暑さのあまり、思わず自分を見失いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の誘惑

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暑いなー。

部室にクーラーほしいなー。

なんて思いながら団扇で自身を扇ぎ、椅子に座って窓の外を眺めている私。

 

 

最近めっきり夏が姿を現したこの暑さで体調を崩してしまった先生が急遽休みになった。

そのため授業が自習というなんとも嬉しいことになったため、始めの出席だけ取ったあと、

クーラーが故障中の教室ですし詰め状態にされるより、誰もいない部室でサボっているというわけなのだ。

が、

 

 

 

 

 

「あー、何か食い物持ってねぇの?食い物。」

 

 

 

 

 

何故か同じクラスの丸井ブン太もここにいる。

暑い暑い暑い。

人がひとり増えると室温も上がるわけで。

しかもコイツ、髪が赤いからさらに暑苦しくて見てるだけでもイライラする。

そのうえ極めつけに煩いときた。

あー出ていってほしい。

ひとりになりたい。

 

 

返事するかわりにギロリと睨んでやると奴は肩を竦めた。

 

 

 

 

 

「何だ、何も持ってねぇのかよ。役立たずだな。」

「溶けたチョコレートなら私のロッカーに入ってますが、どうぞ?」

「いらねぇっつの。んなもん早く捨てろよ馬鹿。」

 

 

 

 

 

そう言うとブン太は立ち上がって私に近付いてくる。

や、やだ来ないでよ。

暑い。暑い!

今私の半径2メートル以内に入って来ないで!

ちょ、ほら!今すっげぇ汗掻いた!

この瞬間にかなり汗掻いたんだってば!

 

 

しかしそんな私の悲痛な叫びもお構いなしにブン太は私の目の前までやってくると、口元に笑みを浮かべて立ち止まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「二人っきりだな、。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ひぃ!

だったら何!?

だったら何!?

 

 

そうだ。

暑さのあまり忘れてた。

 

 

私はこの男にセクハラされて早二年。

一年の時同じクラスになって偶然前後の席になって意気投合してマネージャー誘われてマネージャーになって。

それで何故か二年も同じクラス。

今は三年になったばっかだけど(つってももう七月か)三年もまた同じクラス。

腐れ縁だ。

 

 

部活では着替え覗かれるし

(ブン太いわく部室で着替えてる方が悪いらしい)

(んなこと言われても入部した時から先輩のマネージャーだってここで着替えてたわけだし)、

 

 

教室では席がブン太の前の時なんかは後ろからブラのラインなぞってきたりするし

(前に一度外しやがったこともあったな)(あの時はさすがにキレた)、

 

 

胸触られたりお尻触られたりなんてしょっちゅう。

ブン太に言わせてみればそれは過度なスキンシップなのだそうだが明らかにそれを世間一般ではセクハラと呼ばれていることをコイツは知らないのだろうか。

 

 

それに何で私?

ブン太ならもっと他にたくさんいるでしょう。

ブン太にセクハラされたいって少し変わった願望を持った方は必ず存在すると私は思うのだけど。

だからできることなら他をあたってほしいのだけど。

切実に。

 

 

 

 

 

「あの、暑いのですがブン太君。離れやがれコノヤロウ。」

「んーの肌ってホントにすべすべだよなー。」

「暑い擦るな触るな近寄るな!それと聞け!!」

「暑いんだからそんな怒んなよ。発熱するぞぃ。」

 

 

 

 

 

私に抱き着いて頬を撫でるブン太に底知れぬ不快感を感じる。

鳥肌と滲み出る汗が私の肌に浮き出てきてるってのにそれでもブン太は「すべすべ」と言いながら撫で続ける。

触れ合ったお腹が熱い。

というか暑い。

冗談抜きで蒸れてきているのがわかる。

真剣にブン太がうざかった。

 

 

 

 

 

「暑い暑い暑い暑い暑い暑い!!」

「ちょ、耳元で叫ぶなって!鼓膜破れるだろぃ!」

「だったら今すぐ離れろ!」

「やだね。俺まだ肌しか触ってねぇじゃん。」

「ふざけんな!まだって何だまだってぇえ!っつか肌も触んな!」

 

 

 

 

 

