39話 さよなら、君達は永遠に心の友さ。
逃げることを嫌った少女。
信じることを諦めなかった少女。
自分達の小さな小さな世界に閉じこもっていた僕らに、世界はこんなにも広いのだと教えてくれたたった一人の少女。
今、心から礼を言うよ。
「ありがとう。」また、会う日まで。
空は晴れていて、絶好のテニス日和。
のびのびと、一球一球想いを込めては黄色いボールを力いっぱい打ち返す。
みんな、最後の自分のプレイを見てもらおうと、その小さな心に刻んでもらおうと、一生懸命にラケットを振り続ける。
妙に、清々しかった。
「集合!」
幸村の声がこの狭くもなく広くもないテニスコートに響き渡る。
みんなテニスをやめ、近くにあったボールを二三個拾って籠に投げ入れた。
「先輩!俺の勇姿見ててくれました!?」
「もーバッチリ!エヘヘヘヘ私赤也にメロメ「じゃ、集合かかってるんで!」
自分から走って嬉しそうに声をかけてきたくせにあっさりと踵を返して幸村のもとへと走り去ってしまう。
そんな赤也を見て私は少しセンチメンタルに陥りそうになった。
何もそんなに嫌がることないじゃないか。
私、赤也にはいつもこんな扱いされてばっかりだ。
いい加減拗ねるぞコノヤロウ。
「赤也!集合と言ったら早く来い!」
「スンマセンって、そんなに怒んないで下さいよ〜!」
「赤也、早く並べ。みんなお前待ちだ。」
真田の怒鳴り声に耳を塞ぎながら嫌そうな顔を浮かべる赤也に柳が列に並ぶよう促す。
赤也はしぶしぶ最前列に混ざった。
私はそんな日常的光景を、焦点の合っていない虚な目で眺めていた。
「ちゃん、早く私達もお片付けして・・・帰る支度しちゃお?」
「・・・あ、うん、そうだね!」
せっちゃんが気を使いながら声をかけてくる。
そうだ、このあとは私の家で肉じゃがパーティーがあるんだ。
仁王が肉じゃがを作ってくれてるんだ。
楽しみだけど何だか怖いな・・・。
そう思うのは私だけだろうか。
失礼だけどあながち見当違いではないと思うぞ、仁王君。
間違っても肉じゃが以外の物は作らないでくれたまえ。うむ。
「ちゃん。」
「?」
「おいで。」
笑みを浮かべながら手招きする幸村。
私は首を傾げながらそんな幸村に駆け寄る。
幸村の隣に立つよう言われ、逆らうことなく隣に並んだ。
テニス部のみんなと向かい合う形となって、少し気恥ずかしかった。
「みんな、今日はよく頑張ったね。」
「あの、幸村く・・」
「ちゃんはちょっと黙って。」
「・・・あ、はい!すんませんっした!」
ピシッと背筋を伸ばして目を泳がせる。
怖い怖い怖い怖い怖いよお母さん!!
今ものすごく怖かったよ!?
