music by G2-MIDI 「水恋〜ミズコイ〜」

 

 

 

 

 

 

 

 

「におー君!」

 

 

 

 

 

振り返ると、ベランダの戸を後ろ手で閉めながらこちらへやってくる

スリッパを履き、鉄板焼きをした後の独特の空気を纏いながら俺の隣に並び、夜のひんやりとした空気に当たっていた。

俺がベランダに出て来た時、中では焼肉戦争に力尽きた丸井と赤也と柳生が寝息を立てて寝ていた。

まだ若干の話し声が聞こえる事から幸村か真田、柳、ジャッカルの誰かは起きているんだろう。

この声からすると…幸村と真田か?

 

 

 

 

 

「みんな長旅に疲れたのかな、歯も洗わずに寝ちゃったよ。」

「歯どころか風呂も入っとらんよ。 汚いのう。」

「あの柳生君や柳君まで寝ちゃったからね。 やっぱり時空を超えるのって体力使うのかなー?」

「さあ、俺はピンピンしとるけど。 みんなオッサンになったから体力衰えたんじゃきっと。」

「オッサンて、まだ高校生でしょ。 大学生に謝りなさい。」

 

 

 

 

 

格子に肘をついて空を見上げる。

キラキラ輝く星がいくつか見えたがこんな都会の真ん中だ。

一等星か二等星くらいしかはっきりと大きくなんて見えんかった。

まあ実際人間の肉眼では六等星くらいまで見えるらしいけど。

 

 

 

 

 

「後でが起こしてやりんしゃい。」

 

 

 

 

 

そう言って笑うとは一度キョトンとしてから「仁王君も手伝ってよ。」と軽く笑った。

俺が言わんとしていることがイマイチわかっとらんかったみたいじゃけどまあええか。

が起こしてやった方がアイツらも喜ぶと思ったんじゃけどのう。

特に赤也とか。

アイツなら寝ぼけて抱き着きそうか。

だったら後で俺が蹴り起こしてやった方がよさそうやの。

 

 

 

 

 

「仁王君背伸びたねー。 あと色気が増した!」

「…そりゃどうも。 お前さんはほんに何も変わらんのー。 あまりの変化の無さに同情するぜよ。

「なっ! 何でみんなそう言うのー!? 私そんなに変わってない!?」

 

 

 

 

 

自分的には変わったと思ってたのにー!とムッとして頭や頬を順に触るに思わず笑みが零れる。

中身も変わっとらんのか。

なんて思っとったらが「何笑ってんの!?」と憤慨した。

 

今の時期でも夜はやはり冷え込む。

このままからかい続けたかったが風邪を引かせてはいけないので、

惜しくも俺はクツクツと笑いながらの頭を軽く撫でて言った。

 

 

 

 

 

「ウソウソ、可愛くなったぜよ。」

 

 

 

 

 

言った後、何となく照れくさかったのでそのままを置いて家の中へと入る。

 

いくら変わってほしくないと願っても、暫く会ってなけりゃやはり変わってるところの一つや二つは必ずある。

この世界の人間全てに対して妬けるくらい、俺が見ない間には“女”になってた。

外見や中身だってぱっと見は変わってなくともやはり以前とどこか違う。

中身は少し、以前より落ち着いたか。

以前より伸びた髪も、少しだけ違和感。

 

 

 

 

 

(……確実に時は流れてる。)

 

 

 

 

 

変わらない、なんてモノはない。

今だって一分一秒変わり続けてる。

それは目に見えないほどの早さで。

 

世界中のあらゆるモノが変化し続けている。

もちろん、俺も。

そして、も。

 

 

 

 

 

「におー君。」

 

 

 

 

 

故に、消え去っていく過去の記憶。

失われていく俺達という存在。

 

 

 

 

 

「どれだけ時が経っても、私のみんなへ対する友情は変わらないよ。」

 

 

 

 

 

これから先も、ずっと。

 

 

 

 

 

家の中の電気の光が歯を見せ笑うを照らす。

からは逆光になっとったから見えていたかどうかはわからんが、肩越しに振り返った俺の口許には微かな笑みが浮かんだ。

 

どうしてコイツはあの頃からこんなにも俺を救ってくれるんだ。

どん底で膝をついてうなだれてる俺に足はまだ動くと教えてくれるんだ。

欲した時にこそ与えられる言葉ほど心に染み込むモノはないだろう。

 

