25話 集中していると何も聞こえない。
目を覚ます。
何度見ても見慣れない真っ白な天井。
俺はゆっくりと起き上がり少し汗ばんだ前髪を掻き上げた。
嫌な予感がする。
「お邪魔しまーす!跡部君テレビをお借りしにきましたー!」
「景ちゃん来たったでー。」
「よう跡部元気か!?」
「うわー広いですねー。さすがです。」
「・・・ぐー。」
「チッ、病室がこんなに広くてどーすんだよ。」
何かが来た。
最悪だ。
寝起きなだけにかなり苦痛だ。
使い慣れない松葉杖を一生懸命つくを先頭にぞろぞろと奥まで入ってくる忍足、向日、鳳、ジロー、宍戸。
おいおい宍戸、病室を物色すんじゃねえ!
「お前さっきテレビ見て帰ったばっかだろうが。」
「私が本当に見たいテレビは今からなの!再放送なんだよ!」
「あ、それ俺も見てるぜ!」
そう言いながらはテレビの電源を入れて勝手に作った特等席に座り、リモコンを弄り始めた。
いや、お前も何座ってテレビ見上げてんだ向日。
テレビ終わるまで居座る気か?
冗談じゃねえ。
クソッ!ややこしいのが六人もいやがる。
うぜえ!
「ほんまに跡部ちゃんにテレビ見せたってるんかいな。笑えるわー。」
「お前、今すぐ面会謝絶にすんぞ。」
「冗談冗談。勘弁してーや。」
苦笑いを浮かべながら簡易椅子に腰掛ける忍足。
その隣で鳳が背負っていたジローをもう一つの簡易椅子に降ろしているところだった。
「それにしても、あの子も訳ありなんやろ?」
「あ?」
「ちゃんのあの打撲の怪我・・・殴られたりした跡のつき方やん。」
「・・・・・・・・。」
忍足は横目で向日と真剣にテレビを見ているを見ながら小さな声で呟いた。
さすが医者の息子か・・・。
傷のつき方までわかるってか?
鳳は話が聞こえたのか、驚いた表情を見せながらジローの隣に二つ簡易椅子を取り出して座った。
宍戸の分まで出したみたいだが宍戸はまだ病室を物珍しげに見回していた。
「・・・虐められてるんですかね?」
「さあな。でもまああれだけ元気なら大丈夫だろ。」
「どうやねんやろうな。・・・同じ虐められてる人間でも杏璃の方はもう精神ズタズタみたいやで。」
忍足は溜め息を吐いて足を組んだ。
杏璃、か・・・。
初めて会った時はもっと強い奴だと思ったんだけどな。
最近はもう笑顔を作ることで精一杯みたいだ。
「そういえば跡部え〜。」
「何やジロー。いきなり起きんなや。」
ジローが眠そうに目を擦りながらに視線を向けた。
「あの子の名前杏璃ちゃんを助けた子の名前と同じなんだけどあの子はもしや立海生・・・?」
「しかも話聞いとったんかい。器用やな・・・。」
ジローは大きな欠伸を出すと首を左右に振って肩を解した。
本当コイツはこういう時だけ妙に感の鋭い奴だな。
「立海テニス部のマネージャーだってよ。アイツ。」
立ったままの宍戸が腕を組みながら言った。
がマネージャー・・・か。
あの幸村が許可したマネージャーってことか。
へえ、おもしろいじゃねえの。
「じゃあやっぱりちゃんが杏璃ちゃんの言ってた子なんだねー。」
「・・・そうだな。」
眠いのか、ジローはベットに顔を乗せながらを見つめていた。
忍足も鳳も宍戸も話は聞いているんだろう。
俺とジローの会話に何も聞いてはこなかった。
「「あああああ!!」」
突如叫び出すと向日。
「うるせえぞお前ら!ここは病院だって何度言わせたら気が済むんだよ!」
「ちょ、だっていいところでニュースになっちゃったんだよ!犯人は一体誰なの!?」
そう言いながらソファーに踏ん反り返る。
だからお前は何様だ。
「クソクソ!俺思うんだけどぜってぇ犯人はアイツだぜ!あの帽子の奴!何か態度怪しかったもん!」
「えー違うよ眼鏡だよ!あの伊達眼鏡の胡散臭い奴!」
二人でテレビの内容で盛り上がると向日に何故か宍戸と忍足が過剰反応を示していた。
うぜえんだよお前ら・・・。
テレビからは臨時のニュースが流れている。
つまりまたしてもコイツらの滞在時間が延びるということだ。
チッ。
「ちゃんちゃん!」
「んー?何かなジロー君?」
「ちゃんって丸井君と同じ学校なんだよね!?」
突然何かを思い出したようにジローはを呼んだ。
・・・1番煩い奴の目が覚めちまった。
「丸井・・・うん!そうだよ!」
「マジマジすっげーいいないいなー!!丸井君カッコEっしょ!?」
ジローが椅子から立ち上って嬉しそうに問う。
は少し間を置き、苦笑いを浮かべて「うん!」と返事を返した。