「レギュラーはもう知っての通り、実は今日でマネージャーであるちゃんとはお別れなんだ。」
「・・・!」
思わず顔を上げる。
幸村は真っ直ぐ部員達を見ていて、最前列に並ぶレギュラー達はそれぞれ想い想いの場所を眺めていた。
ざわめき出す、平部員や同じクラスだったテニス部員達。
「どうしてなんだよ幸村!」
「も、何で辞めるんだよ!」
その中の三年生部員が声を上げる。
全く話したりしたことがないわけではない。
ぼちぼち話したり馬鹿したことのある奴らだ。
みんな、動揺を隠せてはいなかった。
「・・・いろいろあってね。彼女は学校自体を辞めるんだ。」
「!、そんな・・・!」
「だから、だから今ここでみんなに誓ってもらう。」
幸村が頭に巻いていた八巻を取り、髪を振る。
いつも以上に張り詰めた幸村の雰囲気にみんなが息を呑んだのがわかった。
それは私も同じで、これから何が起こるのか胸を躍らせながら幸村を見上げていた。
「俺達は絶対負けない。目指すは、全国制覇だ。」
力強く。
はっきりと。
そう紡がれた彼の口はきつく閉ざされていて。
目に、迷いはない。
「必ず、俺達は勝つ!みんな、約束だ!」
続いて真田が声を張り上げて叫んだから、他の部員達も口々に叫びを上げた。
勝つ、必ず勝つのだと。
仲間を信じ、力を合わせて勝ち進むのだと。
そう、私の前でみんなが誓った。
「解散!」
こうした幸村の合図で、
私の立海生活、最後の部活は幕を閉じた。
鍵を開け、みんなに入るよう促すと、遠慮もなく真っ先に部屋に上がったのはブン太。
続いて赤也、ジャッカル。
そして次々と玄関で靴を脱いで上がっていった。
最後に私が入り、ドアを閉めて鍵をかけた。
部活の帰りはみんなで近くのスーパーに寄り、あれこれ必要な材料をたくさん買った。
もちろん荷物持ちはジャッカルと赤也で。
文句は絶えなかったが(特に赤也の)、無事、何とか家まで辿り着くことができたというわけだ。
「うっわー何にもねえ家!」
「タンス開けたりしないでね。パンツ持って帰ったりしないでね。」
「しねえよ誰も・・・。」
さっそく部屋を物色し始めるブン太に少し釘を刺しておこうと軽く注意すると、ジャッカルから呆れた声が返って来た。
ふん、何よジャッカルのくせに!
そういうアンタが持って帰ろうとしてんじゃないの!?
私のパンツは高いわよ!
プレミアつくんだからね!
「さあさあ、仁王君。遠慮なく作りたまえ。」
「・・・コイツの肉じゃがにタバスコでも入れてみようかの。」
「ええタバスコ!?タバスコ無理!タバスコはやめて!謝るからタバスコはやめてください!」
へこへこと頭を下げると、「さて、作るかの。」とどっちつかずの返事が返ってきて、
結局私の肉じゃがにはタバスコがインされるのかそれとも許してもらえたのか謎だった。
ま、まあ仁王を信じて・・・・許してもらえたってことにしておこう。
よし、信じるんだ。
「じゃあ俺はサラダでも作るよ。」
「うむ、俺はご飯でも炊いておこうか。」
「さ、真田が米洗うとか・・・想像できねえ!」
「じゃあお前が洗え、丸井。俺は野菜でも切っておく。」
「はあ!?何でそうなんだよ!俺食うの専門だし!お前がやれよ真田!」
ギャーギャーとキッチンの方が騒がしい。
私と赤也と柳生君は三人で仲良くリビングで枝豆をちまちまとちぎっていた。
柳とジャッカルとせっちゃんは何やらメインとなる魚を焼こうとしていた。
「枝豆って、酒と合いますよね。」
「切原君、まさか貴方その年でお酒を飲んではいないでしょうね?」
「(ギクッ)や、やだなー!イメージっスよイメージ!んもう柳生先輩ははやとちりサンなんスから!」
つい口を滑らせた赤也がおもいっきり目を泳がせながら柳生君の肩を叩く。
柳生君はあまり信用してないみたいだったけどとりあえず「・・・そうですか。」と呟いてまた枝豆をちぎり始めた。
ホッと息を吐く赤也を見ると間違いないだろう。
こ、コイツは国の法律を破ってる!
ああ、でも赤也だからって許せちゃう私はもっと罪深い人間だ。
仕方ない。
何も知らないという方向でいくとするか。
「それにしても、家庭料理って一ヶ月ぶりだなー。」
「あー、先輩って料理出来なさそうですもんね。」
「出来なさそうではなくて出来ないんだよ。」
「威張るところではないですよ、さん。」
柳生君が呆れた溜め息を吐いて「仮にも女性なのですから・・・」と続けて理不尽な台詞を吐いた。
女だからって何よ!
