31話 人の趣味にはケチをつけるな。趣味のない奴よりまだマシだ。

 

 

 

 

 

 

「渡瀬くーん。渡瀬龍くーん。」

 

 

 

 

 

普通ならこの時間誰もいない教室に響き渡る俺の声。

部活が終わったあとにダッシュで三年五組の教室に向かい、薄暗くなった教室を見渡し目的の人物を捜す。

ソイツは携帯を弄りながら窓際の仁王の席の背もたれに体を預けながら座っていた。

 

 

 

 

 

「お、遅かったな。部活お疲れさん。」

「呼び出した俺の方が待たせて悪かったな。どーしても今日のうちに聞いておきたくて。あ、柳生も一緒にいい?」

「別にいいぜ?でもその柳生君は?いねえじゃん。」

 

 

 

 

 

渡瀬龍はキョロキョロと俺の周りを見渡して首を傾げた。

 

 

 

 

 

「ああ柳生は先に行ってる。」

「・・・何処に?」

 

 

 

 

 

弄っていた携帯をパタンと閉じて肩を竦める渡瀬龍。

俺は鞄を背負い直すと最後の一枚だったパインアップル味のガムを口に運んだ。

そのガムの味を味わうために歯の奥で一噛みしてニヤリと笑う。

 

 

 

 

 

「お前ん家。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「知ってるって・・・どういうこと?」

 

 

 

 

 

頬を引き攣らせるさんに見向きもしないで俺は黙ったまま歩き出す。

近くに佇むベンチに腰を降ろすと視線だけをさんに向けた。

さっきから痛そうにしている右足に気付いていない訳ではなかった俺は視線だけでベンチに座るように促した。

するとさんも感づいたようで少し痛そうな足を前に踏み出して腕を組んでベンチに座る俺の前まで歩いてきた。

さんがベンチに座るのを確認すると重い口を開いて言った。

 

 

 

 

 

「杏璃先輩はアンタと同じ世界の人間です。」

 

 

 

 

 

言った言葉が理解できなかったのかさんは二、三回瞬きをして俺の方に耳を傾けた。

 

 

 

 

 

「ぱーどん?」

「・・・今となってはもう覚えてないでしょうが杏璃先輩は確かに俺に言いました。」

「君、今ナチュラルにスルーしたでしょ。」

「杏璃先輩が転校してきて間もない頃の話です。まだ杏璃先輩も今のアンタのように真っ直ぐな強い眼をしていた。」

「(やっぱりこの子私の質問さらりと流してる!)」

 

 

 

 

 

威嚇の眼を向けてくる隣に座っているさんを軽く無視して俺は空を仰いだ。

とにかく話を進めたい。

一々この人に構ってる暇はこれっぽっちもない。

聞けばこの人はかなりのマシンガントークだそうだ。(向日さん宍戸さん談)

そのうえ少し自分勝手だ。(経験談)

少し話に食いつくと何倍にもなって返ってきそうだからそういう時間のかかることは今は避けたい。

俺は組んでいた腕を解いてその手をベンチの上へ置いた。

 

 

 

 

 

「まだマネージャーでもなければ俺と会ったこともないはずの彼女は言ったんです。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ひ、日吉若!』

『・・・誰だアンタ?』

『あ、え、えっとその〜・・・。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「杏璃先輩は異世界の人間で俺は本の中の人間なんだと。」

「!」

「俺は心底腹が立って無視しました。」

「え、無視ったの!?」

 

 

 

 

 

耳がじんじんするほどでかい声が隣のさんから発せられる。

距離が近いだけにものすごく煩い。

俺は耳を塞ぎながらジロリと隣の間抜け面をかましている人物を睨んだ。

 

 

 

 

 

「だって普通は頭がおかしい人だと思うでしょう?俺は思いました。」

「ま、まあそうだけど・・・で?それでどうしたの?」

「彼女は何故か俺の腕を掴んで必死に事情を説明し始めて・・・最後に友達を捜していると言ったんです。」

「とも・・・だち?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『犬飼小百合って綺麗な顔の女の子知らない!?あとはっていうとってもパワフルで元気な子!』

『知りません。じゃ、俺はこれで。

『ちょーっと待った!!君ね、困った女の子が普通なら言えない事情まで話して助けを求めてんの!助けろ!

