拝啓、アナタ様
手紙を書こうと思いました。
忘れた頃にひょっこり現れるこの手紙を見て、私を思い出してくれたらいいなと。
そんな儚い想いを込めて、手紙を書きました。
そして、黙って帰ってしまった私をどうか許してください。
いろいろな溢れんばかりの気持ちをいっぱい込めたこの手紙。
さあ、届け。
アナタに届け。
だけど・・・・・
住所がわからなかったんです。
精市がこれみよがしに面白さに便乗して考え出した手紙争奪戦サバイバルゲームのルールを説明しよう。
ルールはいたって簡単。
明日の休日の練習時間まるまる使って手紙を取り合うだけだそうだ。
何をしてもよし。
手紙を奪うためなら相手を捻り潰してもよし。
力の限りやり合う。
そして最後、五時半のチャイムが鳴り終えた時点で手紙を手にしていた者だけが読める。
たとえそれが自分宛でなくとも、だ。
このサバイバルゲームは同時に脚力が鍛えられるからな。
弦一郎も俺も真剣に取り組むというわけだ。
さすが精市、よく考えたな。
次の日、朝からやる気満々の丸井達を前に精市とその隣には何故か犬がいた。
この犬は確か学校の旧校舎付近に住み着いている野良犬のケンタくん。
その愛くるしい瞳とは対称的なこの図太い体。
隠れて女子に人気があるようだが・・・・まあそれはよしとして。
精市の手には例の手紙。
一体何をする気なんだ精市は。
「まず初めに手紙はこの学校に住み着いている愛犬フランソワードにくわえさせて走らせるからね。」
「待て待て待て待てぃ。ヨダレで読めなくなったらどうするんだよ。」
「大丈夫。その前には誰かが取るでしょ?」
ね?と丸井に向かって首を傾げる精市の仕草の裏に隠された「死ぬ気でやれ。」という言葉を俺達は聞いた。
そもそもフランソワードとは何だ?
ケンタくんじゃなかったのか?
まあ、どうせ精市のことだ。
みんなの呼び名を無視して勝手に名付けたのだろう。
「じゃあ行くよみんな。」
「ウィーッス!」
「よーいスタート!」
ケンタくんが手紙をくわえて走り出す。
それを見て一目散に駆け出したのが四つの肺を持つ男、ジャッカルだ。
速い。やはり速いな。
さすがとも言うべき見事な働きぶりだ。
あっという間にケンタくんに追い付き手紙を抜き取ったジャッカル。
だが、奴の仕事もこれまで。
その先にはいつもジャッカルを手玉に取って生きてきた天才的なセンスを持つ男、丸井が前方に立ちはだかっているじゃないか。
ジャッカルが丸井に勝てるとも思えんし、これは勝負あったな。
「ジャッカル寄越しやがれぇえ!」
「うおっ!何でお前はいつもいつもそうやって人のばっかとるんだよ!」
「これが俺の生き方だ!グダグダ言ってんじゃねえ!!」
「うわーブン太サン開き直っちゃったよ。・・・かっこわり。」
いつの間にか俺の隣に立っていた赤也がボソリと呟く。
そもそも丸井と言えば来たるべきチャンスを待つタイプじゃなかったのか?
