拝啓、アナタ様
教室の窓から見える空を見上げた。
もしかしたらみんなもこの同じ空を見上げているのかな、なんて。
ちょっぴり一昔前の青春に入り浸る。
あーもう勉強嫌だー。
先生の言ってること意味わかんないもん。
何よこの暗号のような数式は。
そんなことよりもっと学ばなきゃなんないことあるでしょう。
ほら、そこで鏡見ながらお化粧している愛子ちゃんも。
前の席で携帯弄ってる隼人君も。
隣でウォークマン聞いている聡史君も。
一番前の席なのに堂々と寝ちゃってる彩夏ちゃんも。
みんなみーんな、もっと学ばなくちゃいけないことがあるでしょう。
勉強じゃないんだよ。
そりゃ勉強だって大切だ。
だけど欠けてはいけないモノを欠かした状態でいくら勉強してたって、それは何の意味も持たない。
もっと、勉強よりも大切なモノを、私達は学ぶべきなんだ。
私は、それを誰よりも先に、学んできたつもりだけどね。
「うりゃー!!」
丸井の声でその場はまた騒がしくなる。
手紙を手にしていたはずの赤也の手から手紙はなくなっていて、今度は丸井の手に手紙が移っていた。
そしてまた丸井の周りに人が群がり始める。
そんな光景をぼんやりとベンチに座りながら見ていると、ふと、俺の前に人影がひょっこりと現れた。
「幸村何ボーっとしとう。もう戦線離脱しちょるんか?」
「あれ、っていうかまだやってたの?手紙争奪戦。」
「・・・・・・本当に大物じゃよお前さん・・・。」
仁王が呆れたと言わんばかりの溜め息を吐き、額を手に当てる。
まあ言い出した俺がこんな状態じゃ仁王も脱力しちゃうってものだよね。
でも俺は疲れたんだ。
もう元気に丸井達から手紙を奪い取る元気だって残っちゃいない。
それは何だか今まで溜まっていた疲れがここにきてどっと押し寄せてきたような感じ。
立海大附属中テニス部部長がこんなのじゃ、全く情けないな・・・。
「なーに笑っちょるん?」
「・・・・・いや、清々しいなーって・・・・爽やかな風が吹いてるじゃない?」
「確かに吹いちょるけど・・・疲れたんじゃろ?そんな遠回しに言わんでもよかよ?」
「ふふ、さすがに詐欺師は騙せないって?・・・・・うん、ちょっとね、疲れたんだ。」
「ほう、今日はやけに素直に認めたの。珍しい、何か降って来るかもしれんっちゅうのに俺今日傘忘れてしもた。」
「・・・・・こんな快晴の日に傘さしてたらいくらモテモテな仁王でも女の子からドン引きされちゃうよ。」
お互い目も合わさず、ただ手紙を取り合う仲間を見ながら口だけ動かす。
ぼんやりとただ視界に映していただけの俺が意識を持ってその光景を見ようとしてみたところ、
ちょうどジャッカルが赤也をこかしてしまい、起き上がった赤也が赤目になった瞬間だった。
隣に突っ立っていた仁王から「ぶっ」という吹いた笑い声が聞こえてきた。
「赤也も、短気じゃなホント・・・。」
「赤也がずっとニコニコしている方が俺は気持ちが悪いけどな。」
「まあ、確かに素直すぎても鬱陶しいだけじゃけんの。」
「でも今のままだったらジャッカルが非常に可哀想だけどな。」
「お、幸村でも可哀想とか思っちょったんか。初耳じゃ。」
「うん、だって今初めて思ったからね。」
「・・・・・そっか。」
赤也がジャッカルに向かってテニスボールを投げつけている。
ジャッカルはそれを全て綺麗にかわしながらも、足元に転がっていたテニスボールを踏んづけて滑り、結局は転んでいた。
「ねえ仁王。」
「んー?」
「ちゃんって・・・変な子だよね。」
「今更それ?」
「うん、やっぱり変な子だよね。ありえないよ。」
「・・・・・・・・。」
俺はいつだって人の行動を深読みして自分の一番の安全策をとる。
要領がいいと言えばそれまでだ。
俺は自分で言っちゃうけど結構世渡り上手だと思う。
だけど、君と出会って、俺は改めて思った。
そんな生き方はつまらない、と。
本能のままで動いて、
いいも悪いも全て考えずに思ったことをすぐ行動に移す。
そんな君を見ていると、初めこそ俺は「バカだな」と思った。
だってそうじゃない?
