君が生まれるちょっと前・続
「あー何コレいただき!」
また来た邪魔者め。
「ちょっとちょっと丸井先輩それ俺の!取んないでくださいよ!」
「んだようっせーな、もう遅ぇよ。また買えばいいだろぃ。」
「マジ潰す!」
ほらほらほらほら、今日もまたお勉強会にならないじゃありませんか。
部活後の貴重な時間を泣く泣く赤也の英語講座に費やしてやや三日、理由の知らない副部長は赤也が改心したんだと思って「よいことだ。」と頷いていたけど
絶対柳くんは全部知っててあの仏みたいな顔して「頑張れ。」とエールを送ってくれたんだわ。
だったら手伝ってくれてもよかったものじゃない、薄情者ー。
「つーかお前何で毎日お菓子持って来てんの?太るぜぃ。」
「先輩が教わるお礼に買ってこいっつーからない金搾り出して泣く泣く買ってるんスよ!それをアンタに食われてたまるもんか。」
「へー」
「ってだから食うなよ!」
ギャンギャン煩いね君たちは本当に何歳ですか。
はあーと今日一番長い溜め息があたしから零れたのが聞こえたらしいブン太の動きがピタリと止まる。
数回そのでかい目がパチパチと瞬いたあと、赤也が買って来てくれたあたしのお菓子を口に咥えたままの状態であたしのことをじっと見つめた。
「なによ…あたしの顔に何か付いてる?」
「いや別に。おい赤也、お前にマネージャーまで手伝ってもらっといて勉強まで手伝わすなよ。だって自分のことで忙しいんだぜぃ。」
「…わーってますよ。俺だって早くマネージャー入れなきゃなんないって思ってるんスけど…どうもみんな長続きしないんスよねー。」
「そりゃお前…あんな扱いしてたら誰だって辞めたくなるだろ馬鹿。」
「ってだから食うなってば!!」
口の中をもごもごさせたブン太からお菓子の箱を取り上げぷりぷり怒る赤也が妙に可愛い。
そうだ、ブン太の言う通りあたしは引退してもなお未だマネージャーの仕事を継続してやっている。
それにはいろいろ訳があるんだけど早い話、赤也の性格上ついていけるマネージャーの女の子が存在していないのが事実。
あたしはまあ先輩なだけあって赤也より一年だけど偉いわけだし自分のペースでやれば何とかやっていけるわけで、でも二年生の女の子達はそうはいかないみたいで、
あたし達三年生が引退した後も未だマネージャーがいない。 っつっても募集すれば何人か入っては来るんだけどすぐ辞めてしまう。
可哀想だけどあたしが二年生だったとしても赤也にはついていけないと思う。
引退しても三年生のみんなは体が鈍るからよく練習出てるしこうやって雅治くんの誕生日だからって焼肉食べに行くし…
あたし達が部活に顔出せるうちはいいとしてもそろそろ本気で正式なマネージャー入れないとやばいんじゃないかな赤也くんよ。
「どいつもコイツも根性ないんスよ。あー先輩が同い年だったらなー…」
「バーカもお前のもとでマネージャーなんてゴメンだっつの。なー?」
「うーん確かにそれもそうだけど…あたしらの代の部長も副部長もどうかと思うけど…」
「ひっでぇ先輩…。でもまあ部長も副部長も俺より大物ッスよ絶対。それに耐えて来れたんだから先輩誰にでも付いていけるって!」
「っつーかもう幸村君も真田もお前の部長や副部長じゃねぇって。、お前も。」
「いいのいいのあたしにとっていつまでも部長と副部長は部長と副部長のままだから。」
「そそ、俺にとっての部長と副部長もあの二人なんス。呼び方なんてのはそのままでいいんスよ。細かいことは気にしない気にしない。」
「ふーん、ま、何だっていいけどなー。」
いつの間にか三人で談笑してしまっていたことに今頃気が付いたあたしはそろそろ赤也の勉強に戻らなくてはやばいんじゃないかと転がしたままだったシャーペンを握りなおした。
まだ居座る気ならしいブン太は懲りずにまだあたしの(正式には赤也の)お菓子を頬張って口をもぐもぐ言わせている。
