36話 朝から君の存在はあまりにも強烈なんで立ち入り禁止。

 

 

 

 

 

 

拝啓、お母様

 

 

 

 

 

お元気ですか?

私は元気です。

もうすぐはそちらに帰ります。

本当は昨日帰る予定だったのですがどうも愛しの切原赤也君の突然のハプニングにより、三日間延期になってしまったもようです。

こっちに来てからまるでダメ人間生活をしていましたが、明日、ようやく一ヶ月振りのお袋の味を味わえるみたいです。

あの仁王雅治君がわざわざ肉じゃがを作りに来てくれるそうです。

それを聞き付けた丸井ブン太君から段々と広がって行き、何故か部活が休みになってレギュラー全員が私の家へやって来ることになりました。

明日が楽しみです。

だけど明日の前に今日が楽しみです。

私にはこの世界で過ごす時間があと三日間と限られています。

一日、一分、一秒と大切に生きなくてはダメなんです。

だからとりあえず今日は久しぶりの学校へ行って普通の学校生活を満喫してこようと思います。

みんな私のこと覚えてくれているでしょうか?

忘れてないことを願います。

無事、怪我も治って私は心も体も全て元気です。

だからせめて悔いのない三日間を過ごせたなら・・―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピーンポーン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・はあーい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピーンポピーンピーンピーンポーン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はいっつってんのに何度も押すな!はいはい今開けるって誰!?」

 

 

 

 

 

頭を適当に手櫛で整えながらドアを開ける。

そこには朝から見るのに似つかわくない男が立っていた。

 

 

 

 

 

「・・・寝起きかよ。」

「起きたのは2時間前です。」

「2時間も寝起きのままの格好で何してんだテメェは・・・。」

 

 

 

 

 

呆れ返った溜め息と朝から聞くのには少し刺激が高い声が耳を通り抜けていく。

そう、玄関前には跡部の姿。

制服を着ていて昨日まで巻いていたはずの包帯はさっぱり消えている。

え?何しに来たんですかこの人。

 

 

 

 

 

「中入れろ。」

「おいちょっと待ちたまえ跡部君!乙女には心の準備というものが・・・」

「お前の脳みそはまだ夢でも見てんのか?どうでもいいから早く入れろ。」

「ふ、不法侵入で訴えるよ!キャー変質者がここにいるー!!

「うっせえ!朝から近所迷惑だろうが!!」

 

 

 

 

 

頭を殴られてドアを閉められる。

もちろんそれは私の家の中へ入ってから。

家宅訪問すら有無を言わさない男。

跡部景吾。

いつか裁判所に訴えたら負ける日が来ると思います。

私にそんな勇気はないので誰かが訴える日が来るまで我慢です。

 

 

 

 

 

「何しにきたの〜?家荒らさないでよ。

「どうせ明日や明後日は立海の奴らと過ごすんだろ。」

「え?・・・まあ、そうなんのかな?」

「だったら今日の午前中くらい俺様に付き合えよ。」

「ヤだよ。」

「・・・テメェ叩き潰すぞ。」

 

 

 

 

 

ギロリ、と音がしそうな勢いで私を睨み上げる。

こここここ怖い!!

なして朝からこんな思いを・・・ってかこんな奴と・・・!!

何!?何なの!?一体何なの!?

 

 

 

 

 

「・・・来いよ。最高の思い出作ってやる。」

「最高の・・思い出?」

「今日半日、お前は氷帝学園の生徒だ。」

「え、やった!!」

「・・・・・。」

 

 

 

 

 

素直に両手を上げて喜ぶと「もう少し遠慮しろ。」と理不尽にも足蹴にされた。

でも今は全然痛くも痒くもない。

何しろ最後に氷帝で生活できるんだから!

 

 

 

 

 

「でも大丈夫なの?他校生が学校徘徊してても。」

「徘徊ってお前なあ・・・まあ、見学だとでも言えば大丈夫だ。心配はいらねえ。」

「本当に?」

「何てったって俺様が見学だっつって逆らう奴なんかいねえんだよ。」

「・・・へえ。」

 

 

 

 

 

フンッとソファーに踏ん反り返る跡部をよそに、私は朝食代わりのパンをかじる。

何だこの人。

 

朝から俺様冴えてますね。

 

 

 

 

 

「向日達も最後ぐらいはって・・・会いたがってたぜ。」

「日吉は?」

「・・・・日吉もだ。」

 

 

 

 

 

物凄く言いたくなさそうな表情を浮かべた跡部だけど・・・。

まあ大好きな日吉が私ともう一度会いたいって言うなら午前中くらいは氷帝で過ごしてもいいかな。うん。

みんなにお礼も言いたいし。

 

 

 

 

 

(・・・あれ?何かしてもらったっけ?)

