28話 答えがわからない話題はなるべく避けた方がいいよ。

 

 

 

 

 

 

「じゃあちゃん、氷帝においでよ!」

 

 

 

 

 

何かとてもいい案を思いついたかのように私の両肩を持つ。

そんな杏璃ちゃんはきっと、今話した私の話の主旨を理解してはくれなかったんだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『まだ本当かどうかはわからないのですが・・・』

 

 

 

 

 

柳生は嘘などあまりつかない。

人をバカにするような嘘なら尚更だ。

柳生が心底を嫌っているというわけでもなさそうだからを陥れるための嘘ではないことはわかる。

だけど柳生の話はあまりにも嘘のようで初めて心の底から柳生を疑いたくなった。

 

 

 

 

 

『あの病院、水面下では怪しげな研究をしていると父に聞いたことがあります。何やら異世界の人をトリップさせるというものらしいです。』

『何だそれ。面白そうな研究だな。』

『面白くなんてないですよ。そんなことが本当に起こっていいと思ってるんですか貴方は。』

『っつかそんなことあるわけねえだろぃ?人間業じゃねえじゃん。なー仁王!?』

 

 

 

 

 

何故か丸井は俺に同意を求めてきた。

異世界の人間をトリップねえ・・・。

夢のような話じゃの。

 

 

 

 

 

『そもそも異世界ってどこにあるんじゃ?俺ら以外の世界なんてもんがこの世にはあるんか?』

『そ、それは・・・。』

 

 

 

 

 

そんな信じがたい話を本気で話す柳生が、この時は本当にバカなんじゃないかと思った。

柳生にしては幼稚くさい話を持ち出してくるもんだなと口には出さないが心の中で呟いた。

 

 

 

 

 

『よくは知りませんがあの病院の院長が経営しているいくつかのマンションにタダで入居する人が最近増えているらしく・・・その人達がトリップに成功した異世界の人間なのではと噂になっているそうです。』

『・・・それを何故今ここで言うんだい?』

『幸村君はご存知ですか?さんのご住居を・・・。』

ちゃんの家?・・・知らないな。』

『そうですか。私は知ってます。以前偶然さんと会いました。彼女の家の前で・・・。』

 

 

 

 

 

俺から見える柳生の横顔。

少し迷い気味にレンズの内に隠された目が閉じられる。

俺はこの時点でもう気付いていた。

柳生が何を言おうとしているのかに。

何故今柳生はこの話題を切り出したのかだって俺は気付いていた。

 

 

 

 

 

『その家が今話したあの病院の院長が経営しているマンションだったんです。』

『でもタダで入居してるかどうかなんてわからないじゃないか。』

『そうなんです。だから私はその時はまだ何とも思いませんでした。しかし・・・今日疑問に思ったのは病院です。』

『病院?』

『はい。何故彼女はわざわざこんな遠い病院に入院する必要があったのか。それはまさしく彼女がこの病院の院長と繋がっているからですよ。』

 

 

 

 

 

はっきりと断言したような口調。

証拠はないが確信しているという柳生の考えがひしひしと伝わってくる。

 

 

 

 

 

『じゃあ何?柳生はが異世界の人間だって言いてぇのかよ。』

『・・・そういうことになりますね。彼女にはあまりにも不審な点が多過ぎますし。』

『不審な点って?』

『転校してくるのに今の時期はおかしいですし、それに彼女があんな目に合っておいて親が出てこないのはおかしすぎです。』

『アイツは一人暮しじゃ。』

『それでも実の娘が暴力沙汰に巻き込まれて放ったらかしなのも戴けないでしょう。』

『そういう家なのかもよ?気にしすぎじゃねえ?』

 

 

 

 

 

柳生が押し黙る。

考えたこともないくらい有り得ない唐突な話だけに丸井も幸村も信じようとはしなかった。

バスに揺られながら俺は窓の外に視線を移す。

この辺りは学生通りならしく、コンビニやらほか弁やらが店を並べていた。

 

 

 

 

 

『どうしました?仁王君。』

『・・・アイツ、料理ができん。』

ちゃんが?』

『毎日コンビニ弁当やら何やらを食べとるらしい。』

『だからそれが何だってんだよ。ってかアイツそんな不健康な暮らししてるわけ?毎日とかどれだけ金使うんだっての。』

『!、それは本当なんですか仁王君!?』

『ああ、アイツが自分で言うとった。』

『だからそれが何なんだっつーの!!』

 

 

 

 

 

周りの迷惑も考えずに丸井が叫ぶ。

バスの中は俺らの他に三人しか乗客はいなかった。

幸運にもその乗客三人共深い眠りについているようで振り返りもしなかった。

 

 

 

 

 

『まったく料理のできない女子学生がこの歳で一人暮しって言うのもおかしな話だね。』

『・・・幸村君。』

『だけどそもそもこの話はちゃんが入院している病院がトリップを成功させたというのを前提に話が進んでいるけど・・・まず有り得ない話だな。』

『だよなー。んなことがあってたまるかっての。』

『・・・そう・・・ですよね。・・・すみません。私の考えすぎです。』

 

 

 

 

 

苦笑いを浮かべた柳生はいつもより少しズレた眼鏡のフレームを人差し指で上げた。

柳生は納得しているようには見えなかったが異世界からのトリップがこの世に存在するということにも少し納得がいってなかったようだった。

それは俺だって同じ。

異世界があるなんて思いもしないし、ましてやそこに生きる人間が自分達の世界に時空を越えてやってくるなんて話、信じようにも信じ難い。

正直の話、俺もあまり信じていなかった。

いや、信じようと思えなかった。

でもこの話が真実で俺達の考えが間違っていたら・・・?

