27話 太陽の光を1分以上眺めないと人間の脳は起きないらしい。
「お。いや。え?ッああ!」
「てめぇ叩き出すぞ。」
背後に感じる殺気。
もちろん発信元は右目の下に黒子持っていらっしゃる跡部様でございます。
テレビすらも落ち着いて見させてくれないなんて何たる心の狭さ。
額に青筋を立てて私をギロリンと睨み付けて本を閉じた。
うわぉっ洋書だよ洋書!
「だって今主人公が愛人に崖から突き落とされそぅお!!」
「説明するのかテレビ見るのかどっちかにしろ。っつかどんなテレビ見てんだお前は。」
跡部は呆れまじりの溜め息を吐いてテレビに視線を向けた。
画面には必死に岩にしがみついて堪えている主人公の壮絶な顔が映っていた。
あ、ちょ、落ちる!
主人公落ちる!
「“夫と愛人の狭間で”っていう夫に愛人がいると発覚した時の修羅場が見所の昼ドラ・・・ああ!」
「おもしろいのか?」
「ものすごく。」
「・・・そうか。」
主人公はなんとか崖からはい上がることができ、自分を落とそうとした愛人につかみ掛かっていた。
つ、強いな・・・。
跡部はしばらく私を冷ややかな目で見たあとまた本を開いて読み始めた。
「ねえねえ、跡部君。」
「何だ?」
「跡部君ってさあ・・・寂しくないの?」
「そりゃまた突然だな。寂しくなんてねえよ。」
「何で?こんな広い部屋に一人だよ?私なら寂しすぎて本なんて読んでられないよー。」
「俺は俺。お前はお前。」
本から目を逸らさずに淡々と答える跡部。
私より長いだろう睫毛を俯かせながら文字を辿る青い瞳。
ムムム。
絶対寂しいと思うんだけどなー。
私はテレビに意識を飛ばしながらも目は跡部を映していた。
「あー暇ー暇ーテレビばっか見てると頭がボーってするー。」
「だからって足を机の上に乗せるな。」
「だーってだってだってだーってだってなんだもーん。」
「・・・はあ、ちょっと外行くか?」
「え?」
「ずっと部屋にいんのも体が鈍る。」
そう言うと跡部は肩を解しながらベットから降りた。
え、何か跡部さん普通に歩いてるんですけど!!
松葉杖いらないの!?
「どうした?行かねえのか?」
「行く!行きます!よーし、頑張って走ろうね!」
「お前一人で走ってろ。」
跡部はドアを開けてスタスタと私を放って歩き出した。
ちょ、待っ・・・私を誘ったのはアンタだろうが!!
うーん、何この飴と鞭。
「待ってよ!待ってってば跡部君!跡部!てめえ待ちやがれ!」
振り向きもしない跡部を必死で追う。
足痛い!
私怪我人なんだけど!
松葉杖なんてもう部屋に置いてきちゃったけどさ!
「ってか跡部君怪我人なんだよね!?何でそんなに速いの!?」
「こんな怪我俺様だったら一日もすれば簡単に治るんだよ。」
「いや嘘でしょ!?無理でしょ!?常識じゃないよねソレ!」
何処のどいつが窓から飛び降りて一日の怪我ですむんだっつーの!
聞いたことないよ!
歩幅が違うため跡部の方が歩くスピードが若干速く、私はそのあとを必死に短い足を動かしてあとをついて行った。
「今日の晩御飯は何かな〜♪」
「今から晩飯の話かよ。気の早い奴だな。」
「だって私入院生活できて何が嬉しいってまともなご飯が食べれることなんだよねー!」
「・・・いつも何食ってんだよ。」
「コンビニ弁当とかほか弁とか・・・?」
「ったく、料理くらいしろよ。お前女だろうが。」
「むー。だって・・・。」
病院の外へ出ようと玄関を目指す。
私達のすぐ目の前で自動ドアが開いた。
「あ。」
「え?」
私は顔を上げる。
そこに立っていたのは制服に身を包んだ犬飼さんだった。
え、今の時間は学校なんじゃ・・・。
「どうして貴女がここに・・・?」
「そ、それは私の台詞だよ!犬飼さん学校は!?」
「貴女には関係ないでしょ?放っておいて。」
「あ、はい・・・すんません!!」
犬飼さんは私を睨み付けると、私の足元を見ながら鼻を鳴らして笑った。
私って嫌われてんだなー・・・。
何だろう。
かなり胸が痛いや。
空き缶投げられた時はただ腹が立っただけなのに・・・今は悲しいくらいに傷心してる。
「入院してるとは聞いていたけど・・・そう、ここで入院してたのね。わざわざこんな遠い病院に。」
「・・・うん。」
「私はこの病院に用があるの。じゃあね。」
そう言うと犬飼さんは髪を靡かせながら病院の奥へと姿を消して行った。
跡部が黙ったまままた歩き出す。
私も何も言わずに俯いてあとをついて歩いた。
「泣くなら今のうちに泣いとけよ。」
「!」
跡部は人通りのない裏庭へ私を連れていき、頭の上に手を置いた。
その少し大きな手が妙に温かくて、出すつもりのなかった私の涙が次々に流れ落ちていく。
何だろう。
何でなんだろう。
素直に悲しい。
犬飼さんにあんな目で見られることが何故かとても悲しかった。
「跡部君!ちゃん!」
「杏璃!」
跡部の手が私の頭から離れ、私は声のした方へ振り向く。
そこには花束を抱えた杏璃ちゃんが立っていた。
手にはそれぞれちぎれそうなくらい物が入った三つのビニール袋。
「よかった!こっちに行く二人が見えたから・・・あ、跡部君・・・私お見舞いに来たの!あとお礼を言いたくって・・・。」
そう言いながらヨチヨチと重そうな荷物を抱えてこちらにやってくる杏璃ちゃん。
