32話 本音で喋れ。

 

 

 

 

 

 

帰るんでしょ?

 

 

 

 

 

そう聞いた赤也の表情があまりにも切なそうで思わず息を呑んで俯いた。

 

 

 

 

 

先輩は帰るんでしょ?」

「切原。」

先輩は俺達なんて放って帰っちゃうんでしょ!?」

 

 

 

 

 

はあはあと規則的な息遣いが聞こえる。

話・・・どこから聞いてたのかな?

赤也は前屈みになりながら肩を上下して息を整えていた。

 

 

 

 

 

「初めはウザイと思ってた。変な人だって・・・停部になった時は本気でムカついて大嫌いって気持ちが強くて・・・。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『危ねえ!!』

 

『・・・・・何なんだ?あの人。』

 

『あ、 先輩。いたんスか?』

 

『変なところで負けず嫌い出して雪菜先輩泣かさないでくれます?迷惑なんスけど・・・先輩。』

 

『俺、 先輩あんまり好きじゃないかも・・・いや、嫌いかな?今日ので嫌いになったっス。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

赤也は俯いたまま震えて掠れた声で呟いた。

これが赤也の本音。

ちょっとショックな事実が多い気がするけど今の赤也を見てると何も言う気は起こらなかった。

 

 

 

 

 

「この一ヶ月、先輩にたくさん振り回された。短すぎたけど・・・まだ全然アンタのこと知らないけど・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仲間だと思ってる。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仲間

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大切なんだ。

現実もこの世界も。

長いか短いかなんて関係ない。

ただそこに何かを残せたらそこは自分にとっての大切な場所。

私を必要だと言ってくれる人がいるならそこはもう大切な世界なんだ。

 

 

 

 

 

「ごめんね・・・ごめん。」

先輩。」

 

 

 

 

 

唇を噛んで堪えたけどそんな努力も虚しく涙は膝の上へと落ちていった。

まだあまりにも短すぎたこの世界でできた想い出の時間。

ただ毎日が必死で、時には味わったこともない悔しさなんかの感情を知った。

そんな中、友達の温かさも知った。

偉そうなことだって言って怒鳴ったこともあった。

一日一日が大切で無駄な時間なんてこれっぽっちもなくて。

だけどやっぱり私にはこの世界と同じくらい大切な世界があるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『連れ戻してくる?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大切な使命があるから。

 

 

 

 

 

「ごめん。」

 

 

 

 

 

帰らなくちゃいけない。

ここにはいられない。

約束があるから。

 

 

 

 

 

「私・・・帰らなきゃ。」

 

 

 

 

 

この言葉を口にするのがとてつもなく苦しい。

二人が言えなかった台詞。

私だって言いたくなかった。

だけど二人を連れて帰らなきゃ。

そのために私はここにきたんだ。

友達が間違った方向に進んだなら私がそれを正しい方向へ導いてあげなくちゃ。

それがわたしの課せられた義務だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『君の友達は二人ともあっちの世界に居座っちゃったんだ。』

『どうすれば私もそこに行けるの!?』

『行きたいの?』

『行きたい!』

『・・・とっても危険だよ?』

 

 

 

 

 

あの院長さんは薄ら笑みを浮かべて私の肩に手を置いた。

どうしてそこまで他人のために自分の命まで投げ出すのか。

そう言いたそうな顔をしていた。

正直私もそう思う。

友達のために自分の命を懸けてもし死んじゃったら馬鹿みたいじゃん。

確かに思うけど馬鹿だからしょうがないのかもしれない。

 

 

 

 

 

『一度死に近い状態に陥ってもらう必要があると言っても?』

『・・・行く。』

『間違ったら死ぬかもしれないんだよ?それでも行くの?』

『・・・うん。』

 

 

 

 

 

本当は怖かった。

死ぬかもしれないと言われてちょっと怯んだ。

だけどベッドの上で横たわる親友を見たら知らず知らずのうちに頷いていた。

もう一度この世界で一緒に笑って生きたい。

きっと私は自分の命も見失っちゃうほど必死だったんだ。

置いていかれるという寂しさが私の不安を掻き立てて脅かしていたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちゃんと二人を連れて帰らなきゃ・・・。」

「・・・帰るんですね。」

「でもまだ帰らないよ。まだ・・・やらなきゃいけないことがあるから。」

「やらなきゃいけないこと?」

 

 

 

 

 

黙り込んでしまった赤也の代わりに日吉が口を開く。

私は頷いて立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「杏璃ちゃんと小百合ちゃんを殴らないと!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

笑って言った私に赤也が笑い、日吉が顔を引き攣らせた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

模型の林檎を指先で転がしながら渡瀬龍は片膝を立てて俺に視線を向けた。

 

 

 

 

 

「やだね。」

「はあ!?」

 

 

 

 

 

返ってきた返事はNOという否定の返事。

俺は目を真ん丸にして体をテーブルの前に乗り出した。

 

 

 

 

 