興奮気味のジローを忍足が抑えながら、なんとかジローも椅子に座り直した。
「・・・先輩、丸井さんと何かあるんじゃないですか?」
今のの態度を見てたぶんみんなが思っていたであろうことを意外にも口に出したのは鳳だった。
ジローがキョトンとした表情で鳳とを交互に見遣る。
は目を二、三回瞬いて笑って言った。
「まさか!何もないよ!」
「嘘つかないで下さい。丸井さんだけじゃない。他の人とも上手くいってないんじゃないですか?」
「上手くいってるよ!?何それ!嘘じゃないし!」
「立海テニス部に部員から嫌われているマネージャーがいるという噂が他校に流れているとしてもですか?」
「・・・え?」
少し俯き加減だったは焦ったように鳳に視線を向けた。
病室は打って変わって緊迫した雰囲気になる。
「そんな噂・・・嘘!?」
「嘘じゃありません。先輩、本当のことを話してください。」
「・・・・・。」
黙り込む。
もう肯定としか取れないこの状況。
臨時ニュースが終わり、テレビからは再び再放送が流れ始めた。
「犬飼さんさー綺麗な顔してるよね。」
屋上のフェンスにもたれ掛かって空を仰ぐ生徒会長。
その横には呆れたような表情をしたジャッカル君が腰を下ろしていた。
「・・・何が言いたいの?」
「アハハ怖い怖い。睨まないでよ。」
生徒会長は少し高めの声で笑うと、もう暗くなりかけている空を見上げた。
この男、読めないから怖い。
何が言いたいのか、何がしたいのかさっぱりわからなかった。
「犬飼さん綺麗だけど・・・いつも寂しそうだよね。」
「・・・・・・・・。」
「友達いないの?」
ハッキリと痛いところをついてくる生徒会長を睨み返す。
友達なんていない。
この世界に私の友達なんて誰ひとりとして存在なんてしないの。
「あ、まさか友達なんていらないと思ってる?」
「・・・そうね。いらないわ。」
友達なんていらない。
いつからかそう思い始めた。
私のことをちゃんと見てくれない友達なんていらない。
いつも引かれてると思っていた境界線。
本当は自分から引いていたものなのかもしれない。
唯一友達でいたいと思った人達でさえ私はああやって嫌われないようにと自分から境界線を引いてしまっていたんだから。
「嘘つくことに慣れてんねー。本当は友達欲しいくせに。」
「は?何言ってんの?」
「犬飼さんはが羨ましい?」
生徒会長は真っ直ぐ私を見据える。
が羨ましい?
どうしてそうなるわけ?
が羨ましいなんて思ったことなんて一度もないわよ。
一度も・・・ない。
「すぐにどんな人の輪にだって入っていけるが羨ましいんじゃない?」
「黙って。そんなことないわ。あるわけない。むしろあの子は邪魔者としか思ったことがないわ。」
「じゃあ何でいつも恨み篭った目じゃなく寂しそうな目でを見てんの?」
気がつけばいつもあの子を目で追っていた。
勝手に視界に入ってきては私の憎悪を左右する。
羨ましいんじゃない。
もっと違う複雑な感情が私を掻き立てていた。
「は・・・たぶんアンタを責めたりしないよ。」
生徒会長がここにきて初めて顔を歪めた。
笑顔じゃない、怒っているわけでもない。
ただ何とも言えない複雑な表情。
「今回のこと全てをが知ったとしてもはアンタを責めたりしない。」
「・・・・・・・。」
「・・・はそういう奴だよ。」
ジャッカル君が薄っすらと笑みを浮かべながら言った。
知ってる。
私もわかっていた。
が私を責めないことくらい。
わかっていたから私は甘えていたのかもしれない。
何をしても許されると思い込んでいたのかもしれない。
私は知らず知らずのうち、に対して何故か淡い期待を抱いていた。
彼女なら救ってくれるかもしれない、と。
「・・・邪魔な子。」
この世界で生きていくにはあの子は邪魔なんだ。
「・・・・そっか、それでちゃん怪我しちゃったんだね。」
「立海もいろいろと大変なんだな。」
ジロちゃんとガックンがしゅんとした表情で私を見る。
結局今に至るまでの経過を嘘偽りなく話してしまった私。
話が終わるまでみんな黙って聞いてくれて、時折ガックンなんかが質問をしてくるだけだった。
見たかったテレビの再放送は終わり、結局犯人はわからず終い。
・・・・くそぅ。
「でもまさか他校にまでそんな噂があるなんて・・・知らなかったな。」
「あ、そんな噂ありませんよ?」
「・・・は?」
私は思わず間抜けな声を出した。
今コイツ何つった?