 

 

 

 

「それ、アイツらにも言ってやりんしゃい。」

 

 

 

 

 

きっと誰もが喜ぶはずだから。

俺が今心温まったように、きっとアイツらも笑顔になる。

 

返事の代わりにニッと笑ったは「寒いから中入ろー。 順番にお風呂入ろー。」と

部屋の中に入りかけだった俺の背中を押した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この世界で生きていく方法 FINAL STORY

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一日はこんなにも長いのに、一年という月日はあっという間に過ぎ去っていく。

今日が昨日で明日が今日で。

目を閉じ開ければ世界は変化を遂げている。

 

どれだけ待ってと願っても、それは同じ事で。時が自分に合わせるのではなく自分が時に合わせなくてはならない。

気を抜いていたら置いていかれる。

周りだけがどんどん過ぎ去って気が付けば一人取り残されてしまう。

 

あの頃の俺がそうであったように、いつまでも“一緒”なんて子どもじみたこと、言ってらんない。

じゃないとあん時のように俺一人が置いて行かれちまう。

 

閉ざしていたはずのみんなの心がに開いていった時、

俺一人がみんなの背中を眺めて置いてきぼりにされた気分だった。

だけど、

 

 

 

 

 

「何でぇー!? いいじゃん! 何がダメなの!?」

「当たり前だ! 年齢と性別を考えろ!」

「私ジャッカルと入って遊びたいー! みんなだけ二人ずつ入るなんてずるいー!」

「何をぬかすかこのたわけ!! 風呂くらい一人で入れんのか!

 俺達は時間短縮のため致し方なく二人ずつ入るのであって遊ぶためではない!」

「とか言って真田君もジャッカルで遊ぶつもりなんでしょ! ずるーい!」

「馬鹿者、ジャッカルは遊び道具ではない!!」

 

 

 

 

 

目を覚ますと真田との言い争いが聞こえてきた。

食ってすぐ寝たから口の中が気持ち悪い。

 

ぼんやりする頭を起き上がらせてリビングに視線を向けると、

真田と以外にも幸村とジャッカルと仁王が何とも言えない面持ちで二人を眺めていた。

 

 

 

 

 

(つか、赤也俺の腹にしがみついて何やってんだコイツ。)

 

 

 

 

 

気持ち良さそうに俺の腰に腕を回して腹を枕代わりに寝ている赤也を引っぺがしてその辺に転がす。

コイツ抱き着き癖ある奴だったな確か。

いつかの合宿の時は真田に抱き着いて本人も真田も朝起きて驚いてたっけ。

 

 

 

 

 

「じゃあ丸井君と入る!」

 

 

 

 

 

突然体に衝撃が加わって見てみると、が俺に背後から飛び付いたようだった。

リビングから真田が「じゃあも何も同じだ!」と怒鳴っていた。

 

 

 

 

 

「真田うっせーよ。 頭に響くだろぃ。」

「うむ、すまない。 丸井も目が覚めたようだし丸井はジャッカルとでいいな。」

「あ、風呂の話? 俺誰でもいいよ。 コイツ以外だったら。

「ガーン!」

 

 

 

 

 

涙目になるにあっかんべをしてやればさらに表情が歪んだ。

ぷぷっ変な顔。

俺様と風呂に入るなんざ十万年早ぇっつの。

てかコイツ高校三年生にもなってよく男子と風呂に入るなんて発言できたな。

 

 

 

 

 

「つーか何、泊まってっていいわけ? オバサン飯食ってけとは言ったけど泊まってっていいなんて言ってなかったぞ。」

「ダメって言っても丸井君達どーしようもないでしょ? それとも、泊まる宛でもあるの?」

「ねぇけど…お前ん家八人も泊まれんの?」

「それは知らない。 リビングで雑魚寝ですから。」

「まあそうなるだろうね。 いいんじゃないか、丸井。 行く宛もないんだしお言葉に甘えても。」

「…まあ幸村君がそう言うなら。」

 

 

 

 

 

のオバサンの許可無しにいいんかな。

俺しーらねっと。

 

まああのオバサン俺達見て結構ウキウキしてたし、大丈夫だと思うけどな。

 