『嫌です。アンタにそんなことをする義理はない。』

『むっかつくー!可愛くない奴!ちゃんも何でこんな奴お気に入りなんだろ!理解できないや!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その時にアンタの名前が出てきた。だからつい最近跡部さんの周りをうろついてる面白い女がいると忍足さん達からって名前を聞いた時にはまさかと思った。」

「お、面白い女・・・ですか?」

「だけど杏璃先輩は無事アンタに会ったはずなのに俺に何も言ってこない。それどころか初対面の用に話してる。それが何故だかわかりますか?」

 

 

 

 

 

初めて体ごと困惑した表情を見せるさんに向ける。

生暖かい風が俺の前髪を軽く揺らがせた。

返事がないということはわからないんだろう。

さんは難しそうな顔をして視線を俯かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「杏璃先輩は・・・記憶を捨てたそうです。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の台詞に肩が揺れる。

さんはバッと顔を上げて俺の顔をまじまじと見つめた。

 

 

 

 

 

「転校してきて一ヶ月も経たないうちに杏璃先輩は俺経由で跡部さん達と親しくなりました。その分たくさんの嫉みを周りから買ったことでしょうね。」

「・・・・・・。」

「次第に杏璃先輩は空回りな笑顔を貼付けたただ元気な姿を見せるだけの人間に成り下がって・・・そしてある日突然俺に言った。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私この世界で生きていくことにした!その代わりに記憶がなくなるらしいけど・・・別にいいや!』

『・・・らしくないですね。あれだけ友達がどうとか言ってたじゃないですか。』

『私弱いもん!』

『・・・へえ。』

『私弱いんだ。だからこんな記憶・・・もういらない。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女は辛いと言った。

現実の世界で発覚した友達への虐め。

その人が自分に話してくれなかったことへの怒りが確かに自分の中に存在していた。

だけどこの世界で自分がその人の立場になって初めて気付いた苦しさ、醜さ、恥ずかしさ。

 

 

 

 

 

「ここの病院の院長が言うにはその・・・犬飼さん?その人もこの世界にいるそうで記憶と引き換えにここに残ったそうです。」

「・・・ッ。」

 

 

 

 

 

完全に黙り込んでしまったさんは泣き出しそうな表情を浮かべて俺の顔をじっと見つめた。

ゆらゆら揺れるさんの瞳は戸惑いと悲しみが彼女の中の混沌の色を強く引き立たせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『だからね、日吉にお願いがあるの。』

『面倒事ならお断りです。』

『お願いがあるの。』

『・・・・・・・・・・・何ですか?』

『私が完全に記憶なくしちゃったあとにちゃん達に会うことがあったらね、』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ごめんなさいって伝えて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

弱い私でごめんなさい。

 

杏璃先輩は唇を噛み締めながら涙を堪えていた。

 

 

 

 

 

「アンタは?」

「え?」

「アンタはどうするんですか?」

 

 

 

 

 

元の世界に帰る?

それとも二人と同様、記憶を捨ててこの世界に残る?

 

 

 

 

 

「・・・私・・は・・・。」

「帰るんでしょ?」

 

 

 

 

 

俺が言おうとしていたその言葉は俺ではない全く別のところから聞こえてきた。

その言葉を発した人物は走ってきたのか、息を整えながら額に滲む汗を手の甲で拭って俺達の前へ立ちはだかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私ね、もう誰も信じれなくなりそうなんだ。』

『友達も?』

『うん。ここに来てできた友達なんか・・・全然友達じゃなかった。』

『今となっては一緒になってアンタを虐める状態ってわけですか。』

『ッ友達だと思ってたのに!もうこのままだと友達が何なのかすらわからなくなってきた!』

 

 

 

 

 

友達なら最後まで信じてあげなよ。

 

 

 

 

 

