26話 見舞いに手土産がなかったら何か寂しい。
大好きな私の友達。
そのうちの一人が私とあの子に隠し事をしていることは前からわかっていた。
話してくれるまで、あの人に話す勇気ができるまで待とうよとあの子は言う。
あの子の言葉に頷きながらも私は気になっていた。
早く話してほしかった。
いつも隠している体から時折見えるその傷。
友達だからこそ話してほしいことだってあった。
だけどあの人は何も言わない。
それどころか決して言おうとする仕草も見せなかった。
むしろさらに隠してしまおうとする。
―――― もしかすると友達だと思ってるのは私だけなのかな?
不意にそう口にだしたらあの子は怒って私に言った。
『杏璃ちゃんの馬鹿!そんなこと言うならもう杏璃ちゃんとは友達じゃないからね!』
いつもあの子は友達思い。
そんなところに私は惹かれた。
大好きだった。
軽い気持ちで言った台詞に後悔した。
そして喧嘩の理由までは知らなかったあの人が私と二人きりになった時に言った。
『友達だったら最後まで信じてあげなよ。』
じゃあ貴女は?
貴女は私達を信じてくれているの?
いつになったら話してくれるの?
ふと過ぎってしまった想い。
大好きだから。
大好きだから一方通行な想いは嫌だった。
だけどやっぱり私はあの人もあの子も大切な友達で、あの時はただひたすら泣いて謝った。
あの子もただひたすら泣いて謝ってくれた。
ドアを開けるとそこには意外なメンツが揃っておられました。
「いったい怪我人が今まで何処をほっつき歩いていたのかな?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
「幸村君、相手は仮にも怪我人ですよ?もう少し優しく接してさしあげなくては・・・。」
「柳生は紳士やのう。」
「っていうかアイツ普通に立ってねえ?」
私は松葉杖を壁に立て掛け、幸村、柳生、仁王、ブン太の隣をダッシュで通り抜けてベッドにダイブした。
幸村がにこやかにガンを飛ばしていらっしゃる。
怖いよー。
病院に魔王がいるよー!
「まったく、停学の次は暴力沙汰事件。本当にちゃん、君はトラブルメーカーだね。」
「いや〜アハハ。」
「わかってると思いますけど幸村君はさんのことを決して褒めている訳ではないのですよ?」
「コイツのことじゃ。わかっとらんわかっとらん。」
「遠回しに迷惑だっつってんだよ。バカ。」
みんな好き放題言っちゃってくれる。
君達一体何しに来たの?
わざわざ私の不快指数を上げに来たのかい?
くっそー、言い返せないだけに余計腹が立つよ!
「それにしても、顔に傷はあまりないみたいだね。よかったよ。」
「・・・え?あ、ああ・・・どうも。」
「まあお前も一応女だからな。顔に傷残らなくてよかったんじゃねえの?」
「アハハ、一応が余計だよ丸井君・・・。」
私は苦笑いを浮かべて掛け布団を握った。
まさかこの二人にそんなことを言ってもらえるとは思わなかったから。
正直ちょっとびっくりした・・・。
全くの予想外です。
「聞いたよ。雪菜から全部。」
「せっちゃんから・・・?」
「すまなかった。」
「!!」
幸村は私の前で深々と頭を下げた。
私は思わず目が点になってマジマジと幸村を見つめる。
ちょっとちょっと何!?
幸村が頭を下げた!?
何で!?
