music by G2-MIDI 「水恋〜ミズコイ〜」

 

 

 

 

 

 

 

 

ガキの頃の友情なんて、時が経てば自然に消えてなくなるものだとずっと思っていた。

俺自身、それでもいいと、ずっと思っていたのに。

 

アイツと出会ってそんな考えはなくなった。

 

アイツらとの友情は、俺の中では永遠だと、

例え世界がどうなろうとも、決して消え去ったりはしないって。

 

 

 

 

 

「原因は、これか…。」

 

 

 

 

 

街の片隅にあったインターネットカフェで仁王は一台のパソコンを見つめ、自嘲にも似た小さな笑みを零した。

マウスをクリックしてブラウザを閉じる。

先程見た内容が頭の中をこびりついて離れない。

若干の覚悟は出来ていたものの、やはり動揺は隠せない。

直接の原因がこれでなくても、何らかの影響を及ぼしているのは確実な事実。

仁王はインターネットカフェを出てうんと薄暗くなった空を見上げた。

 

 

 

 

 

「仁王、仁王センパイ!」

 

 

 

 

 

振り返る。

そこには見慣れた後輩と同輩、それと女子高生がいた。

離れ離れになってからそれほど時間は経っていないのにもう随分と会っていない感覚に襲われる。

本当に、時間の流れとは恐ろしい。

仁王は軽い眩暈を覚えながら自分の名を呼んだ三人のもとへ歩み寄った。

 

 

 

 

 

「久しぶりじゃのう赤也、参謀。」

「久方ぶりだな仁王、お前こんなところで何をしていたんだ。」

「…………、」

 

 

 

 

 

柳が仁王の背後に視線を向けた。

仁王が出て来た建物を見上げ「この世界にもネカフェってあるんだ」と呟いた赤也を一瞥し、仁王は口許に笑みを浮かべて言う。

 

 

 

 

 

「お前さんと同じ事をしとったんよ。」

 

 

 

 

 

その自嘲にも似たその表情に、柳の目が薄ら開く。

理解が出来なかった赤也がマヌケな声を漏らすがどちらにも相手はされなかった。

日の暮れた街に微かに流れる冷たい風がそんな四人の間を摺り抜ける。

 

 

 

 

 

「……そうか、」

 

 

 

 

 

少し間を開けた後それだけを呟いた柳が目を閉じる。

自分と同じ事、それだけで仁王の言いたいこと全てを感じとった。

つまりは、自分が渡瀬龍に頼まれた事を仁王は誰に言われたわけでなく独断でやってのけようとしているのだろう。

 

相変わらず無茶な事をする奴だ。

 

柳はフッと口許を緩め、微笑を浮かべて呆然と立ち尽くしていた杏璃に向き直った。

 

 

 

 

 

「わざわざ案内をさせたのはこちらだと言うのに勝手ですまないが、案内はここまででいい。 時間をとらせて悪かったな。」

「え、いいの? 大丈夫なの?」

「何言ってんスか柳センパイ。 アンタ場所わかるんスか?」

「わからん。 だが、ここからそう遠くないだろう。」

「!、どうしてわかるの!? そーだよん家そこすぐ右に曲がってちょっと行ったところを左に曲がったらすぐだもん。」

 

 

 

 

 

驚く杏璃に柳は口許に人差し指を立てた。

「は?」という赤也の声を最後に三人はワケもわからず口を閉ざす。

すると、

 

 

 

 

 

「ゴォォオオオオル!イエーイ!いっ着ーーーーーーー!」

 

 

 

 

 

どこか遠くから聞こえてくる懐かしい声。

突然の雄たけびのような声に唖然とする赤也と杏璃。

プッと誰かが噴出して笑った気がした。

 

 

 

 

 

「先ほどから風に乗ってジャッカルらしき人物の怒鳴り声が聞こえていたのでな。 決定的だったのは今のの叫び声だ。」

「どれだけ声でかいのよ、の奴…。 近所迷惑甚だしいわ。 あんなんだからご近所から警察呼ばれるのよ。」

「やっぱり先輩って警察のお世話になってたりするんスね。 俺なんとなくそうなんじゃないかなーって思ってました。」

「でしょ。 夜中に突然変な唸り声が聞こえるとか気が狂ったような叫び声が聞こえるとか言って結構お世話になってるみたいだよ。」

「一体何が先輩をそうさせてるんスかねー。 てか仁王先輩、笑いすぎっしょ。

 

 

 

 

 

若干一名、ずっと肩を震わせ笑っている人物に鋭く赤也からツッコミが入る。

その人物である仁王は口許を片手で覆いながら必死になかなか治まらない笑いを噛み殺した。

少々呼吸困難に陥りそうな仁王だったが、何とか持ち直し、何度か深呼吸を繰り返す。

そんな仁王を見ていまだ口許の笑みを絶やさない柳は言う。

 

 

 

 

 

「では行こうか、アイツらの元へ。」

 

 

 

 

 

握り締めた手が、熱い。

脳裏に過ぎるのは、先ほど本屋で見たもの。

 

 

 

 

 

終わりが来てしまった一つの世界。

 

 

 