もう突っ込むのにも疲れたのか、赤也も何も言わなかった。
「それにしても、赤也もいい加減英語克服しろよ。いつまでも補習受けてっと女にモテないぜぃ。」
「ちょ、何で俺が補習受けなきゃなんないって知ってんスか!?」
「あ?んなもんみんな気づいてるっつの。真田だけだって赤也がただ単にに勉強教わってるだけと思ってるのなんて。」
「バレた時が怖いよね。絶対焼肉中止になるしあたしも怒られるのかな…やだな赤也ちゃんとあたしのこと庇いなさいよ。」
「嫌ッスよ、先輩なんて焼肉食いたいがために俺の勉強教えてるくせに。」
「なにを言うかこのワカメちゃんは!あたしの親切心返しなさいよ!」
「やなこった。図星のくせにー。」
「ムキー!!」
シャーペンを握っている方の手を机にゴンゴン押し付けて怒りを分散する。
憤慨するあたしを見て鼻と口の間にペンを乗せていた赤也は「へへっ先輩変な顔。」とさらなる追い討ちをかけてくる。
本当に嫌な後輩だ。 前言撤回、可愛くない。
そんなあたし達を口元をボリボリ言わしながらお菓子を食べながら見ていたブン太は、ふと、部室の壁にかかってある時計を見上げて「でもなー」と呟いた。
睨み合っていたあたしと赤也は同時に視線をブン太に向けると、ブン太は自分の持っていたガムをポケットから取り出してそれを軽々と口の中へ放り込んだ。
「中止になった方が仁王は喜ぶだろうなー…って。」
「え、なんで?雅治くん焼肉パーティー嫌だったの!?」
「えーだったらやめましょうよ。主役がそんなんじゃちょっと気が引けません?」
「っあー違う違う。別にそうじゃなくってそのー…何て言やいいんだ?」
首を傾げて頭をぽりぽり掻くブン太が困った顔をしてあたしを見つめてくる。
そんな目をしたってあたしがブン太の考えていることなんてわかるはずもないじゃないか、とか思ったりするけどあえてそれを口には出さずにブン太にいい言葉が浮かぶのを待つ。
ちょっと早くしてくれと、シャーペンで机を規則的に叩いたりしてみるけどブン太からは「あー」とか「うー」とか変な声しか発せられない。
いい加減イライラが募り出した頃、あたしと同じように耐え切れなかったらしい赤也が「あーもうっじれったいッスよ!」と言いながら机に手を付いて立ち上がった。
「だって言っていいもんでもねぇし。」
「じゃあ初めから言わないでくださいよ!」
「ゴメンゴメンまあ仁王も複雑だったってことだよ。許してやってよ。」
「って別に仁王先輩が悪いんじゃなくて俺はアンタのその煮え切らない態度にイラついてたんスけど!!」
「あ、そうなの?まあそうカリカリすんなって。皺増えるぞ。」
「…もういいッス。」
がっくりと肩を落としてしまった赤也をまあまあと全然悪びれていないブン太が宥めているが、それは返って逆効果だろう。
あたしは今日もあまり進まなかったな、と思いながら今日はこの辺で終わらせて早く帰ろうと、さっさと筆箱を鞄の中にしまってついでに英語のテキストを赤也の鞄に詰めてやる。
いそいそと帰る支度を始めたあたしを見た赤也は「え、もう終わりッスか?」と驚いた表情を見せた。
いや、だって君さっきから全く手が動いてないうえに初めからあまりやる気がなかったでしょ。 あたし知ってんだからね。
どうやらそろそろ帰るつもりだったらしいブン太も「そうだそうだ、そんなやるだけ無駄な勉強なんてやめちまえ」と先輩としては何とも最低な台詞を吐いて立ち上がった。
「そだ、。」
「なに?お菓子は持ってないよ。」
「ちっげーよ。 外で仁王待ってんぞ。」
「は?」
「俺それ言いにここに来たんだった。そうそうそれ言いに来たの俺。」
「うわっ、随分今更ッスねソレ…。アンタ食べ物に目が眩んで仁王先輩のこと忘れてたっしょ。」
「うっせーよお前がツベコベ言うなバカ也!」