すると幸村はゆっくりと下げていた頭を上げて口を開けてぽかんとしている私と見つめ合った。
他の三人も黙って私と幸村を見つめていた。
「雪菜のこと・・・許してやってくれないか?」
幸村の目がいつになく真剣で、どこか切なそうだった。
ああ、幸村は優しい奴なんだなと心から思った。
だけど私は気に食わない。
せっちゃんが嫌い、ムカつくとかそういうことじゃない。
むしろせっちゃんは大好きだし仲良くなりたいと思う。
思うけど私は素直に幸村の言葉に頷けなかった。
「嫌。」
「・・・ちゃん。」
「せっちゃんをどうこうよりも私は今幸村君に腹が立った!」
「・・・え?」
私はキッと幸村を睨み上げた。
幸村が目を見開いて私を見つめる。
驚いているんだろう。
柳生、ブン太も驚きの色が顔に出ていた。
だけど仁王だけが普段と変わらない表情で、何処からともなく簡易椅子を自分の分だけ取り出してきてそこに座った。
「どうして幸村君が謝るの?どうしてせっちゃんが謝りに来ないの?そんなのおかしいじゃん!」
「それは・・・。」
「せっちゃんが今回のことを悪いと思ってるなら私はそれでいい。だけど誰かが代わりに謝るのは許せない。それは幸村君がせっちゃんを甘やかしすぎてる!」
返す言葉がないのか、幸村は黙り込んでしまった。
私は言いたいことを言った満足感に浸りながら幸村の返事を待つ。
だけど返ってきた返事は幸村からではなかった。
「俺はお前がマネージャーなんて辞めればいいと思ってた。」
「丸井君・・・!」
ブン太がぽつりと言葉を漏らす。
それを柳生が止めようとしたけれどブン太は耳を貸さなかった。
ブン太の台詞を聞いて、薄々わかってたことだけど直で言われるとちょっとショック・・・。
「今まで均等に保たれていた俺達の関係をお前に壊されるのが嫌でたまんなかったんだ。」
「・・・・・・・・・。」
「だけど壊されて初めて気付いたことがあった。それは気付くべきことだったのかはわからねえし、逆に気付かずに過ごせたら幸せだったかも知れねえ。」
前髪を掻き上げながら珍しく何も食べていない口を小さく動かすブン太。
私は何も言わず黙って話を聞いてやる。
ブン太の目はどこか遠くを見つめていた。
何かを思い出しながら一つ一つ言葉を噛み締めて吐き出す。
「・・・・俺達の関係は・・俺が思てったのとは違ってあまりに・・・脆かった。」
段々と小さくなって掠れていく声。
それを知った時、ショックだったんだね。
きっと。
「俺達はお互い信頼し合って何でも話せる仲なんかじゃなかったんだ。」
「・・・丸井。」
「仁王がいい例だろぃ?」
「俺?」
「そうお前。だってお前俺達の前であんなに楽しそうに笑わねえもん。いつも人をバカにしたような笑いしかしねえじゃん。」
「・・・そうか?俺、人をバカになんてしたことなか。」
「十分してますよ仁王君。貴方は少し黙ってて下さい。」
「プリッ。」
柳生の叱りを受けて口を尖らせる仁王を横目にブン太がまた閉じていた口を開いた。
ユラユラと揺らぐ瞳はどこか寂しそうだった。
「だけどの前では楽しそうに笑ってやがんの。・・・ムカつくけど。」
「・・・・・・・・む、ムカつく・・・?」
「雪菜だってそう。可愛くて仕事もできていいマネージャーだと思ってたのに裏ではあんなことしてたって言うし・・・。」
ブン太は黙り込んで俯いた。
たぶん上手く言葉にできないんだろう。
ブン太は行動派な方だからね。
しかしそれを助けるかのように口を開いたのが幸村だった。
「俺達は互いのことを知った気でいて何も知らなかった。偽りの友情だったんだな。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・ううん・・・・違うよ。」
「何が違うってんだよ。実際そうだろぃ!?俺達は友達なんかじゃ「友達ならどんな時だって最後まで信じてあげなくちゃいけないの!」
食ってかかってくるブン太を睨み上げる。
ブン太はちょっと怯んで眉間に皺を寄せた。
「本当に友達でいたいと思うのなら今この状況を逃げ出さないで真っ直ぐ受け止めろ!」
「・・・ッ何?」
「たとえ相手が自分のことを騙していても嘘をついていても距離を置いていたとしても最後まで信じてあげるの!
自分がもう友達じゃないと思って逃げ出したら一生その子と友達になんてなれやしないんだから!」
いつかは自分が言われた言葉。
これはあの人との最初で最後の約束。
「・・・だからお互いを知らないから友達じゃなかったなんて言わないで。」
「・・・。」
「相手を信じて心を開いてくれるまで自分をぶつけてみてよ!」
「・・・・・・・。」
「本当の友達って簡単にできるものじゃない。時間をかけてお互いを知って初めて友達だって思うの。
だからこそ友達ってそんなに簡単にやめていいものじゃないでしょ?今まで友達だと思っていたのなら心が通じてなかったくらいで逃げ出しちゃダメだよ。
まだ諦めちゃダメなんだよ!」
私は諦めなかった。
諦めたくなかった。
たとえあの人が私に隠し事をしていても私は諦めずにあの人を信じ続けた。
信じてた。
いつか話してくれる、と。
だけど結局はあの人の隠し事は他者から聞くことになった。
その時だって裏切られたなんて思わなかった。
そこにあの人の私と違った友情があったんだと素直に思ったから。
素直にあの人は私のことを友達だと思ってくれていると伝わったから。
「・・・ちゃん。雪菜を呼ぶから会ってあげて。」
「今からせっちゃんと?」
「今日ここに来なかったのは俺達がここに来る前、今回のことについて号泣して俺達に謝ってたからなんだ。」
幸村は携帯を取り出し、弄り始める。
え、病院内で電話するの!?