「どうせ聞きたいのは俺についてじゃねえんだろ?」

「それは・・・。」

「その件に関しては全てにおいてノーコメント。」

「お、俺達が何について聞きに来たのか知ってんのか!?」

「うん。」

 

 

 

 

 

どうやら何でもお見通しならしい渡瀬龍の態度に少なからず不快指数が上がる。

あ、コイツ俺の嫌いなタイプだ。

イラってするんだよな。

同じイラってしてもまだ仁王の方が・・・いや、アイツもウザイな。

 

 

 

 

 

「俺ん家っつーあたりでお前ら全部わかってんじゃん?」

「・・・私の父も医者なんです。」

「ふーん、だから知ってんだ。有名な噂だもんな。」

「はい。」

 

 

 

 

 

そうだ。

柳生の父親が医者だったからこそ今回ののことが明らかになった。

まだ本当にそうなのかはわかったもんじゃないけどあながち嘘ではなさそうだった。

さっき携帯に着いたばかりの新着メール。

仁王からのメール。

ディスプレイに映された文字は『柳生の言ってたこと当たってたっぽい。』の一文。

俺はそれを見てすぐに携帯を閉じた。

俺の携帯を横目で見ていた柳生が言いづらそうな表情を浮かべて目を逸らし、何かを決心したように息を呑んだ。

 

 

 

 

 

さんが入院している病院の院長さんは貴方のお父様ですよね?」

「おー。」

「貴方もさんが別世界の人間だって知ってますよね。」

「さーどうだろうね。」

 

 

 

 

 

挑発的な笑みがムッカつく。

 

殴りたい。

殴り飛ばしたい。

だけど柳生がそんな俺に気付いているのか俺の服の裾を握って放してくれなかった。

くっそーいっそのこと柳生を投げつけてやろうか。

いやいやそんなことしたらあとが怖いかんな。

できないできない。

 

 

 

 

 

「答えてください。もうわかってるんですよ?」

「んー・・・じゃあ俺からも質問させてくれる?」

「え?私達にですか?」

「そ。フェアでいこうぜ。そしたら何だって答えてやるよ。」

 

 

 

 

 

ニッコリ、そう音がしそうなくらいの笑顔を作る渡瀬龍。

限界通り越してムカつくんですけど。

明らか俺ら見下されてんじゃん!

だけど答えたら教えてくれるって言うし・・・。

あーもう!

 

 

 

 

 

「わかった!俺らだって何でも答えてやるよ!スリーサイズでも何でもさっさと聞きやがれ!」

「アンタのスリーサイズなんていらねえっつの。本当に何でも聞いていいの?」

「くどい!この丸井様が聞いていいっつーんだから早く聞け!」

 

 

 

 

 

俺は机をバシバシ叩きながら威嚇する。

渡瀬龍は呆れたように溜め息を吐いて転がしていた林檎を円弧を描くように俺に投げてきた。

俺は条件反射でそれを受け取る。

 

食えない物なんていらねぇよ。

 

本物の林檎より遥かに軽い模型の林檎をそのまま柳生に手渡した。

柳生は一瞬迷惑そうな表情を浮かべるとそれをテーブルの上へ置いて渡瀬龍に向き直った。

渡瀬龍はゆっくり口を動かすと俺のカンに障るあの笑みをもう一度作って首を傾げた。

 

 

 

 

 

「アンタら馬鹿?」

 

 

 

 

 

俺、マジでコイツ嫌い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雪菜・・・どうしたんだ?」

 

 

 

 

 

家のインターホンが鳴り、画面を見ると見覚えのある女の子の姿が見えたから小走りで玄関の扉を開いた。

雪菜は苦笑いを浮かべて立っていた。

 

 

 

 

 

「あのね、私帰る途中見ちゃったの。」

「何を?」

「ブン太とヒロシが生徒会長の家に入って行くのを・・・。」

 

 

 

 

 

そう言うと雪菜は俺の手を掴んだ。

 

 

 

 

 

「話は今日柳に全部聞いた!ちゃんが入院してる病院、あれ生徒会長のお父さんが院長なの!」

「それ本当?」

「嘘じゃないわ!だからブン太達が今・・・とにかく幸村も行こう!」

「俺もおるんじゃが・・・。」

 

 

 

 

 

奥から仁王が頭を掻いてやってくる。

どうやらトイレは済んだみたいだな。

雪菜は少し驚いた表情を浮かべて俯いた。

仁王に対して少し蟇目を感じてるんだろう。

 

 

 

 

 

「行くか?仁王。」

「面倒じゃのー。でもまあ行ってみても面白いかもしれんし・・・行くか?」

「面白いなら行くしかないな。よし、雪菜。家まで案内してくれる?」

え、面白・・・・う、うん。」

 

 

 

 

 

控え目に頷く雪菜に俺は満足しながら少し待っててと一声かけて家の奥へと入って行った。

クローゼットにかけてあったカーディガンを手に取り仁王と雪菜の元へと帰る。

二人は門の前で待っていた。

 

