18話 停部の間は体が鈍るってみんな愚痴ってた。
「・・・・七回目。」
「お疲れさん。」
うなだれる肩に手を置いて慰めるフリをしてくれるのは誰よりも今のこの状況を楽しんでいる仁王雅治。
なんか顔から伝わってくるもん。
何が七回目ってそりゃ嫌がらせやら何やら・・・。
さっきなんて空き缶投げられたもんね!
びっくりだよ!
常識知らず共め!
「は馬鹿やの。」
「ね、馬鹿だね。」
「そげんやめとけ言うたじゃろ・・・。」
「ほんと、私甘く見てたよ。空き缶とか想像もつかなかったよ。空き缶痛かった・・・見て見てたんこぶ。」
前髪をめくって赤く腫れた額を見せる。
本当漫画の世界って容赦ないよね。
見知らぬ生徒の顔面目掛けて空き缶投げる奴がどこにいるっつーんだ。
「どれどれ、痛いの痛いの飛んでけー・・・はい大丈夫。」
べちっ。
「痛ぁぁああああああ!!貴様何をしがるのでございますか!!?」
撫でて叩くとか普通に考えて余計痛いわ!!
痛がる私を嬉しそうにニタニタしながら机に頬杖ついて見ているコイツは鬼だと思う。
厄日だったあの日から三日たった今日。
毎日毎日嫌ってほど他のクラスの女子から何か嫌がらせを受ける日々が続いている。
いい加減うんざりだ。
まあこのクラスは平和で優しい子ばかりだったのが不幸中の幸い。
クラスに引きこもってれば何もなく穏和に過ごせるってもんよ。
「オラーHRだHR!さっさと席につけ!一番最後の奴は持ち物検査な。」
いつものことながらチャイムが鳴る前の根田ちゃんの抜き打ち持ち物検査宣言が始まった。
今頃持ち物検査ってどうなんだろう。
咲が言うには最近この学校も荒れてきたからこういった地味な検査なんかを取り入れたらしい。
やべ、特に何も怪しい物なんてないけど何となく鞄の中なんて見られたくないから早く席につかなきゃと振り返ると私以外のみんなは既に着席済みだった。
畜生!
コイツらちゃんと学んでる!!
バカは私だけだったんだ・・・!
「よし、今日はな。おら、いつまで仁王の席にいんだよお前は。さっさと鞄見せろ。」
「見ても楽しくないですよ?」
「楽しくて見てんじゃねーの。早くしろ。」
私は渋々自分の席に戻り、鞄のチャックを開けてひっくり返す。
ころん。
見覚えのないものが机に転がったのを見て目を疑う。
心臓が止まったかと思った。
「・・・・。」
「・・・はい。」
「お前・・・馬鹿か?」
「みたいですね。」
机に転がる煙草の箱にくぎづけの私の目。
クラス中の視線が私に注がれているのがわかる。
何でなんて言わない。
絶対また嵌められたんだ・・・。
最悪。
「、職員室行くか。」
「!」
「二度目のうえ皆の前だけに見逃す訳にもいかねえ。来い。」
「い、嫌だ!私じゃないもん!」
「!」
恥ずかしさと悔しさで教室を飛び出す。
畜生畜生畜生!
私じゃない!
私は嵌められたんだ!
誰かなんて決まってる。
あの子しかいない。
「失礼します!」
二つ隣の教室の戸を力いっぱい開ける。
教卓の前の先生が驚いた顔をしていた。
「ちょ、君「アンタこんなことして私に何の恨みがあるのよ!」
あの日、私に煙草を渡そうとした女生徒の前まで歩いて机に手をつく。
先生が私の腕を掴んで止めようとするけど私の勢いは止められない。
腕を振り払い、ギロリと睨む。
私は今腹の底が煮え繰り返りそうなくらい腹が立ってんだから!
「私?違うわよ。」
「はあ!?」
「私じゃない。私はあの時だけ。」
「何惚けてッ・・・!」
目の前に携帯の画面を突き付けられる。
メール?
「これ、なーんだ?」
宛名:犬飼
件名:連絡網
―――――――
三年五組を徹底的に排除するつもりだから
思う存分好きにしちゃって。
ちなみにこのメールは学年の女子全員に回ってるから。
「これが学年中に回ってるってことは 誰 か なんてわかんないよ。諦めな。」
「・・・・・・・・・。」
驚きで口が動かない。
何これ。
これが虐め?
酷すぎる。
周りの生徒に会話は聞こえていたみたいだけれど、教卓の前で呆気に取られている先生には何も聞こえていないみたいだった。
「さん、アンタは学校中を敵に回したんだよ。」
「・・・・・・・・・・。」
「!」
根田ちゃんが教室に入って来て叫んだ。
放心状態で何も喋れなくなった私の腕が無理矢理捕まれ連れていかれる。
教室中の生徒の視線が私に注がれる。
見るな。
見るなよ。
何よ・・・。
私、何でこの世界に来たの?