嫌われてるのに絡んできて、やってもない濡れ衣着せられて、
それでもなお笑って俺達の側にいた。
これをバカと呼ばずに何と呼ぼう。
「おまけに、バカだし。」
「煩いし?」
「気は強いし見ててイライラするし・・・」
「鬱陶しいし。」
「頑固だし・・・」
次々にあげられるちゃんの印象。
あれ、残念なことにいいところがひとつもないや。
しかも口に出してると止まらない。
一度あげだすと止まらない。
・・・・・・・・・・・。
「でもね、俺、尊敬してるよ彼女を。」
「ほう・・・尊敬ねえ〜・・・・」
「いちいちムカつく返事しないでくれるかな。だったら黙っててくれたほうが幾分かマシだよ。」
「ピヨッ。」
足を踏んで謝らなかったとか何とかで、真田がジャッカルの頬をぶん殴る。
それを見た瞬間、柳生、赤也、丸井、柳が危険を察して真田から少し離れていった。
殴られたジャッカルが頬を押さえながら何やら真田に対して抗議をしている。
・・・・どうやら足を踏んだのはジャッカルではなく、柳だったらしい。
とんだ災難だったな、ジャッカル。
哀れみの瞳に彼らの騒がしいやりとりを映す。
真田がジャッカルに謝りの言葉を伝えるも、それを冷やかすように赤也と丸井が野次を飛ばす。
それに切れた真田が今度は逃げ出す赤也を追いかけ回していた。
・・・・それよりも、手紙は何処へ行ったんだ?
「止まれ赤也ー!!」
「なーんで俺だけなんスか!!?ブン太サンは!?」
「丸井はあとだ!!とにかく逃げるな赤也!!!」
「だったらその拳引っ込めてから言ってくださいよ!!殴られるのわかってて止まりたくねえし!!!」
わーわー逃げ惑う赤也を見ながら丸井は笑っている。
ジャッカルが今度は柳に向かって何やら文句を言っているようだ。
風に乗って聞こえてくる声に、仁王が喉を鳴らして笑った。
「お前のせいで殴られちまっただろ。あーくそ痛え!」
「すまない。邪魔だったからつい、な。まさかジャッカルに被害が及ぶとは思ってなかったんだ。」
「嘘はいけませんよ柳君。貴方タイミングを計っていたでしょう。まったく、参謀の名が聞いて呆れますね。」
「・・・・まあ確かに俺のデータに狂いはないからな。」
「やっぱり俺に罪を擦り付けたんじゃねえか!!畜生!!」
ちょうど追いかけられていた赤也がフェンスの隅に追いやられた時だった。
虚しいジャッカルの叫びがコート内に響き渡った時だった。
俺の視界に犬が入ってきたのは。
「あ、あの犬・・・。」
「確か・・・ケンタくんじゃったかの。」
「いやだからフランソワードだって。っていうかそれよりも、手紙咥えちゃってるよあのバカ犬。」
バカ犬は口に手紙を咥えてちょうどテニスコートから出ようとしているところだった。
まずい。これは非情にまずい。
この犬が外へ出て何処かへ逃げられたら俺達は一生あの手紙を読めなくなってしまう。
いくら校内に住み着いてると言っても、次に会った時に手紙を咥えているなんてことはまずないんだから。
「あー!!!!」
俺がベンチから立ち上がったちょうどその時、
真田に殴られ寸前だった赤也の大声が聞こえて全員が赤也の指差す方向を目で追う。
しかし、その声に体をビクつかせたバカ犬は、驚きのあまりそそくさっとコート内から出て行ってしまった。
赤也、お仕置きだな。
「ちょ、おい!今確かあの犬・・・」
「ああ、間違いなく手紙を咥えていたな。」
焦りだす丸井に案外冷静な柳。
俺達は取り合うべきものを失い、呆然とその場に立ち尽くし、
ただあの犬が出て行ったフェンスを口を開けた状態で見つめていた。
「そうこうしてられませんね。直ちに追いかけましょう。」
「これは冗談抜きでヤバイよな。取り合いなんてしないでさっさと中身見とけばよかったぜぃ。」
「シッ、それ言っちゃ幸村部長に殺されますよブン太サン!」
とりあえず手紙を取り戻したら赤也にはあとで今日する予定だった練習と筋トレをさせるとしよう。
俺の殺気に気づいたのか、赤也は一瞬体を震わせながら首をかしげ、犬を追うため丸井達と共にコートを出て行った。
仁王が勘弁してやれとでも言いたげに俺の肩をポンポンと叩いたので、俺は「別に何もしないよ」と嘘をついた。
「幸村、」
「ん?」
仁王は俺の肩に手を乗せたまま俺の名前を呼ぶ。
素直に振り返ると頬に指が刺さった。