柳生の話が本当だったとしたら・・・?

 

 

 

 

 

違う。

そう言いきることすらできない。

だって俺達はあまりにも何も知らなさ過ぎる。

この世界のことも

のことも・・――――――

 

 

 

 

 

『でももし今の話が全て本当だったら・・・。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はいつまでこの世界にいるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いつかは帰ってしまうんかの・・・。』

『・・・んな、わけ・・・あるかよ・・・!あってたまるかよ!!非現実すぎにもほどがあんだろぃ!?』

 

 

 

 

 

非現実的。

何が現実か、何が空想の出来事か。

そんなことはもうわからないこの世の中。

あの病院で行われていると言われている怪しげな研究だって本当は存在しているのかもしれないし、

それによってが異世界から連れて来られた特別な人間なのかもしれない。

だけど俺達はその真実を知ることができない。

本当に存在するのかしないのか、それを知ってるのは本人だけだから。

 

 

 

 

 

『どうなんだろうね。異世界の人間がこの世界に来ること自体があってはいけないことなんだ。もし柳生の話が本当ならちゃんは自分の世界に帰るべきだよね。』

『帰るってったって・・・どうやって?っつかどうやってここに来たってんだよ!』

『それがわかったら苦労なんてしませんよ。全てはさんに聞けばわかることなのですが・・・・。』

『聞く勇気なんて俺にはないね!絶対ぇヤダ!』

『・・・・難しい話だね。』

 

 

 

 

 

聞いてが本当のことを話してくれるのなら“聞く”という動作はそれはそれは容易いこと。

だけど俺達が恐れているのはそこではない。

の口から知らされるその真実が怖いんだ。

笑って「違う」と言ってくれれば俺達も笑って「よかった」でこの話は終わる。

 

 

 

 

 

『でももしこの話が全てただの思い違いだったなら・・・さんはこの話を聞いて面白そうに笑うのでしょうね。』

『ああ、俺達の想像力の豊かさを腹抱えて笑いそうじゃ。

『遠慮と言うものを知らないからね・・・あの子。』

『たぶんそうなったら恥ずかしすぎて俺生きていけない。のこと絶対殴る。これ言い切れる。

 

 

 

 

 

そうだ。

一言「そんなわけない」と言ってくれればただの笑い事で済まされる話。

だけど、万が一が表情を歪ませ、肯定と取れるような行動をとったりするとなると俺達はどうするのだろう。

に対してどんな対応をするのだろう。

 

 

 

 

 

俺達は怖い。

日々俺達にとって存在が大きくなっているが俺達と同じ人間であって違う人間である。

そんな真実を知って今までのようにを見ることができるのだろうか?

答えはNOだ。

完全に言い切れる。

 

それにがいつか自分の世界に帰ってしまう日が来るとしたら?

俺達はその別れをどう思うのだろう。

「仕方ない」そう思うことができるのだろうか。

考えれば考えるだけ頭の中が混乱する。

 

 

 

 

 

あーあーあーあーあー!!考えんのやーめた!!』

『丸井君・・・。』

『やめだやめ!そんな話やっぱりあるわけないって!考えれば考えるだけあり得ないから!』

 

 

 

 

 

バスに乗車賃を投入し、降りる。

顔の前で手を左右に振り、丸井は完全に柳生の話を信じない方向性を示していた。

幸村はいたって真剣な顔つきで何かに思い耽っていた。

 

 

 

 

 

『じゃ、俺こっちだから帰るわ!また明日な!』

『・・・・丸井君、今日はお疲れ様でした。』

『じゃあ俺はこっちだから仁王と柳生、気をつけて帰れよ。』

『おう、幸村もな。』

 

 

 

 

 

バスを降りてすぐに俺達は三手に別れた。

残された俺と柳生は気まずい雰囲気のまま途中まで同じの帰路をとぼとぼ覚束ない足取りで帰る。

 

 

 

 

 

『何でそんな話を今日持ち出した?』

『え?』

『なしてそのまま黙っとってくれんかった?』

 

 

 

 

 

嘘だ。

そう思ってもやはり疑ってしまう自分。

それなら初めから知らないままの方がよかった。

今日その話を持ち出してきた柳生のことを心なしか恨めしく思う

 

 

 

 

 

『・・・・・・・すみません。』

『俺、こっちじゃけん。またな。』

 

 

 

 

 

少し歩いたところで俺と柳生は別々の帰路に着いた。

妙に胸に突っかかる。

もやもや感に無性に苛つきを覚えながらも、なるべく気にしないように早足で家に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

今日は全面的にシリアス風味。

たまには真剣にいきましょう。

真面目に生きましょう。

 

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2007.03.24