ってか仮にもの仮って何だ紳士のくせに!
私だって花嫁修行のためなら料理の練習くらいするわよ!
でもまだその時期ではないと言い聞かせてるんだから!
「ちょ、バカ仁王!それタバスコだって!どこにタバスコの用途があるってんだよ!」
「いや、ちょいと隠しスパイスに・・・」
「そんなもんいらんわ!貸せ!俺が預かる!」
「あ、真田。それ蓋開いてるよ?」
「あー!真田が米にタバスコぶっかけたー!!」
再びキッチンが騒がしくなる。
振り返ると真田が真っ青な顔をして、ブン太が不満げに声を上げていて、その光景を幸村が笑ってみていた。
ことの発端である仁王は我関せずで肉じゃがの味をみていた。
「真田のせいで米一から洗い直しじゃん!どーしてくれんだよ!」
「す、すまない・・・。」
「ふふ、許してやれよ丸井。真田だってわざとじゃないんだ。な、真田?」
「む、それにしても元はと言えば仁王が原因なのではないのか?」
「・・・ピヨッ。」
「なーにがピヨッだよ!ふざけんな!」
騒がしいキッチンを尻目に、私達はまだまだ残っている枝豆を地味にちぎり続けていた。
仁王、本当にタバスコ入れるつもりだったんだ。
この男は・・・何を考えているんだ。
いや、本当に。
そして時計の針がちょうど7時を指した頃、私達のお料理クッキングは無事、完成することとなった。
「早く食おうぜ!」
「まあそう急かすな。まだみんな揃ってないだろ。」
今にもおかずに箸をつけてしまいそうなブン太を制止させる幸村。
その視線の先にはキッチンの奥から大量の冷やしたジュースの缶を抱えたジャッカルと柳生がいた。
「よし、みんな一本ずつ好きなの取れよ。」
「俺ファンタ!」
「俺は緑茶をもらおうか。」
「でしたらこれをどうぞ柳君。」
次々と缶に手を伸ばし、二人の腕の中の缶は姿を消していった。
みんなに行き届くと、缶を片手に幸村が立ち上がる。
私達は無条件にそれを見上げた。
「今日はみんなお疲れ様。」
「お疲れぃー。」
「くすっ、お腹も空いてるし、なるべく短く言うけど・・・みんな聞いてくれるかい?」
みんな自分の缶の栓を開けた状態で黙って幸村を見つめる。
それを肯定の意味でとった幸村はもう一度ほほえむと、息を吸った。
「ちゃん、ありがとう。」
「・・・え?」
「今こうやってみんなで力を合わせて同じ釜の飯を食べることができるのも・・・全て君のおかげだよ。」
「そ、そんなことは・・・」
「あんなことをした俺を、みんなを、雪菜を許してくれた。俺達を・・・叱ってくれたから、今の俺達がここにいる。」
ベタ褒めだよ、幸村君!なんて思うも、何だか嬉しいけどこそばゆくて。
私は笑って照れるのをごまかした。
「向こうの世界に戻っても、どうかその強い信念だけは変わらないでいてくれ。約束してくれるかい?ちゃん。」
「―――――・・は、はい!」
私が背筋を伸ばし、手を挙げて答えると。
幸村は満足そうにほほえんで、「じゃあ食べようか。」と缶を持った手を上にあげた。
「じゃあ立海テニス部の強い結束を誓って、」
「乾杯!」
出会った頃はまだ何だかぎこちなくて。
「フーアーユー?」
「俺は日本語話せるぞ?」
「こんにちは仁王君。ワットユアーネーム?」
「俺は日本語しかわからん。」
「 。」
「は、はい!!?何でしょう!!?」
「・・・・・・・・・・・・別に。呼んでみただけ。じゃあ俺教室帰るわ仁王。」
「あ、君がちゃんだよね?ちょうど君の話をしてたんだ。俺、幸村精市。よろしくね。」
「よろしく!私、!」
「危ねえ!!」
「はい?」
仲良くなりたいと、それだけのために必死だった。
「仁王君って呼んだらちゃんとした会話してくれるんだよね?約束だよ!男に二言はないよね!?」