「・・・・・・・・・へえ。」
「ずっと、笑っちょらんよ。」
「え?」
「ほら、スマイルスマイル。」
そう言うと仁王は俺の頬を両手で摘んで上げ下げする。
正直痛いしムカついたけど今日の俺はおかしなことにやられたらやられっぱなしだった。
抵抗しない俺を見て調子に乗った仁王が携帯を取り出して写真を撮ろうとしてきたので
それはさすがにと思い、携帯を持つ仁王の手を思いっきり叩き落としてやった。
「・・・・痛い。」
「俺の頬の方が痛い。」
「そりゃすまんかったの。頬、赤いぜよ。」
ひりひりする頬を軽く撫で、罰が悪そうに微笑む仁王を盗み見た。
仁王は、携帯をポケットにしまい、そして俺に背を向けてコートの出口に向かって歩き出した。
「寂しいんじゃろ?」
出口付近で仁王が少し大きめの声でその場に立ち尽くしたままの俺に問う。
「が、おらんと寂しいんじゃろ?」
「何を・・・・急に・・・・」
「俺は寂しかよ?」
振り返って口元を上げた笑みを貼り付けた仁王は、
俺がよく知っている仁王であって、
以前とは少し違った仁王だった。
「俺は、寂しい。」
きっと、彼女がいなければ、仁王がこんなにも自分の気持ちをはっきりと口に出すことなんてなかっただろう。
素直に、自分の気持ちを認めることなんてなかっただろう。
俺達を前に、こんなにも素直に・・―――――
俺も、こんなに素直に言えたらどれだけ楽だろう。
「だから、俺は、まだあまり上手く笑えん。」
俺もそうだよ。
寂しくて、笑えない。
笑っていても、どこか気が抜けた感じで・・・・
そのあとにはいつも溜め息が零れるんだ。
だけど誰にも言えなくて、言う機会だってなくて、
俺は遠回しな言い方ばかりで本音を喋る。
だから誰もわかってくれない。
理解、してくれない。
それが嫌なわけではないけれど。
それで今まで生きてきたんだから別にかまわないんだけれど。
だけど、言いたい時にはっきりと思ったことを言える勇気が、俺はほしい。
「で、幸村もそうなんか?」
「・・・・・・・・・・・。」
今だけなら言ってもいいかな。
今だけなら言ったって・・・・・別にいいよね。
『・・・だからお互いを知らないから友達じゃなかったなんて言わないで。』
『相手を信じて心を開いてくれるまで自分をぶつけてみてよ!』
『本当の友達って簡単にできるものじゃない。時間をかけてお互いを知って初めて友達だって思うの。
だからこそ友達ってそんなに簡単にやめていいものじゃないでしょ?
今まで友達だと思っていたのなら心が通じてなかったくらいで逃げ出しちゃダメだよ。
まだ諦めちゃダメなんだよ!』
友達なんだから、いいよね。
俺達は、仲間なんだから、いいんだ。
つまらない意地はもう捨てて、素直に向き合わなくちゃ。
君が、ちゃんが教えてくれた、友情を信じて。
「寂しいよ、笑えないくらい、すごくね。」
仁王は満面の笑顔で「そっか。」とだけ呟くと、
続けて「早よ来んしゃい。行くぜよ。」と俺に向かって手招きをした。
何だ。笑えてるじゃん。と思いながらも足を前へと踏み出す。
何だか途端に足が軽くなってさっきまで重たかった体も気持ちいいくらいに軽くなった。
「へーそれにしても幸村がねぇー。」
「お前は本当に最低な奴だな・・・。」
俺が隣に並ぶと同時に、嫌な笑みを浮かべた仁王が喉を鳴らしながらフェンスを潜った。
遠くの方から赤也達の騒がしい声と、犬の大きな鳴き声が響き渡って耳に届く。
ねえちゃん。
俺は素直じゃないしズルイ男だけど、
それはたぶんこれからも変わることはないけれど・・――――――
――――― さよなら、みんな。
あの時、こっそり出て行く君の背中をわざと見送ったけれど、
最後の君の姿に、声すらかけなかったけれど・・―――――
俺はどれも後悔なんてしていないんだ。
どれも自分で、どれもそれでよかったと思っている。
だけどただ、ただひとつだけ。
自分が言いたいと思ったことは、これから素直に伝えることにするよ。
笑えない時は、無理して笑わないことにするよ。
寂しい時は、寂しいって声に出して言うことにするよ。
そしたらすごく、俺の心は救われたんだ。
君の言う、“友達”という存在のおかげで。
あとがき
今回は幸村視点でした。
黒い黒い彼が黒い自分を捨てずに、その上をいくお話でした。
2007.08.09