拝啓、アナタ様
何気ない、そんな毎日。
ふと、職員室前を通った俺は先生に声をかけられて立ち止まった。
手には、何処にでもあるような、手紙。
「これ、今朝学校に届いたんだが・・・宛先が男子テニス部部室前って書かれてあってな。」
「・・・挑戦状ですか?」
「いや、俺も初めはそうかと思ったんだがどうも違うらしい。見ろ、差出人の名前。」
挑戦状にしてはかわいらしいピンクの封筒。
少し分厚くて、中味は結構な量の手紙だろうか。
少し興味が湧いて言われた通りに裏をめくって差出人の名前を見てみることにした。
「あ、」
思わず声が漏れて俺の反応に満足した先生が「それ、みんなにも見せてやれよ。」と言って職員室の中へと入って行った。
差出人の名前は、。
つい先日までここの生徒だった、我立海大附属中学テニス部の一仲間だった者。
いや、今だってずっと仲間だと、俺達は信じている。
手紙を握ったまままだ開けてはいない。
開けるのが勿体ないとか怖いとかそんなんじゃない。
ただこの不思議な封筒の宛先と名前。
『―――――立海大附属中テニス部部室前 アナタ様』
これを見てるとどうもちゃんはテニス部の誰かひとりにこれを送るつもりだったんだろう。
だけど住所も何も知らなかったちゃんは仕方なくテニス部部室に送った、ということだろうか。
「ユッキー!なーにしてんの!?」
「うわっ」
ドシンと背中に衝撃を受ける。
手に持っていた封筒を手から零し、地面に落とす。
ゆっくりと振り返り、ぶつかってきた相手を一喝してやろうと笑顔を作った。
こんなことをするのは一人しかいない。
それは上機嫌な時の丸井だけだ。
「丸井、今日は何があったんだ?」
「え?わっかるー!?さっすが幸村君だぜぃ!」
「で、何があったんだ?」
「ちょ、幸村く・・・顔と声のトーンが合ってな・・・」
「俺の背中にぶつかってきたくらいなんだからそれ相応の出来事があったんだろ?」
丸井は顔を引き攣らせて頭をコクコクと上下に振り、体をのけ反らせた。
まあ今日はこれくらいでいいかな。
あまり丸井を虐めすぎると機嫌を直すのに時間がかかるからね。
「あ、何か落ちてる。」
「お前が落としたんだろ。バカ。」
「そうなん?ちゃんと拾うからネチネチ言うなよー。ったく幸村君は小姑なんだから。」
結局何があったのかはわからず仕舞いで、丸井は口を尖らせながらしゃがみ込んだ。
封筒に伸ばす手を止める。
俺はそんな丸井の背中を見下ろしながら腕を組んだ。
それにしても小姑とは聞き捨てならないな。
あながち間違ってはなさそうだけど。
「・・・・幸村君、これって・・・」
「ちゃんからの手紙だよ。日付から見て、帰る前に投函したみたいだな。わざわざ今日届くようにしてさ。」
「・・・幸村君宛て?」
「いや、わからない。」
「え?」
丸井は何言ってんのとでも言いたげに眉間に皺を寄せた。
でもそんな顔されたってわからないものはわからないんだから仕方がない。
というよりもちゃんと宛名を見てほしいものだ。
「だったら誰宛て?」
「アナタ様宛て。」
「えっ俺!?」
「違うよ。アナタ様だって言ってるだろ?」
「はあ?」
今度は完璧に理解ができていませんって顔をした丸井が不満そうに俺に視線を投げかける。
だからちゃんと宛名を見てみればわかる話だというのに。
そもそもどうして俺がわざわざ丸井相手に「アナタ様」なんて言わなきゃいけないんだ。
気持ち悪いにもほどがある。
「あ、ホントだ。アナタ様だ。」
やっと宛名に気付いたのか、丸井は封筒を見ながら言った。
それにしても本当に「アナタ様」とは誰のことなのだろうか。
ちゃんもつくづく面白いことをしてくれる。
この手紙を手にして読むことが許されるのは果たして誰だろうか。