 

 

青い背表紙の一番右端に並べられた本を手に取れば

それは何年か前の自分達の姿。

悔しくて、約束を守れなかった情けなさと、遣る瀬無さが全身の力を奪う。

血が滲むまで握り締めた拳の痛みを、忘れはしない。

今でもはっきりと思い出せるその情景。

だけど、

 

 

 

 

 

ふと目を閉じ、柳は任された自分の役割を思い浮かべる。

 

 

 

 

 

終わりを告げてしまった世界。

毎日が少しずつ過去へと変わって行く中、徐々に離れていってしまう心。

故に、消え去りつつある記憶。

 

 

 

 

 

この世界の人々は、少しずつ自分達の存在を忘れつつある。

流れ行く時の中、目に見えないくらい少しずつ薄れていく存在に誰もが気づかない。

歩みを止めてしまった世界は同時に、人々の心の中でもその歩みを止めてしまう。

いつしか、存在全てを忘れてしまう日がくるのではないか。

 

 

 

 

 

『想いの大きさでできてんだ、この世界は。』

『忘れ去られると、消えちまう。 あっちの世界の人達の記憶から消え去ると、存在する必要が、なくなるんだ。』

 

 

 

 

 

アイツ、渡瀬龍は言った。

想いのでかさで存在出来ているのだと。

誰かに必要とされて、初めて存在出来るのだと。

だとしたら、

 

 

 

 

 

終わりを告げてしまった自分達の世界を

俺達という存在を、これ以上失わせない為に。

 

 

 

 

 

(いったい、何ができると言うのだろうな。)

 

 

 

 

 

教えてくれ、

俺達は確かに存在しているのだと、

お前ならきっと、証明してくれるはずだから。

 

 

 

 

 

いつしか俺達は、お前の心の強さで成り立つ存在となっていたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この世界で生きていく方法 FINAL STORY

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たっだいまー!! おかーさん帰ったよー!!」

「おいコラ! 脱いだ靴くらい揃えて入れ! …あ、お邪魔します!」

「邪魔しまーす。 スリッパねぇのスリッパ。」

「オイこらブン太お前も!! スリッパすぐそこにあるだろ! 人様ん家の靴箱漁るなよ!」

 

 

 

 

 

とブン太が脱いだ靴をジャッカルはせっせと並べなおす。

そんなジャッカルの存在に気づくことなく玄関を駆けていく

また、気にする素振りも見せずにズカズカと奥へ進むブン太。

そんな二人の背中をジャッカルは恨めしく眺めた。

 

 

 

 

 

「キャー何してんのお母さん!」

「お帰り。 お友達来てるわよ。」

「いらっしゃい幸村君達! じゃなくて何コレ! 何みんなに娘の恥を晒してるか!

「久しぶりだね、ちゃん。 そんなに慌てて片付けなくてももう思う存分見た後だから。 ね。」

「何が ね、だ! お母さんのバカー!」

 

 

 

 

 

机の上に散らばったアルバムや写真を掻き集めながら喚くをほほえましく見つめる幸村達。

しかし怒りの矛先である母親は気にする素振りも見せずにさっさと晩御飯の支度を始めていた。

さすがに我が娘となると扱いは酷である。

 

 

 

 

 

「あ、そうだ。 精市君達、今晩何食べたい? 食べて行くでしょう?」

「え、そんな、お気遣いなく…これだけ大の男が揃うと量も半端ないですし。」

 

 

 

 

 

とは言ったものの、幸村達はこのあとどうするかなど、何一つ考えてなどいなかった。

ただに会いに行くということだけを考えていたため、生活面での計画など一切考えてこなかったのだった。

 

寝所はどうするのか。

まさか、野宿?

大の男が何人も並んで見知らぬ街で空を仰いで寝るというのだろうか。

 

みんな同じ事を考えたのか、途端に彼らの表情は青いものへと変わっていった。

その傍らで何やらブツクサと文句を垂れる以外は。

 

 

 

 

 

……何食べたいかなんて私には聞いてくれたこともないくせに……このメン食いめ……

「そんなこと言わずに食べて行きなさいよ。 大の男がこの家にこれだけ集まるなんて事これから先一生ないと思うし。

そうね、オバサン張り切って今晩は焼肉にしてあげるからさ。 育ち盛りなんだからたくさん食べなさい。」

「焼肉!?」

 

 

 

 

 

真っ先に反応を示すブン太に苦笑いを零す柳生。

慌てて真田が遠慮をしろと咎めるがブン太の目の輝きが衰えることはなかった。

 

 

 

 

 

……つーか何食べたいとか聞いといてメニュー決まってんじゃん……家で焼肉とかいつ振りだよ……

「焼肉ならなおさら悪いですよ。 まだ来てない奴が三人いるんです。」

「いいわよこの際三人でも四人でも。 遠慮なんてしないで。 のバイト代があるし。」

「でも俺達の食い気って半端ないですし、特にコイツ。

「今日もバッチリ現役バリバリだぜぃ!」

「…意味不明だっつの。」

 

 

 

 

 

もう焼肉を食べる気満々であるブン太にジャッカルの冷ややかな視線が突き刺さる。

頑なに断り続ける幸村を見てもの母親は財布を取り出し上着を羽織る。

どうやらどれだけ幸村が断ろうともはなから焼肉は決定事項ならしい。

 

 

 

 

 

……私の汗水垂らして得た一ヶ月の給料は一日にして他人の腹を満たすためだけに消えていくのかそうなんだ……て何でぇぇええええ!

