拝啓、アナタ様
「おい景吾。」
珍しく朝、親父と朝食の時間が重なった。
長いテーブルを挟んで、少し距離があるが親父はそのまま英字新聞を広げながら俺の名前を呼んだ。
俺は側にいた使用人から朝食を受け取ると、まずは水で渇いた喉を潤しながら視線だけを親父に向けた。
「これはお前の知り合いか?」
「・・・・・どれですか?」
「おい、例のものを景吾に渡しなさい。」
親父の隣で真っ直ぐに立っていた男が「かしこまりました。」と短い返事を返し、胸ポケットから封筒のようなものを取り出した。
なんだ、手紙か?
その使用人の男は俺のもとまでやってきてそれを言われた通りに手渡した。
「その子はなかなか面白いことをするな。驚いた。」
「・・・・はあ。何がです?」
「その手紙、お前宛てなんだが私の会社の郵便物として入ってあったんだよ。」
あて先の下を見て御覧なさい、と言われて俺はその封筒を裏返す。
そこには親父の会社の住所が書いてあり、そのガタガタした文字を順に辿っていくと、色ペンで枠組みされたメッセージのようなものが書かれてあった。
住所わかんなかったからネットで適当に跡部の会社の住所調べて書いちゃった!エヘッ☆(>∀・)
「あのバカ・・・。」
今日の晩御飯は肉じゃが。
テーブルの上に並べられたご飯にヨダレを垂らしながらも一生懸命ご飯をよそう。
わーいい匂い。
「ー。ご飯入れたら先食べてていいわよ。お母さんまだ洗い物終わってないから。」
「はーい!!」
自分の分のご飯が入ったお茶碗を片手に肉じゃがに手を伸ばす。
なんだか懐かしくって出来立てで熱いのについついジャガイモを一口で口に含んでしまった。
「ぶあっちあっつ!!!!」
口の中はたちまち火山の噴火。
それでも吐き出すことなくもぐもぐと必死に噛み続けてやった。
そんな私を台所から見ていたお母さんが「バカねー。」と呟いて皿を濯ぎ続けていた。
「・・・・あ、」
ごくんとジャガイモを飲み込んですぐにお茶を飲む。
ちょっと舌がピリッとして痛かった。
「お母さーん。」
「はいはい、何?」
「今日の肉じゃが味、濃くない?」
タオルで手を拭いていたお母さんにそう言うと、お母さんは「どれどれ」と言いながら味見をしに私の元までやってきた。
ちょっと、私の肉じゃがの汁飲まないでよ・・・・。
お母さんは「ん〜」と口を濁して難しい顔をしたまま首を傾げた。
「そんなことないわよ。いつもと同じ濃さよ。」
「えーそうかな。何だか肉じゃがにしちゃ濃い気がしたんだけど・・・」
もう一口くちに含んで奥歯で噛み締める。
お母さんが「まあ今日は我慢しなさい。」と言いながらまた台所へ戻っていくのをそっと目で追う。
(あ、そっか・・・・。)
仁王のが薄味だったんだ。
最後に食べた肉じゃがの味を思い浮かべながら食べたから・・・
だからいつも食べてたはずの家の味が濃く感じちゃったのかな。
私は箸をちょこっと咥えながら目の前の肉じゃがをじっと見つめた。
胸のうちが少し熱くなってくる。
大丈夫だ、大丈夫だ私!
「あとニンジン半生なんですけど・・・」
「えーそう?それくらい我慢してよアハハ。」
きっと私の料理のできなさは母親譲りなんだろうな、と口の中でガリガリいうニンジンを奥歯で噛み砕いた。
「あーとべっ!何見てんのー!?」
部室の扉がバタンと開いてソファーに座っていた俺の背後からガバッと抱きついてくる。
そんなジローをすぐさまベリッと引き剥がすと、俺は今朝親父に渡されたからの手紙を開けることにした。
ジロー以外はもうすでに部室に揃っていて、みんなして俺とジローの方へと振り返った。
「何ソレ跡部。手紙かよ?」
「ラブレターか?ラブレターやろ?なんやソイツ古い手使こてくるなー。」
「ばっか違えよ絶対ぇ果たし状だぜ!!跡部自分でも知らないうちに誰コレかまわず喧嘩売ってるからな!!」
宍戸、忍足、向日と続いて俺の手元にある手紙を覗き込んでくる。
ジローは早く開けろといわんばかりに目を輝かせて期待に満ちた表情で俺を見上げていた。
・・・ったく、コイツら好き放題言いやがって・・・。
でも俺が食って掛からないのはどうやら俺自身、相当早くこの中身を見たいらしい。
「なんだ、三つに分かれてんじゃん。」
向日が不思議そうに声を上げる。
開けた封筒から出てきたのは三枚の手紙らしきもの。
そのうち二枚は個々に折り畳まれていて、一つはハートのシール、もう一つは髑髏のシールが貼られていた。
俺はそのうちハートのシールが貼られているほうの手紙を手に取り、裏を見た。
「おら日吉。お前にだ。」
「え?」
「からだとよ。」
「・・・・え?」
