俺は不器用だから。
手紙なんて書いたことねえし書こうと思ったこともない。
そんなもん文字にして著すよりも直接口で伝えた方が早いし俺もそっちの方が気が楽でいい。
だからってそんなに口述が優れてるってわけでもない。
むしろ下手だ。
跡部や忍足みたいに口を開けば相手を虜にするようなこっ恥ずかしい台詞は死んでも言えない。
ってか言いたくない。
だけど、時に人は自分の信念さえも変えるべき残酷な人生を生きる時が来るだなんてお前がいなくなるまでちっとも知らなかった。
俺はこの人生でお前にたくさんのことを教わった。
嬉しさ、楽しさ、優しさ、愛しさ、そして悲しさ。
まだまだ数え切れないほどたくさんあるけど、お前は大切なものから余分なものまで溢れんばかりのものを俺に教えてくれた。
これは、そんなお前に贈る俺の人生で最初で最後のラストレター。
ラストレター
I believe you. There
was here.
「宍戸!宍戸ってば!」
「んだようっせーな。俺は忙しいんだよ。」
「私だって暇じゃないし!せっかく今日の部活についてわざわざ連絡事項伝えにきたのに!」
「ん、そうなのか?そりゃ悪かったな。」
「本当悪いと思ってんのー?誠意が全く伝わって来ないんだけど・・・。」
との会話はいつもたいていこんな感じ。
部活のことだったり勉強のことだったり向日がどうとか跡部がどうとか。
もうそりゃ内容は様々だけどはよく俺に部活の連絡事項を伝えに来てくれる。
マネージャーであるが俺の教室にそういった連絡事項を伝えにくるのがいつの間にか当たり前になっていて、が笑ったり怒ったり拗ねたりすることに何の違和感もなくて。
ただが俺の側から離れるなんて全く想像もしてなくて。
「おいマネージャー。消毒液。」
「うっわ、何この傷!今日はまた派手にやったねー。」
「こんくらいしないとレギュラーやってらんねえんだよ。あークソ痛ぇ。」
「頑張るのは結構だけど体のことも少しは考えなさいよ。この傷手当すんの誰だと思ってんの?」
「文句言うなよな。これもマネージャーの仕事だろ?」
「やりたくてやってんじゃないっつーの。ほら、腕捲くって!」
「いって!もっと優しくできねえのかよ!」
「男なんだから我慢する!」
「ッ痛ぇっつってんだろ!?」
「うるさい!」
にはお世辞にも女の子らしい仕草はなかった。
おおざっぱで口が悪くてすぐ殴ってくるしマネージャーの仕事に文句言うし。
だけど最後までちゃんと仕事はこなす真面目な奴。
口は悪いけど俺が落ち込んでる時は元気が出る言葉をくれる。
アイツもアイツで不器用なところがあるから遠回しな優しさしか優しさの表現の仕方を知らない。
だけどそれでも良かった。
らしくて、以外にの役割を果たせる奴なんてこの世には存在しないんじゃないかってくらい。
そんなだったから俺はのことが好きだったんだ。
だけどそれに気付いたのは全てを失ったあとだった。
「ー明日帰りにパフェ食べに行こうよ!」
「あ、もしかしてあの新しくできたところ!?」
「そうそこ!今日はもう遅いけど明日は部活終わったらダッシュで着替えてダッシュで行こうね!」
「うん行く!私食べてみたかったんだよねーあそこの四十センチパフェ!」
あの日、とジローはごく普通の何処かの誰かが交わしてもおかしくも何ともない他愛もない約束を交わした。
明日パフェを食べに行く。
ただそれだけのこと。
当然の如くこの約束は必ず果たされると、聞いていた誰もが信じて疑わなかった。
そう、それは俺も同じ。
「俺も行きたい!パフェ食いてえ!」
「じゃあみんなで行く?」
「マジ!?そんじゃお言葉に甘えて侑士も長太郎も跡部も宍戸もみんなで行こうぜ!」
「うわ、結局いつものメンバーじゃん。」
「いいだろ!その方が楽しいじゃん!」
みんなに好意を抱いていたのは確か。
