小さい頃、夏休み。
神奈川のおばあちゃん家に行くと夜は必ず縁側に座って花火をした。
ネズミ花火やロケット花火まで一通り終えると、最後は隣の家のブン太君と二人並んで線香花火。
どちらが長く保てるかを競い合って。だけど負けず嫌いなブン太君は自分が負けそうになると、
真剣に線香花火と睨めっこしている私の手をちょんっと突いて先に私のを落としてしまう。
それで勝った気でいる満足げなブン太君の意地悪な笑みが、何だかくすぐったくて私は大好きだった。
金魚花火
「夏だなーアイス食いてー。 何か奢ってー。」
「きのうガリガリ君奢ってあげたからヤだ。」
「きのうのアレは罰ゲームだろぃ。 あっちむいてほい弱い自分を恨めよ。」
「…よく言うよ。 ほっとんどブン太君ズルしてたじゃんか。 見逃してあげてたんだからね。」
「してねーよ。 天才様はんなことしなくても勝てんだよ。」
あーはいはいと適当に流しながら縁側に二人並んで座る。
夏の匂い。 風鈴の音。
ミンミンと蝉の声だけが相も変わらずな二人を包み込む。
暑いなと思うのはきっと、照り付ける夏の太陽のせいだけではないだろう。
私は東京の学校に通っていて、ブン太君は神奈川の学校に通ってる。
だから絶対が付いて会えるのは私が毎年おばあちゃん家に泊まりに行くお盆の三日間だけ。
私は毎年毎年その日が楽しみで、二日目の夜に縁側に出ると何故か毎年おばあちゃん家に用意されている花火セットを勝手に持ってブン太君が待っている。
私は麦茶をたっぷり注いだコップを両手に古くなった床を音を立てないように忍び足で背後から声をかけると、肩をビクつかせるブン太君に笑みを零す。
釣られてブン太君が笑って自分の隣をぽんぽんと叩くから私は麦茶を渡して隣に座る。
これが去年までの私達だった。
私はただ、毎年訪れる夏を純粋に楽しんでいた。
だから、変わってしまうことがこれほどまでに辛いなんて思わなかったんだ。
「明日、朝一で東京帰るんだろぃ。」
「うん、お盆明けたら部活あるしね。 合宿の準備しなきゃだし。」
「そっか、頑張れよマネージャー。 跡部にこき使われたら俺に言えよな。 大会でボッコボコにしてやるから。」
「ヤだよ氷帝が負けちゃうじゃん。 跡部は嫌味な奴だけど根は優しいから大丈夫だよ。 まるでブン太君みたい。」
「バッカやめろよあんな恥ずかしい奴と一緒にすんなっての!」
俺のがカッコイイだろぃというブン太君のナルシスト発言も跡部に似てるんだよってのは口に出さずにこっそりと心の中で呟いてみる。
夕暮れの空を縁側で眺めながらクスリと笑うと、自分が笑われたと思ったブン太君が笑うなと言って私の頭をわしゃわしゃと掻き回した。
ブン太君が手を下ろした時にふと左手首にぶら下がるミサンガが視界を横切る。
「…今日、ごめんな。」
「別にいいよ。 約束してたワケじゃないし、小さい頃からの習慣みたいな感じだっただけだし。」
「うん、何か気ぃついたらお盆はここに来ちまうんだよな。 体が覚えてるみてぇ。」
「私もだよ。 だから気にしないで楽しんで来て。 せっかくの仲間なんだから、大切にしなきゃ。」
「…おう。 つってもアイツらだからなー。」
いくら口ではそう言ってもブン太君の表情はキラキラしていて、楽しみなんだろうなってのがすぐに伝わってくる。
今年は部活仲間と花火をすると、ブン太君が私に言ったのは昨日の夜の事だった。
立海のレギュラーと、マネージャーと。
ブン太君の左手首にぶら下がるシンプルなミサンガは、仲間の証。
立海附属中テニス部レギュラーであることの、立派な証だった。
私はブン太君がそれを勝ち取った時はすごく嬉しくて、誇らしくて、時に憎かった。
大事そうに翳し、私の視界にチラつかせるミサンガ。
私の知らない誰かがブン太君を応援して、マネージメントして、ミサンガをプレゼントする。
