16話 濡れ衣だって何だって被ってやるよ!・・・なんて実際言えるわけない。
「もしもし・・・もしもし・・・もしもーし!!って繋がらないじゃんか!!」
私はムカついて携帯をベッドに投げ捨てた。
さっきから何度かけても繋がらない。
あの悪の組織軍団は私を見捨てたのだろうか。
それは困る。
私はいつか自分の世界に帰るつもりなのだから。
番号の書かれた名刺を握り潰し、ベッドに倒れ込んで天井を見上げた。
「やめてよー冗談キツイよー。」
独り言のように呟き、くしゃくしゃになった名刺を少し離れた机の上に落ちるように投げた。
ノーコンだった。
名刺は机の縁に当たり、どこかへ飛んでいってしまった。
「・・・・・・。」
目を閉じ、とりあえず帰れる帰れないという問題をなるべく考えないように頭を空っぽにした。
そして数十分が過ぎ、数時間が過ぎ、窓から朝日が昇・・・っちゃったよおい!
いつの間に寝ちゃってたんだ!?
私は慌てて制服に着替え、マッハで学校の支度をした。
うっわ、やばい遅刻かも。
寝癖は学校で直すしかないな。
水だけを一気飲みして家を飛び出した。
「おや、前を歩いているのは柳生殿ではないですか?」
校門もそろそろ見えてくる頃、前方に背筋を伸ばして歩いている柳生を見つけた。
うわーどうしよ。
声かける?
マネージャーなんだし素通りは感じ悪いよね。
じゃあ何て声かけよう。
おっはー?
おはようございます?
紳士柳生にはやはり正しく挨拶した方がいいのだろうか。
「あ、じゃん!おはよ!」
「り、龍ちゃん!お、おはよう!」
後ろから突如肩を組まれ、驚いた。
龍ちゃんに挨拶をして柳生に視線を戻すと、もう前方に柳生はいなかった。
ちぇ。
「さん、ちょっと来てもらえる?」
昨日モデルちゃんと一緒に掃除をしていた一人の女生徒に言われたのは昼休み。
手を洗い、ハンカチで水分を拭きとっていると、肩を掴まれた。
昨日は掃除で今日はお呼び出し。
今日もジャッカルとの戯れはお預けか。
そういえば私、朝からツイてないな。
そう思いながら渋々この女生徒について行く。
連れて来られたのは立入禁止の札が可哀相なことになってドアの前に落ちている屋上。
「私、さんに話があってさ。」
そう言って目の前の女生徒は不敵に笑う。
マネージャーになってからもう三日目。
とうとう来た!
私が唯一恐れていたこの状況。
ああ、神様。
こういう時はどうすればよろしいのでしょうか!?
よくあるこの展開に私が知っているオチは三つだ。
@主人公が実は並外れたパワーを秘めていて返り討ち。
A誰かがタイミングよくヒーローのように助けに来る。
B相手の気が済むまでボコられとく。
@はまず有り得なくて・・・私普通に強くないから。並だから。
じゃあA?そんなにおいしい話があるわけがなくて・・・屋上には人が来る気配全くなし!
現実は厳しい。
ということは消去法でB?
・・・・・嫌だ!
ボコは嫌!絶対イヤ!!痛いの嫌!!死んでも嫌!!
本当嫌だから!
それならマネージャーなんて辞めてやるから!
マジで勘弁してよ!
「さんさ、無道雪菜とマネージャーやってるじゃん?友達、でしょ?」
「・・・うん。」
「アイツをさ、嵌めてきてよ。」
「は?」
ニッコリ笑顔を浮かべて笑う。
そんな女生徒はえらいことをさらりと口にした。
何・・・言ってんのこの子。
っていうかアンタもせっちゃんの友達じゃなかったの?
だから一緒に掃除してたんじゃなかったの?
なのにどうしてせっちゃんを嵌めろとか言うのだろう。
私は間抜けな声を出して女生徒を見ることしかできなかった。
「これ、無道雪菜の鞄に入れて来て。」
「た、煙草!?」
「ライターも忘れずに。煙草もライターも私の使いかけのやつだからあたかも無道雪菜が吸ってますって感じだよねー。」
「ど、どうして?アンタも友達じゃないの!?」
私が怒りを含んだ口調で問うと、女生徒は何言ってんのといった表情で馬鹿にしたように笑った。
カチーン。
「まさか。あんな奴友達なんかじゃないし!」
「じゃあ何で昨日一緒に掃除なんか・・・!」
「アイツさー、私達のこと見下してんの。自分はレギュラーに好かれてるからっていい気になってさ、見下しながらああやって手伝いしないかって誘ってくんの。」
ウザー。
と言いながら女生徒は鼻で笑った。
そして、私に渡そうとしていた煙草を一本取り出し、ライターで火をつけ吸い始めた。
ちょ、やめてよ!
私煙草嫌いなのに!
煙草は副流煙の方が体に悪いんだからね!