 

 

 

 

「では入るぞ、仁王。」

「……何で俺がこんなオッサンと…」

「ほら仁王、ブツクサ言ってないでさっさと入る。 後つかえてるんだから早く上がれよ。」

「お前さんはええのう幸村。 一人で入りたいって意見をごり押しできて。」

「元部長の威厳だよ。 どうして俺がお前達と一緒に一家庭の風呂になんて入らなきゃならないんだ。」

「……せこい男じゃのう。」

 

 

 

 

 

どうやら一番風呂には真田と仁王が入るらしく、仁王がややご機嫌斜めだった。

 

あー危ねぇ。

俺ジャッカルとで良かったー。

 

なんて安堵の息を吐いて風呂場へ向かう真田と仁王の後姿をぼんやりと目で追う。

すると視界にさっきまで俺の背後に抱きついたままだったが突如現れた。

 

 

 

 

 

「丸井君、泣いてた?」

「ああ? なんで……」

 

 

 

 

 

言われて頬を触ると確かに湿っていて涙の跡と思われるモノが付いていた。

 

何、俺泣いてたワケ?

あれ、俺何か夢とか見てたっけ?

 

 

 

 

 

「丸井、怖い夢でも見た?」

「……んなワケねえだろぃ。 生理現象か何かだと思うけど…。」

「ニシシ、そんなこと言ってー幸村君の夢でも見たんじゃないの!?

 アハハハ、怖いの怖いの飛んでけぇ〜 「ちゃん。」 ……はい。

 

 

 

 

 

幸村君はそれ以上、何も語らなかった。

 

 

 

 

 

無言の圧力って怖いねぇ。

つーかも言うようになったじゃん。

怖いもの知らずなのは相も変わらずだけどな。

 

 

 

 

 

「ブン太。」

「ん、何?」

「顔洗って来い。」

 

 

 

 

 

そう言って頭を軽く小突かれ、漸く立ち上がる。

ジャッカルの心配そうな、だけどどこか切なそうな瞳に見送られ、洗面所へと向かう。

 

俺、何で泣いてたんかな。

何か知らねぇけどすっげぇ不安で、寂しくて、辛くて。

思い出そうとするだけで、胸がはち切れそうに痛かった。

 

 

 

 

 

バシャバシャ跳ねる水が気持ちいい。

水を滴らせたまま、タオルで拭いもせず鏡越しに見た自分の表情は酷く憂色漂っていて不安そうだった。

 

何がそんなに不安なんだ。

何にそんなに怯えているんだ。

 

俺は、ただと会える事が嬉しくて。

言いたいこととか、したいこととかもっといっぱいあって。

ぽっかり空いてしまった三年間の月日という名の穴を少しでも埋めたくて。

 

だけどそれには時間が足りなくて、俺は未だに何も出来ずにいる。

 

前みたいに、腹の底から笑いたいのに、何かがつっかえていてそれを邪魔する。

心から笑えないから、腹の底がスッキリとしない。

と過ごす時間が、一分一秒惜しい。

今こうやってる時間も、本当は一緒にいたくて、一緒に笑いたくて。

 

忘れてほしくない。

俺達の存在を、ずっとずっと感じていてほしい。

離れてしまっていた時間という名の距離が、話をする度に見え隠れしていて、ものすごく怖かった。

目の前にいるは俺達が共に過ごしてきたのはずなのに、まるで別人のように見えて、どうしようもない焦燥感に掻き立てられた。

 

 

 

 

 

だけど、アイツが前と変わらず呼んでくれる俺の名前を聞くと、妙に安心した気分になった。

 

 

 

 

 

(忘れられるのって、すっげぇ怖いんだな…。)

 

 

 

 

 

が俺達の事を覚えていてくれているという事実がものすごく嬉しくて。

同時に、これから先もずっと忘れずにいてくれるかものすごく心配で。

 

らしくもなく、さっき飛びついて来たアイツを抱きしめてしまいそうになった。

 

 

 

 

 

放さないように、強く。

失わないように、キツく。

 

 

 

 

 

「丸井くーーーーーーーーーーーん!! 来て来て早く来てーーーーーーーー!!」

 

 

 

 

 

向こうからウキウキと俺を呼ぶの声がして肩が跳ね上がる。

ポタポタ落ち続けていた水滴をその辺にあったタオルで適当に拭って洗面所を出た。

 

