music by G2-MIDI 「水恋〜ミズコイ〜」
「それじゃお母さん、隣の家のおばさんと居酒屋行って来るから後は頼んだわよ。」
「はーい。 任せといて。」
「何かあったら携帯に電話してくれたらいいから。 夜中までには帰ってくるわ。」
それじゃあね。と言ってお母さんは家を出て行った。
どうやら気を利かせてくれたらしく、ご飯の用意だけしてお母さんは隣の家のおばさんと晩御飯を食べに行くらしい。
いつもならわざわざ夜中まで家を空けてくれるなんてことはしないのに、変なの。
大の男がこれだけいるのに娘一人を置いて出て行って心配したりしないのだろうか。
疑問はいっぱいあったけど、たぶんこれはお母さんなりの優しさなんだろう。
私が帰ってくる前に幸村といろいろ話もしたみたいだし、きっと信頼できるって思ったのかも。
幸村ってマナー良いし結構しっかりしてるし。
……大人の前じゃ猫被ってそうだけど。
そんなことを考えながら玄関からリビングに戻ると、奴らはもう肉を焼き始めていた。
「ちょっと待て! 私抜きで何始めちゃってるの!? そんなのアリ!?」
「だってお前遅ぇじゃん。 俺もう腹ペコだし。 帰りに食ったポテトはもう消化済みー。」
「先輩いただきます!」
「ちょっ何それ酷いよ! こら切原君まだ食べちゃダメー!!!」
「ハハハちゃん、大人しく座りなよ。」
幸村の隣の席を勧められ、渋々ながらにそこへ腰を下ろす。
おいしそうな匂いを漂わせる鉄板の上をしょぼんとした目で見つめていたら
私のお皿の上によく焼けた真っ黒な 何か が置かれた。
そう、干からびた何か。
……何だこれは。
「何これ、虐め…?」
「ちょうど処理に困っとったんじゃ。 食べんしゃい。」
「いらないよバカ!! 仁王君が食べたらいいじゃん! 何で初っ端から焦げた肉食べなきゃなんないのよ!」
「贅沢な子じゃのうちゃんは。 あーあ、勿体無い勿体無い。」
「だから仁王君が食べたらいいじゃないのよ! キィームカつく!!!」
憤慨する私を見てみんなは一度箸を止め、笑う。
隣の席の仁王も満足そうにクツクツと喉を鳴らして笑っていた。
ああ、何だか本当にあの頃に戻ったみたいだ。
とても懐かしい気持ちが湧き上がってきて思わず私も口許に笑みが綻ぶ。
頃合を見計らっていた幸村がパンパンと手を叩いて注目を促した。
「じゃあ、改めて乾杯でもしよっか。 みんなコップ持って。」
「ウィーッス!」
いつかのように、幸村君が飲み物が入ったコップを持ち上げる。
よく見てみれば、みんなのコップの中はいっぱいいっぱいだ。
……待っててくれてたんじゃん。
ワンテンポ遅れて私もコップを手にする。
それを確認した幸村がニッコリ微笑んで私の名前を呼んだ。
「また再会できて、本当によかった。 あの日からいろいろと年や環境は変わっちゃったけど、俺達の中奥深くは何一つ変わっちゃいないよ。」
だから ―――
そこで一旦言葉を止める。
一瞬だけ幸村の目の奥に戸惑いのような、何とも言えない迷いのようなものを感じ取った。
私は「だから?」と聞きたい衝動に駆られたけれど、何も言えなかった。
それはたぶん、幸村だけでなく、その一瞬のみんなの反応がどこか余所余所しかったから。
だから聞けなかった。
「……それじゃ、乾杯!」
ニッコリ笑いなおした幸村の合図と共にみんなが口々に乾杯の声を上げ、
ワイワイと肉をがっついたり各自で談笑を始めた。
私もさっき仁王と騒いでいた時に鉄板に載せておいた肉を食べようと鉄板を覗き込む。
良い焼き色だと感心している私の向かいに座っていた赤也が私の育てていた肉を風の如く奪い取った。
「もーらいっ!」
「ちょっとそれ私の肉だよ切原君!!!」
「先輩そこのタマネギ食ってりゃいいじゃないっスか。 野菜食べなきゃ野菜。」
「えーこれタマネギだったの!? 真っ黒いただの輪っかじゃない!」
「最初っから焼いてたから焦げちゃったんスね。 あーあ。」
「あーあって言いながら私の肉食べないでよ! あー私の肉ー!!」
「…さん、こちらの肉焼けてますよ、どうぞ。 そしてちゃんと座って食べなさい。」
「や、柳生君…。」
切原君の隣に座っていた柳生君が見兼ねて私に肉を寄越してくれる。
涙ぐんだ表情のまま中腰でお礼を言うと、先に座れと鋭い目が訴えかけていた。
ッ、怖っ!