 

 

 

 

「お待たせ。行こうか。雪菜頼んだよ。」

「うん。まずはこっちだから。」

 

 

 

 

 

雪菜が右を向いて歩き出す。

俺が雪菜のあとをついて行こうと前足を踏み出したその時。

 

 

 

 

 

「あ。」

「何?仁王・・・。」

「ちょい先に行っててくれんか?」

「どうしたんだ?」

「用事ができた。」

 

 

 

 

 

そう言い残すと仁王は俺達が向かう反対側へと走っていく。

俺と雪菜は目を合わすとお互い同じことを考えながら仁王の小さくなっていく背にくぎづけになった。

 

 

 

 

 

「渡瀬龍の家何処にあるか知ってるのー仁王ー!?」

 

 

 

 

 

もう消えかかっている仁王に雪菜が叫ぶと何と言っているかわからなかったがたぶん知っているんだろう。

俺には大丈夫という感じが伝わってきた。

 

 

 

 

 

「何処に行くのかな・・・。」

「ふふ、心配はいらないよ。仁王だからな。」

「・・・そう・・だよね。」

 

 

 

 

 

心配そうな表情を浮かべながらも頷く雪菜に俺は少し目を見開き、そして笑った。

歩き出す俺のあとを雪菜が苦笑いを浮かべてついてきていた。

 

 

 

 

 

そう、彼女もまた信じることを知った人間。

以前までは常に切羽詰まった感が感じられたのに。

相手を信用するということを雪菜は知ったんだ。

これも、ちゃんのおかげなのにな。

ちゃんは・・・俺達に必要なのに。

そんな俺達を残して帰ってしまうんだ。

たとえそうすべきだとわかっていても彼女の顔を見たら帰らないでと言ってしまいそうになる。

そんな自分が怖かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ先輩。」

 

 

 

 

 

吐き出しそうなほどの感情を何とか抑えて息を呑む。

先輩は顔を上げると小さい子供が拗ねたような表情を浮かべて俺の胸を急かした。

言ってはいけない。

言ってはいけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺やっぱりアンタが大嫌いだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

言ってはいけない。

言ってはいけない。

感情を押し殺して笑う。

俺らしくない弱々しい姿。

先輩はしばらく黙り込み、そして意を決したようにらしくない満面な笑顔を貼付けた。

 

 

 

 

 

「私もアンタなんて大嫌いだよ赤也!」

 

 

 

 

 

言ってはいけない。

言ってはいけない。

言うな。

 

日吉が黙って俺と先輩のやり取りを聞いている。

まるで俺のことを憐れんでいるかのようなその瞳。

やめろよ。

俺は別に可哀相でもなんでもない。

俺は大丈夫だから。

 

 

 

 

 

「それは有り難いっスね!俺、アンタがいなくなって清々しますよ!」

「えへへ、そっか。じゃあ私帰った方が赤也のためになるんだね。」

「はい!是非帰ってください!さっさと!さっさと帰れよ!!」

 

 

 

 

 

言えない。

言えないんだ。

俺には言えない。

俺はこんなことしか何にもできない。

 

 

 

 

 

「・・・・杏璃ちゃんと小百合ちゃんのことが終わったら私二人を連れて帰るよ。それまで・・・もう少し待って。終わったらすぐに帰るから。」

「そうっスね。早く帰ってくださいね。そしたら・・・・」

「・・・切原、もうその辺に「もう二度と俺の前に姿見せんなよ!!」

 

 

 

 

 

言えない。

言えないんだ。

俺には言えない。

俺は感情を押し殺すのがやっとなんだ。

 

俺の過剰な言動に日吉も止めに入る。

だけど俺はそれを無視して最後の決め手となる台詞を先輩にぶつけた。

これでいいんだ。

 

 

 

 

 

「わかった。」

 

 

 

 

 

この一言を呟いて先輩は俺の横を通り過ぎて行った。

胸に突っかかるもやもやが苦しい。

握り締めた拳。

手の平に爪が食い込んでるけど痛みを感じない。

たぶん今の俺、かなり泣きそうな顔をしてるに違いない。

先輩の足音が遠ざかっていく。

 

言ってはいけない。

 

 

 

 

 

先輩!」

 

 

 

 

 

もう姿はない。

だけどこれでいい。

言ってはいけない。

言ってはいけないから。

 

 

 

 

 

「切原・・・・。」

「・・・・・わかってる。だけどこれでいいんだよ。」

 

 

 

 

 

日吉は何も言わない。

俺はもう一度強く拳を握り締めて病院を出た。

胸を締め付けるもやもやが晴れる気がしない。

それはきっと先輩にも自分にも嘘を吐いているから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ずっとここに居てなんて・・・・・・言えるかよクソッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嘘。

それはアンタのための俺の優しさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

久しぶりに更新したらシリアスどっぷりだぜぃ。

 

お前最高だよ!!って人はをクリックだ!!

 

2007.04.09