雨音が、生きてる胸の音を消してくれれば。

あの時、どれほどあたしは救われただろう。

 

 

 

 

 

 

殺してキスキルミー

 

 

 

 

 

 

同じクラスになった時は死ぬほど嬉しかった。

一年の時にみんなが騒いでたのを見て知って、そこから好きになって、片思いのまま二年に進学。

二年が爽やかな風のように過ぎればはたまた三年に進学。

配られたクラス割りのプリントに印字された彼の名前を見て心臓が口から飛び出すかと思った。

 

 

 

 

 

スタートはここから。

あたしは彼を知ってても彼はあたしと初対面。

毎日に気合いを入れて恋の勝負に白旗を掲げてやろうと誓った。

が、すぐに撃沈するなど想像もしてなかったあたし。

 

 

 

 

 

彼にはカノジョという存在が隙間なく存在していたのです。

別れて一週間もすればまた新しいカノジョ。

カノジョ カノジョ カノジョ。

どれもかわいらしく、彼が無類の面食いだということも判明。

若干、ショックです。

 

 

 

 

 

まぁあたしも容姿の面はそこそこだと思う。

だけどダメ。

ついていけないよプレイボーイ。

ここにきて、やっと同じクラスになれてお近づきになれると思ったのにそりゃないよ。 と思わず零れる溜息の嵐。

そりゃあたしもあの人達みたいに食い物恵んで取り入って笑顔振り撒いてもらえば早い話なんだけどさ。

 

 

 

 

 

違う。

違うんだ。

そんなんじゃない。

私は彼のあんな笑顔が見たいんじゃない。

何か、気に喰わない。

 

 

 

 

 

「あ、これウマ。」

 

 

 

 

 

朝買ってきた新作お菓子を一口、また一口と貪りながら放課後の薄暗い教室で暇を潰す。

ついさっきまで友達の朱チンがいたんだけどテニス部所属の彼氏サンが迎えに来て帰っちゃった。

今日はテニス部が急遽お休みになったらしく、その原因となった昼からの土砂降りの雨が今も教室の窓をたたき付けていた。

いつもは部活が終わるまでこうやって朱チンと二人お菓子を食べながら談笑。

部活が終わって戻って来た彼氏サンと帰っていく朱チンを見送ってあたしも家へと帰るのだ。

 

 

 

 

 

だけど今日は生憎の雨。

外はザーザー降り。

天気予報見ればよかった。

雨なんて知らなかったから傘持ってきてないよ。

朱チンは彼氏サンの持っていた置き傘とやらで相合い傘するらしく、何の心配もなく帰って行った。

いいなー彼氏。 あたしも欲しい。

 

 

 

 

 

「んあ、あー・・・じゃん。」

 

 

 

 

 

雨に濡れたのか、ちょっと湿った髪を掻き上げながら教室に飛び込んできたのは正真正銘の丸井。

こんな急にふたりきりの時間が訪れるなんて想像もつかなかったあたしは、口に放り込もうとしていたお菓子を持つ手を止めて、

間抜けにも口を開いたままあんぐりと目と口を開けて、教室に入ってきた丸井を見つめた。

やばい。 あたしどうしよう。

 

 

 

 

 

「あー!それあれだろぃ!?秋の新作!!」

「・・・・・・・・・・。」

「うまいウマイ!?俺きのう買おうと思ったんだけど持ち合わせなくてさー、諦めたんだよなぁ!」

 

 

 

 

 

ズカズカと満面の笑みを浮かべてあたしのもとまでやってくる丸井を、あたしは何か異物を見るような目で追っていた。

頭では何となくわかっているのに身体がついていかない。

どうすればいい? どうすれば普通に対応できる?

どれだけ問いかけてもあたしの頭はこれといってハッキリした対処法を生み出してはくれない。

そうこうしているうちに目の前には丸井。

目を輝かせながら、視線はあたしではなくお菓子へと向いていた。

ちょっと複雑な気分。

 

 

 

 

 

「・・・・食べる?」

「え、マジ!?食う!」

「どうぞ。」

「サーンキュっ!!」

 

 

 

 

 

あたしの前の席に座って袋からお菓子を取り出す。

そこから口に入れるまでは一瞬で、何だか見てて切なくなってきた。

何が悲しいかって、彼の目にはお菓子しか入ってないってのが一目瞭然だから。

ボリボリとお菓子を噛む音を立てながら「うっめコレ。」と賛美し、もうひとつ食べようと袋に手を伸ばす丸井。

あたしに遠慮もなしか。 二個目あげるなんて言ってないぞ。

 

 

 

 

 

「こっちの袋は?」

「これも新作で・・・・マロン味。まだ食べてないから味はわかんないけど・・・」

「食わねえの?」

「・・・・食べるけど・・・・・丸井が今食べたいんでしょ?」

「え、俺そういうつもりじゃなかったんだけど・・・・まあ開けてくれるってんなら食うっきゃねえしな!」

 

 

 

 

 

まだ開けるなんて一言も言ってないのにな。 と思いながらももう一つの新作お菓子の袋を手にとって開けるあたしは冷静を保ちながらも内心バクバク。

心臓の音が相手に伝わってないか心配で心配で心配で仕方がなかった。

袋を開けようとする手が僅かに震える。

やばい。 うまく開けられない。

若干、焦りながらもそれをなるべく表に出さないよう必死に努める。

そんなあたしの努力も無駄だったようで。

丸井は気づいてしまったのか、軽快な手付きでそれをあたしの手から奪い取り、「開けてやる」と言って袋を破いた。

 

 

 

 

 