なんて心の中で叫んでみるけど口に出して言う勇気はない。
だってこ、怖いし・・・。
「誘われたらさー、断るには勿体ないし私達も行くけどさ・・・やっぱムカつくくない?あの見下した態度。だからこれ、ちゃんと鞄の中入れて来てね。」
「む、無理だよ!嫌だ!何で私なのよ!」
「決まってんじゃん。アンタ、何かパシリに使えそうだし。」
「はあ!?」
「あ、入れなかったらアンタ・・・・」
言いかけてやめる。
威嚇する私を垣間見て、煙草の煙りを吐いた。
そして、もう一度煙草を吸い、煙草を地面に捨てた。
足で火を消す。
女生徒は無言で私に歩み寄り、耳元で吹き掛けるように大量の煙りを吐いた。
「消されるよ?」
口元だけ浮かべた笑み。
女生徒はそのまま屋上を出て行った。
手に無理矢理握らされた煙草とライター。
私はそれを突き返すことができなくなってしまった。
どうしよう。
こんなのいらない。
とりあえず持って帰るわけにも行かないので屋上の隅に煙草とライターを置き、私も屋上を出て行くことにした。
これは人生最大の汚点だったかも知れない。
「お帰り、。」
「た、ただいまみんなー!」
教室ではいつものメンバーがお昼を食べ終え、寛いでいるところだった。
私は自分の席に座り、登校途中にコンビニで買った弁当を広げた。
あーお腹空いた!
何だったんだ一体!
「何してたんだ?手洗いに行くって言って・・・遅かったじゃん。」
「先食べちゃったわよ。食の誘惑に負けたわ。」
亀ちゃんと咲が私の方を向いて不思議そうな顔をする。
私は慌てて手を合わせ、謝った。
「ゴメンね!何でもないよ!」
「えー、何か怪しい!」
龍ちゃんが紙パックのジュースに刺さったストローをくわえながら私の顔を覗き込んだ。
と思ったら急に顔が険しくなる。
ストローを口から離し、真剣な顔つきで私の肩を掴んだ。
その向こうで私の斜め前の龍ちゃんの席に座っていた仁王が顔を上げ、私と龍ちゃんに視線を移したのが見えた。
「、お前・・・煙草吸ってんのか?」
「え!?」
私はギクリとする。
周りのみんなが一斉に私に視線を向けた。
吸ってはない。
だが目の前で吸われたうえに煙りを吹き掛けられた。
私自身、悪いことはしてないのだけれどあんなことを頼まれてしまった後だけあって、何となく堂々とした態度を取ることはできなかった。
ど、どうする?
何て説明する!?
「な、何で?」
「お前から煙草の臭いがするからだよ。で、どうなわけ?」
龍ちゃんの目が怖い。
生徒会会長なだけあってやっぱり許せないんだろうか。
私は何て言えばいいのかわからず目を泳がせてしまう。
端から見ればかなり怪しい。
だけど違う。
私は吸ってない。
吸ってない!
というか吸いたくない派なんだって!
確かに吸ってる姿はハードボイルド的(?)でかっこいいなとは思うけど・・・煙草臭いし嫌いなんだって!
「いや、これはですね・・・さっき・・・えっと・・・。」
みんなの視線が痛い。
痛いよ畜生!
はっきりさっきのことを言ってしまった方が自分の身のためだとはわかってる。
だけど言ってしまってはあの子が・・・。
や、確かにあの子が悪いけどさ。
「!今すぐ職員室に来い!!」
いきなり根田ちゃんが教室に入って来て私の名前を叫ぶ。
私の心臓がビクリと跳びはねた。
な、何だろう。
根田ちゃんかなり怒ってる?
クラス中の視線は私に集中。
私が不安げに席を立ち上がると、亀ちゃんや咲が心配そうな目で私を見上げる。
机と机の間を擦り抜けて行こうとした途中、仁王がスカートのを引っ張った。
「な、何!?」
「大丈夫。」
「・・・え?」
私が不思議そうな顔をすると仁王は笑って「早よ行きんしゃい。」と言った。
何が大丈夫なのだろう。
だけど仁王。
君、今かなり楽しそうな表情をしていなかった?
私のこの状況を楽しんでやがるな。
悪趣味が!!
だけど私は仁王の“大丈夫”という言葉を信じてみることにして再び歩き出した。
「・・・な、何でしょうか先生。」
職員室。
根田ちゃんの机には私が屋上で置き去りにした煙草とライター、それと袋に入れられた吸い殻が並んでいた。
嫌な予感。
「これはお前のか?」
「違います。」
「煙草の臭いプンプンさせときながらはっきり言うなお前は・・・。」
だけど私じゃない。
嘘はついていない。
根田ちゃんは困ったように頬を掻いた。
「いや、別に疑ってるわけじゃねえんだ。たださっき、お前が屋上に行くのを見たっていうのを聞いてな。行ったら誰もいなくてこれが落ちてたからだなあ・・・。」
このあとも、とにかく違うと言い張った私に呆れた根田ちゃんは「ま、いっか。」の一言で何もなかったことにしてくれた。
いいのか?