「何でフルネーム?ま、いいけど!ねえ、誰がヤな感じなの!?嫌いな人でもいるの!?」
「うん、了解しました!私、!役に立たないと思うけどシクヨロ☆」
「あ、朝会ったよね!?」
初めはみんな、私をよく思ってなくて。
「別に親しみ感なんていらん。」
「はあ!?ちょ、放してくださいよ!!」
「雪菜ーコイツ本当ウザいから俺の前から消して?」
「さあって何惚けてんだよ!説明くらいできんだろぃ!?」
「変なところで負けず嫌い出して雪菜先輩泣かさないでくれます?迷惑なんスけど・・・先輩。」
「アイツ・・・何しにマネージャーやってんだよ!俺達の足引っ張ってるだけじゃねえか!」
「初めはウザイと思ってた。変な人だって・・・停部になった時は本気でムカついて大嫌いって気持ちが強くて・・・。」
だけど時折みせるその優しさに、私は小さな幸せを感じていた。
「俺もここで食ってよか?」
「俺も手伝うっス。本当は掃除嫌いだけど・・・。」
『お前さんに今日の朝貸したノート三日後忘れず持ってこいよ。』
「だから、一緒に犯人捜そうな!」
「しょうがないな。そんじゃ、俺達3年5組がを守ってやりますか!?」
新たな出会いも、たくさんあった。
「おっと、ごめんなさい!」
「おう、悪いな。」
「人の病室覗きやがって何の用だ。」
「こら、病院内走んなよ。」
「!!」
「・・・俺は知ってますよ。アンタが何故俺を知ってるのか。」
「今日は俺様の我が儘に付き合わせて悪かったな。」
「元気でな、。」
それでも楽しいことばかりじゃなくて。
「よくこんなの部員に配ろうとしてたわね!最低よ!全部流して!!」
「さん、アンタは学校中を敵に回したんだよ。」
「近いうちお前ら二人を俺が病院送りにしてやるってな。」
「早く行って!今はそんなことどうでもいいから!!早く!!!」
辛いこと、苦しいことだってあった。
「雪菜のこと・・・許してやってくれないか?」
「俺はお前がマネージャーなんて辞めればいいと思ってた。」
「相手を信じて心を開いてくれるまで自分をぶつけてみてよ!」
「杏璃先輩からこの話を聞いたとき、むしろ俺は可能性を感じましたよ。」
「・・・・いつまでも逃げないで!ちゃんと私がいるから!」
それも全て乗り越えてこれたから、今がある。
「・・・・・・・帰る・・私・・・帰りたい・・・」
「まるでかぐや姫みたいだね。」
「ここに来たから・・・変われたんだよみんな。弱さを知ったから、強くなったんだ。」
「時空の・・歪み・・・」
「みんな、今までありがとうね。私・・・ここでの想い出、忘れないから。」
この出会いを、私は心に永遠に刻み続けるだろう。
「もしがおらんくなったら俺学校つまらんかも。」
「出会わなければ・・・なんて言わないよ。出会えてよかった。ありがとうちゃん。」
「帰っちゃダメ!!!」
「嫌いなんて嘘!だからこの世界にいてよ!!先輩がいなくなったら俺・・・寂しいっスよ!!!!!」
「俺達は絶対負けない。目指すは、全国制覇だ。」
忘れることができないくらい大切な、私の仲間。
ありがとう、みんな。
今まで本当に、本当にありがとう。
私、は、みんなに黙って帰ります。
「もう10時半かー。」
ブン太が時計を見上げたと同時にキッチンにいた私とせっちゃんはおぼんを持ってリビングに向かう。
おぼんの上には、人数分のカップ。
今日のために龍ちゃん家から借りて来た、かわいらしいカップだ。
「みんな、紅茶だよー。」
容れたのはもちろん私。
せっちゃんには運ぶのだけを手伝ってもらった。
今日、みんなに紅茶を出したくて、私は昨日龍ちゃん家であれほど教わったんだ。
今日はちゃんと一人で容れてみたかった。
「ちょっと、ブン太サン砂糖入れすぎじゃないっスか?」
