music by Amor Kana 「ゆびきり」
  音量がやや小さめなので大きくしてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここか。」

 

 

 

 

 

じゃり、砂をにじり踏む。

西日のせいであまり開けていられない目を細め、視界に広がるさら地を見据えた。

この何もないさら地で私有地と書かれた看板が嫌でも目に入る。

 

 

 

 

 

「時の流れは、怖いのう。」

 

 

 

 

 

少しだけ苦笑い。

ポケットから取り出した紙を広げ、頭を掻く。

 

 

 

 

 

『ん、地図。』

『何じゃ、宝探しか?』

『信じられないんだったら、ここに行くといいよ。 あっちの地図だぜ。』

『……何がある。』

 

 

 

 

 

この世界に降り立つ前日、アイツは俺の前に現れた。

元クラスメート、そして中学卒業後突如姿を眩ませた院長の息子。

丁寧に書き上げられた手書きの地図。

俺の質問にアイツ、龍は

 

『何も、ないんだよ。』

 

と泣き出しそうな表情で半ば無理矢理俺に地図を押し付け去って行った。

そして今俺は地図に印された場所の前に立ち尽くしている。

確かにそこには何もなかった。

 

あるはずのモノが、なかったんだ。

 

 

 

 

 

「………、」

 

 

 

 

 

まるで遊んでいるような風が仁王の髪を無造作に揺らし、手の中の地図を奪い取って行った。

その地図の赤く印された箇所には書きなぐったような乱雑な文字で

『病院跡』と書かれてあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この世界で生きていく方法 FINAL STORY

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まーるいまーるいまーるいくーん。」

「んだよ、耳元で連呼すんな。 それに ま を伸ばすと丸いって意味で聞こえるからヤメろぃ。」

「ワザとだよ。」

「張り倒すぞ。」

 

 

 

 

 

えいっと隣のトレイにのったポテトを摘んで即座に口の中に入れると

顔を歪めたブン太が私のトレイにのったポテトを八本摘んで口の中に放り込んだ。

三年経った今では五倍から八倍返しに格上げされたらしい。

そういやあの頃ポテチを五袋買いに行かされたな。

過去のことを思い出してムッとした私はもう一度食ってやろうと手を伸ばすも今度は見事に叩き落とされた。

チィッ。

 

 

 

 

 

「卑しいんだよお前。」

「いや、それ君に言われたくない言葉ベストスリーだよ。」

「俺卑しくねえし。 今ポテト一本やっただろぃ。」

「ムキィー、八本取られたからマイナス七本だよバーカ!」

 

 

 

 

 

家から一番近いファーストフード店のカウンターに二人並んでポテトとドリンクで空腹を満たす。

ケチってポテトだけしか与えなかったからか、ブン太はずっと私のトレイに横たわるポテトを腹を空かせた鷹のように狙っていた。

絶対に食わせるものか!

貴重なポテトを八本も食われたんだ、次こそは死守してみせる!

 

 

 

 

 

「ねぇ、」

「んだよ。」

「こっち見ないでよ。」

「見てねぇよ。 自意識過剰。」

「ナルシスト。」

「給料三万円。」

「だから何だ。 悪いか! 私の汗と涙の結晶なのよ!」

「ショッボ。俺なんて軽く六万は越えてるぜぃ。」

「六万!? 何のバイトしてるの?」

「ただの居酒屋。 毎日遅くまで入ってるから結構貯まるんだよなぁ。 たまに土日も入るし。」

 

 

 

 

 

ニッと歯を見せて笑うブン太。

……バイトかぁ。

そっか、もう高校生だもんね。

来年はもう大学生なんだし…こんな会話は当たり前。

だけど何だかブン太とこんな話をするなんて違和感を大いに感じる。

私の中ではまだまだ彼らは中学生のイメージだし。

時の流れは、早い。

そして何故か知らず知らずのうちにじわじわと焦燥感に掻き立てられ、不安が襲い掛かり、胸の奥がキュッとさせられた。

 

 

 

 

 

「へー、部活はそんなので大丈夫なの? バイトと両立って辛くない?」

 

 

 

 

 