虐められるため?
違う。
でも仕方ないのかもしれない。
この世界はきっとそう、よそ者という存在を嫌う世界なんだ。
「部活動停止!?」
ブン太サンの声が部室に大きく響く。
今部室にはレギュラー全員が集まっていた。
「声のトーンを下げろ。耳が痛い。」
「これが黙ってられる状況かよ!何で俺らまで停止処分受けなきゃなんねえんだよ!」
「仕方ないだろ。ちゃんがあんなことになったんだし・・・。」
ブン太サンに怒っているのか、停部になったことに怒っているのかわからないけどとりあえず怒っている真田副部長の隣で部長が伏し目がちに呟いた。
怒って・・・んのか?
ブン太サンが不機嫌にキャンキャン喚く。
その理由はブン太サンの大嫌いな先輩にあるから。
今日あった煙草事件。
本人はやってないと言い張るが煙草が鞄から堂々と出てきただけに学校側も黙っちゃいない。
しかも二度目。
先輩は三日間の自宅謹慎の処分を受け、その連帯責任で俺達テニス部も三日間の休部になった。
王者立海の名が聞いて呆れるぜ。
「部長、どうするんスか?」
「先生が下した処分だ。俺達がどうこう言う筋合いはない。大会を棄権させられなかっただけまだマシだったな。」
「アイツ・・・何しにマネージャーやってんだよ!俺達の足引っ張ってるだけじゃねえか!」
「丸井君落ち着きたまえ。」
さっきからずっと立ちっぱなしのブン太サンを宥める柳生先輩。
みんな口には出さないけど結構キテるみたいだな。
ま、そりゃテニス取ったら何が残るってくらいテニスしかない今の俺達。
そんな俺達からテニスを奪った先輩は何言われても当然だよな。
「まあ座れよ丸井。ちゃんはやってないと言っているんだ。」
「じゃあ何で鞄に入ってたっつーんだよ!?」
「誰かに嵌められたと言っていたらしい。もしそれが本当なら嵌めたそいつを恨むべきだろう?」
「そうやの。に怒りの矛先を向けるのは見当違いじゃ。」
腕を組んで壁に寄り掛かっていた仁王先輩がブン太サンを睨む。
おいおい・・・。
何か雰囲気やばくなってねぇ?
テニスできなくてピリピリしてんのはわかるけどさ。
「・・・仁王にしてはやけにを庇うじゃん。何?お前惚れてんの?」
ブン太サンが馬鹿にしたような笑みを浮かべて仁王先輩に歩み寄る。
そして目の前で立ち止まった。
知らず知らずのうちに俺は唾を飲み込んで仁王先輩の次の台詞を待っていた。
「・・・そうかも。」
仁王先輩は淡々とした様子。
俺もブン太サンもみんなも予想外の返事に驚きと戸惑いを隠せなかった。
ブン太サンなんかあんなにだらし無く口開けて仁王先輩をまじまじと見つめている。
一番表情に出たのは俺の隣で見ていた雪菜先輩だったのかもしれない。
眉間に皺を寄せて目を見開いていた。
・・・・雪菜先輩?
「お、お前・・・ソレ冗談?」
「そう聞こえる?」
「聞こえる。ってか冗談にしか聞こえねえ。普通にまたいつもの人を馬鹿にした冗談なんだろぃ!?」
ブン太サンかなり顔引き攣ってるなー。
ま、そりゃそうか。
あの仁王先輩が“人を好きになる”なんてねえ・・・。
しかも恋愛対象。
まさか生きてるうちにそんな仁王先輩を見れるなんて思わなかった。
柳先輩も何か必死にメモ取ってるし・・・。
予想外だったんだろうな。
正直、俺も驚いた。
「そう思いたきゃ勝手に思えばええ。またいつもの冗談・・・かもしれんしの。」
「な、何だよソレ!馬鹿にしてんのか!?」
「丸井、何カッカしちょる?そんなにテニスしたけりゃストテニでも行けばよか。」
「何ンだと!?」
「なんなら俺が相手してやろうか?・・・・・・・ブ ン ちゃ ん?」
「!!」
バキッ。
そう音がするほど力いっぱい仁王先輩を殴った。
ブン太サンは肩で息しながら倒れた仁王先輩を睨み付けている。
仁王先輩も仁王先輩だ。
今のは相手の神経を逆撫でするような物言いだ。
仁王先輩も・・・相当イライラしてんのかな?