今明らか嫌そうな顔をした日吉はさておき、もう一つの髑髏のシールが貼られた方の手紙は誰宛てなのか。
渋々手を差し出す日吉に手紙を渡し、もう一つの手紙の裏を見た。
「これは宍戸の分だ。」
「なんで俺がドクロなんだよ!!?」
「扱いの差が激しいなーちゃんは・・・。」
「あのね、ちゃんは日吉のことが大好きなんだよー。」
「へえ、いい趣味してんなーアイツ。」
向日が何か冷めた目で日吉の手紙と宍戸の手紙を交互に見つめていた。
宍戸は苦虫を噛み潰したようにものすごく顔を歪めながらもその髑髏のシールが貼られた手紙を受け取る。
「・・・・宍戸のが果たし状だったんだな。」
「跡部もう一枚なにー?」
「これは・・・俺宛て、だな。」
もう一枚は普通に折り畳まれていて、綺麗でもなく汚くもない、つまり評価するに値しない字で“あとべくん”と書かれてあった。
それを取り出すとジローが途端に拗ねたように四肢をバタつかせ始めた。
ったく、めんどくせえ奴。
「いいないいなー!!何で宍戸と日吉と跡部だけ手紙があるのー!!?」
「よければ俺の分をどうぞ芥川さん。」
「こらこら日吉。それはあかんで・・・。」
「まあ俺どっちかっていうと日吉の方が読むの怖えな。」
「・・・・・宍戸のもどうかと思うけど・・・。」
向日から残念な視線を向けられた宍戸はそれでもやはり日吉の方が嫌だと言い張る。
確かに俺も日吉の立場なら読む気が引けるな。
いまだ俺の背後で何か文句を垂れているジローが日吉の手から手紙を奪い取り、
「俺が読んであげる!」と言って返事も聞かないままに手紙を開封した。
「えーっとナニナニ?」
「うわー何か知んねえけど俺すっげえドキドキする!」
「岳人、それはたぶん恐怖からくるものやろ?」
「さっきから聞いてれば何だかさん可哀想ですね。」
「まあ本当のことだからしゃーねーよ。」
ジローが手紙を真剣に見つめながら大きな目を左右に這わす。
そして声に出して読み始めた。
他の奴らはそれを固唾を呑む思いで耳を澄まして聞く。
「日吉君にはいろいろご迷惑をお掛けしました。
えっと、お忘れでしょうがあの日の告白は嘘ではありません。
赤也君の次に大好きです!
あの日、日吉君と愛を語り合いながら一緒に歩いたあの病院の散歩道は私にとって忘れられない思い出です。
とても貴重な時間をありがとうございました。
それでは、お元気で。 。・・・・・・・・・・・・だって。」
手紙から視線を外したジローが顔を上げて日吉の表情を窺う。
日吉の顔はこれ以上ないってくらい失笑していた。
・・・・こんな日吉を見たのは初めてかもしれねえな。
「アイツ堂々と好きな奴に二番目宣言しやがった・・・・。」
「それよりも俺、愛を語った覚えがないんですけど。」
「ああ、心配ねえ。妄想だろ。」
俺の言葉に安心したように肩を下ろす日吉。
でも俺は知っている。
お前はそれほどアイツのことを嫌ってないし拒否ってだっていねえだろ。
むしろその逆。
態度や口には出さないが日吉はのことを気に入ってる。
それは日頃からコイツを見てきた俺たちは言わずとも心の中でわかっていた。
「じゃあ宍戸のは俺が読んでやるよ!」
「あー別にいいぜ。自分で読むのが怖えし。」
「そりゃ見かけ果たし状やもんな。」
「さんは宍戸さんに何の恨みがあるんでしょうね。」
「・・・・・こっちが聞きたいぜ。」
向日が宍戸から手紙を受け取って髑髏のシールを乱雑に剥がしていく。
それを横目で見ながら俺は自分の手紙を開かずにそっと封筒の中にしまった。
まだ、読む気がしねえ。
ここで読むのはコイツら二人の分でいいだろう。
向日は手紙を広げると、その隣からジローがひょっこり顔を出して手紙を覗き込んだ。
「えーっと、ハローこんにちは宍戸君。
私結局わからず仕舞いでずと気になってたんですが、
どうしてわざわざあの立海の近くのスーパーで肉の安売りを買ってたんですか?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
向日が手紙から顔を離して宍戸に視線を向ける。
宍戸は目を見開いて顔を引き攣らせたまま固まっていた。
だらだら額から流れる汗が半端ない。
ハンッ、こいつもとんだ失態をこいたものだな。
日吉が哀れんだ視線を宍戸に投げかけたのは全員が宍戸を見ていたため、誰一人として気がつくことはなかった。
「宍戸ーそうかそうかー!!それがちゃんとの出会いやってんな!!」
「肉の安売り買ってるところ見られちゃったんだーアハハハハ!!」
「大丈夫大丈夫!そんな宍戸全然激ダサじゃな「だあああああああうっせえもう返せ!破り捨ててやる!!」