何気なしに私は疑問を口にする。

ブン太はコーラのストローをくわえながらウィンドウの向こうを眺めて「まあな。」と返事を返した。

その瞳は何処か遠くをぼんやりと映していて、酷く心ここにあらずな返事だった。

 

 

 

 

 

「……?、どうかした。」

「いや、ただ、悔しいなって。」

「何が?」

「こんな事があったとか、あそこの飯が美味かったとか、伝えたい事がありすぎて、伝えられないんよ。」

 

 

 

 

 

伝えきれねぇんだわ、とブン太は自嘲気味に笑った。

中味が氷だけになったカップをトレイに戻し、ブン太は立ち上がる。

私の頭を幾分か大きくなった手の平で優しく叩くと「行こーぜ。」と言って私の分のトレイも持ってサンキューボックスまで歩いて行った。

その手の温かさが、妙に物悲しかった。

 

 

 

 

 

「あ、」

「何? 何か美味いもんでもあった?」

「ジャッカル!」

「ジャッカルは食いもんじゃねえぞ。」

食い物から離れろ! そうじゃなくてジャッカルが今外歩いてた!」

「ナニ!?」

 

 

 

 

 

慌てて店を飛び出した私とブン太に店員のお姉さんは爽やかにありがとうございましたーと声をかける。

 

 

 

 

 

「いた!?」

「あっち!」

 

 

 

 

 

ジャッカルが歩いて行った方向へと小走りで向かう。

絶対あの黒ハゲはジャッカルだ。

あの綺麗な黒ハゲがジャッカルでないはずがない!

私は妙な確信を持って目的のハゲを追う。

 

 

 

 

 

「ジャッカル!」

 

 

 

 

 

ブン太が名を呼ぶと黒ハゲはゆっくりと振り返った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンタ、確か氷帝の…」

 

 

 

 

 

見知らぬ女と柳先輩が俺の前を歩く。

誰だったっけなとずっと考え込んでいると、ふと、頭を過ぎった懐かしい顔。

今よりずいぶん幼い顔をしていたが確かに同一人物だろう。

あの日、真夜中の屋上にいた、先輩の友達だ。

名は何だったか。

何しろ俺はあの日先輩を引き止めてしまったせいで副部長に殴られ、それどころじゃなかった。

 

 

 

 

 

「久しぶりだね、切原赤也君。 少し身長伸びた?」

「え、あ、わかります? 伸びましたよ8センチ!」

「つか声も低くなったね。 、驚くんじゃない?」

「えー声はそんな変わんねっスよ。 あとちょっと髪が真っ直ぐになった気がしません!?」

「え、しない。」

 

 

 

 

 

何コイツ。

潰していい?

 

 

 

 

 

「で、俺ら今何処向かってんスか?」

の家に決まっているだろう、たわけ。 寝ぼけたことを抜かすな。」

「アテッ!」

 

 

 

 

 

柳先輩の鞄が俺の頭に当たる。

くそっ革だから痛ぇよ畜生!

ったくこの人はすぐ俺に手を出すから…!

 

 

 

 

 

「みんな、ちゃんと先輩ん家に向かってますよね? どっか宇宙とかに飛ばされたりは…!」

「安心しろ。 たぶんアイツらは全員無事この世界にいる。」

「何でわかるんスか!? それ何情報!?」

「勘だ。」

「………うっわ、超頼もし。」

 

 

 

 

 

超不安なんだけど。

 

 

 

 

 

「ねぇ、私聞きたいことがあるんだけど。 二人に。」

「……何だ。」

 

 

 

 

 

ピタリと足を止める。

少し前で立ち止まった女子高生がさっきより幾分か低い声でもう一度ねえ、と言った。

 

 

 

 

 

「どうして柳君と切原君しかいないのかっていう事情は聞いた。 だけどどうして今になってこの世界に来たの?」

 

 

 

 

 

杏璃サン(だっけ?)の質問にスッと柳先輩の目が開く。

ああ、そうだ杏璃サンだ。

名前、杏璃だったなこの人。

 

さっきとは違い、いくらか低い温度が俺達三人を包んだ。

暫く待っても柳先輩は口を開かず、黙ったまま黙々と歩き始めた。

慌てて俺らも後を追う。

 

 

 

 

 

「シカトですか。 私にも言えないこと?」

「ちょっとモシモシ柳センパーイ? 道案内してくれてる相手にシカトは酷いんじゃないっスかー?」

「…………。」

 

 

 

 

 

……って俺もシカトかよ!