マ、マナーというものが・・・。
「明日謝るつもりだったみたいだけどこの様子だと今の方がいいよね。」
「今から病院に呼ぶの?」
「ああ。面会時間までまだ時間はあるだろ?」
そう言いながらダイヤルボタンを押そうとした。
しかし幸村のその手を椅子から立ち上がった仁王が掴んだ。
幸村は驚いて手から仁王へと視線を移す。
「・・・電話せんでもアイツは来る。」
「どういうこと?」
「いや、もう来とる。
・・・・・いい加減そんなところにおらんと中へ入って来たらどうじゃ?無道雪菜。」
仁王はドアに視線を送りながら言った。
しんと静まり返る病室。
みんな息を呑む思いでドアを見つめる。
しばらくしてドアがゆっくりと開いた。
え、せっちゃん来てるの?
「・・・・・・・・。」
「ッせっちゃん!」
せっちゃんは俯いたままドアの前に立っていた。
・・・・いつから?
「・・・ごめんなさい。」
震えていて聞き取りにくい小さな声。
いつものせっちゃんの凛とした面影はない。
せっちゃんは本当に自分の非を認めてるんだ。
青ざめて泣き腫らした目がそれを物語っている。
「私・・・さんにみんなが盗られるんじゃないかって・・・不安だった。」
「・・・・・・・。」
「姑息な手をいっぱい使って・・・さんを追い出そうとした。」
せっちゃんの肩は小刻みに震えている。
そこへ幸村が歩み寄ってそっと背中を撫でてやった。
そしてドアの前で立ちっぱなしだったせっちゃんを中へと誘う。
せっちゃんは素直に覚束ない足取りで私の前にやって来た。
「本当は私、さんが病院へ運ばれたあともみんなに真実を黙ってようと思ってた!だけどッ・・・!!」
「・・・せっちゃん。」
「だけどさんを思い出すと居ても立ってもいられなくて・・・逃げ出す自分がなんだかとっても惨めで・・・すごくみっともなく思えた。」
溜まっていた涙を流す。
せっちゃんの涙はぽつりぽつりと白いシーツに染みを作っていった。
「私さんが嫌いなんかじゃないの。・・・羨ましかったの。心のどこかでさんを尊敬してた。」
「え、私を!?」
「そう、尊敬してたの。だけどそれを認めたくなくて私は自分で知らないうちに嫉妬という感情に書き換えてた。」
「・・・・・・。」
「それに気付いた時、私・・・さんみたいに逃げない強さがほしいと思った。ううん、強くなろうと思ったの。」
そう、それは真実から目を逸らさないで受け止める勇気。
「ごめんなさい。・・・そしてありがとう。」
彼女の目に迷いはなくて、目を逸らさずしっかりと私と見つめ合っていた。
せっちゃん。
せっちゃんは気付いてないだろうけどせっちゃんはもう前よりずっと強くなってるよ。
みんなに嘘偽りなく真実を伝えたこと。
それはせっちゃんが自分の非から目を逸らさず受け止め、認めたという強さ。
そんなせっちゃんを見れた私は嬉しくて、思わず笑みを零した。
「どういたしまして。」
せっちゃんは泣いた目を擦り、肩で息を整える。
「せっちゃんがもしこのまま真実を隠そうとみんなに黙ってたままだったら私・・・せっちゃんぶん殴ってるところだったよ〜。」
「・・・え?」
「私、せっちゃんと仲良くなって友達になろうと思ってた。いや、今も思ってるけどさ。」
「・・・さん。」
「そんな子が間違ったことをしてたら遠慮無しに怒ってあげないとね!たとえ殴り合いの喧嘩になっても!」
それが私のモットー。
友達ならどんな子であれ私は間違ってたら間違ってると指摘してあげる。
その子のためにも、自分のためにもそれはやらなきゃいけないこと。
いい子ぶってる。
そう取られることだってある。
だけどその行為を“間違ってる”とは誰も言えないと思う。
だからいいんだ。
自己満でもなんでもいい。
私はただ友達が間違ったことをしたまま生きていくのは嫌なんだ。
「ねえ、さん・・・。」
「んー?」
「ちゃんって・・・呼んでもいい?」
ぽそり、小さな声で呟く。
せっちゃんはやっぱり本当はいい子なんだ。
優しくて、可愛くて・・・・だけど少し寂しがり屋さんな女の子。
私は笑顔で頷いた。
「ちゃん、こんな私だけど・・・友達になってくれる?」
「え?」
「あ、やっぱり図々しいよね!?何でもない!私・・・あんなことしておいて友達なんて・・・なれるわけないよね。ごめんなさい。」
せっちゃんは立ち上がり、私に背を向けて歩き出した。
帰るのかな・・・?
