今この空に舞う、花火が落ちたら。
空から落ちてきた花
「あ、始まった。」
空はもう日頃とは打って変わった輝きを放ち、ドンドンと次々に打ち上げられる花火の鈍い音が遠くに聞こえてくる。
私はまだ、この花火を誰かと見たことがない。
毎年恒例ともいえるこの日は、カップルが仲良く空を見上げて・・・なんだろうけど私には関係のないこと。
今年こそはと思っていたけど、今年も難無く花火はひとりでに始まってしまった。
「アイツも、今頃は彼女と見てんのかな。」
家の窓から空を見上げる。
七月始め。
私の好きな人に彼女ができた。
それまでは私と仲が良かったのに、アイツは告白されて付き合い始めてしまった。
その時点で私はもう今日の花火は諦めていたんだと思う。
それからもちょくちょくアイツと馬鹿やって夏休みになっちゃって、私はアイツと彼女の存在を忘れていた。
いや、忘れようとしてたんだ。
だって、本当だったら私がいたかもしれないそのポジションに、私じゃない誰かがいる。
私がもう少し早くに勇気を出してたら、きっとこんなに後悔はしてなかっただろうから。
悔しかった。
ずっと、ずっと好きだったのに。
『お祭り行きたい花火見たいー!』
夏休み前日、私がそう叫ぶとアイツは楽しそうに笑って言った。
『行きたいなー。だったら8月最初にある花火、一緒に行こうぜぃ!』
『え?』
『あれ、何か予定あった?』
首を傾げるアイツに私はおもいっきり顔を顰かめたよね。
だってアイツ、彼女いるくせに私を誘ったんだ。
冗談でも、言わないでほしい。
どうせ今、花火見てる隣には彼女がいるんでしょ?
でもね、あの時私が『行こう』って言ったらアンタはどうしてたわけ?
彼女ほっぽらかして私のもとへ来てくれた?
「ふざけんじゃないよ。ブン太なんて・・・大嫌い。」
ベランダの向こうの真っ黒な空に、何度も何度も花火が舞う。
音が、うるさい。
私にとっては煩わしい。
全て枯れ落ちてしまえばいい。
早く、早く。
ピピピピピピピピ
鳴り響く携帯の着信音。
面倒臭くも手に取るとディスプレイに『丸井のブタ』が表示されている。
驚きのあまり、携帯を、ベランダから滑り落としてしまった。
「きゃー買い替えたばっかなのに!!」
ガシャンと下の方で音がして、目から涙が零れ落ちた。
何に泣いてんだろう私。
もう、全てが鬱だ。
結局ブン太の電話にも出れずに花火は終盤を迎えていた。
「彼女と花火見てる時に他の女に電話すんなよ馬鹿ヤロー!!」
迷惑も考えずにただ思ったことをそのまま叫ぶ。
ジャリっという地面と靴の擦れ合う音が聞こえて下を見る。
きっとこの家に住む子の頭は可笑しいと思われたに違いない。
いまさらながらに一軒家だったことを恨んだ。
「それって俺のこと?」
だけど返ってきたのは予想外の言葉で、予想外の奴の声。
私は自分の耳と目を疑った。
あれ、アンタ誰?
「俺のこと?って聞いてんだけど。」
「そ、うだけど・・・・。」
「俺彼女と花火なんて見てねえよ?」
つかいねぇし。と笑って言うブン太を、思わず目を見開いてマジマジと見つめてしまう。
というか見下ろしてしまう。
何?
え?
彼女いない?
あれ?
「俺はー夏休み入ってすぐフリーに戻ってたんですけどー。」
「・・・・・・・だから何よ。」
「別に?・・・それよりこの可哀想なことになってる携帯お前のじゃね?」
「落ちたの。びっくりして。」
「あ、もしかして俺のせい?」
「もしかしなくともお前のせいだ。」
お前とか言うな可愛くねえの!と言いながら私の携帯を拾って少し上から見下ろしている私を見上げた。
「降りてこいよ」と言われたのでとりあえず涙で濡れていた目を擦って一度家の中へと入る。
そしてすぐ階段を駆け下りてブン太の待つ家の前まで走って出た。
「電話出なかったからてっきり誰かと花火見に行ってんのかと思った。」
「まさか、私今年は勉強で忙しいの。遊んでらんないの。」
「うっわ寂しい奴!外部受けるからそうなるんだっつの。」
そう。
私は今年で立海を出て行く。
外部受験して、みんなと離れ離れになる。
エスカレータ式をきちんとご利用するブン太達と違って、私はれっきとした受験生なのだ。
花火なんて、見てらんないんだ。
そう、言い聞かせて今日まで家に篭ってた。
「なあ。」
「ん〜?」
花火がブン太を上から照らし、また空へと消えた。
ブン太は空を見上げながら、寂しそうな表情を浮かべて、私の名を呼んで・・―――――
「俺の彼女になって。」
好きなんだ。
そう言った。
その声は震えていて、私の体も震えていた。
だって、だってブン太が?
どうして?
夢?
「本当はもっと早く言うつもりだったんだ。」
「・・・・・・じゃあどうして・・・」
「自信がなかった。断られたらって思って・・・・言えなかった。」
そしたらアイツに告白されて、何となく付き合ったんだけど、やっぱこれじゃダメだって思って別れたんだ。
と、衝撃な事実を次々に告白され、私はただそれに頭がついていかず、頷くしかできなかった。
「で、返事は?」
「・・・・・・・・・・ムカつく。」
「はあ!?」
ブン太が顔を顰めて私を見つめた。
嬉しくて、だけど何故かイライラする。
そのイライラはいつしか止まらなくなって、暴言となってブン太にぶつかった。
「私がどんな思いして今日まで過ごしてきたと思ってんのよこのデブ!!!」
「デブってねえよ!!つか何だよ!何で怒ってるわけ!!?」
「私はアンタが彼女作る前から好きだったっつってんのよブタ!!」
「ブタじゃねえっつってんだろ!!?・・・・って、ええ!?」
ブン太は我に返ったように目を真ん丸くした後、「・・・・・マジかよ」って言って顔をそらしてしまった。
ああ、マジだよ大マジ!!
ほんっとムカつくんですけど!!
何この男!
今さら何なのよ!!!!!!
「。」
「何?」
「マジごめん!!」
そう言って私に頭を下げるブン太。
でも次の瞬間「ってことは俺ら初めから両想いってわけでこれで一件落着だな!」なんて
相変わらずの自己中っぷりに思わず私は仕方ないと溜め息を吐いた。
「・・・・・・・そうだね。」
「うわー冷めてんな今日のお前。」
「誰がどうやってこのテンション上げれるって言うの!?バカじゃないの!?」
「ぷぷっ、まあそう怒んなって!」
ブン太は小さい子どもをあやすように遠慮なく私を抱きしめた。
怒っていたはずの私もこの時ばかりは胸がドキドキする。
が、私、確か今ラフな格好をしすぎてブラジャーすらつけてなかった気がする。
うん。だってなんだか胸元スースーするもの。
それに気づいたのか、ブン太も気まずそうにゆっくりと体を離した。
「・・・・・・お前、バカじゃねえの?」
「いや、暗いし抱きつくなんて思わなくて・・・つい。」
「どんな時だって外出る時は下着をつけろ!!バカ女!!」
「ちょ、ブン太声でかいよ!!バカはお前だ!!!」
バカみたいに騒ぐ私達の空にはもう花火はなかった。
だけど私の花火は地上にあった。
ねえ、ブン太。
私の立海生活最後の花火は、アンタだったんだ。