マナーに厳しい男め!
「どうした、せっかく柳生に貰ったのに食わねぇの? だったらもーらいっ。」
「ちょ、丸井君卑しいよアンタ本当!!」
「肉を箸で取り合うな!! 行儀が悪いぞお前達!!」
「ああ゛ー! ちょっと真田君が叫んだせいで丸井君に肉取られちゃったじゃない! 柳生君の愛が詰まった私の肉ー!!」
「詰まってませんよ。」
「柳生、案外お前って奴は冷たいな。 おいジャッカル、そこのタレを取ってくれ。」
「ん、柳、コレか?」
「ああ、すまない。 ありがとう。」
こんな感じで我が家の焼肉争奪戦……もとい焼肉パーティーは激しく続く。
私の家で彼らと共に箸を突きあう日が来るなんて、誰が想像できただろう。
……なんか、変な感じ。
この世界で生きていく方法 FINAL STORY
―― 全てを受け入れる覚悟があるのなら、話してやるよ。
跡部の目がスッと細まる。
その時だった。
「その必要はありませんよ。」
振り返るとそこには見慣れた後輩の姿。
宍戸が目を見開いてその名を呼んだ。
「日吉…お前、帰ったんじゃ…」
「俺はずっとアンタを捜していたんです、渡瀬さん。 こんなところにいたんですね。」
「……俺に、何の用だ日吉若。 話の腰折ってんじゃねっつの。」
苦笑いを浮かべながら渡瀬龍は突如現れた日吉へと向き直る。
話が逸れてしまったため跡部は小さく舌打ちをするも潔く引き下がった。
今から渡瀬龍が言わんとしていたことを知っている様子の日吉。
その事実にあまりいい気がしなかった跡部だが、どうやら宍戸も少し不満気ならしい。
そのため二人とも表情は穏やかではなかった。
「アンタにこれを…届けに来た。」
そう言うと日吉は歩み寄り、鞄の中から取り出したモノを渡瀬龍へ投げるようにして手渡す。
カサッと紙が擦れる音がして、渡瀬龍は手の中に納まったそれをゆっくりと見下ろした。
一瞬だけスッと細くなった目が見開く。
「これ…何でお前が…」
掠れた声。
日吉は無言のまま渡瀬龍に背を向ける。
「 “諦めるな” これがあの人の口癖でしたね。 アンタは、この世界の異変から ”逃げる” んですか?」
その言葉に、手の中でくしゃりと音がするほど渡瀬龍は強く握り締める。
そう、手の中に納まった写真を、キツく。
全身の力を拳へと集中させて。
食いしばる奥歯は小さく音を立てる。
「アンタはあの人達を見てきて “何か” を教わったんでしょう。 だから世界を一つに繋げようとした。
それなのに、アンタは今 “諦めようと” している。 今こそ動かなきゃいけない時だと言うのに、アンタは全てを投げ出して “逃げる”んですね。」
肩越しに振り返った日吉の目が冷たく突き刺さる。
悔しい。
悔しさと情けなさが感情のあらゆるところを交差して脱力感が全身を襲い掛かる。
そっと手の平を開く。
丸まった写真が地面へと転がり落ちた。
「やろうと思えばやらなきゃいけない事など数え切れないほどあるはずです。 やらなきゃならない事はいっぱいあるんですよ。
それなのに、何かしようと動き出している跡部さん達のやる気を無くさせるようなこと、吹き込まないでくれますかね。」
「おい日吉…、」
「いや、いい。 ソイツの言う通り……なのかもしれないな。」
「………渡瀬、」
宍戸の呼びかけを遮るように渡瀬龍は口を開く。
それを聞いた跡部が小さく名前を呼ぶも、彼は俯いたまま自嘲気味に薄ら笑いを浮かべただけだった。
そうだ。
今動き出そうとしているコイツらに自分達は終わりを告げた漫画の中の人物だと言って、何になる。
もうどうしようもないからと言って諦めて、全部投げ出して、そこに何が残るって言うんだ。