 

 

 

 

 

「そうと決まればさっさと行くぜ。外に車を用意してある。」

「待て待て待て待て待て待ちたまえ跡部君!!

「アン?」

「私はまだジャージのまま!制服に着替えてもなければ髪だってまともに整えてないの!」

 

 

 

 

 

年頃の女の子にこの恰好のまま行けと!?

初めて行く、しかも氷帝というお金持ちな学校にジャージと寝癖のまま行けとおっしゃるのですか貴様は!!

跡部はしばらくじっと私を見つめ、鼻で笑って歩き出した。

 

 

 

 

 

「車で待ってる。早くしろよ。5分だ。

「はぁぁああああ!?せめて10分ないと無理に決まってんでしょ!?」

「じゃーな。」

 

 

 

 

 

バタン

 

とドアが閉まる。

全く聞いちゃいねえ。

ひとり残された私はこうしちゃいられないと早速着替え始めることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大切なもの。

失いたくない。

だけど手放すこともアイツのため・・―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日午前中は休みだって。。」

 

 

 

 

 

朝練が終わって部室の隅で着替えていたジャッカルが携帯を閉じて言った。

 

 

 

 

 

「何で?」

「氷帝に行くんだと。」

「何で?」

「跡部が朝から迎えに来たらしい。」

「何で?」

「知らねえよ。さっきから何で何でうるせぇんよお前は・・・。

 

 

 

 

 

呆れた声を上げたジャッカルを丸井が不機嫌そうに口を尖らせて睨み返した。

さっきまでのジャッカルと丸井の会話を聞いていただけだった赤也がすかさずジャッカルの携帯を手に取って弄り始めた。

 

 

 

 

 

「何でジャッカル先輩のところにだけ連絡くるんスか?何かの悪戯じゃなくて?」

「ちょ、お前ホント遠慮ねえな。っつかお前真田に言われた外周はいいのかよ。」

「幸村部長がなしにしてくれたっス。昨日のはもうしょうがないからって。」

 

 

 

 

 

カチカチと携帯のボタンを押す音が響く。

昨日、あのあと真田は何度も赤也の頭を押してに謝らせていた。

そして赤也は罰として真田から朝練プラス外周を課せられた。

どうやらそれも幸村が許したみたいじゃが・・・・。

 

 

 

 

 

「それにしても何で先輩氷帝なんかに・・・」

「そーいや跡部と仲良かったんか?の奴。」

が入院してる時、同じくして上の階で入院してた跡部と知りおうたらしいぜよ。」

「え、何それ初耳なんスけど!跡部サン入院なんかすんの!?」

「そりゃ人間だったら入院することくらいあるじゃろ。」

「いや、そうじゃなくって・・・ってええ!?ホントに入院してたんスか!?信じらんねえ・・・。」

 

 

 

 

 

からのメールを確認し終えた赤也は携帯を閉じてジャッカルへと返す。

 

 

 

 

 

「じゃあ昼からここ来んの?」

「ってことになるな。午前中って書いてあるし。」

「何でそんな微妙なんスかね〜。どうせなら今日一日って言やぁいいのに。」

「俺達に気を遣っているんだ。跡部も本当は一日中連れまわしたかっただろう。」

「・・・って柳先輩!?急に話入ってこないで下さいよ!マジ今ビビった!」

 

 

 

 

 

心臓を押さえながら振り返る赤也に特に気にする素振りも見せず、朝練から帰ってきたばかりの柳は「すまない。」とだけ言ってさっさと着替え始めた。

もとの体勢に戻った赤也はまだブチブチと小さく文句を垂れている。

それを聞き逃すはずのない柳だったが、ちらりと一度だけ赤也に視線を向けて直ぐさままた着替えを再開した。

なんじゃ、怒らんのか。

・・・つまらんの。

 

 

 

 

 

「そういや仁王さー。」

「何?」

 

 

 

 

 

振り返れば丸井が鏡を見ながら俺に視線を向けずに言う。

俺もすぐにもとの視線に戻し、着替えを続ける。

 

 

 

 

 