根田ちゃんの意見では煙草を吸う吸わないはどうでもよく、それは個人の責任だと言う。
ただ学校で吸うのは良くないということで、バレたらいろいろ面倒だから一応・・・とか言ってた。
不良教師なだけあってこういった面の対応は緩いのだろうか。
とにかく助かった。
私はさっさと教室に戻り、昼ご飯を食べようと溜め息を吐いて職員室をあとにした。
「丸井君、食べ過ぎじゃないですか?」
「そ?これはデザートだから別腹だぜぃ。」
柳生は呆れたように眼鏡のフレームを上げながら隣でプリンをがっつく丸井を見つめた。
そのまた隣で赤也が物欲しそうな顔でプリンを眺めている。
雪菜はまだ来ない。
もう昼休みが始まって10分が過ぎようとしていた。
「お待たせみんな!ゴメンね!」
「あ、雪菜先輩遅いっスよ!何してたんスか!?」
「雪菜〜弁当〜!」
申し訳なさげに来た雪菜を歓迎する部員達。
丸井は弁当が待ち遠しかったようだ。
自分の分はもう食べたくせにまだ食べようとする。
どれだけ食い意地を張っているのか。
雪菜は真田と俺の間に座った。
「今日は雪菜が部室で食べたいって言うから部室に集まったんだぞ?何してたんだ?」
「ごめんってば精市。ちょっと職員室に寄って来たの。」
「何かあったのか?」
真田が箸を止め、問う。
その間も丸井は雪菜の弁当を開け、つまみ食いをしていた。
それをみっともないと、後輩の赤也と柳生が叱り付けている。
と思ったら赤也もちゃっかりとつまみ食いしてるな。
雪菜は気にする事なくニッコリと笑った。
「何でもないよ?」
この笑顔の裏には何が隠されていたのだろうか。
そんなこと、俺にはわからなかった。
雪菜を信じて疑わなかったから。
狭い殻に閉じこもって、周りを見ようとしていなかったから。
だからこの時ちゃんが、雪菜の陰謀で濡れ衣を着せられ、担任に呼び出されていたなんて知らなかった。
「お願いがあるの。」
そう言って計画を持ち掛けると犬飼さんは私を疑いながらも承諾してくれた。
さんをテニス部から追い出すための計画。
犬飼さんが私を好いてないのは前々から知っていた。
だけど掃除の一件で私から矛先がさんに向いたのも私は知ってる。
そこを利用しない手はない。
「煙草を私の鞄に入れさせるように命令して・・・それから煙草の煙をさんにかけて吸い殻を捨てて。」
犬飼さんの友達の一人で喫煙している子に頼み、この計画を話した。
さんに私を陥れるよう頼む。
さんの性格からしてこのお願いは必ず断だろう。
けど実際はさんを陥れるためのもの。
あとは途中で吸いだす煙草の吸い殻を地面に落としていけば、私が立入禁止の屋上にさんが行ったと先生にチクって完璧。
煙草を吸う生徒なんて簡単に部活を退部させられる。
しかしさんの煙草を吸っているという話はあまり大事にはならなかった。
知ってる人は知ってるといったように、小さな噂になっただけだった。
レギュラーの耳にはちゃんと入ってるみたいだけど。
「無道さん。話あるんだけど今時間ある?」
放課後、犬飼さんが私の元にやって来た。
私は部活に行かなきゃいけないけれど立ち止まった。
犬飼さんの怒りは今、完全にさんに向かっている。
私を利用できるだけ利用して、さんを追い出すのに成功すれば次は私を追い出そうという魂胆。
だけどそれでもいい。
とりあえずさんを先に追い出したい。
私はさんを犠牲に自分を守った。
だけど何も悪いとは思わない。
私だってさんがはっきり言って邪魔。
それにマネージャーになるということは恨まれるのが当たり前。
嫉まれ、危険な橋を渡らなきゃいけない時だってある。
さん、貴女にだってそういう状況があって当然なのよ。
そういった状況を私が自ら作ってあげてるだけのこと。
「学校ずっと来てない質の悪い奴が一組にいるじゃん?あれ私のダチでさ、近いうちそいつにアンタ襲わせるから。」
「え?」
「大丈夫。も一緒。の方はかなりボコらせて病院送りにさせるつもりだから。」
「そ、それはやり過ぎじゃ・・・。」
私は周りに聞いている人がいないかを確かめて、だけど更に用心深く小さな声で話す。
やばい。
正直な話、そこまでしてもらわなくていい。
私はたださんに退部してほしいだけ。
だけど犬飼さんは違う。
さんも、私も追い出したい。
たぶん私もただじゃ済まないだろう。
これは先手を討っておいた方が良さそうだ。
「じゃ、アンタも気をつけることだね。マネージャーなんて・・・ならない方が身の為だったんだから。」
立ち去って行く犬飼さんの背中を見つめ、私は決意した。
今日、先手を討つ。
私は人生最大の過ちに自ら踏み込んでいくことを決めた。
あとがき
何かやっと本格的嫌われ?
遅いな・・・・。
2007.02.28