あっちの世界の人間が自分達の存在を忘れつつあるからどの道時空の歪みは消える。
だったら何故俺はあんな事を柳に頼んだんだ。
希望が、少しの期待があったからじゃないのか。
また向こうの世界と繋がるきっかけが出来れば、研究を再開したら成功するんじゃないかって。
きっと心の何処かで淡い期待を抱いていたからだろう。
諦めて、逃げ出したって結果は悪くなるばかり。
動かなきゃ。
諦めず動き出さなきゃ結果は変わらない。
だったら今しか動く時はない。
アイツらがの世界に行った今が最後のチャンス。
「結果がどうなろうとも、研究を再開したいんだけど。 跡部、手伝ってもらえるか?」
渡瀬龍がそう言って跡部に頭を下げる。
少し躊躇いを見せた跡部だったが、渡瀬龍の考えを読み取ったのか、
「前のような病院での施設は時間が掛かるし無理だが、任せろ。 用意してみせる。」
「っ、ありがとう!」
頷く跡部に渡瀬龍は歓喜の声を上げた。
フッと口許に笑みを浮かべる日吉の横脇を宍戸は突く。
軽く眉間に皺を寄せた日吉が「やめてください」と言って軽く睨みをきかせた。
「ところで日吉、この写真どこで手に入れたんだ?」
そう言って渡瀬龍が先ほど自分の手から転げ落ちた写真を拾い上げる。
くしゃくしゃになったそれを皺を伸ばすように広げると、
少し興味があったのか、跡部や宍戸も覗き込んだ。
「さんの残した手紙の中に挟まってたんですよ。 持って帰れないから思い出として貰ってくれって。」
そこに写る満面の笑顔の元三年五組のメンバー。
左端には澄まして椅子に座っている御影咲、ジャッカルの腕を掴み、頭を押しながら悪戯な笑みを浮かべる亀井沙季。
その横にがいて仁王の腕に自分の腕を絡めてブイサインを向けている。
そっぽを向いて照れくさそうな表情を浮かべる仁王の隣には渡瀬龍が苦笑いを浮かべていた。
そんな、些細な日常の一コマを写したような写真。
亀井沙季が何となく持ってきたデジカメを御影咲が見つけ、何となく御影咲がいろんなモノを撮っていると
ジャッカルを撮りたいと言い出したが嫌がるジャッカルを追い掛け回す。
せっかくだからみんなで写ろうと言い出した渡瀬龍に猛反対の仁王。
そんな少数派の意見は無視だと言ってクラスメートにデジカメを渡す亀井沙季。
そしていつの間にか引きずって来られたジャッカルと仁王を押さえつけながら撮れた一枚が、これだった。
たぶん、もう二度と揃うことがないだろう中学三年生の友人六人の集合写真。
丸めてしまった為、折れ目の付いてしまった彼らの顔一つ一つを愛しそうに渡瀬龍は指でなぞった。
「どいつもこいつも、良い顔しやがって…」
そう写真に写るを見つめながら呟いた跡部の言葉に宍戸が小さく頷く。
そんな彼らに背を向け、黙ったまま淀んだ空を見上げた日吉の口許は満足そうに小さく綻ぶ。
決して立派な集合写真とは言えないが、その時の情景をリアルに思い起こさせるその写真は、
一人の青年の涙を誘うには十分すぎるほどのモノだった。
、あのさ。
結果はどうなるかなんてわかんねぇけど。
もしかしたら俺達の世界は元通りになっても、
結局は時空の歪みは消えちまうかもしれないし、
この世界の人間は誰一人、二度とお前に会うことはできなくなるかもしんないけどさ。
頑張るから。
俺、逃げないから。
諦めないで、出来るところまでやってみるから。
この世界にはまだ、お前に会いたがってる奴、たくさんいるんだ。
アイツらの為だけじゃなく、そんな奴らの為にも俺は諦めない。
限界まで、いや、限界を超えてまで世界を変えてみせるから。
だから ―――
お前だけは絶対に俺達の存在を、永遠に忘れないでくれ。