それが恋か何かは知らないけど少なくとも“好き”か“嫌い”かで尋ねたらみんな口を揃えて“好き”と言うに違いない。
マネージャーのと部員である俺達。
ただそれだけの関係では表しがたい何かが俺達の間にはあったんだ。
当たり前だと思ってた。
アイツがいて俺がいる。
俺達が笑ってる。
「じゃ、お疲れ!」
「お疲れ様です!」
「あ、宍戸も長太郎もお疲れ!また明日!」
当たり前だと思ってた。
“お疲れ”と言えば“お疲れ”と言ってくれるアイツの笑顔。
また明日会うための挨拶。
“また明日”と言えば明日も会える。
いつしか疑うことすら忘れてた。
あまりにも毎日が同じだったから。
だから俺は、俺達は疑うことを知らなかった。
「明日楽しみですね。」
「俺まだ行くなんて言ってねえよ。」
「ええ!?じゃあ宍戸さん行かないんですか!?」
「うっせーな。行かないともまだ言ってねえだろ。」
「・・・どっちなんですか。」
当たり前だと思ってた。
いつの間にか当たり前になっていた。
俺達には必ず明日があって必ず約束は果たされると。
信じて疑わなかった。
ああ、神様でも誰でもこの際何でもいい。
俺のこの甘い考えを一言「間違ってる」と教えてほしかった。
「おはよー。」
「おっす、ジロー。珍しいなお前が朝から部活出るなんて。」
「俺だってたまには朝練行ってるよ?」
「あのな、たまにじゃなくて毎日来いよ。」
「行きたいけどいつも気がついたら終わってんのー。あれ、は?」
ジローが部室の中を見渡した。
ジローと違ってアイツは朝練をサボったりしない。
みんなが来る頃にはだいたい仕事も終えて部室の中でドリンクを作ってる。
これは朝早く来る俺と長太郎だけが知ってるの朝の行動。
他の連中もが早く来て仕事をしてることぐらいは知ってるだろうけど。
この日、珍しく早かったジローは長太郎しか来ていない部室の中をつまんなさそうに見渡してジャージに着替え始めていた。
用意は、何一つしていない。
窓から見えるコートのネットすら張られていなかった。
「先輩、今日休みなんですかね。無遅刻無欠席の皆勤目指してるって言ってたのに・・・。」
「えー!今日帰りパフェ食べるって言ってたのに!?約束破るなんて最悪!」
「いや、まだ休みと決まったわけじゃ・・・。」
「ま、パフェは明日でも行けるしとりあえずにイタズラ電話かけちゃお!」
「何でそうなんだよ。っつかウゼェよそれ。」
当たり前だと思ってた。
いつの間にか当たり前になっていた。
俺達には必ず明日があって必ず約束は果たされると。
信じて疑わなかった。
ああ、神様でも誰でもこの際何でもいい。
俺のこの甘い考えを一言「間違ってる」と教えてほしかった。
この世には果たされない約束だって存在するんだと。
「先輩来ませんでしたね。」
「やっぱ休みなんじゃね?それか寝坊!放課後にまでは来るんじゃね?なあ侑士。」
「まあも人間やからな。寝坊したり休んだりもするやろ。」
「でも連絡取れないってのも変じゃない!?無断欠勤なんてはしないよ!」
「寝坊だったら起きるまで電話もメールもできないだろうが。ったく、学校来たら外周走らせてやる。」
「跡部女の子にそれはキツイで。せめて腹筋にしよーや。」
「お前も十分キツイだろうが!」
いつもと少し違うけど普段とあんまり変わらない俺達の会話。
だって知らなかったんだ。
ちっとも想像なんてしなかったんだ。
はちゃんと学校に来る。
それは今日か明日か、それとも三日後かなんてわからないけど必ず来ると信じてた。
またいつもの日常が戻ってくると。
当たり前だと思ってた。
“お疲れ”と言えば“お疲れ”と言ってくれるアイツの笑顔。
また明日会うための挨拶。
“また明日”と言えば明日も会える。
いつしか疑うことすら忘れてた。
あまりにも毎日が同じだったから。
だから俺は、俺達は疑うことを知らなかった。
「朝から残念なお話なんですが・・――――」
クラス中が静まり返る。