ブン太の腕の中で暴れ出す私を何食わぬ顔で阻止するブン太。

私の腕を掴んでいた手の力が少し強くなって私は顔をかすかに歪めた。

 

 

 

 

 

「んじゃ、今日は早く離れてやるからそのかわりキスな。」

「どういう思考回路してんのアンタ。」

「超濃厚なキスさせてくれたら離れてやるって、な?」

「ああ、暑さで頭ショートしたんだ。殴ったら治るかな。」

「ちょ、おい!タンマ!グーかよグー!」

「なんだ、人の話聞こえてるんじゃん。張り倒されたいの?」

 

 

 

 

 

構えた私を見て慌てだすブン太を睨み付けると「暴力反対!」って言って握り締めていた手をとられた。

その瞬間、奴はさらに笑顔になって噛んでいたガムを近くに吐いた。

 

 

 

 

 

「吐くなぁぁああ!」

「いいじゃん。あとで拾っといてくれれば問題ねぇって。」

「自分で拾え!」

「まあまあそうかっかすんなって。ムードねぇなお前。」

「何のムードよ何の!!」

「何ってそんなの決まってんじゃん。わっかんねぇの?ちゃん?」

 

 

 

 

 

にやりと、口元に嫌らしい笑みを浮かべて私の額に自らの額をくっつける。

顔と顔の距離が近くて、鼻と鼻が触れ合う距離。

不覚にも高鳴る鼓動に自分をブン殴ってやりたくなった。

 

 

何してんだ

この女癖が悪いと噂のブン太にときめいててどうする!

こんなの私をからかって喜んでるブン太のお遊びにすぎないんだから!

だから早くコイツを引きはがすのよ!

でも、でも思いとは裏腹に手に力が入らな・・・・

 

 

 

 

 

「ん・・・」

 

 

 

 

 

頭の中でいろいろと考えているうちにあっさりと唇を奪われてしまった私。

間抜けだ。

 

 

震える私の手に気付いたのか、ブン太は軽く触れるだけで終わらせて私の手をじっと見ていた。

ゆっくりと視線が私へと移る。

「バーカ冗談なのに怖がってんじゃねぇよ!」とか言われると思った私は泣き出しそうになる自分に気合いを入れるため、ぎゅっと口をつぐんだ。

だけどなかなかブン太から皮肉った台詞は出てこないので、不思議に思った私は恐る恐る視線をブン太に向けた。

ブン太は、私の思い描いていた表情とは違い、情けなく眉を下げて困った表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

「・・・んな、怖がんなよ。」

「え?」

「好きな女に拒まれるって・・・マジ堪えるから。」

「は?」

 

 

 

 

 

片手で額を押さえて俯いてしまったブン太に間抜けな声を出す私。

思いがけない展開に頭がついていかない。

ブン太が、私を好き?はい?

 

 

 

 

 

「お前は何?俺のこと嫌いなわけ?」

「・・・いや、別にそういうわけでは・・・っつか急過ぎてよくわかんな・・・ん・・・」

 

 

 

 

 

今度は噛み付くようなキスに言葉を遮られる。

ちゅっと音を立てて離れた唇をブン太はぺろりと舐めて不敵に微笑んだ。

私は驚きのあまり目をパチパチと瞬かせ、熱を帯びた口をぽかんと開けたままブン太を見つめていた。

 

 

 

 

 

「その先はまだ聞きたくねぇから。」

「はあ?何勝手なことぬかして・・・」

「悪ぃけど、俺の耳は好きって言葉しか受け付けねぇんだわ。」

「す、・・・はあ!?」

 

 

 

 

 

頬を両手で挟まれて至近距離で見つめられる。

こんな真剣な目をしたブン太は見たことがなくて、私はどうしたらいいのかわからなかった。

そんな頭の中と比例するように高鳴る鼓動。

ドキドキが止まらない。

今ブン太に聞こえていないかだけが心配で、必死に鳴り止めと自分自身を叱り付ける。

だけどそんなことは承知の無意味で、ブン太の顔がまた私に近付いてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺、が好き。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

耳に触れる甘い声に、私はいつの間にか暑さというものを忘れつつあったそんな初夏の昼下がり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2007.07.09 丸井ブン太

暑さのあまりつくってみた☆