そして、私にとって唯一のブン太君との時間を奪い去っていく彼女。
仕方がないと、だけどどこか諦めつかない私は我が儘なのかな。
「んじゃそろそろ行かねぇと真田にどやされる。 アイツ時間に煩いからなー。」
「ハハハ、じゃあいってらっしゃい、また来年だね。」
「……明日ちゃんと朝出迎えるって。 んなこと言うなよ何か寂しいじゃん。」
この言葉を素直に喜べないのはきっと、そこに何の感情もないからだ。
ブン太君は私という昔からの幼馴染みより、部活仲間という今の友達を優先にする。
それが何だかとっても寂しくて、悲しくて、ムカついた。
一年にたった一度の私との時間を捨てて、ブン太君はほぼ毎日会える部活仲間をとった。
本当は大会なんかで会う機会はなくもないけど、それはまた何か違うし。
だけどそんな感情全てを抑えて笑顔で見送る私に安心他のか、ブン太君はよっと言って縁側を飛び降りた。
「じゃ、また明日な。」
「…うん、また明日!」
明日なんて、来ないよ。
声に出した言葉とは裏腹な言葉が頭を過ぎる。
明日、じゃダメなんだ。
明日にはもう私はいないよ。
笑顔で去っていくブン太君の背中を眺め、ギュッと手を握り締める。
たぶん、この場所で二人並んで花火をするなんてこと、この先二度とないんだろう。
ブン太君は私より先に幼馴染よりも大切なモノを見つけたんだ。
異性の幼馴染よりも、優先すべき存在を見つけてしまったから。
(もう、ブン太君に私は必要ない。)
薄暗くなった空の下、一人、縁側に座って一つ、花火を取り出す。
ライターを手に取り、花火に火をつけた。
パチパチ
弾ける光が、霞んで見える。
風が頬を撫で、夏の匂いを運んでくる。
髪を揺らしては、鳴る風鈴の音。
『よっしゃ、次はロケット花火しよーぜ! はそこで見てろぃ!!』
目を閉じ、目蓋の裏に映るまばゆい光。
頭が、くらくらする。
花火が弾ける音と、そこにはいないはずのブン太君の声がする。
フッと火が消えた花火を手放し、もう一本花火を袋から取り出す。
私が大好きで、最後によく競い合った線香花火。
線香花火に火を点ける前に、サンダルを履いて庭へと降り立つ。
ブン太君がロケット花火をする時によく立っていた場所でしゃがみ込み、線香花火に火をつけた。
パチパチ ぱちっ
『ブン太君の、おっきーね。』
『俺のだからな!』
ぱちっ パチっ
『でもちょっと揺らしたら落ちちゃいそうだよ。』
『………、』
『なにー? …ッ、あ、ちょっと!! ズルはなしだよブン太君!』
『あーあ、の負けだな。 俺の勝ちぃー。』
パチッ ぱちっ パチッ
『。』
声がする。
真っ暗な闇の中、たった一つの小さな光。
それに照らされ見えたのは、ずっとずっと小さな頃から大好きだった君の顔。
『。』
だけどそれは、私が求めた本当の君ではなくて。
たったひと夏の、儚さが残る、幻影。
ぱちっ パチパチッ
ぽと ぽと
ぱちっ
「ぅっ、ッ、」
ぱちぱちっ
ぽと ぽとっ
パチッ
「ぅっ うっ うわぁぁぁああああああああああああああああああん!!!」
好きだったんだ。
この季節が、この時間が、
ブン太君と一緒にいれるこの瞬間が。
パチッ パチッ
スキだったんだ。
大好きで、大好きで、本当に大好きで。
それ故に切なく、苦しい。
ぽと ―――
消えた光は、二度と私を照らしてはくれなくて、
夏の匂いだけが私を包み込んむ。
まだ幼さ残る二人の男女はこの夏、最後の夏を終えた。
君は最後までズルイ人だったね。
2008.06.05 執筆
夏を先取り。 田舎に行きたいなーって思って作った夏のちょっぴり切ないラブストーリー。
ブン太君は身勝手だから幼馴染や彼女は苦労しそうですね。
テーマソングは題名の通り「金魚花火」。
これは夏に聴くと誰かと切なく花火がしたくなっちゃう大好きな曲です。
これ聴きながら読むと雰囲気が伝わってくるんじゃないかなって思います。笑