一時間目の授業は俺が得意でが苦手な日本史なのに教室には日本史の先生ではなくホームルームの担任がやってきた。
日常が崩れる。
そんなこと考えたこともなかった。
あまりにも毎日が同じだったから。
毎日の日常が当たり前だったから考えたこともない。
考える必要なんてなかった。
アイツがいて俺がいる。
俺達が笑ってる。
そんな毎日がずっと続くと、ずっと存在すると思ってたんだ。
「隣のクラスのさんが今朝御亡くなりになられました。」
この言葉を聞くまではずっと。
信じて疑わなかった。
「・・・嘘でしょ?」
同じクラスのジロー。
いつもならこの時間は寝ていて起きていることなんてまずない。
だけど今は顔を引き攣らせて目を見開いている。
教室が静かだっただけにジローの小さな呟きも大きく響き渡った。
「嘘だ!嘘だ!が死ぬなんてありえない!嘘だよ!」
クラス中に声が響いて跳ね返る。
立ち上がったジローを誰もが顔を歪めて見つめていた。
俺も同じ。
ジローのように声に出せて言えたらよかったのに。
「嘘だろ。」と問えたらよかったのに。
喉が焼けたように熱くて言葉が何も出てこない。
手が重力に逆らえずにだらりと垂れたままの状態で顔だけをジローに向けていた。
ジローは泣いていた。
「は死なないよ!」
何とも自分勝手で根拠のない言葉を残してジローは出て行った。
教室ではの死を悲しんで啜り泣く女子の声が虚しく響いていた。
「宍戸!宍戸ってば!」
俺にとってこれはの台詞。
だけど今となってはすっかり滝の台詞になってしまった。
未だに慣れないこの違和感。
だけど仕方ない。
もうアイツはいないから、いないから仕方がないんだ。
仕方がないはずなのにが来てくれたらなと叶うはずのない淡い願望を抱いてしまう。
もうあれから何ヶ月も経ったというのに。
「今日はもうミーティングだけなんだって。僕達三年生の最後のミーティングだよ。」
「おう、わざわざ悪いな。」
「何か引退って・・・まだ実感湧かないや。」
「まあな。俺達の毎日ってずっとテニステニスだったからこれからは絶対体鈍るんだぜ。」
「ふふ、一ヶ月後に誰か一人はふくよかな体になってたりしてね。」
「笑い事じゃねえし。っつか引退したってたまには部活に顔出したりして体動かすだろ。太らねえよ。」
「どうだかねー。」
「・・・おい。」
笑えるようになるまで何ヶ月もかかった。
それは俺に限らずジローや他の奴らも一緒。
本当は今でも上手く笑えていない時が多々ある。
のことを思い出してどうしようもなく苦しくなった時とか。
「それよりも宍戸、何書いてんの?」
「み、見んなよ!!」
「あーもしかしてラブレター?」
「・・・そんなんじゃねえし。」
これは俺が生まれて初めて書いたファーストレター。
そしてもう二度と書くことがないだろうラストレター。
誰よりも不器用で誰よりも口下手な俺が一生懸命無い知恵搾って必死に書き上げたこのラストレターを今日アイツの墓場に届けに行こうと思う。
何でこんなことするかって、そりゃ俺らしくねえけどよ。
が言ったんだ。
いつだったか忘れた。
だけど確かに言ったんだ。
「ねえ宍戸ー。」
「んだよ早く言えよ。」
「あのね、もし大切な人が突然死んじゃったとするでしょ?」
「縁起でも無いことを突然言うなよな。」
「いいから!もし大切な人が突然死んじゃったら、宍戸は言い残したことをどう伝える?」
この時俺は心の中に一生しまっておくと答えたよな。
そしては言ったんだ。
「私は手紙に書いてそれを墓の上に置いといてあげる。」
「何だソレ。っつか何だよいきなり。」
「ああコレ?昨日テレビでやってたから宍戸はどうなのかなーと思って。」
「はあ?」
「まだみんな来ないし暇だから何かお話しよーよー。」
「勝手にしとけ。俺は忙しい。」
「じゃあねーさっきの続きね。もし私が死んだ時は・・―――」
手紙書いてね。