「丸井、仁王辞めておけ。これ以上部の雰囲気を悪くすることはこの俺が許さないよ。」
「幸村・・・・・。」
「お前らという奴は・・・今すぐ走ってこい!川を一つ越えた先にあるストテニ場までだ!」
「はあ!?かなり遠くねえ!?」
「煩い!つべこべ言わずに走れ!」
真田副部長がブン太サンと仁王先輩に一喝を食らわす。
仁王先輩は黙ったまま切れた唇の血を親指で拭い取っていた。
すぐに柳生先輩が救急箱から消毒液とカット綿を持って仁王先輩の隣に座る。
普通、こういうのはマネージャーっしょ・・・。
何やってんだこの人。
「それじゃ、俺達はバスで先に行ってるとしようか。弦一郎、いいだろ?」
「ああ。」
「え、いいのかよ!?」
柳先輩の意見に不満そうにブン太サンは眉間に皺を寄せる。
今日の練習はストテニ場か。
一つ川を渡った場所なら立海生にはあまり目につかない。
真田副部長の割にはよく考えたな〜。
ま、三日間そこに通うのはかなり面倒だけどテニスができないよりずっとといい。
俺達は早速それぞれ行く用意を始めた。
外は夕方。
普通ならもう部活もウハウハしているころなんだろうな〜。
みんな怒ってんのかな?
・・・怒ってるだろうな。
丸井ブン太とか丸井ブン太とか丸井ブン太とか・・・。
「・・・・あ〜もう!!」
現実でも停学とかなったことないのに何でこんなところまできて停学させられなきゃなんないのよ!
ふざけんなふざけんなふざけんな!
「・・・・誰だよ。私を嵌めた奴は・・・。」
ペププピピ♪ペププピピ♪ペププピピ♪
空気を読まない携帯が鳴る。
ディスプレイには“仁王雅治”の文字。
私は携帯を閉じ、布団の中に潜り込んだ。
「ごめん。仁王・・・・。」
忠告を聞かなかった私が悪かった。
今仁王に合わせる顔がないよ。
恥ずかしい・・・。
『新着メール一件 仁王』
が停学になって三日。
とうとう明日、がまた学校に来る日が来た。
何て言ってやろうか。
いや、俺達が言わなくても他の生徒がとやかく言うんだろうな。
「あれ、幸村君と・・・雪菜?」
あまり人目のつかないところで二人が立ちながら話している。
二人共、真剣な顔付きをしていてとてもじゃないけど密会とかそんな風には見えなかった。
「何だ何だ?」
俺は興味が湧いて二人に気付かれないよう話が聞こえるところまで近寄る。
壁に背をくっつけ、耳を澄ました。
「だから何度も言ってるだろ?辞めさせはしないと。」
「どうして?もしこのままだといずれ大会も出られなくなるようなことが起きるかもしれないのよ?それからだったら遅いじゃない!」
「ならそうさせないようにすればいいだけの話じゃないか。それに、ちゃんは俺からマネージャーに誘った。辞めろなんて言えないよ。」
何だ、の話か。
雪菜はに辞めてほしいんだなー。
ま、わかんなくもないけど。
それとは反対に幸村君って何考えてんのかわかんねえや。
辞めさせないつもりなのはわかるけど・・・のことどう思ってんのかな?
「じゃあ、さんが辞めないなら私が辞めるわ。」
何!?
俺は耳を疑った。
驚きのあまり思わず顔を覗かせる。
幸村君と目が合った・・・・よな?
今・・・。
「それは困るな。そんなことを言うなよ雪菜。」
「だってさんはそのうち必ず私達テニス部に何かの大きな危害を与える存在になるわ!今度は絶対停部じゃ済まないよ!」
「・・・・雪菜。」
幸村君が雪菜の肩に手を置き、目を伏せる。
「俺のやり方に口を出すならいくら雪菜でも許さないからね。」
こ・・・・・・・・・・・・・怖え!!!
俺はその場から動けなくなった。
雪菜から返事はない。
幸村君は「それじゃあ。」とだけ呟いてこっちに向かって歩いてくる。
え、何?
こっち来る!?
ちょ、やべっ!
「丸井、盗み聞きかい?悪趣味だな。」
「や、やあ。幸村君。」
今俺かなり顔引き攣ってねえ?
幸村君は笑顔で俺を見下していた。
「やあ、じゃないよ。まったく。
・・・・・・・・・でもま、いいか。雪菜のところへ行って慰めてやってくれないか?固まって動かないんだ。困ったな。」
本当に困ったと言った風に眉をハの字にさせて苦笑いを浮かべた。
そ、そりゃ俺だって幸村君にあんなこと言われたら雪菜みたいになるって!
幸村君怖えもん!
俺はコクコクと首を上下に振った。
幸村君は「頼んだよ。」とだけ言い残し、笑顔で俺の前を去った。
「た、助かった・・・・。」
俺は安堵の溜め息を吐き、立ち上がる。
俺も恐怖で固まってるであろう雪菜を慰めようと雪菜がいる方へ視線を向けたけど、そこにはもう雪菜はいなかった。
あとがき
私が入ってる部活は停部だらけ・・・・。
連帯責任って何だよおい!!
部活関係ねえよおい!!
2007.03.03