バカにしたような目で見つめる赤也の額をバチンと平手で殴り、ブン太はグリーンアップルであろうガムを膨らませて鞄を肩に担いでさっさと部室を出て行った。
ホントに今更な報告をどうもありがとうと心の中で呟き、あたしもどうしたもんだろうと鞄を持って立ち上がる。
赤也がおそらくブン太の文句をブツブツと零しながら「んじゃお疲れーッス。また明日も宜しくお願いしますね。」と言って部室を去って行った。
残されたあたしも部室を消灯して鍵を閉めてマフラーを首に巻く。
すると「よっ」と手を上げてすぐそこの木の横で待っていた雅治くんの姿を確認した。
「雅治くん…本当に待ってたんだ。寒くないの?」
「寒い。死にそう。」
「寒がりなくせに何してんのさ。約束もしてないのに何でそんなに毎日あたしのこと待ってんの?」
「ん、いや、気分。今週はと帰りたい気分なんよ。」
「…あそ。」
ん、とまたあたしに恥じらいもなく手を差し出してくる雅治くんはやっぱりどこか謎に包まれてるとあたしは思う。
読めないし何考えてるのかさっぱりわかんない。 まあそこが魅力的だってみんな言うんだけどね。
部室の鍵を鞄の中にしまってあたしも少し恥らいながらもその手を取ると、雅治くんは無表情でうんうんと頷いてあたしの頭をもう一方の手でよしよしと撫でた。
何するんだい、あたしは子どもじゃありません。
「そういえば雅治くん誕生日、焼肉パーティーしたくなかったってホント?嫌だった?ごめんね?」
「…や、別に嫌ってわけじゃなかよ。ただ…」
「ただ?」
「…………。」
手を繋ぎながら校門をくぐる恋人でもないあたし達の間に微妙な空気が流れる。
はたから見ればれっきとした恋人同士にでも見えるんだろうな、とかくだらないことを考えながら黙ってしまった雅治くんの顔を見上げる。
だけど雅治くんは何処か遠くのほうを見ていたからあたしと目が合うことはなかった。 残念。
「過ごしたい奴がおったんよ。二人で。」
「…え?」
「でも…誘えんかった。」
今度はあたしが黙る番だ。
頭の中では自分の空気の読めてなさに今頃自己嫌悪。
これじゃあ副部長や赤也のこと言えないよ。 あたしも十分空気読めてなかったよ。
雅治くんの誕生日計画なんてこれっぽっちも無視で何勝手な計画立ててたんだあたしってば、と思わずその場で頭を抱えたくなる衝動に駆られたがここは少し我慢した。
苦笑いを浮かべて「だから気にしなさんな。」とあたしに対してフォローしてくれている雅治くんを涙目でちらりと見上げて、だったら言わないでほしかったとは死んでも言えなかった。
ああ、あたしってなんてバカ。
でも何故か胸の奥がチクンと痛んだ気がした。 ショックだった…のだろうか。
雅治くんにも大切な人がいて、好きな人がいて、それがショックだった。 そういうことなのだろうか。
「そのために今年予定入れとらんかったんじゃけど…まあええじゃろ。今となっては焼肉が楽しみぜよ。」
「…そう言ってもらえるとあたしも少しは救われるよ。ありがとうそしてゴメンなさい。」
「謝らんでええよ。このまま誘えんと終わるよりみんなとでも一緒に過ごせるだけまだマシじゃけん。」
「そっか、そうだよね!アハハよかったね雅治くん!!」
「おう。」
あたしは何だか重たかった罪悪感から無事、晴れ晴れとした気持ちになって逃れられた気がして雅治くんと繋ぐ手を大きく揺らして歩いた。
そんなあたしを見て雅治くんは小さく吹き出して笑って「はバカじゃの。」と肩を震わせて笑うのをやめなかった。
何で笑われているのかわからないあたしはちょっとムッとしてしまったけど、あとからよくよく考えてみればあたしは結構バカだったのかもしれない。
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2007.11.19 執筆
何か仁王がオマケみたいな小説ですねコレ。
最近短編書くのが妙に楽Cー。