38話 残り三日、私の氷帝生活・後。
こんなにも愛されて、私は幸せです。
ああ神様、どうか、
彼らの中から私を消さないで。
記憶の片隅でもいい。
私の存在を、確かにここにいたんだと、
忘れることなく残してください。
ONE DAY my life
気が付けばもうお昼の時間になっていた。
コートでみんなの打ち合いや、俺様の美技なんかを見たりしていたらあっという間に時間は過ぎていった。
そういえばそろそろお腹も空いてきたころだ。
それにしても生の美技はすごかったな。
ほら、いろいろと。
「あー腹減った!飯行こうぜ飯!」
「そうですね、運動したから俺もお腹空いちゃいました。そろそろお昼にしましょうか。」
「俺も〜激ペコ〜。」
「ジロー、激の使い方間違ってんで。ほら宍戸めっさ睨んでるやん。」
一斉にラケットを振るのをやめ、こちらに向かって歩いてくる。
みんなの額にはじんわりと汗が滲み出ていて青春、って感じがした。
いいな〜、なんかこの感じ。
「あ、そういえば跡部さ。さっきどこに電話しに言ってたの?」
「・・・・さあな。」
跡部が含みのある笑みを浮かべるとジロちゃんは「ケチ。」と口を尖らせてあっさりと引き下がった。
なんだ。
もう少し格闘してほしかったのに。
こうして私たちはテニスを終え、一先ず食堂に向かうこととなった。
「俺スペシャル特盛定食!」
「俺はAランチでええわ。」
「じゃあ俺もAランチにします。」
「俺Bランチ。」
「俺はCでいいや。ちゃんは何にする?」
次々に買われていく食券に圧倒されながら頭上に並べられたメニューを順に見ていく。
氷帝は立海と違ってランチ系が多く、何だかヘルシーで見た目が豪華だった。
ちょ、ガックンが頼んだスペシャル特盛定食の量めっさ多ッ!!
どうやったらこんな量のご飯がこんな小さな体に入るわけ!?
ガックンの胃袋は宇宙の広さですか!?
宇宙なんですね!!
こ、コスモか!!
「私は・・・これがいい。」
そう言って指したオムライス。
何故か訪れる、無言。
みんなが一瞬、死んだ魚の目をした気がした。
「んなもんどこでも食べれるじゃねえか。」
「や、そうだけど・・・食べたいじゃん。」
「なら帰って食え。」
「酷い!私は氷帝のオムライスが食べたいんだよ!氷帝のオムライスを食したいんだよ!」
跡部の呆れた態度に思わず必死になる私。
すると日吉が勝手に券売機のボタンを押して出てきた券を私に差し出した。
ちょ、待っ、何故!?
なぜ唐揚げ定食!?
ひ、日吉にはオムライスが唐揚げ定食に聞こえたのだろうか・・・。
だとしたらしょうがない。
五千歩譲って日吉の耳がイカレてたということで諦めて唐揚げ食うとしよう。
私は渋々食券を受け取った。
「やば、唐揚げ超うまー・・・ブッ!!」
「静かに食え。」
「な、なかなかの腕っ節ですね跡部様・・・。」
食堂に響き渡る私の声に嫌悪感を抱きなさった跡部様が容赦なく私に殴り掛かった。
殴られる原因となったのはこの日吉が勝手に選んだ唐揚げ。
オムライスじゃないことに多少ブチブチ文句を言いながら唐揚げを口に含むと、何とも言えないあの素晴らしき食感と味が私を襲ったのだ。
私これから唐揚げファンになる。
よし決めた。
「ちょっ何すんだよジロー!自分の食えよ!」
「宍戸のケチー。ケチんぼー。」
「んだと!?」
「ま、まあまあ宍戸さん、俺のあげますから落ち着いてください。」
「・・・なんかアレやな。宍戸ダサない?」
騒がしいみんなに囲まれてのお昼ご飯。
ガックンは自分のスペシャルメニューを食すのに必死で、跡部と日吉はマイペースに黙々と自分のメニューを綺麗に食していた。
周りからは何とも言い難い視線が向けられる。
特にきらびやかなお姉様から・・・。
同い年なのに何だろうね、この絶対的な差は。
「もう戻らなきゃいけないんですよね、さん。」
「そうなんですよねー。早いね、時間経つのって。」
「もっといれたらよかったのにな。」
「・・・・でも、限りある時間だから素敵なんだよ。限りある時間の中だからこそ。」
ジロちゃんがくわえていたフォークを置いた。