 

 

 

 

「ちょっとちょっと丸井君早くこっちこっち!」

「んだよ、何かあんの?」

「ふふ、赤也の寝言聞いてみて。 あ、まだ起こさないようにね。」

「幸村君まで、楽しそうだな…。」

 

 

 

 

 

と並んで楽しそうな幸村君に促され、言われた通り赤也の顔に耳を近づけ赤也の口許に神経を集中させる。

ちょっとの間があいて完全に寝ている赤也からごにょごにょと寝言が聞こえてきた。

フッと笑う声がして視線だけそちらに向けてみると、どうやら参謀も目が覚めていたようで、達と同じようにして赤也を見ていた。

 

 

 

 

 

「……んあ、……丸井先、輩……メタボ……」

 

 

 

 

 

誰がメタボだコラ。

 

幸せそうにの腹に腕を回して眠る赤也の顔面を殴ってやろうかと思ったけど

それを予め予測していたようにジャッカルが俺の肩を掴んで苦笑いを浮かべていた。

 

 

 

 

 

「さっきから赤也の奴、みんなの悪口ばっかり寝言言ってるんだ。 起きたら成敗だな。」

「赤也も日頃言えない事を溜め込んでいるんだろうな。 まさか人間が一番無防備になってる時に寝言で聞かれているとは本人も思うまい。」

「さっきなんかねー切原君ってば真田副部長のケツ顎って言ったんだよ! ケツ顎じゃないのに。」

「……割れてくるんじゃねーのそのうち。」

 

 

 

 

 

の膝でスヤスヤとガキみたいな表情を浮かべて眠り続ける赤也をちらりと見下ろして鼻で笑う。

 

ほんと、コイツもいつ見ても寝顔変わんねーの。

口半開きにしてすーぐ誰コレかまわず抱きつきやがる。

初めての合宿の時は仁王と一緒にそんな赤也の寝顔に思う存分落書きしたっけな。

あとは隣に寝ていた柳生が抱きつかれて物凄く不快そうな顔してたっけそういや。

 

懐かしいなんて思いながらちらりと見た赤也を見下ろすの表情が、

ものすごく優しくて、大人びてて、思わず目が離せなかった。

 

 

 

 

 

(変わってない、なんて……そんなワケないよな。)

 

 

 

 

 

今日アイツと会った時、俺は変わってないって言った。

成長してないって、そう言ったけど。

 

そんなはずがないんだ。

 

人間三年も経てばどこか必ず変わっている。

それを見つけることが、辛くて、目を逸らしていただけ。

それを受け入れることが、何だか寂しくて、また置いていかれている気がして、怖かっただけ。

 

 

 

 

 

一日はこんなにも長いのに、一年という月日はあっという間に過ぎ去っていく。

今日が昨日で明日が今日で。

目を閉じ開ければ世界は変化を遂げている。

 

どれだけ待ってと願っても、それは同じ事で。時が自分に合わせるのではなく自分が時に合わせなくてはならない。

気を抜いていたら置いていかれる。

周りだけがどんどん過ぎ去って気が付けば一人取り残されてしまう。

 

あの頃の俺がそうであったように、いつまでも“一緒”なんて子どもじみたこと、言ってらんない。

じゃないとあん時のように俺一人が置いて行かれちまう。

 

閉ざしていたはずのみんなの心がに開いていった時、

俺一人がみんなの背中を眺めて置いてきぼりにされた気分だった。

だけど、

 

 

 

 

 

ついていかなきゃ、今に。

いつまでも昔に固執していては、先なんて見えやしない。

 

また、アイツらに置いていかれない為にも俺は ―――

 

 

 

 

 

「丸井君丸井君!」

 

 

 

 

 

今のコイツを、

 

 

 

 

 

「切原君の顔に落書きしようよ!」

 

 

 

 

 

今ここで俺に笑顔を見せてくれるを、

受け入れなくちゃ。

 

 

 

 

 

時が経てば変わるところがあるように、

いくら時は流れても、変わらないところが必ずあるから。

 

 

 

 

 

「へへ、もちろん油性で、だろぃ?」

 

 

 

 

 

それは、俺の心であるように

それは、の心でもあると、俺は信じてる。