「じゃあ私帰るね。早く元気になって学校に来てね。・・・バイバイ。」
「せっちゃん!」
せっちゃんのドアを開ける手が止まる。
せっちゃんは振り向かないまま俯いていた。
少し肩が震えていて、せっちゃんの小さな背中がとっても小さくちっぽけに思えた。
「マネージャー同士、私達ってもうとっくに友達じゃん!今さらだよ!」
せっちゃんが振り返る。
その目にはさっき流したはずのたくさんの涙がまた溢れんばかりに溜まっていた。
せっちゃんは下唇を噛み締めて私をじっと見つめた。
私はへらっと笑って手を振った。
「ありがとう。ちゃん。」
せっちゃんはゆっくりと病室を出て行き、再び私と幸村、仁王、ブン太、柳生の五人になった。
そろそろ面会終了時間だ。
私は時計を見上げ、深刻な顔をして固まったままの四人に視線を移した。
その視線に最初に気づいたのは仁王だった。
「・・・・・帰るか。」
「そうですね。今日はもう遅い。これ以上いたらさんの体の負担になるでしょう。」
「私は大丈夫だよ!全然元気!今日はみんな有難うね!」
「そういやお前、看護婦に迷惑かけてるらしいな。お前いい加減にしとけよ。」
「え、かけてないよ?」
「かけてるからね。ちゃん、ちゃんと自覚しようね。」
「・・・は、はい。すみませんでした。」
幸村の威圧に負けてとりあえず頷いておく。
仁王が出してきた椅子をもとあった場所にしまい、鞄を背負った。
みんなも部活の帰りにきてくれたんだろう、テニスバックを背負って帰る支度を始めた。
ああ、みんな帰っちゃうんだ・・・。
なんだか寂しいな・・・。
「そういえば無道さんを一人にしてしまいましたね。・・・送っていくべきでしたか・・・。」
「いや、今は一人の方がよかっただろう。送ってくと言っても断られていたよ。」
「じゃ、。次は学校でな。ちゃんと早く治せよ。みんな心配して待っとる。」
「うん!早く学校行けるように気張って頑張るよ!」
「別に気張らんでよか。・・・じゃあな。」
先に出て行った幸村と柳生のあとを追い、仁王も出て行く。
最後になったブン太がドア付近で立ち止まり、少し振り返った。
「・・・・・・どうしたの?」
ブン太は背中を向けて俯いたまま一点だけを見つめて立っていた。
ドアの向こうでは仁王がドアを開けて待っている。
私は首を傾げてブン太を見た。
「ま、しょうがねえからお前もマネージャーだって認めてやるよ。。」
にんまり笑って指を差す。
え、今名前で呼んだ?
私のこと認めるって・・・・・え、マジで!?
やっほーい!!
なんだかよくわかんないけど・・・・とりあえず認めてもらえたことが嬉しい!
「ありがとう!丸井君大ー好「ウザイのは変わんねえけどな。」
丸井ブン太。
彼は人を上げて落とすのが得意みたいです。
そして最後のブン太も出て行き、病室はしんとした静かな空間へと変わった。
私はベッドに倒れて目を閉じた。
ねえ、あの人もあの子も・・・みんな元気にしてるのかな?
私は少し疲れました。
だけど大丈夫。
私は信じてるよ。
二人を信じてる。
だからお願い。
次に会った時は私を安心させるくらいの笑顔で笑っていてほしいな。
お願いだよ?
小百合ちゃんに杏璃ちゃん・・――――――
あとがき
主人公かなり前向きすぎじゃありません?
2007.03.19