「こんくらい入れなきゃ甘くなんねえじゃん。」
「丸井、気をつけないと糖尿病になるぞ。」
「へいへい、わかってますよ。ったく、柳なんだか姑みてえ。」
「・・・そうか?」
「って何でそこで開眼すんだよ!怖えから目閉じろ!」
みんな、紅茶を飲みながらいつものようにバカをやる。
ブン太や赤也を中心に、私の部屋は明るかった。
いつもは一人でいたこの部屋も、最後だけはたくさん人がいて、寂しくなんてなかった。
「・・・ふぁー、眠・・」
「大丈夫かよ、赤也。」
「もう11時だからな。眠いのも仕方ないだろう。」
欠伸をしながらごろりと床に寝転ぶ赤也をジャッカルが心配そうに見下ろす。
しばらくすると赤也からは大きなイビキが聞こえてきた。
「寝んの早えー・・・って俺も眠ぃー・・・」
「丸井、お前は寝るなよ。赤也だけならまだしも、さすがに二人は連れて帰れな・・・って丸井?」
ジャッカルが前に座るブン太を見ると、ブン太は机に顔を押し付けたまま、静かに寝息を立てて寝てしまっていた。
振り返ると、さっきまで起きていたはずの幸村、柳生、真田までもが疲れ果てたかのようにぐっすりと眠っていた。
不思議に思って隣の柳を見てみると、彼もまたブン太と同じ体勢で寝息を立てていたのだ。
「どうしたんだ、一体・・・?」
他人の心配をしているどころか、今度は自分の意識も段々と朦朧としてくる。
キッチンで汚れたカップなどの洗いものをしていた雪菜と仁王も、姿が見えない。
きっと倒れて寝ているに違いない。
そう思い、重たい瞼を必死に開けた状態を保とうと辺りを見渡す。
の、姿がなかった。
ガチャンと、玄関の扉が開く音を遠くで聞いたジャッカルは、そのまま限界を超えて自らも眠りについてしまった。
こっそり、ひとりで部屋を出た。
みんなが起きないよう、みんなにバレないよう。
たったひとりで、帰るために。
「まさか、睡眠薬がほしかったなんてな。」
「・・・龍ちゃん。」
家の前では龍ちゃんが立って待っていた。
そう、私は昨日、龍ちゃんの家まで行って人数分のカップと、人数分の睡眠薬を手に入れた。
理由は、みんなを眠らせるため。
「これで、よかったのか?お前は・・・寂しくねえの?」
「・・・うん、大丈夫。行こう。」
歩き出す。
立海の屋上に今宵も時空の歪みが生まれる。
私は、みんなにお別れを言うことなく帰るんだ。
そうしないと、私は帰れなくなってしまいそうで。
仕方がなかった。
「まだ時間あるぜ?あと15分。」
「・・・そっか、ちょっと早かったかな。」
やっとついた学校の屋上も、二日前とは違って誰もいない。
私と、龍ちゃんだけ。
たった二人。
これを選んだのは私。
こう、望んだのは私なんだ。
だけど寂しいのは当たり前で、立ちすくむ足が震えた。
「睡眠でみんなを眠らせて黙って帰る、ね。」
「・・・・・・・。」
「それ知ったらみんな怒るぜ、きっと。」
「・・・・だろうね。」
ブン太や赤也は絶対文句を言うだろうな。
赤也なんて特に怒り狂いそうだ。
それとは反対に幸村は静かに怒って、仁王も表には出さずとも怒りそうだな。
なんていろいろ想像していると、龍ちゃんが私の名を呼んだ。
「何?どうしたの?」
首を傾げて問う。
龍ちゃんはおかしそうに笑うと、私の後ろを指差した。
「どうやら一人しくじったみたいだぜ。ほら、あそこ。」
振り返る。
妙に速まる鼓動に。
私の息は、止まった。
「・・・に、お・・・」
仁王が、ドアの前に立って。
私のことをじっと見ていた。
「な、何で!?どうして仁王君が・・・!!」
「仁王お前・・・紅茶、飲まなかったのか?」
龍ちゃんがそう尋ねると、仁王は歩きだし、私の方へと向かって来ていた。
まさか、どうして仁王が?