「お、これ俺好きかも。」

「あたし微妙。さっきのイチゴがよかった。」

「おっまえ秋の味覚おかしいんじゃねえの!?普通はマロンだろぃ。」

「むっ、イチゴだよ。」

「栗だクリ。イチゴは冬のがうまいって。」

「・・・あ、確かにクリスマスあたりのケーキに載ったイチゴの方が美味しいかも。」

「だろぃ?だから今はクリ食っとけクリ。」

「でもこのお菓子はヤダ。甘い。」

 

 

 

 

 

半分齧ったお菓子を袋の上に置く。

口の中が甘ったるくて何だか気分が悪かった。

こんな砂糖の塊のようなマロンをよくもまあそんなに美味しそうにバクバク食べれるものだ。

しかも自分のではなく人のモノを。

何ども言うようだけど、あげるとは言ったけどそこまで食べていいとは言ってない。

まあもう食べないから後処理程度に食べてくれたらそれでいいけれども・・・・。

 

 

 

 

 

「勿体無ぇな。食い物粗末にすんなよ。」

「全部食べていいよ。もうあたしソレいらない。」

「ラッキー。じゃ、遠慮なく全部たーべよっ。」

「!、!?」

 

 

 

 

 

そう言って丸井が掴んだのはあたしの食いかけのお菓子。

一瞬にしてそれは彼の口の中に入っていって丸井の胃袋の中へと消えた。

嘘。 嘘、何それ。

何と言っていいのかわからないくらい混乱してしまったあたしに気づくことなく丸井は次なるお菓子を口へと放り込む。

今の世の中じゃ彼氏彼女じゃなくても間接キスくらい当たり前。

これくらい何ともないはずなんだけど・・・・・

どうしてだろう。

丸井相手だとそうも行かない。

 

 

 

 

 

彼の艶やかな唇に思わず目が行く。

時折、唇に付いたチョコを舐め取る舌。

鼻につく甘い香り。

もう、全てがあたしの思考回路を滅茶苦茶にして、自分でも何考えてるのかわかんないくらい動悸が激しかった。

 

 

 

 

 

「ごっそーさん。」

 

 

 

 

 

そう言って空になった袋をくしゃくしゃ丸めて立ち上がる丸井を目で追う事もできず、

あたしはただただコクリと首を縦に頷いただけ。

できるだけ表情を読み取られないように目を泳がせ俯く。

どうやったらこの場を逃げ切るか、あたしはもう狂ってしまった思考回路で必死に考えていた。

 

 

 

 

 

ふと、暗くなる視界。

甘い香り。

鼻が、擽られる。

 

 

 

 

 

「おーい、意識飛んでんぞー。」

 

 

 

 

 

何だか意地悪そうに笑みを浮かべた丸井の顔が目の前にあって、視界に赤い髪が揺れる。

ドキンと心臓が飛び跳ねてあたしは椅子ごと後ろに下がって顔を上げた。

 

 

 

 

 

でも、掴まれた腕を引っ張られ、無意識に立ち上がる。

 

 

 

 

 

「さっきから思ってたんだけど、の唇って美味そうだよな。」

 

 

 

 

 

ニタリと笑った顔に釘付けになって、

見開いた大きな目にはもう彼の赤しか映らなくって、

 

 

 

 

 

気がつけば齧り付かれたあたしの唇。

赤く 赤く 赤く

 

 

 

 

 

甘かったはずの唇は、いつしか鉄の味がした。

 

 

 

 

 

「うん。やっぱ甘ぇ。」

 

 

 

 

 

満足そうに自分の唇をぺろりと舐めた丸井はそのままもう一度そっとあたしの唇に触れる。

ちゅっと音を立てて離れる優しいキス。

離れた彼の下唇に、あたしの真っ赤な血液が付着して、何だか美味しそうだった。

 

 

 

 

 

あたしも、何かにとりつかれたように彼の頬に手を伸ばし、そっと唇に齧り付く。

甘くなんてない。

ただ、あたしの鉄の味。

口の中に広がるその味は、あたしの口から出た血なのか、丸井の下唇に付着したあたしの血なのか、同じ味なので検討もつかない。

 

 

 

 

 

「こっち。」

 

 

 

 

 

ぐいっと頬を両手で包み込まれて引き寄せられる。

また触れた唇の間に入ってきた温かなモノ。

最初にした鉄の味がみるみるうちに甘く、とろけるような味がする。

さっきあたしがあれほど嫌だと言ったマロンの、甘い味。

 

 

 

 

 

「どう? トキメいた?」

 

 

 

 

 

自信満々な表情であたしから離れていく丸井。

外の激しい雨音が、その小さな足音を消していく。

 

 

 

 

 

机の上に無惨に散らばったお菓子と、

教室にぽつんと佇むあたし。

 

 

 

 

 

自分の机の中をごそごそと探って何かを取り出したあと、ドアに向かって歩き出す彼。

その背中を目で追っていると、くるりとドアの前で振り返る。

 

 

 

 

 

「ごちそーさま。 またシクヨロ。」

 

 

 

 

 

高鳴る鼓動に、

雨音に、

廊下に響く彼の足音。

 

 

 

 

 

口の中に広がるのは鉄の味なのに、

舌先に残るのは彼が食べたマロンの甘さ。

 

 

 

 

 

あのままいっそ、殺してくれればよかったのに。

キスで、その甘いキスで。

張り裂けそうな胸を、そのキスで思う存分切り裂いてくれればよかった。

キスで、その齧り付くキスで。

あたしを殺してくれれば ・・ ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼の気持ちに気づくことなんてなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2007.10.19 執筆

ブン太は主人公が好きだったと取ってくれてもよし。

その反対もよし。

ハッピーでとるかバッドでとるかはアナタしだい。