしょ!? それのどこが大丈夫だって」

ちゃんさえ覚えていてくれれば、それだけで俺達は十分存在していられる。

 ちゃんが俺達を必要としてくれれば、それだけで存在する理由になるだろう!?」

 

 

 

 

 

キッと私を睨みつけて声を張り上げる。

そんな幸村に、私はそこまで出かかっていた声を引っ込めた。

 

こんな迫力のある幸村を見たことが無くて、

こんなに感情を激しく表に出した幸村を知らなくて、

 

ただ、驚きでいっぱいで。

伝わる想いに、胸がぐっと苦しくなった。

 

 

 

 

 

「だから、確認しに来たんだよ。 不安を、安心に変えるために。」

「………ゆきむら君、」

「君との強い絆を確信に変えるために、俺達はここへ来たんだ。」

 

 

 

 

 

泣きそうな顔がくしゃりと笑って、私の頭をもう一度撫でる。

その手は、以前よりうんと大きくなっていて、

また、強くなっていた。

 

 

 

 

 

「世界中の誰もが俺達の存在を忘れたって、俺達が必要としているのは君だけだから。

 ちゃんが俺達を必要としくれたのなら俺達は消える事なんてない。そんなこと、絶対にさせないよ。」

 

 

 

 

 

私の頬を流れる涙をそっと親指で拭い取って彼はふんわりと笑った。

ずっと鼻を吸うと、その手はそのまま私の鼻へと移動する。

 

 

 

 

 

「いたっ痛ッ!! 鼻!鼻!鼻が取れる!! 取れるってば!!!」

「ははは、泣き虫だな、ちゃんは。」

「これ違う涙! 痛さゆえに流れる涙! お願い放して! マジで取れる!!!!!」

「……幸村、放してやれ。」

 

 

 

 

 

真田の鶴の一声により、「しょうがないなー」と幸村の手が鼻から離れる。

………鼻ちゃんとついてるよね?取れてないよね?

痛さのあまり麻痺して触った感触がわからない。

 

 

 

 

 

「笑っててよ。」

「え?」

「どの時が最後になってもいいように。 笑ってて。」

「……最後って、」

「本当はね、今回のこと、言わないつもりだったんだよ。 大好きな笑顔を奪いたくなかったから。

 君には最後まで何も言わないで、不安を消し去ったら君の笑顔を記憶に焼き付けて元の世界に帰ろうと思ってた。」

 

 

 

 

 

幸村は私に背を向ける。

足を踏み出すと肩越しにそっと振り返り、

 

 

 

 

 

「でも、時の流れを目の当たりにして、ちょっとだけ不安が増しちゃったんだ。」

 

 

 

 

 

そう言って、少しだけ笑った。

 

私は、絶対に変わらないものは人の心の奥底にあると信じてた。

時が流れて、大人になって。

久しぶりに見た彼らの姿に、再び出会えた喜びと共に、不安を感じたのも確か。

 

だって、“男”になってたんだ。みんな。

 

私が知らない、一面を持って。

身長だってうんと高くなってて。

手の平の大きさだって、以前より増して大きくなってて。

声も少し低くなってて、髪だってちょっと伸びてたり短くなってたりして。

なんだか成長してるって感じがして。

 

正直、寂しかった。

 

 

 

 

 

「可愛くなってるちゃんが悪いんだよ。」

 

 

 

 

 

それを、彼らも私に感じてくれていたのなら、

 

 

 

 

 

きっと、私と同じ気持ちだったんだろう。

 

 

 

 

 

「幸村君も、お世辞が一段と上手くなったんだね。」

 

 

 

 

 

知ってる。

わかってるよ。

 

お世辞じゃない。

嘘じゃない。

 

上手くなったんじゃない。

 

彼は、本心を人に伝えるようになった。

ただ、それだけ。

 

それが、彼にとっての、私の知らない間の成長だった。

 

 

 

 

 

大丈夫だよ。

 

信じられないわけじゃない。

信じてる。

きっと大丈夫だって。

あの幸村が言うんだもん。

絶対に大丈夫だよ。

 

だけど。

ただ、不安なだけ。

不安を取り除きたいから、不安を安心に変えたいから、言うよ。

 

 

 

 

 

「また今度、幸村君がここへ来る時までには…胸張って可愛いって言えるようになってるね。」

 

 

 

 

 

まだ、私は成長するし、

まだ、彼らも成長する。

 

時間は止まらないし、止まってくれない。

 

消えないよ。

また来てよ。

 

彼らはずっと、私の中にいるから。

私の人生を変えてくれた、大切な仲間だから。

忘れちゃうなんて、絶対にありえない。

 

 

 

 

 

私が涙でいっぱいの目を細めて笑みを浮かべると、それを見た幸村はフッと口元に笑みを浮かべて言った。

 

 

 

 

 

「じゃあ、俺も。 ちゃんが惚れるくらいのいい男になって向こうの世界で待ってるから。」

 

 

 

 

 

大丈夫。

きっと、彼らは消えない。

 

約束、したもん。

またここへ来るって。

また会いに行くって。

 

私は彼らを信じていられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして次の日の朝。

目を覚ました私たちがどんなに捜しても、幸村の姿はどこにも見当たらなかった。