紅茶飲まなかったって・・・何で!?
だって確かに家を出る前みんな倒れて寝てたじゃん!
仁王だって、キッチンでせっちゃんと寝てて・・・。
なのに、どうして?
「・・・寝たふりしとった。」
「何で!!」
「紅茶には何かあると、初めからわかっちょった。だから、飲むか迷った。」
「――――・・ッ!」
仁王が私の前で立ち止まる。
じっと見つめられる目が怖い。
「お前さんみたいな家事のできん女が・・・急に紅茶だけ出すなんておかしな話じゃけんの。」
「そ、それもそうか・・・って酷いよ!そんなことで疑ってたの!?」
「でも実際そうじゃったじゃろ?俺は伊達に詐欺師言われとるんじゃなかとよ?」
「・・・・ッごめん、なさい。」
何も反論できなくて、思わず俯いて唇を噛んだ。
バレたことが悔しいとかそんなんじゃない。
ただ、申し訳なくて。
仁王に対して、心の底から罪悪感を感じて。
そんな私を見て、仁王は小さくほほ笑むと、私の頭をそっと撫でた。
「あのまま騙されたふりをして、紅茶を飲んでもよかった。」
「・・・・仁王。」
「でも飲まんかったんは・・・・・」
最後を、俺が見届けてやりたかったから。
「せめて一人だけでも・・・が帰る姿を見届けてやりたかったんよ。」
「・・・・ッ。」
「一人で帰るとか、あんまりじゃろ?」
頭を撫でる手が止まる。
顔を上げると、切なそうな顔をした仁王と目があった。
「好いとおよ、。」
ぎゅっと抱きしめられ、震える体が腕の中へとおさまる。
ずっと堪えてきた涙が、今になって溢れ出した。
きつく、きつく、存在を確かめるようにきつく。
抱きしめた腕が、小刻みに震えていた。
「忘れんとって。」
「・・・・うん。」
「俺、人をこんなにも好きと感じたんは・・・が初めてじゃ。」
「・・・・うん。」
「好いちょるんよ、。」
「・・・・ッ。」
涙が視界を奪って何も見えない。
愛しくて、ただ愛しくて。
この一ヶ月間が、私の全てを変えてくれた。
「・・・ありがとう。そして、元気でな。」
額に触れるだけのキスは、優しくて。
止まらない涙をさらに酷くするには十分なもので。
ゆらゆら現れた時空の歪みを背に、私は仁王の胸の中で泣きじゃくった。
優しく撫でられる背中のリズムが愛おしい。
落ち着いて、肩で息する私は今とっても不細工な顔をしているに違いない。
「ぜったい・・・勝ってよ。」
「・・・・?」
「絶対勝って立海全国制覇しなさいよ!!」
涙を手の甲で拭っておもいっきり叫ぶ。
仁王は一瞬だけ目を丸くすると、おかしそうに笑った。
「とーぜん。」
そう言うと、私に拳を突き出す。
私は涙でぐちゃぐちゃになった顔に満面の笑みを浮かべると、それに自分の拳を突き出した。
「じゃーな、。元気でな。」
「うん!仁王君、私以外の友達作りなよ!あとは本命の彼女とか!」
「・・・リアルにキツイこと言うの。お前さん。」
苦笑いを浮かべる。
仁王は私の頭を最後にもう一度だけ撫でると、その手をポケットにしまった。
「以上の女は、そうそういないぜよ。」
そう言って笑った仁王の顔は、今までに見たどの顔よりもかっこよくて、輝いていた。
私は「バーカ」とだけ笑いながら悪態をつくと。
歪みの中に足を踏み入れた。
そして、振り返る。
「仁王君、私も仁王君以外のいい男、たぶん見つからないと思うよ!」
消えていく仁王の姿に、私は微笑んだ。