願わくは、俺であればいいなと、淡い期待を抱いて丸井から封筒を抜き取った。
「で、どーするんスか?」
部室に呼び出されたレギュラーのみなさん。
見せたいものがあると言われ、部室にやってくると笑顔の幸村とその隣で胡座を掻いて座っている丸井の姿が目に入った。
が、しかし、みんなが目についたのは机の上に置かれた手紙。
聞けばこれはからの物ならしいが、宛て先が誰の物かわからないので開けるに開けれないらしい。
いつもなら気にせず開けてしまうだろう幸村も丸井も、今回はからということもあり、手紙には手も付けていなかった。
痺れを切らした赤也がうずうずしながら声を上げる。
その隣で手紙に手を伸ばそうとしていた仁王の手を柳生が叩いた。
「痛い。」
「我慢したまえ。」
「別にそんな警戒せんでも取って食ったりせんよ?」
「食ったらお前マジで怒るぞ。」
丸井に視線を向けて仁王は小さく「プリッ」と呟き、手を引っ込めた。
赤也は自分の質問を流されたことに多少イラつきながらジロリと鋭い視線を仁王に向けた。
「そんな見つめなさんなって。照れるじゃろ。」
「照れたりしたら顔面殴りますよ。」
「おーこわ。柳生、後輩がこんなんでええんか?躾がなってないぜよ。」
何故自分にふるのかと、柳生はズレてもいない眼鏡をぐいっと上げた。
「切原君、言葉遣いには気をつけたまえ。」
「うぃーす。」
「あれは絶対反省してないぜよジャッカル。」
「ってそこで俺にふるのかよ。」
手紙を前にワイワイ騒ぐ部員達を見て、幸村は自然と頬が緩んだ。
きっとみんな中身が見たいに違いない。
黙って帰ってしまったに少なからず寂しいと思いながらも、仕方がないと無理に自分に言い聞かせていたのだから。
「つかアイツも何紛らわしくアナタ様宛にしてんだって話だよな。」
「あ、それ俺も思ったっス。名前書けよって感じっスよね。」
「ほら、はバカだから・・・・仕方ないんじゃね?」
「ジャッカルにまでそう言われるとはつくづくも手の施しようのない女だな。」
「うっわ柳先輩ひっでえ!」
酷いと言いながらも顔はそう言っていない赤也に丸井もつられて笑う。
何故こうもをけなす話になると彼らは嬉しそうに盛り上がるのだろうかと、柳生はただ苦笑いを浮かべるしか他なかった。
同時にに少なからず同情心がわく。
「で、どうやって誰のか判断する?」
「どうやってって・・・みなで開ければいいだけの話なんじゃないのか?」
やはり空気の読めない真田は、何をそんなたいそうにとでも言いたげに腕を組んでいた手を解いて手紙を手に取った。
途端に真田の右隣りに座っていた柳に殴られ、その拍子に左隣りに座っていた幸村が手紙を真田の手から素早く抜き取る。
柳に殴られたことがよほどショックだったんだろう。
真田は殴られた箇所を押さえながら何も言えずに呆然としていた。
「空気を読め弦一郎。」
「・・・・な、何のだ!?」
「みんなはの手紙を独り占めしたいんだ。あのからの自分だけの手紙だからな。」
「そ、そうなのか?」
返事を求めて見渡すと、周りからは何とも言い難い冷たい視線が向けられていた。
真田は自分の失言に後悔しながらも肩を竦め、極力無責任な発言は控えようと心に誓った。
「そうだね、それじゃあとりあえず・・・・・」
「幸村君?」
ニッコリ微笑んだ幸村が手紙を持ったまま立ち上がる。
ガムを奥歯で噛んでいた丸井がいきなりのことで驚き見上げる。
何だか幸村がとても楽しそうに見えた。
嫌な予感。
「手紙争奪戦、サバイバルゲームとでもいこうか。ふふ。」
その場にいた一同全員が思った。
最悪なことになった、と。
あとがき
ふほほほほほ。
ちょっくら番外編連載開始しました^^
2007.07.29