「おーっとそれは無理や。続きはこの忍足君が読んだろ。ちゃんと耳の穴かっぽじって聞きや。」
「や、やめろおーーーーーーーーーーー!!」
向日から手紙を奪い取った忍足に顔を真っ赤にして必死に手を伸ばす宍戸。
俺はそんな暴れまわっているコイツらを鼻で笑い、手紙を手にしたまま気づかれないよう一人で部室から出て行った。
その時日吉が少し俺に視線を這わせたが、何も言わずに開いたままだったドアを閉めてくれたのを俺は背中に受けた音だけで判断した。
少しだけ吹く風が心地いい。
前髪を揺らすこの風が、アイツの住む世界にも吹いているのだろうかと、何気ないことをふと考えてしまう。
まるで、アイツと過ごした入院生活の日々が夢のようだったと、今更になって思った。
少し歩いたところにある人があまりこない裏庭へと足を運ぶ。
そこにある大きな木の下に腰をおろし、封筒から先ほどしまったばかりの手紙を取り出す。
紙が擦れる音がやけに大きく耳に聞こえた。
「んで、俺様に今頃何が言いたいってんだアイツは・・・・。」
独り言のようにそう呟くと、開けた手紙からまず最初に読み取れる文字は“あとべくんへ”という俺の名前。
・・・漢字で書け。
せめて“くん”だけでも“君”と書いて欲しかったと思いながらも、アイツには書けそうにないな、と半ば諦めて溜め息を吐いた。
それでも自然と口元が綻ぶ。
俺は小さく鼻で笑ったあと、そのやけに大きな字で書かれた短い手紙を口に出さずに目で追って読み始めた。
あとべくんへ
「人の病室覗きやがって何の用だ。」
病院生活のほんの数日だけの思い出だったけど、私はすごく楽しかったです。
「立海の三年生です!名前はと言います!」
「友達は一生の宝物だから。」
「・・・嘘・・・あれ?私・・・何か思い出せない。」
いつも暴力的でかなりドSな跡部君でしたね。
あれ、正直かなり痛かったです。
他の女の子にあーいう暴力すると絶対訴えられますよ?
「・・・・うっせーよ。あんなの他の女にするわけねえだろバーカ。」
「この話は内緒ね内緒!シーッだからね!」
「・・・私部屋戻るね。」
「お前日吉の追っ掛けか?」
「・・・俺は知ってますよ。アンタが何故俺を知ってるのか。」
でも、私はそんな跡部君が好きなんです。
だからいつまでもそのままでいてください。
言われなくても、俺はずっとこのままだ。
変わる気なんてさらさらねえ。
「酷い!私は氷帝のオムライスが食べたいんだよ!氷帝のオムライスを食したいんだよ!」
「・・・・でも、限りある時間だから素敵なんだよ。限りある時間の中だからこそ。」
「・・・お別れだ、。」
「今日は俺様の我が儘に付き合わせて悪かったな。」
―――――― ・・ 何、らしくもねえことしてんだ俺。
頬に伝う何か温かなものを感じてそっとそこに手を当てる。
それは、俺に似つかわしくない、何かだった。
「・・・・・ったく、お前は罪深い女だぜ、。」
涙で濡れたその手をそのまま口へとあてる。
爽やかに吹いた悪戯な風が、俺の頬を撫で、一筋の涙の跡をあっという間に乾かしていった。
もう、泣いたあとなんて跡形もない。
「元気でな、。」
跡部君、住む世界は違うけど、
私はずっと存在しているんだよ。
だから ・・ ―――――――――
―――――― ・・ 寂しがったりしないでね。
P:S 跡部君の病室のリンゴ黙って持って帰ったの私です。でも食べたの仁王君ですごめんなさい。
「・・・・・・全然悪気ねえな、まったく。」
そういえばあの時俺の見舞いに誰かが持ってきたリンゴがなくなってたな、なんて今更ながらに思い出す。
まあたぶんだろうと思ってはいたが・・・・・やっぱりアイツかよ。
まったく、期待を裏切らない奴だぜアイツは。
読み終えた手紙をもとあったように折り畳み、封筒に仕舞う。
何だろう、妙に清々しい気分だ。
緩やかな風に身を委ね、木にもたれ掛かったまま、俺はそっと目を閉じた。
そして俺は手紙を握ったまま、夢の中へと旅立った。
なあ、。
お前はどうか知らねえが。
俺にとってのあの数日間はお前の一ヶ月に値しないくらい長い数日間だった。
お前のその強い目。
揺るぎない自信に満ち溢れたその言葉。
俺は結構気に入ってたんだぜ。。
今もしお前が何処かのこの空の下で笑っているというのなら、
俺はもう、何も願うことなどない。
だからどうか、いつまでもそのままのお前でいろよ。
それだけで、もう十分だ。
あとがき
跡部視点で氷帝をまとめてみました^^
結構このサブ的跡部さん人気だったんで・・・・
えへ、出しゃばらない跡部のが私は好きです。デレ笑
2007.08.20