途中何度かこけそうになりながらも何とか私達の前までやってきた。
「ちゃん・・・泣いてる?ってかどうしたの!?その怪我!」
「いや、あ、えっと・・・いろいろあってその・・・。」
「ちゃんまさか入院してるの?」
「・・・うん。二日前から。」
「そうなんだ・・・。」
杏璃ちゃんはしゅんと肩を落としながら近くにあったベンチの上へ荷物を置いた。
それと同時に跡部がもう一つのベンチに腰掛ける。
私もそろそろ足が痛くなり出したので山積みになってる荷物の横にちょこんと座った。
「跡部君、この度は本当にご迷惑おかけしました。・・・助けてくれてありがとう。あと、お見舞い遅くなってごめんなさい。」
「何があったんだ?」
「え?」
「お前がすぐ見舞いにこなかったのには訳があるんだろ?」
「それは・・・。」
花束を受け取った跡部は俯く杏璃ちゃんをじっと見つめる。
怒ってるとかそんなんじゃなくてただ何かあったってのはわかってる。
そう言いたげな感じだった。
「ただ・・・足止め食ってただけだよ!だから今日は学校休んで来たの!」
「足止め?」
「いや、ほら・・・まあ・・・私が気に食わない人達に見舞いなんか行くな!みたいな?」
杏璃は苦笑いを浮かべて頬を掻いた。
「ちゃん、ちゃんはどうして怪我したの?」
「え、私?私は・・・ちょっと。」
「言ってやれ。」
「・・・跡部君。」
「言ってやった方が杏璃のためになる。」
跡部が腕を組んだまま私を見据える。
杏璃ちゃんは不思議そうに首を傾げた。
「ブン太サン!食堂行きましょ!みんなもう揃ってるっス!」
昼休み、赤也が俺の教室にズカズカとやってくる。
遠慮ねえのなコイツ。
クラスの女子が「かわいい」だの「カッコイイ」だの言いながら俺に向かって歩いてくる赤也を目で追った。
・・・・・・可愛いか?
ワカメだぜ?
頭ワカメだぜ?
わっかんねえなー。
「俺今日のお昼は“スペシャルメニュー☆気合い盛り”でいいから。」
「は?」
「いや、だからスペシャルメニューの・・・」
「何アンタ年下にたかってんスか。俺奢りませんよ。」
「奢って。」
「奢りません。」
赤也はケチだな。
ま、初めから奢ってもらえるなんて思ってなかったけど。
俺は財布を頭の上に乗せながら食堂までの廊下を赤也と並んで歩いた。
途中、3年5組の教室の前を通る。
開いている窓からは誰も座っていないの席がポツンと存在していた。
今頃アイツ・・・また看護婦さんに迷惑かけてんのかな?
アイツが転校してきてまだ一ヶ月くらいだってのにもうこんなにも存在感溢れてて、この5組にも解け込んでる。
まるで初めからずっとそこにいたかのように・・・。
「明日退院っスよね。先輩。」
「おう、また煩いのが帰ってくるぜ。」
「・・・・そうっスね。」
赤也は運動場側の窓を眺めながら小さな声で返事した。
嬉しくないわけじゃない。
俺も赤也もが帰ってくることを望んでる。
誤解も解けて昨日雪菜が謝って・・・・がそれほど悪い奴じゃないってこともみんなわかってる。
だけど気がかりは一つ。
「柳生先輩が言うことが本当なら・・・・。」
「言うな。」
「え?」
「それ以上は何も言うな。」
「ブン太サン・・・。」
俺は昨日、改めてのことを何も知らなかったんだと知った。
最初からのことを毛嫌いしていたからかもしれない。
だけど、やっとのことを知ろうと思った矢先の柳生がからの告白。
その場にいた俺と仁王、幸村は言葉を失った。
俺はすぐに赤也に連絡して柳生の話も含め、病院で起こったことを全て話した。
信じ難いけど、まだ証拠がないけど・・・・・嘘のようでホントの話。
「ブン太サン、先輩を信じてあげましょうよ。」
「・・・・・・そだな。」
「まだ本人の口から言われたわけじゃないんでしょ!?なら大丈夫っスよ!」
「おう。」
目の前には食堂。
扉を開けると醤油のようなソースのようななんとも言えないおいしそうな匂いが漂う。
俺はそんな匂いにつられて食券売り場へと足を運んだ。
お金を投入しながらも考えるのはのこと。
そんなに仲がいい訳じゃない。
俺がアイツに一線を引いていたから。
だけど柳生の話を聞いてから妙にアイツが頭から離れない。
俺にとってって一体何?
何なわけ?
自分で自分がわからない。
「あれ、スペシャルメニューやめたんスか?」
「んー・・・・やっぱ今日食欲ねえからあんまりいらね。」
「それでも多いと思うっスよその量は・・・。だから太「黙れ。」
赤也のスネに蹴りを入れて俺はさっさと食堂のおばちゃんに食券を渡しに行った。
うしろから赤也の何とも言えない悲痛な叫び声が聞こえていた。
足を引き摺りながら赤也は食券を持ってやってくる。
無視無視。
食堂全体を見渡すと、一番端のテーブルに見慣れた面子がもうそれぞれ自分のお昼ご飯を並べて待っていた。
「ブン太サン酷いっスよ〜・・・・・ブン太サン?」
「・・・・・・・・仁王。」
そこに仁王はいなかった。
今となってはいつものことなのに、何故か今日は妙な胸騒ぎがした。
それはきっと、
がいなくなる。
そう柳生に言われたからかもしれない。
あとがき
そろそろ嫌われ編からトリップ編へと話が変わってゆきますぞ。
2007.03.22