そんな噂ないっつった?
え、でもさっき立海テニス部に部員から嫌われているマネージャーがいるって噂が他校に流れてるって言ったじゃん!
ないってどういうこと!?
「ないって・・・は?」
「ですから本当は噂なんてこれっぽっちもないんですよ。あれ全部俺の口から出た出まかせなんで。」
「はあ!?何ソレどういうこと!?」
「怪しかったんでちょっとだけかまかけちゃいました。すみません。」
そう言ってニッコリ笑うチョタに私は放心状態。
チョタ・・・黒!!
今の私、顔はおもいっきり引き攣ってかなりの間抜け面なんだろうな。
ああ、チョタの腹黒説がここにきて確信に変わった。
この子のお腹の中はもう真っ黒だよ。
光も何も見えないくらい真っ黒だよ!
こ、怖いよー!!
「やろうなー。俺そんな噂聞いた覚えなかったもん。」
「だったら初めっから言ってよ!何なのよアンタ達!!」
「まあそんな怒んなって。長太郎はお前を心配して言った嘘なんだからよ。」
「煩い煩い煩い!こんなの誘導尋問じゃん!」
「うるせえのはお前だ。病室内では静かにしろって何回も言ってんだろうが。」
「煩い!ハゲ!黒子!詐欺師!小便垂れ!」
「テメエ・・・。」
私を憐れんだ目で見てくる氷帝レギュラー陣を睨み据える。
みんな呆れたように溜め息を吐いて苦笑いを浮かべた。
って跡部一人だけ怖い怖い怖い!
そんな睨まないでッ!
「この話は内緒ね内緒!シーッだからね!」
「えー何でー?」
「何でって聞くな!だって別に誰かに言う必要なんてないじゃん!」
「バーカ、ただ単にお前が大事にしたくないだけだろうが。」
跡部が前髪を掻き上げる。
そこから見えた表情は呆れ返っていてまるで「バカ」とでも言われているような気分だった。
いや、実際言われたんだけどさ・・・。
「だってまだ信じられないもん。せっちゃんが私のこと・・・うわーん!」
「それ泣いてんの?喚いてんの?」
聞くか?
忍足は泣きまねすらさせてはくれません。
ちょうどその時病室のドアが開いた。
「やっぱりちゃんこんなところにいたのね!」
「うげ!看護婦さん!」
「早く自分の病室帰りなさい!お友達が来てたわよ!」
「・・・え!マジですか!?」
さっきまで一緒に追い掛けっこをしていた看護婦さんが病室へと入ってくる。
お友達とは誰だろう。
咲とかかな!?
わーい。
私は松葉杖を手に取って立ち上がった。
「じゃあまた明日もテレビよろしくね!バイバイみんな!」
私はみんなに手を振り、看護婦さんと共に病室を出た。
「変な奴。」
が出て行ったあと妙な沈黙が流れて、最初に口を開いたのは宍戸だった。
「元気だねーちゃん。」
「ええんちゃう?俺ああゆうの結構好きやで?」
「忍足先輩は女性の方全てが大好きなんじゃないですか?」
「やかましいわ。」
、変な奴。
確かに宍戸の言った言葉がぴったりくるな。
ふん、まあいいんじゃねえの?
たまにはあんな奴がいたって。
この腐り切った世の中だ。
人を嫉むことしか頭の無い女共よりずっといい。
気に入ったぜ。。
「また明日もこの時間に来ればちゃんこの部屋にいるのかなー?」
「いるんじゃねえの?再放送があるかぎり・・・。今日犯人見逃したけど。」
「それじゃあ、俺達もそろそろ帰りますか?」
「ああ、そうだな。じゃあまたな跡部。」
「ほなまた明日ー。元気でな景ちゃん。」
明日も来んのかよ。
勘弁してほしい。
ただでさえも来るんだ。
コイツら見舞いというより遊びに来てるだけだろうが。
一度ガツンと何か言ってやろうと口を開いたが、病室を出て行かれたあとだった。
「・・・・・・・疲れた。」
もう今日は寝るか。
騒がしいのもたまになら悪くないんだがな・・・。
そう思いながら俺はベットに倒れこんだ。
あとがき
氷帝レギュラーとの出会い編はここでおしまい。
だけどまだまだ主人公と氷帝レギュラーとの絡みはありまーす。
2007.03.15