もう見えにくい仁王の口が、「今さらじゃろ。」と言った気がした。
「みんなによろしくね!バイバイ仁王君!」
さよなら、みんな。
こうして、私の物語は幕を閉じた。
立海での一ヶ月。私はきっと、忘れることはないだろう。
永遠に・・――――
「!おはよ!」
朝、学校が始まる。
あれからどれくらいが経ったのだろう。
今はもう普通の日常に戻っていた。
だけどあれが夢だったなんて思わないよ。
だって、約束したから。
忘れないから。
「小百合!杏璃!おはよ!」
笑顔で窓から視線を移すと、そこには大切なお友達。
ちゃん付けの呼び方はやめて、私達は名前で呼び合うようになった。
あのことがあって、私達は本当の意味での親友になれたんだ。
「なーに窓の外なんか見て・・・どうしたの?」
杏璃が笑いながら私の前の席に腰を下ろす。
隣に座った小百合の手にはコンビニの袋。
私は中に入っているものを見て、首を傾げた。
「・・・・ジャンプ?」
「あ、これにお土産。」
「はい、読んでごらん。これは、のための本だから。」
そう言って手渡されたジャンプと睨めっこしてみる。
どうやらただのよくあるジャンプらしい。
どこもおかしいところなんてなかった。
私は首を傾げながら言われたページを開く。
そこはテニスの王子様のページだった。
「全国大会、始まってるんだよ。」
「立海は青学と・・・なんだって。」
私のジャンプを持つ手が震える。
開いたページに、小さな小さな染みが無造作にできていった。
『俺達はこんなところで負けるわけにはいかない。なあ、真田?』
『俺達には負けてはならん理由があるのだ。アイツとの、約束だからな。』
『悪いが青学、勝のは俺達だ。今度はそう簡単に勝ちを譲るわけにはいかないんでな。』
幸村、真田、柳。
懐かしい面々がこの一枚の紙に映し出される。
「向こうの世界に戻っても、どうかその強い信念だけは変わらないでいてくれ。」
「必ず、俺達は勝つ!みんな、約束だ!」
『私達の目標はただ一つ。全国制覇それのみです。』
『・・・アイツも、きっと見てるよな。俺達の勇姿を。』
『当然だろぃ?ジャッカル、今日は思う存分俺達の妙技見せ付けてやろうぜ!』
柳生君、ジャッカル、ブン太。
その変わらない強気な態度に勇ましい姿。
「楽しかったな。一ヶ月。」
「ま、しょうがねえからお前もマネージャーだって認めてやるよ。。」
『強くなった俺を、ちゃんと見ててくださいよ!俺、かなり成長したんスから、この短期間でね!』
『何も変わったんはお前さんだけじゃなかよ?俺も変わったナリ。』
『え、どの辺がっスか?』
『ほら、この髪の襟足とか・・・。』
赤也、仁王。
大好きだった、大切な仲間達。
「短すぎたけど・・・まだ全然アンタのこと知らないけど・・・仲間だと思ってる。」
「以上の女は、そうそういないぜよ。」
『俺達は必ず勝つ!』
いつか交わした約束を、今もこうして守ってくれてる君達が。
寂しいけれど嬉しくて。
ねえ、私達は仲間と呼び合えるまでたくさんのことがあったね。
間違ったこと、すれ違ったこと、数え切れない涙を流して数え切れない何かを学んだ。
私が君達に何か影響を与えたように、私も君達から素晴らしい何かを教わることができたんだ。
あの時は言えなかったけど、黙ってお別れしてしまったけど。
「ありがとう、みんな。」
この想いは、世界を越えて、今、君に届く。
→ あとがき
2007.06.24