君が生まれるちょっと前

 

 

 

 

 

セーンパーイ!」

 

 

 

 

 

いつからだったか。 いや、初めからそうだったか。

あたしは気がつけばこの声を合図に受け身をとることを覚えていた。

あたしに向かって飛び込んで来るのは赤也。

そりゃ嫌われるよりかは懐いてくれる方が嬉しい。

でもこうも毎回毎回セクハラ紛いに抱き着いて来られたらいくら二年半副部長に鍛えられた精神を持ち合わせていたとしてもキツイものがある。

そして抱き着くだけならまだしも、機嫌がいい時の赤也なんて頬にキスまでしてくるんだからこれは黙っちゃいられない。

外国ならよしとしてもここは日本だ。

赤也の英語力を考えてももちろん純日本人だ。

お願いだからそういうことは好きな子にやってほしいと思う。

じゃないとろくな人間になれないんじゃないかな、特に赤也は。

 

 

 

 

 

「で、どーすればいいと思います?」

「あたしから離れればいいと思います。」

「それは却下。真剣に考えてくださいよ先輩!」

 

 

 

 

 

真剣な返答だったのにぷりぷりと怒り出す赤也にあたしは驚きだ。

それに何をたわけたことをぬかしているんだこの出来損ないな後輩は。

赤也が泣き付いてあたしに持ち掛けて来た相談事は実にくだらないもので、どうしようと言われても正直どうしようもないもので、

ちょうど部活後の貴重な時間を使ってDSを嗜んでいたあたしとしては早く何処かへ行ってほしかった。

 

 

 

 

 

「ほい、これあげるからあたしから離れて赤也。」

「いりませんよ何スかこの蟹味噌グミって…」

「知らない。今日雅治君に貰った。」

「やっぱりか。あの人何処でこんなもん仕入れてくるんスかね。色可笑しいし。」

「さあ、ハンズとかじゃない?」

 

 

 

 

 

赤也はあたしがあげた蟹味噌味のグミを心底気持ち悪そうに見つめながら顔を歪ませた。

部室には赤也とあたしだけしかいないからか、調子に乗って赤也はあたしから離れようとしない。

同じクラスの雅治くんから今朝貰った蟹味噌グミは食べようとも思わないで今日一日ずっとあたしのポケットの底に沈んでいた。

あわよくばブン太の口に放り込んでやろうという計画だったのだが生憎ブン太が口を大きく開く機会に恵まれなかったので仕方なく赤也に後処理を押し付けてやった。

赤也は勇気を出して食べようともせずずっと異物を見る目でそれを見ていた。

やーい、しょーしんものー。

 

 

 

 

 

「これ先輩が食べてくれたら離れてもいいっスよ。」

 

 

 

 

 

何か思い付いたらしい赤也の憎たらしい笑みと共に告げられた死刑宣告。

何故にあたしが赤也に交換条件なんて出されにゃならん。

普段から優しく何でもかんでも許してあげていたけどそれじゃ赤也の教育によくないと思いなおしたあたしは「うわっ最悪!」と喚く赤也の頭をわしゃわしゃと掻き回してやった。

ふん、ざまーみろ。 さっきと何にも変わってないけどさ。

本当ならもっとコショコショ攻撃とかしたかったんだけど手加減してやったんだ。

相変わらず優しいなあたし。

あたしから離れて鏡越しに「ヘアーが乱れた最低!」と文句を投げかけてくる赤也をギロリと睨み据え、牽制をかける。

そしたら赤也が黙り込んで小さく舌打ちしたのをあたしは見逃さなかった。

 

 

 

 

 

「なーにかねその態度は、赤也くん?」

「地獄耳…」

 

 

 

 

 

赤也は頬をぷうっと膨らませて甘えるように拗ねる。

あーもー可愛いなこの子は!

だが可愛ければ許してもらえるほど世の中甘くはないのだよアーン。

いつの間にか手の中のDSの画面が残念なことになっていたのを見て、いいところだったのに邪魔しやがった赤也をやっぱり許すことなどできないなと思い

DSの電源を切って、悩みも解決しないまま帰ろうとしている赤也の襟元をおもいっきり引っつかんでやった。

あーここでの力加減もまた絶妙だわ、なんて親切なあたし。

 

 

 

 

 

「ぐえっ!なんつー力…」

「まあ待って待って。一緒に帰ろ!」

「俺と先輩反対ほうこ…」

「帰ろう!」

「ふざけんな!俺わざわざ遠回りとかイヤっスよ!面倒臭い。」

「そっ、ならいいよ。もう雅治くんの誕生日の日に一人で補習受けとけばー?」

「ゲッそりゃないっスよ!焼肉は!?」

「赤也の分はあたしが食べといてやるから、ね?」

「ね、じゃねぇ!イヤだ!」

 

 

 

 

 