みんな、微笑むと隣の席に座っていた忍足が私の頭を撫でてくれた。
なんだか急に寂しさが増してきて、ホントにお別れが刻々と近付いているのだと、実感せざるをえなかった。
美味しかったはずの最後の唐揚げも味気なく喉を通り抜けていった。
それを確認した跡部が時計を見上げる。
そして「そろそろだな。」と呟いて立ち上がった。
「どうしたん跡部?」
不思議に思った忍足が頬杖をついたまま尋ねる。
跡部はこちらに背を向けたまま黙り込んだ。
「・・・お別れだ、。」
そう言った跡部の声があまりにも低くて、やっと出した声と言っても過言じゃないほど掠れてて。
思わず私の顔は歪んでしまった。
伝わってきた彼の気持ちは、今の私にはただ辛くて。
嬉しいはずなのに、ものすごく辛かった。
「立海の奴らが迎えにきたぜ。校門のところで待たせてある。」
「じゃあさっきの電話は・・・。」
「幸村、やろ?」
「・・・・。」
ここにきて気付いた。
今日は私に氷帝を案内するためなんじゃなく、本当はただ・・――――
「今日は俺様の我が儘に付き合わせて悪かったな。」
跡部が私といたかっただけなんだ。
「・・・我が儘・・じゃないよ。私、楽しかったし。」
「ちゃん、泣かないで。」
ジロちゃんが私の目尻を自分の袖で拭いてくれた。
宍戸に椅子から立てと促され、よろよろと立ち上がる。
足が、覚束ない。
「お前はいい女だ。俺様が保証してやる。」
「跡部・・・。」
「だから、胸張って行ってこい。」
ありがとうな。
その台詞を背に、私は食堂を飛び出した。
ただ走って走って校門を目指した。
跡部たちが、どんな表情で最後の私の姿を見送っていたかも知らずに。
初めこそ、変な女だと思った。
人の病室荒らしまくって、常識はずれな行動に、何だこの女はとさえ思った。
だけど、気が付けばアイツの姿を捜してる俺もいて。
帰ることを寂しく思う俺がいた。
出会ってたった指折り数えるくらいしか経ってないけど、俺にとってはかなり大きな存在となってしまったアイツ。
本当はずっとずっとここにいて自分のものにしたかったけどそうもいかない。
だからせめて最後の時間だけでも一度、氷帝に連れてきたかった。
アイツにとっては立海の存在が大きい。
立海の奴らもアイツと一緒に最後の時間を過ごしたいだろう。
だけどほんの少しでもよかった。
氷帝の思い出を、ほんの少しだけでもアイツの記憶の片隅に残してやってほしかった。
アイツの僅かな一ヶ月、確かに俺と出会った事実があるのだと。
そう、忘れないでほしかったんだ。
窓の外。
校舎から出てきたを確認する。
振り返り、大きく息を吸った。
「いくぜ、お前ら!」
指をパチンと鳴らせばたちまち周りは叫び出す。
そして、食堂から段々と伝染していき、校舎にいる生徒全員が氷帝コールを始める。
「跡部、見てみ。」
「あ、アイツ振り返ったぜ!」
忍足と岳人が窓を開けて下を覗く。
俺も言われた通り下を見ると、が驚いた表情で俺達のいる食堂を見上げていた。
止まない氷帝コールを背に、忍足が笑顔で手を振った。
「ぷっ、の奴あんな恥じらいもなく手振ってやがる。」
「なんだか、かわいらしいですね。」
宍戸と長太郎がほほえましく眺める先には大きく両手を振りながら跳びはねてるの姿。
馬鹿か。と思うが、今はそんな姿も愛おしい。
「ちゃーん!元気でねー!」
「ちょ、耳元で叫ばないでくださいよ!」
窓の向こうに叫ぶジローに冷ややかな視線を向ける日吉。
俺はそんなコイツらの少し後ろに立ち、隙間から見える窓の向こうのが校門前にいる立海の奴らのところへ行ったのを確認した。
氷帝コールの鳴り響く中、はもう一度だけ俺達がいる食堂を見上げた。
「元気でな、。」
俺の想いは、窓の向こうのアイツにちゃんと届いたのだろうか。
さよなら、もう会うことのない愛おしい人。
出会えて、よかったぜ。
いつまでもそのままでいろよ、。
またいつか出会うことができるなら、
俺は間違いなくお前をこの手で掴んで離さないだろう。
生で聞く初めての氷帝コール。
私のための氷帝コール。
何だかとても嬉しくて、だけど胸が締め付けられるくらい寂しくて。