「よーし今日は三年生お疲れってことで飯食いに行こう飯!」
「それええな、どこ行く!?」
「俺はやっぱりあのパフェ食べたい!あそこのパフェマジうまいC−!」
「ジロー先輩は本当あそこのファミレス大好きですよね。」
「うん!俺あそこ大好き!!」
ジローは基本甘いものが好きだけど、あそこのファミレスが特別好きなのはきっととの約束の場所だからなんだと思う。
と行くことができなかったあの場所。
きっと忘れられない場所になっているんだと。
決して口には出さないけどそう思う。
「じゃあ先行っててくれよ。俺ちょっと行くとこあるからさ。」
「どこ行くんですか?」
「んーちょっとな。」
「あ、もしかしてさっきのラブレター渡しに行くとか?」
「え、何?何の話?滝詳しく教えてえや。」
「バ、違ぇよ!!ラブレターじゃねえっつってんだろ!?」
「怪Cー!宍戸顔真っ赤だよ?」
「そうかそうか。宍戸、この忍足君が恋の悩み聞いたんで?」
「違うっつってんだろうが!!肩放せ!!」
「っつかな、ラブレターはやめとき。古い。」
「だからラブレターじゃねえ!!!!!」
俺は何とかこの野次馬達から上手いこと逃げ出し、先に部室を飛び出した。
ここからそう遠くないところにあるの墓。
一度も行ったことがないの墓。
俺達が引退したら行こうと決めていたから。
俺の想いを、みんなの想いを俺が代表してこの手紙に書いて約束通り届けてやろうと。
これは俺が生まれて初めて書いたファーストレター。
そしてもう二度と書くことがないだろうラストレター。
誰よりも不器用で誰よりも口下手な俺が一生懸命無い知恵搾って必死に書き上げたこのラストレターを今日アイツの墓場に届けに行こうと思う。
何でこんなことするかって、そりゃ俺らしくねえけどよ。
が言ったんだ。
いつだったか忘れた。
だけど確かに言ったんだ。
「手紙書いてね。」
きっとからかい半分だったんだと思う。
俺が手紙なんて書く柄じゃねえし自分の気持ちを口に出して言うタイプでもねえ。
だけどやっぱり書いてやろうと思ったのはお前の死の原因が病気だったから。
知ってたんだろ?
もうそんなに長くないって。
気づいてたんだろ?
もう俺達とそんなにいられないって。
だから頼んだんだろ?
手紙を書いてほしいだなんて。
そんなお前らしくもないお願い。
これは俺が生まれて初めて書いたファーストレター。
そしてもう二度と書くことがないだろうラストレター。
誰よりも不器用で誰よりも口下手な俺が一生懸命無い知恵搾って必死に書き上げたこのラストレターを今日アイツの墓場に届けに行こうと思う。
何でこんなことするかって、そりゃ俺らしくねえけどよ。
が言ったんだ。
いつだったか忘れた。
だけど確かに言ったんだ。
「これでいいんだろ?。」
俺は不器用だから。
手紙なんて書いたことねえし書こうと思ったこともない。
そんなもん文字にして著すよりも直接口で伝えた方が早いし俺もそっちの方が気が楽でいい。
だからってそんなに口述が優れてるってわけでもない。
むしろ下手だ。
跡部や忍足みたいに口を開けば相手を虜にするようなこっ恥ずかしい台詞は死んでも言えない。
ってか言いたくない。
だけど、時に人は自分の信念さえも変えるべき残酷な人生を生きる時が来るだなんてお前がいなくなるまでちっとも知らなかった。
俺はこの人生でお前にたくさんのことを教わった。
嬉しさ、楽しさ、優しさ、愛しさ、そして悲しさ。
まだまだ数え切れないほどたくさんあるけど、お前は大切なものから余分なものまで溢れんばかりのものを俺に教えてくれた。
これは、そんなお前に贈る俺の人生で最初で最後のラストレター。
“好きだった。”
たったそれだけの一言。
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2007.3.30 宍戸・死ネタ
死ネタにはまる今日この頃。