硬い、けど甘い
HAPPY HALLOWEEN 2007.10.31 !!
問題はタイミングだと思う。
何で、と訊かれてもそう思ったんだから説明のしようがない。
ただタイミングひとつで世界は変わってしまうものなんだなって、つい最近実感した。
できることなら知らずに生きていきたかったけど、世の中それほど甘くない。
去年は一緒に食べたこのカボチャプリンも、今年はひとつ余るかもしれない。
「ただいまー。」
「おかえり。」
「おう、ってお前かよ。何平気な顔して自分ちみたいにコタツ入ってんだっつの。」
外の冷たい空気と共に帰って来た亮は怠そうに自分の部屋がある二階へと階段を上がっていく。
そんな家がお隣りさんな幼馴染みの背中を見つめながら、まだ出すには早いんじゃないかって思うが
宍戸家では毎年この時期に出すコタツの上に置いてあるカボチャプリンが入った紙箱をそっと開ける。
覗くと山吹色した美味しそうなプリンの上にハロウィン独特のキャラクターの絵柄がプリントされた飾りが刺さってある。
去年も同じ物を同じ場所で食べた。
しかも三人で。
あの時は苦痛で苦痛で仕方がなかった覚えだけがあって、味なんてちっとも覚えていない。
むしろ味なんてなかった。
亮、あの子、私とそれぞれひとり一つのコタツの辺に向かい合って座って私が買ってきたカボチャプリンを食べた。
本当は亮、私、亮のお兄ちゃんの分の三つだったんだけど、亮の家に突然行けばあの子がいたから仕方なくお兄ちゃんの分をあの子にあげた。
日本じゃあまり騒がれないイベントなハロウィン。
だけど何と無くカボチャプリンを食べたかった私は浮かれ気分であの日、亮に会いに行った。
そして、知らなかった事実を聞かされて、あの日以来カボチャプリンを二度と食べなくなった。
といっても一年間。
また、私はカボチャプリンを三つ持ってここにいる。
懲りないな、って言われても仕方がない。
だって食べたかったんだ。
どうしても味を、知りたかったんだ。
「、母さんは?」
「スーパー行った。私の分足りないから買い出しに。」
「自分ちで食えよ…。っつか母さんも何幼馴染みといえど他人に留守番させてんだか。」
「今に始まったことでもないじゃん。まあまあそう言わずに座りなよ。」
「あのなぁ、ここ俺んち。」
そう言いながらもよっこらせとジジ臭さを発して私の右手側のコタツの辺に胡座を掻いて座る。
さっきから見ていなかったけどひとりでに流れ続けていたテレビのチャンネルを変えながら亮はコタツに肘をついてそこに頭を預けた。
一通り変えたあとに思い通りの番組がなかったのか、小さく舌打ちを零して一番無難なニュース番組でチャンネルを止めた。
おばさん臭いニュースキャスターが原稿を読み上げる声が右から左に通り抜けていく。
コタツに体を預けてぼーっとテレビを眺めているとチャンネルを手放して頬杖をついたままだった亮が漸くコタツの上に置かれた箱に気がついた。
遅いよ、馬鹿。
「何だこれ。」
「プリン、カボチャの。」
「あー…お前昔からカボチャ嫌いなくせにプリンにしたら食ってたよな。」
「だってプリンだもん。」
「まあそうだけどな。これ市販?」
「去年も食べたでしょ、三人で。一緒だよ。」
箱を開けようとしていた手が止まる。
何と無く空気が重くなったことは感じ取れたからコタツに頬を付けたままの体勢でちらりと視線だけを亮に向けてみる。
きっと、傷ついた顔してるに決まってる。
テニス部マネージャーであったあの子は亮の彼女で、先週別れた。
去年の今日にあの子からの告白で付き合い始めて、亮から振ったらしい。
何やら一年近く付き合ってたけど全然ラブラブなんかじゃなくて、むしろ以前と同じでマネージャーと部員って感じだったらしい。
いつ別れるかってみんなハラハラしながら見てたらしいけど気が付けばそのまま一年近く。