赤也に手を引かれて氷帝を離れるまでずっと氷帝コールを背に私は泣きそうになっていた。
「跡部はいつ見ても演出が派手だね。」
「学校全体を支配していると言っても過言ではないな。」
幸村の笑いを含んだ声に柳の呆れ混じりの声が聞こえる。
だけど私の目にはたくさんの涙が溢れてて何にも見えていなかった。
ああ、別れはこんなに寂しいものなのだと、そう実感させられた氷帝半日生活。
実際、この世界から旅立つ時、私はどうなってしまうのだろう。
ちゃんと、みんなにお別れできるのだろうか。
答えは、無理だ。
「!久しぶり!!」
「アンタちょっと痩せたんじゃない?」
学校に戻ると、ちょうど5時間目が終わった休み時間になって久しぶりに会った亀ちゃんや咲が出迎えてくれた。
ジャッカル、仁王も教室に入り、一ヶ月間見慣れた風景へと戻る。
そこには龍ちゃんもちゃんといて、いつも通りの爽やか生徒会長に姿を変えていた。
あと一時間、私はちゃんと笑えていただろうか。
何とか6時間目の授業を終え、今日のところは残すところ、部活だけになってしまった。
「ちゃん、一緒に部活行こう!」
「あ、せっちゃん!」
わざわざ教室まで迎えに来てくれたせっちゃんに思わず顔が緩む。
私は鞄を持って立ち上がると、亀ちゃんや咲にお別れの挨拶をして教室を出た。
何も知らない二人にとったらただのいつも通りの「またね。」の挨拶だったかもしれない。
だけど私にとったらこれが最後の「バイバイ。」だった。
ドアの前で待っているせっちゃんは知っている。
何とも言えず、切なそうに私を見ていた。
部室までの道程。
せっちゃんは私が帰ることについての話題に一度も触れなかった。
あえてここはいつも通りの何気ない会話。
彼女なりの気遣いが、今はとても嬉しかった。
「明日どうする?」
部活も終わり、部室で雑談が始まろうとしたその時。
ブン太が思い出したかのように声を上げた。
「明日土曜だし学校は休みだろぃ?」
「部活するんスか?幸村部長!」
赤也が幸村に振り返る。
何故か幸村はそこで私に視線を向けた。
「どうする?」
「え!?何で私に聞くのですか!?」
「ちゃんがしたければ明日は部活するけど・・・したくないんだったらしない。選択権は全て君に任せるよ、ちゃん。」
何という権限を与えられたのでしょうか私は。
しかし私の考えはもうすでに決まっていた。
今ものすごく必死な視線を投げかけている赤也には悪いんだけど・・・
「やろうよ、せっかくだし。」
みんなのテニスを最後、しっかりとこの目に焼き付けるために。
もう、見ることのできないテニスを。
私は、覚えておきたいんだ。
『・・・はい。』
夜道をたった一人で歩く。
電話越しの声が寝起きだったから思わず笑った。
「あ、もしもし?龍ちゃん?」
『何、?どうかした?』
「あのね、お願いがあるの。」
声が、震える。
これで本当にいいのか、自分でもわからない。
だけど、こうするしか私はどうしようもないんだ。
だから仕方ない。
そう自分に言い聞かせて電話を耳にあてなおす。
「今から用意してほしいものがあって・・・取りに行ってもいい?」
『別にいいけど・・・・・何?』
私が用意して欲しいものを伝えると、龍ちゃんは「・・・・おう。」とだけ呟いて承諾してくれた。
きっと、何にどう使うかくらいは見当がついているんだろう。
最後に「いいのか?」と聞かれ、私は頷いた。
「あとね、明日12時過ぎたら・・・立海の屋上に来て。」
『・・・うん、言われなくてもわかってる。』
「そっか、あれ用意するってことはそうなるもんね。」
『おお。12時過ぎたらギリギリだけど三日目になるもんな。わかった、了解。』
そう言ったあと、龍ちゃんが電話越しに溜め息を吐いたのが聞こえた。
私は息を呑む。
『・・・・・・本当にいいんだな?』
「うん、大丈夫、平気。」
「私、帰るから。」
大丈夫。大丈夫。
自分に言い聞かせながら歩く一人の夜道。
ごめんね、みんな。
こうでもしないと、私はたぶん帰れそうになかったんだ。
あとがき
とうとう次が最終話!
かなり長くなるのでお楽しみをッ^^
2007.06.23