うむ、の手紙となると話は変わるのか。
なるほど興味深い。
「あ、ジャッカル先輩こけた。」
「だらしが無いな。」
「ブン太サンに手紙とられちゃったじゃないっスか!ジャッカル先輩ってホント役立たず。」
「ならお前が自分で取りに行け赤也。」
「いや、俺ジャッカル先輩があのまんま持って逃げ切ってくれてたら終了直前に奪い取ってやろうと思ってたんで!」
「・・・・・。」
なのにブン太サンに取られちゃったっスよ!などと文句を垂れている後輩を横目で見つめた。
どうやら楽して物事を進ませようとしているらしいがそう甘くはいかないだろう。
なぜならそのポジションには詐欺師と呼ばれる仁王が存在する。
赤也が仁王に敵うはずもないので赤也の場合は力ずくで取りに行った方がよさそうだぞ。
言ってはやらんけどな。
「あーちょッ、何すんだよ真田!!!」
「ふん、これくらいでとった気でいるな。気を抜いているのが目に見えてわかるわ。」
「返せよこの泥棒!!!」
「お前が言えた立場じゃなかよ丸井。」
「キィーーーームカつくーーーーー!!!」
地団駄を踏む丸井を鼻で笑って今度は弦一郎が手紙を手にした。
まるで子どもの玩具を取り上げた親とその子どもだな。
が、しかし弦一郎の背後にジェントルマン柳生が忍び寄る。
ほう、紳士とも呼ばれる柳生がどのように弦一郎から手紙を奪い取るのか、見ものだな。
「ムッ!」
「すみませんね真田君!しかし、これが勝負と言うもの!!」
「すっげ、柳生先輩副部長から手紙奪い取った!!!」
「アイツは本気出したら怖いぜよ?真田なんて敵じゃなか。」
「でも今のって絶対紳士あるまじき行為だよな。」
柳生は弦一郎の手紙を持つ手を捻り、緩んだその隙に手紙を抜き取った。
確かに、今のはすごい上に柳生らしからぬ行動だ。
今後の参考としてデータに加えておこう。
柳生:要注意人物
「ふふ、みんな何だかんだ言ってやってるじゃないか。」
「まあな。これもある一種のトレーニングのようなものだからな。」
「おや、蓮ニは気づいてたのかい?これが練習の一環だって。」
「当たり前だ。俺を何だと思っている。」
「うん、そうだね。ごめんごめん。」
精市と並んで暴れ続ける部員達を眺める。
今度は柳生から無理矢理力ずくで奪い取った赤也に手紙が移り、その時を狙っていたかのように仁王にすぐさま手紙が移った。
それにしても、コイツらはそんなに手紙が読みたいのか?
の手紙だぞ?
読みたいのか?
「ふふ、仁王に手紙が移ったなら次の出番は俺かな?」
隣に立っていた精市が一歩、仁王に歩み寄る。
危険を察知したであろう仁王が振り返り、構えた。
が、そこで予想もしなかった展開に。
「あ、」
「へへ、いっただき!!コレは返してもらうッスよ!!」
「へえ、赤也やるじゃないか。」
感心を示す精市に「どもッス!」なんて暢気にお礼を言うと、
赤也はすたこらさっさと走り始めた。
何処へ行く気なのか、すぐさま丸井や足が自慢のジャッカルが追いかける。
「ゲッ!ジャッカル先輩来んなよ!!」
「そんなこと言ったってこれがルールだろ!!」
「いけいけジャッカル!!そのまま赤也なんてボコにしてしまえ!!」
「ボコにする意味が全くわかんないっスよ!!!!!」
怒鳴る赤也の声が遠くに聞こえる。
アイツらはどこまで走っていったんだ?
この声の聞こえようと走った時間を逆算して・・・・・
部室前辺りだろうか。
などと考えていると、すぐに赤也の悲痛な叫び声が当たり一面に木霊した。
「柳君。」
「どうした?」
「・・・・・いえ、ただ久しぶりだなあと・・・・そう思っただけです。」
柳生が俺の隣に立ち、眼鏡を通して向こうの方から走って戻ってくる丸井と赤也とジャッカルを見つめた。
三人ともかなり無邪気に笑っていて、元気だなと何処か第三者的に頭の隅でそう思った。
柳生は、苦笑いを浮かべて眼鏡のフレームを上げる。
確かに、久しぶりだな。
「皆さんに元気が戻って・・・・何よりです。」
「寂しかったんだろう。一応あんなのでも一ヶ月はここにいたんだからな。」
「あんなのって柳君。さんに失礼ですよ?」
「あんなのはあんなのだ。失礼でもなんでもない。」
「・・・・・・どういう理屈ですか。」
ふうと息を吐いて肩を竦める。
そんな柳生を横目に捉え、俺は気づかれないようそっと笑った。
。
お前と俺はそれほどたいした関わりはなかった。
だけど俺は感謝しているぞ。
お前と言う存在に。
お前と言う奴と過ごせたこの一ヶ月に。
仲間を、
友達の存在意義を教えてくれたお前に。
俺は少なからずお前を尊敬している。
「ここでの想い出は何一つ欠けてちゃダメなの。全部あって今の結果だから。」
そう言ったお前の強く真っ直ぐ貫いた瞳の奥に宿った光を俺は忘れない。
どんなことがあっても、お前という存在を忘れはしないと心に誓った。
その揺るぎない強い瞳でお前はアイツらを、俺達を変えたんだ。
なあ、。
もしこの先、もう一度お前と出会うことがあるとしたなら教えてくれ。
お前と、この世界で生きていく方法を。
あとがき
今回は柳視点でした。
本編ではあまり目立たなかったのでちょっくら頑張ってみましたよ^^
はあ、7月も今日で最後ですね・・・・。
2007.07.31