何なんだよムッカつく!

柳先輩が何も言わないなら俺が説明してやろうと思い、口を開きかけたその時、俺の声に覆いかぶさるように柳先輩が俺の名を呼んだ。

 

 

 

 

 

「……知らせる必要は、ない。」

「!」

「何でっスか! 杏璃サンだって向こうに仲間が…氷帝の奴らがいるんスよ!」

 

 

 

 

 

俺が半ば感情的に柳先輩の肩を掴むと、肩越しに振り返った柳先輩の氷のように冷たい表情に一瞬戸惑った。

何で…何でそんな威圧的な態度で俺を見るんだよ。

納得がいかない、不満だという思いが顔に出ていたのか、柳先輩はゆっくり息を吐いてもう一度俺の名を呼んだ。

 

 

 

 

 

「それが、優しさだ。」

 

 

 

 

 

フッと緩まった柳先輩の目元。

俺は少しだけ息を呑んでハッとした。

 

 

 

 

 

『後悔、残してくるなよ。』

 

 

 

 

 

そう言って俺の背中を押してくれたあの人の顔を思い出す。

その人物とは、跡部さんだ。

 

俺達がこの世界に来る前日、俺が通う立海大附属高校の校門にもたれる様にして立っていた跡部さん。

本当は自分も行きたかったはずなのに、その日はどうしても外せない試合があると言って来なかった。

そのことを柳生先輩に話したら、『彼は私達に気を遣ったんでしょう。』と困った顔をして言った。

 

俺は、あの人の分も背負って今ここにいる。

俺達は、物凄く重いモノを心に抱えたままこの世界に降り立った。

 

そんな思いを、彼女にわざわざ伝えることもない。

知らぬが仏。

そういう諺があるように、知らない方が幸せな時もあるんだ。

 

 

 

 

 

「………わかったッス。」

 

 

 

 

 

感情だけで全てを投げ出して突っ走るのは、もうやめにする。

あの時は感情に任せて先輩を引き止めた事によって先輩の笑顔を見ることが出来た。

でも今度もまた良い方向に事が転ぶかどうかなんてわかんねぇし。

 

俺は渋々だったけど、柳先輩の意見に同意し、頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先輩。

 

俺、高校生になったんスよ。

中身も外見も、あの頃とさほど変わらないけど、もう高校生なんスよ。

 

次に春が来たら、またこの先輩達は俺より一年も先に学校を出て行く。

今度はたぶん本当の別れが来るかもしれない。

そのまま立海の大学に通う人、外部の大学を受験する人、はたまた就職する人。

 

まだまだ選択肢だっていっぱいで、俺もそのまた次の春になればどうなるかわかったもんじゃない。

だって俺馬鹿だし、相変わらず英語は赤点だらけだし。

あ、でもアルファベットを順に言えるようにはなったッスよ。

 

 

 

 

 

不安なんていっぱいだし、テニスだっていつまでやってられるかわかんねぇし。

いや、やめる気はさらさらないんだけど。

 

だけど今は、この大切な時間を噛み締めながら毎日を全力で生きてます。

先輩のように、先輩達とも会いたくてもすぐに会えないって状態になる日がいつか来るかもしれない。

そう思うと、毎日がかけがえなく大切に思えてくるんです。

 

先輩が自分の世界に帰ってから、何度その中に先輩がいてくれたらな、って思ったことか。

そんな俺のかけがえのない日々に、先輩があの日のように元気に駆け回ってくれてたらなって、何度思ったか知ってます?

一緒に同じ時間を、同じ場所で過ごせたらなって、気が付けばそんなことを考えてた。

そういうの、何だっけ、センチメンタルっつーんスか?

あ、ほら、ちょっと英語できるようになってるっショ!?

 

 

 

 

 

とにかく、高校生の俺を見て、惚れたって知りませんから。

俺様の成長に酔いな!

 

 

 

 

 

………って、コレやっぱ恥ずかしいや。 俺には無理だ。