本気であたしの肩を掴んで大きな目をくわっと見開く赤也を見て、やはり年頃の野郎共は食欲旺盛なんだなーと明後日に向かった遠い目で天井を眺めた。

もうすぐ雅治くんの誕生日ってことで焼肉パーティーしようと思い付きで言い出したあたしに、ここ最近騒ぎ立てることが何にもなくて

鬱憤が溜まりかけていたみんなが珍しくのってきて、当の本人雅治くんの意見は完全無視の方向で話は決まった。

堅物星人サナダ副部長だって雅治くんの誕生日だからって言えばくそ真面目星人に早変わりして「ならば俺も行こう」と了承してくれた。

若干、そのとき赤也とブン太の顔がものすごーく引き攣った気がしたけど、たぶん気がしただけ。

ただ心配だったのは雅治くんのことだから誕生日は誰かと、例えば彼女とかと過ごす予定だったのかなーと思って

後日尋ねてみると「寝るつもりだった。」と意外にも一人で過ごすらしかった。

まあ彼女がいるのかどうかは知らないけど誰かと過ごす云々よりも先に雅治くんの面倒臭がりな性格が前に出てきたんだろう。

睡眠時間奪ってごめんね。

 

 

 

 

 

「ねね、先輩どうすりゃ補習さぼれると思います!?」

「日頃からちゃんとやれ。」

「もう過ぎちゃったことはぐだぐだ言ったってしょうがないッスよ。で、今はこの先に待ち受けている補習の対処法の話!」

「真面目に受けるのが一番じゃないかな、赤也にとっては。」

「ちょ、解決策になってねぇ!俺は補習なんかより焼肉に行きたいんスよー!!」

 

 

 

 

 

頭を抱えながら喚く赤也を横目に、これを副部長が聞けばきっと今回の焼肉パーティーはおじゃんになってしまうんだろうなぁと溜め息が零れた。

きっと副部長は何が起ころうとも赤也を補習へと送り込むだろう。 それはそれはどんな手を使ってでも。

冗談じゃない、絶対そんなことがあってたまるものか。

あたしはまだ自分の頭の悪さを嘆いている赤也をギッと睨みつけると、DSを鞄の中にしまってさっさと帰ろうとドアへ向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

「えー結局何のアドバイスもくれないまま帰っちゃうんスか?」

「だってアンタの頭重症だし…あたしにはどうすることも出来ません知りません。」

「薄情者。」

「愚か者。」

「…ふーん、じゃあ先輩は焼肉パーティーが中止になってもいいんスね。」

「なぬっ?」

「副部長に全部洗いざらい白状して焼肉パーティー中止にしてもらおーっと。」

「はぁー!?」

 

 

 

 

 

とうとう開き直り始めた赤也にあたしの握り締めた拳が何やらアル中にでもなったかのようにプルプルと震えだす。

本来の雅治くんの誕生日パーティーがいつの間にか焼肉パーティーに変わってしまっていることはさておき、このままではいかん。

もう既に頭の中では赤也抜きで焼肉パーティーを実行しようとしていた私としては、これは非情にまずい事態となってしまいました。

ええ、本当に実にまずいです。 これは食を愛するブン太様もお怒りになることでしょう。

だってブン太すっごい楽しみにしてたもんね。 絶対雅治くんの誕生日だってこと忘れてるだろうね。

 

 

 

 

 

「あーもうわかった!明日あたしが先生に何か適当に理由つけて赤也の補習をどうにかしてもらうから!これでどう!?」

「さーっすが先輩!学年たまに首席!」

「…その褒め方ってどうなの?まあ間違ってはないけれど…」

「中途半端に頭いい先輩が悪いんスよ。」

「あたしのせい?」

「まあまあ細かいことは気にしないで!絶対約束ッスよ!!」

「あーはいはい覚えてたらね。」

「ちょ、てきとうだなアンタ!!」

 

 

 

 

 

何だかとっても面倒な任務を任されてしまったことにより、ちょっと意気消沈しかけたあたしは、キャンキャン吠える赤也の頭を数回叩いて鍵を頼んで部室を出る。

外はもう少し薄暗く、少し寒い。

マフラーに顔を埋めて手を擦り合わせながら校門目指して歩き始めた。

きっと明日は先生を説得するのに大半の体力を消耗することだろう。

そして赤也の補習の代わりにあたしが一週間ぐらい面倒見なきゃらなんのだきっと。

そのあとにちょっとした小テストでもやらして先生に提出したらそれでいいだろう。

赤也の英語の担当の先生確かあたしのクラスの担任だった気がするし。

今から結構気が滅入る、そう思いながら校門を潜ると、見慣れた銀髪が目に入り、壁にもたれるようにしてあたしと同じようにマフラーに顔を埋めて立っている奴がいた。

 

 

 

 

 

「寒い。」

「なーにしてるの雅治くん。」

「お前さん待っとったんに、なかなか来んからほとんど体温奪われた。」

「そんなの知らないよ。…あたしに何か用?」

 

 

 

 

 

本当に寒そうにブレザーのポケットに両手を突っ込んでいて、あたしに向き直る雅治くんは

 

 

 

 

 

「ん、一緒帰ろ。」

 

 

 

 

 

そう言ってポケットから手を出してそのままあたしの冷えた手に自分の手を絡めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2007.11.18 執筆

誕生日もうすぐだね。

ほとんどコレ赤也ばっかり。笑