実は亮に全くその気がなかったとか…何とか。
私と三年間同じクラスで仲良しのジロ君から聞いた。
別れた理由までは教えてもらえなかった。
ケチだよね、ジロ君は。
「そういや、そうだったな。」
「うん、ごめんね。あの時告白の最中だなんて知らなくて二人の邪魔して。」
「……あー…うんー?」
「は?」
「……いや、何でもねぇ。気にすんな。」
ふい、と視線だけじゃなく顔ごと逸らされて、私からはどうやっても亮の後ろ髪とうなじしか見えなかった。
もう一度頭の中で亮のぎこちない態度を繰り返してみるけど理解しがたい。
いつも亮のとる行動は唐突で、私がたくさん悩んでいたことだって亮の些細な行動ひとつで見事に崩し去ってしまう。
あんまりだ。
「カボチャってね、甘いよね。」
「まあな。」
「でも嫌いなんだ。」
「はあ?何が言いたいんだよお前は。」
前に一度、というか去年の今日に屋上でいつものようにお弁当を食べている時にカボチャが嫌いだと言う話になった。
その時、半分寝かかっていたジロちゃんに言われたことがある。
私はカボチャみたいだと。
硬い皮に包まれた甘い甘いカボチャ。
自分の気持ちを押し殺しながらつっけんどんな台詞しか吐けない私にそっくりだと。
だけどその中では甘い甘い、女の子らしい恋心を抱いている。食べちゃいたいって。
(ジロちゃんも罪なことさらりと言ってくれちゃうよね。あの時不覚にもドキリとした。)
幼馴染みだからと言っていつも隠してごまかしてきた亮への恋心を彼は何も言わずとも気付いていたんだ。
かなりのやり手だと思う。
そしてついでに言われた言葉もある。
亮には勿体ない甘さだと、俺が欲しいと。
そんな話をしてたからか、カボチャプリンが食べたくなって買って持ってったらあの様だ。
本当泣きたくなる。
「自分が、嫌い。」
「何で?」
あげるとも何とも言っていないのに亮は勝手に箱からプリンを取り出して、ご飯前にも関わらずそれを口へと運んで食べ始めた。
つられて私もプリンに手を伸ばし、プラスチックでできた容器を自分へと引き寄せる。
甘い、そんな記憶しか残っていない去年と同じプリンが一年越しに再び私のもとへと戻って来た。
「もっと素直だったらなー…」
「お前が素直だと気持ち悪い。」
「ふーん、そんなこと言うならソレ食べないでよ。ご飯前に太るよ。」
「お互い様だろ。それにお前カボチャプリン三つも食う気かよ。」
「亮のお兄ちゃんと食べるの!」
「兄貴今週の土曜まで帰って来ねぇよ。残念でした。」
「えーうっそ…やっぱり一個余る…。」
私がショックを受けて肩を落としていると、亮はカップの隅々までプリンをたいらげ、そのカップをまた箱の中へと戻そうとしたからその手を叩いた。
何すんだよっ!ってキレてたけど私はそれを無視して自分のプリンの最後の一口を味わって食べていた。
やっぱり今日も甘味しか感じなくて、どこか物足りない。
味は確かにカボチャの味がするんだけど違う。
甘さが、その味が、嫌で嫌で仕方がなかった。
「ジロ君がさ、ハロウィンはカボチャでしょって去年言ったんだ。」
「……へー。」
「そしたら私はカボチャ嫌いって話になって…」
「?」
プラスチックでできた小さなスプーンを握ったまま俯いて、気が付けば頬に涙が伝ってきていた。
それを見た亮がぎょっとして私の顔を覗き込んでくる。
そうだ。そうだ。
硬いんだ。私は硬くて、甘い。
だから、カボチャが嫌い。自分が嫌い。
「……そのあと亮んちでカボチャプリン食べようと思って家行った。」
「………。」
「じゃああの子がいた。最悪だった。」
一度流れ出したら止まらない。
この一年間の鬱憤が今になって溢れ出して止まらない。
今日ジローが最後に言ってた台詞をもう一度頭の中に思い描く。
何だったっけ?