『・・・無理だよ。あんな台詞、あの時小百合ちゃんから出た適当な言葉だったんだ。きっとちゃんや小百合ちゃんだっていつか私のこと・・・。』

『・・・・・・・・・。』

『そんな風に考えちゃうなんて私最悪だよね。もう二人に顔なんて合わせられないや。』

『だから記憶捨ててまでここに残るんですか?』

『・・・うん。』

『見損ないました。』

『え、ちょ、日吉!?』

『勝手にすればいい。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局みんな堕ちていく。どれだけ強い眼差しを持っていたって。

いつかはみんな腐った考えの持ち主に変わってしまう。

初めこそはこの人だって強く輝いて見えていた。

俺はそんなこの人のことをひそかに心酔していたんだ。

その揺るぎない強い眼差しに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「仁王は相当ちゃんに心を許しているんだな。」

 

 

 

 

 

俺の予想以上だと苦笑いを浮かべて幸村はコーヒーの缶を傾けた。

俺の手の中にある緑茶の缶はもう空っぽ。

一滴残らずさっき零した。

・・・あー喉渇いた。

 

ここは幸村ん家の前の小さな公園のベンチ。

二人並んでちょっとしんみりした雰囲気を漂わせている。

 

 

 

 

 

「この際何処の世界の人間でもいい。・・・は帰るんかの。」

「どうなんだろうな。でも俺は帰るべきだと思う。」

「・・・同感。」

 

 

 

 

 

寂しくないわけではない。

帰ってほしいわけでもない。

本当はずっとこの先もここにいて一緒に馬鹿やって過ごして行けたらそれでいい。

だけどそんな訳にいかないということも分かっている。

はここにいてはいけない人間。

 

 

 

 

 

「いっそのこと俺達が向こうへ行ってみるとか?」

「ただ単にお前が興味あるだけじゃろ。」

「ふふ、異世界ってどんなところなんだろうね。」

「普通なんじゃなか?」

「・・・だったら初めから分かれてないで一つだったらよかったのにな。」

 

 

 

 

 

空になったらしいコーヒーの缶を向かいのごみ箱へと投げ捨てる。

さすが幸村とでも言うべきか、それは綺麗な円弧を描き音を立てて中へと入った。

もとが一つなら・・・か。

幸村は俺の手から缶を抜き取ってそれもごみ箱へ向かって投げ捨てた。

しかし今度は外れた。

 

 

 

 

 

「・・・ちゃんは帰ると言うと思うよ。」

「それ絶対?」

「うん。そうじゃなかったら俺は彼女を少し高く見すぎてたのかもしれないな。」

「ふーん。・・・・ま、俺もアイツは帰ると思うな。」

「それ絶対?」

「・・・・・・・・・・・・・・ピヨッ。」

 

 

 

 

 

アイツは帰ると言う。

そんな妙な確信が俺の心をギュッと締め付けた。

 

 

 

 

 

「幸村ー。」

「んー?」

「トイレ貸して?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっひょーでっけー!」

「大人しくしたまえ丸井君。」

「どうぞお上がりなさい二人共。」

 

 

 

 

 

俺と柳生は玄関を開ける渡瀬龍に誘われるように家の中へと入って行った。

でかっ。

俺ん家だって結構大きい方なのに(たぶん)コイツん家は俺ん家の二倍はあった。

悔しいと言うよりはびっくりだ。

俺ならこんな家いらない。

逆に不便だ。

なんて考えながら辺りを見渡しているとリビングのテーブルの上の皿に盛られた大量のドーナツを見つけた。

 

 

 

 

 

「なあなあこれ貰ってもええ?」

「いいけど食うなよ。偽物だかんな。」

「え、じゃあいらない。」

「本当に君は意地の悪い人ですね。」

 

 

 

 

 

柳生が呆れたと言わんばかりの盛大な溜め息を吐く。

いや、だって食えないならドーナツ貰っても意味なくね?