「うるさい近所迷惑でしょう。」

「痛っ! ちょっ、今何で叩いた!? 何でタウンページ!?」

「今日トイレの配管が詰まっちゃったのよ。 今からお母さんお肉買ってくるからその間タウンページしまっておいて。

あと人数分のご飯の用意もよろしくね。 食器足らなかったらいつも使ってないやつ奥に突っ込んであるから取り出しなさい。」

「ちょ、そりゃねぇよ母さん…」

 

 

 

 

 

半泣きになりながらも差し出されたタウンページを受け取る。

少し草臥れたそれはの腕にズッシリとした圧力をかけた。

玄関に向かう母親の背中を恨めしげに眺め、溜め息を吐く。

言われたとおりタウンページを棚の上にしまうと、改めては幸村達に向き直った。

 

 

 

 

 

「遅くなったけど久しぶり! みんなおっきくなったね!」

「そうかな? 確かに身長は伸びたかもね。 まあ真田は年齢が少し外見に近づいただけだろうけど。」

「なッ! 何を言うか! ちゃんと身長も伸びとるわ!」

「真田君、今突っ込むべきはそこではないんですがね。」

「ハハハ、放っておきなよ柳生。」

 

 

 

 

 

憤慨する真田を笑ってあしらう幸村に周りは乾いた笑いしか出てこなかった。

適当に流された真田はまだ腑に落ちない表情を浮かべてはいるが少し大人にはなったのだろう。

これ以上は何も口出ししなかった。

 

 

 

 

 

「まさか焼肉が食えるなんて思いもしなかったぜぃ。 お前の母ちゃん太っ腹だな、!」

「お礼は私に言うのだよ、丸井君。 私の稼いだお金だから。」

「ごちっス先輩!」

「いいえー。 …てええ!? 切原君いつの間に!

「オバサンと入れ違いに入ってきたんスよ、ね、柳先輩仁王先輩!」

 

 

 

 

 

いつの間にやらの家に勢揃いした元立海大附属中テニス部レギュラー達。

赤也の振り返った視線の先を振り向くと、すでにちゃっかりリビングのテーブルの椅子に座ってに手を振っている仁王と

その隣で相変わらずの涼しげな表情を浮かべている柳がいた。

や他のメンバーもそれには驚き呆れて、しばらく呆けた後、誰からともなく笑いが零れた。

 

 

 

 

 

「ってことはみんな無事ちゃんの家に到着できたってワケだ。 よかった、一安心だよ。」

「そうですね、何だかんだ言ってもこの広い世界の中、こうやって再び集うことが出来たということは、やはり何か運命というものを感じますね。」

「ものすごく久しぶりに会ったっていうのに全然そんな気しねぇな。 まるで中学時代に戻った気分だ。」

 

 

 

 

 

幸村がホッとした笑みを浮かべ、釣られて柳生も安堵の笑みを零す。

ジャッカルが過去を懐かしむ表情で言うと、今度は皆がそれに同意するように口許を緩めた。

 

 

 

 

 

「俺達みんな、ずっとお前に会いたかったぜよ、。」

 

 

 

 

 

そう言ってニッと笑った仁王を目を真ん丸くして見つめた後、は満面の笑みで頷く。

 

 

 

 

 

「うん、私もみんなに会いたかったよ! ずっと!」

 

 

 

 

 

恥ずかしげもなく歯を見せる屈託のないの笑顔に、そこにいた誰もが何か心温まるものを感じた。

 

願わくばこの時間が永久に続けばいいと、叶わないとわかっていながらもそう願う。

この笑顔を失いたくないと、握り締めた拳が小さく小刻みに震えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

忘れないで。

失わないで。

 

僕達はずっとここにいる。

 

君の心の中に存在しているから。

だから、どうか忘れないで。

 

君の想いが僕らの全てを作り上げていく。

 

君と過ごした日々を、永遠のものに変えていくんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちょっとした余談。

 

 

 

 

 

(ところでの彼氏は一体どれだったのかしら……精市君…は友達だって言ってたし、

あのお父さんみたいな人はの好みではなさそうね。 眼鏡の子? いや、これも好みじゃないわね。

あの赤毛の子かしら。 好みではありそうだけど…いや、それならさっきの銀髪の子かも。

お母さん的にはあの目の細い子が好みね。 若けりゃ私も銀髪の子らへんが好みなんだけど年を取ると落ち着いたのがいいのよねー。

あ、そういえばあのモジャッ毛がのツボに当てはまりそう。 あの子可愛いのとか好きだから。 …それともあのラテン?)

 

 

 

 

 

の母親は肉を買いながらそんなことをぼんやりと考えて続けていた。

 

 

 

 

 

(…ラテンも別にいいかもしれない。)