いろんな感情が押し寄せてきていてあんまり最後の方聞いてなかったな私。
もしかしたら別れた理由も本当は教えてくれていたのかもしれない。
私が聞いてなかっただけとか、そんなんかもしれない。
ごめんね、ジロ君。
あの時私、その事実を飲み込むのに必死だったんだ。
「…?」
「何で別れた…って…訊いてんの!」
「いや、訊かれてねぇし…」
「何で亮はそんなにっ…勝手なのよぉ!」
「はあ?何言ってんだお前はっ!おら、泣くなって。」
服の裾でゴシゴシと拭いてくれるのはいいけど痛い。
近くにあったティッシュを適当に取ってそれを鼻に押し当ててくる。
それもまた力加減がなってなくて痛かった。
きっと鼻が赤くなってるはずだ、最悪だ。
でも確かに私も自分で何を言ってるのか段々わからなくなってきたから困ったものだ。
どうすればこのモヤモヤしたものを相手に伝えることができるのだろうか。
勝手なのは、私の方だ。もう、口下手なんてヤダ。
「………馬鹿、汚ぇ女だなお前は。」
「ぶっ、痛っ、鼻取れる!」
「だったら自分で鼻かめよ!この歳になって何させてんだよ馬鹿!」
「ばかばか言うなぁ…う゛ー…」
「あーもーわかったから泣くなって。ほら、母さん帰ってくるだろぅが。」
「知らない知らない知らない!亮が全部悪いんだー!」
ちーんと音を立てて鼻をかむ。
亮の顔がちょっと歪んだ気がしたけど、いや、絶対歪んだけどそれすらも気にせずに私はもう一枚ティッシュを取り出して鼻をかみ続けた。
その間もボロボロ涙は流れてきてもう流し放題。
しまいには私自身が枯れ果ててしまうんじゃないかっていうくらいの勢いだ。
枯れてしまおうか、このまま。
枯れて、水分がなくなって、硬くなって、また自分の甘い部分を隠してしまう。
「あー…ジロ君が言ってたこと思い出した…」
「何だよ。」
「亮も一緒だって。」
はあ?という変な声と共に亮の眉毛が跳ね上がる。
私は汚くなったティッシュをくるくるに丸め込んでそれを少し離れたところにあるゴミ箱に向かってひょいっと投げた。
それはいびつな弧を描いて縁に当たって床に落ちた。
亮が拾って捨てろって怒ってたけど私はまた無視してコタツに頭を預けて亮の顔を見上げた。
「あーそっかそっか、一緒か。」
「いいから捨てろ!汚ぇんだよ!」
「亮も一緒かー…似たもの同士かー…」
『カボチャは硬いけど中はすっごく甘くて柔らかいから…一度開けてみたらどう?』
開けてみようか。
いったいどんな甘さなのか、私は知らないけれど、興味がある。
でも、怖いと思う気持ちもなくもない。
もしその甘さの行く先が私でなければそれはそれでまた泣かなければならなくなる。
怖い、でも見たい。
ジロ君はきっとその中身を知っている。
だってずっと私のこと応援してきてくれたんだもん。
じゃなきゃ私にそんなアドバイスをくれたりしない。
そう信じてそっとコタツから頭を上げた。
「別れた原因…訊くまで帰んない。」
「……それ訊いてどうするんだよ。」
「だって亮好きな人いるんでしょ?」
「っ!?、ばっ何でそれを…!!?」
途端に顔を赤く染めて後ずさるように飛び跳ねた亮を見て、これはもう確信しかないと目を伏せる。
問題はその相手。
願わくは私であればいいな、と思うけれどそうことが上手くいくとも思わない。
案外、開けてみたカボチャの中身は残酷なものなのかもしれない。
「ま、まさかジローから訊いたんじゃっ…ねぇだろうな?」
「え?何を?」
「だからっ、その…」
「亮?」
「俺が…ずっととジローが付き合ってると思ってたこと…」
は?
「去年の今日に昼飯食うのジローに誘われてたから屋上行ったらとジローが二人で飯食ってて…何かしんねぇけどカップルっぽい会話してたから…」
それでムシャクシャしてたらマネージャーの子に告白されて付き合ったとか何とか。
そのまま月日は流れて一年、実は付き合ってないって気づいたの先週らしい。
ジロ君と話してる時に誤解だったことがわかって、それで………。
何、それ。
何、このオチ。
顔真っ赤にして勘違いっぷりを暴露してる亮の隣で私は口をあんぐり。
でもこれでわかった気がする。
最後の最後にジロ君がごめんね、って謝ってきた理由が。
でもちょっと待って。ジロ君、確信犯?
だってあの時ジロ君妙に私のこと口説いてたし…気のせいじゃなかったんだ。
あの小悪魔め。
「全部はジローの思惑通りかよ……。」
ごもっとも。
どうやら亮いわく、ジロ君は一年の頃から私のことが好きだったらしい。
それは亮も知っていて、だからこそ起こった擦れ違いだった。
邪魔がしたくてハロウィンにちなんでちょっと悪戯したはずがこんなことになってしまったって…。
そんなことならポッキーでもあげてりゃよかった。
こんな酷い悪戯なんて知らないよ、酷いよジロ君。
「……あーあ、もうしーらなーい。」
「おい、二個目食う気かよ。」
「むしゃくしゃしてきたから甘いモノが食べたくなったの。」
「太るぞ。」
「何とでもどうぞ。勘違いさん。」
「ばっ、てめっ!!」
顔を真っ赤にして私のプリンを取り上げようとしてくる亮を見て、自然と口元がほころぶ。
本日二個目のカボチャプリンは甘くて、いつか食べたカボチャの味がした。
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2007.10.31 宍戸
すんません。アップし忘れてました…^_^;