っつか食えないってじゃあ何コレ。

 

 

 

 

 

「こういう偽物の食品よく俺ん家ごろごろ置いてあるから間違って食わないように。特に丸井。厳重に注意したまえ。」

「・・・何だよそれ。蛇の生殺し状態?」

「何でそのような物がこの家にはたくさんあるのですか?」

「んー俺の趣味。ほら、よくショーウィンドウに飾ってあんだろ?食べ物の模型。」

「ふーん、変な趣味。」

「お前今すぐ叩き出すぞ。」

 

 

 

 

 

俺に一喝喰らわせた渡瀬龍は自室の部屋を開け、入れと言った。

言われた通りに部屋へと入る。

部屋のあらゆるところに食い物の模型が飾ってあった。

やべ、腹鳴りそう・・・。

 

 

 

 

 

「あ、マジで腹鳴っちった。」

「思い切り聞こえましたよ丸井君。」

「マジで!?やだ、恥ずかC−!!・・・なんつって。」

「・・・・・・・で、話って何?」

 

 

 

 

 

お前イタいとでも言いたげな表情で渡瀬龍が俺を見る。

やだな。

ちょっと場の雰囲気を和ませようとしただけじゃん。

 

俺は部屋の真ん中にあるテーブルの前に腰を下ろして柳生に視線を送った。

お前が言えという合図。

それを感じ取ったのか、柳生は「私はジャッカル君ではないのですよ?」と呟いて俺の横に腰を下ろした。

 

 

 

 

 

「渡瀬君。貴方に嘘偽りなく正直に答えてほしいのですが・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは私がトリップする三ヶ月前の話。

 

 

 

 

 

『バイバーイ!また明日!』

 

 

 

 

 

杏璃ちゃんは友達と別れると小百合ちゃんが入院している病院へと向かった。

そう、いつものこと。

私達はいつも駅前で待ち合わせをして病院へ行くんだ。

 

 

 

 

 

『あ、ちゃんに連絡入れなきゃ・・・っと誰だ!?』

 

 

 

 

 

―――――・・♪

 

突如鳴る着信音。

私と小百合ちゃんと杏璃ちゃん三人お揃いの着信音。

まあ偶然なんだけど・・・。

 

 

 

 

 

『えーっと、携帯携帯携帯電話はっと・・・。』

 

 

 

 

 

携帯電話を取り出そうと通学鞄を探る。

その行為に気が取られて自分が今どの方向へ足を動かしているのかに気付かない。

足は自然と青が点滅している交差点へと向いていた。

完全に信号が赤に変わると車は動き出す。

 

 

 

 

 

『あった!』

 

 

 

 

 

携帯を手にした途端、杏璃ちゃんは車が走り交う交差点へと足を踏み込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『どうして!?何で杏璃ちゃんまで!?』

 

 

 

 

 

意識不明の重体。

杏璃ちゃんも交通事故にあって小百合ちゃんと同じ病院での入院となった。

一命は取り留めたらしいけど意識が戻らない。

私は大切な友達を二人も失った。

正確にはまだ生きているのだけれど。

お医者さんは見込がないと言ってた。

 

 

 

 

 

毎日毎日病院通い。

別に自分が怪我してるとか体が悪いとかそんなんじゃない。

だけど通うのはやっぱり大切な友達が頑張ってるから。

誰が何と言おうと戻るんだと信じて疑わない私だからできること。

自慢してもいい。

 

 

 

 

 

信じてる。

疑わない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『諦めたらどう?』

 

 

 

 

 

院長さんだと言う人(自称)がある日、ちょうど杏璃ちゃんの事故から三ヶ月くらい経った時に問いてきた。

いや、だって院長のくせに諦めろとか普通言う!?

だから私はあまりその院長さんを信じてなかったんだけど。

その問いに対してやだ、の一言で会話は終わる。

そこで院長さんは呆れたように溜め息を吐いて一つの提案を私に促した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『連れ戻してくる?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その提案に首を横に振る理由が私にはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

いろんな人の場面があってややこしい。

場面転換多くないですか?(お前が聞くな。)

 

お前最高だよ!!って人はをクリックだ!!

 

2007.03.31