「・・・・前に俺と喧嘩した時、のこと好きっつってたじゃん?」

「・・・・あー・・そんなこともあったかの。」

「あれってどうなわけ?本気・・・だった?」

 

 

 

 

 

ワックスで髪を整え終わった丸井がガムの包み紙を開けながら俺の顔を覗き込む。

すごく言いづらいオーラが漂っていて、気を遣ってるってのが一目瞭然だった。

丸井が言いたいことはわかる。

あれが本気だったなら俺は確実に失恋決定。

希望も可能性も何もなく、は俺の元から、みんなの元から、この世界からすら消え去ってしまうのだから。

 

 

 

 

 

「本気、じゃった・・・っつーたら悲しくなるしな。ノーコメントで。」

「・・・そっか。悪ぃ。」

「別に謝ることなかよ?俺気にしちょらんし。」

 

 

 

 

 

そんなのは嘘。

気にしてないわけがない。

ホントいうと、どうにもならない不甲斐なさでじっとしていられなくなる。

今すぐにでも氷帝へ行ってを掻っ攫いたい。

 

俺ちとキモイかの・・・・?

 

 

 

 

 

「ってか先輩ずりぃっスよね。」

「何で?」

「・・・・・・あんなけ人の環境掻き回しといて・・・・帰っちゃうなんて・・・」

 

 

 

 

 

赤也の声が段々小さくなっていく。

そんなちょっとおセンチな赤也を見て丸井は「そうだな」とだけ返事を返して背もたれを前に椅子に座った。

 

 

 

 

 

「楽しかったな。一ヶ月。」

 

 

 

 

 

ジャッカルが思いに耽るように。

独り言のように呟いた台詞に首を横に振る奴なんて誰一人としていなかった。

 

 

 

 

 

「ウザかったけどな。」

「あーそれわかるっス!何でそこで絡んでくるんだって時に必要以上に絡んできますよねあの人!!」

「俺なんて毎日殺されかけてたんだからな。プロレス技何個覚えてくるんだって話だぜまったく・・・・。」

「ボトルの味は覚えてこないしな。」

「そーそー柳何度も怒ってたよな。粉の量が少ない多いとか。」

「セクハラも甚だしいっスよ!俺何回抱きつかれたか・・・」

「アイツ赤也と柳生好きだったよな。結構絡んでたし。何でだ?」

「知らねっスよ。あーあの人ホント何しにこの世界に来たんスかね〜。先輩」

 

 

 

 

 

丸井のウザイ発言により、ことごとく貶されていくに俺は少し同情すら覚えた。

でも以前と違ってコイツらの言葉に棘はなく、懐かしむように一ヶ月を振り返っているように思えた。

・・・・・成長したの。お前ら。

 

 

 

 

 

「仁王は混ざらないの?あの会話に。」

「・・・・幸村。」

 

 

 

 

 

気がつけば俺の隣に幸村が立っていて、ニコニコ笑いながらジャージを脱ぎ始めた。

後ろではまだ話題が尽きないんだろう。

の愚痴話がワイワイと繰り広げられている。

 

 

 

 

 

「俺は・・・そんな思い出に浸るようなことはしたくない。」

「ふふ、君らしいっちゃあ君らしいね。」

「幸村だってそうじゃろ?」

「そうだね。まだ・・・・浸るには早すぎるかな。」

 

 

 

 

 

ちゃんはまだ帰ってないのにね。と苦笑いを浮かべて真っ白なシャツに腕を通した。

 

 

 

 

 

「たとえちゃんが帰ってしまっても・・・ちゃんは俺たち立海テニス部のマネージャーだよ。」

「そうゆうのは本人前にして言うもんじゃろ。」

「ふふ、そうしたいのも山々なんだけど・・・・・調子に乗るだろ?

「・・・・・お前さん冷たいのぉ。」

 

 

 

 

 

次にアイツに会ったらどうしようか。

俺はちゃんと笑って迎え入れることができるだろうか。

アイツが帰ってしまう日。

俺はちゃんとお別れを言って手放すことができるだろうか。

泣かずに、笑顔を焼き付けることができるだろうか。

 

 

 

 

 

ほどけていた髪を結ぶ。

少し伸びてきた髪に俺は指を絡ませた。

 

 

 

 

 

寂しい。

そう思えることが俺にとってのこの一ヶ月の成長なんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だとしたらなんて残酷で、素敵なんだろう・・―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

誰か跡部を警察に!110番!!!

 

お前最高だよ!!って人はをクリックだ!!

 

2007.06.07