I NEED YOU ・ THREE
「――――・・ッしまった!」
目を覚まし、時計を見上げればもう十一時を過ぎていた。
との約束の時間は七時。
急いでベッドから飛び降り、鞄を掴むと。
俺の腕を瞼を腫らした美咲が掴んだ。
「帰っちゃダメ・・・。」
掠れた声が耳を抜ける。
強く掴まれた腕が震える。
美咲の目は真っ直ぐ俺を見据えていて。
居心地が悪かった。
「私、彼女でしょ?ブン太、私の彼氏でしょ!!?」
最後の方は叫んで俺を睨み上げる。
胸が。
痛くて。
苦しくて。
自分がどんなに馬鹿だったか。
痛いくらい思い知らされた。
「・・・ごめん俺。」
湧き出てくる想いに。
止まらない感情。
俺は自分でも知らないうちに・・――――
「お前の期待に答える自信、ねえや。」
こんなにもが好きだったんだ。
たまらなく。
たまらなく好きで。
誰にもとられたくなくて。
好きで。
好きで。
好きすぎて。
気付かなかった。
盲目の恋。
「別れよ。」
ずっと自分のものだと思ってた。
の気持ちは俺のものだと思ってた。
だから実際、誰かにとられるまで気付かなかった。
愚かだ。
笑われてもいい。
悔しいけど俺は愚かで、馬鹿だった。
走って帰って来た俺は急いでインターホンを鳴らす。
しばらくして出てきたのはではなく。
「遅かったの。ブン太。」
――――・・仁王だった。
雨に濡れた俺は傘なんて持ってなくて。
へばり付く前髪から滴り落ちる雨の雫を顔に伝わせながら仁王を睨む。
仁王は上半身裸で、首からタオルをかけていた。
「・・・に、何もしてねえだろうな?」
「そういうお前さんはナニをしてきたんか?」
真顔で。
ただ真顔で俺を見る。
睨む俺に怯みもしない。
「してねえよ。何も。」
「・・・へえ、意外じゃね。」
「で、してねえんだよな?」
「さあ?どうじゃろう。」
くくっと喉を鳴らして笑う。
仁王は「じゃ、俺は帰ろうかの。」と玄関に置いてあったシャツをとり、それに腕を通してボタンをしめ終えると鞄を担ぎ、
傘を一本傘立てから抜き取ると俺の隣を通り過ぎて行った。
開いたドアから差し込む光が。
仁王の背中を照らしていた。
『・・・・きのうの返事、聞かせて。』
帰り道。
絡める手がぴくりと動いた。
手を繋いだのは俺から。
目を見てお願いと言えば渋々承諾してくれた。
はお願いすると断れないタイプだと、俺は知っていたから。
『・・・・・・・。』
『丸井は今日、たぶん帰ってこんよ。』
『え?』
顔を上げる。
の目はゆらゆら揺れていて、酷く泣きそうになっていた。
丸井が何故帰ってこないのか、簡単に想像がついたのだろう。
繋がる手が、震えてる。
『・・・いつまでも、このままでええんか?』
容赦なく揺さぶりをかける。
は黙り込んで目を伏せた。
傷つけている。
わかってる。
だけどこうでもしないと先へは進まないのも確か。
俺は手段を選ばず自分のためになる方法をとってしまった。
それがを傷つけたとしても。
俺は、間違ってはいないと思う。
『・・・・そう、だよね。』
ぽつり。
声を漏らす。
俺はそんなを見下ろした。
『ダメだよね。・・・いつまでも待ってたって・・・意味ないもんね。』
『・・・。』
『わかった。じゃあこれを最後にするよ!』
痛い。
無理して笑うの笑顔が。
俺の良心を痛く揺さぶった。
胸が。
痛い。
はち切れそうに。
痛い。
『もし今日、ブン太が帰って来なかったら・・・私、諦める。』
もう一度。
自分に言い聞かせるかのように呟く。
信じることしか出来ない僅かな希望にかけて。
眉を下げて笑うは、俺と約束を交わした。
もし今日中に丸井が帰ってこなければ俺と付き合う。
これが、が俺に持ちかけてきた、たった一つの駆け引きだった。
「俺の、負け。」
あの丸井の目。
きっともう気付いとった。
自分が誰をどれだけ好きで大切か。
失うまで気付かないとはよく言うものだけど。
まさか本当にそうだったとは。
「馬鹿じゃの・・・丸井も、俺も。」
手に入らないとわかっていて。
最後に少し悪あがき。
それもまた、いつか笑って話せる日がくるまで、今はまだ少しだけ。
少しだけこのままでもええじゃろ。
テーブルの上にはラップがかけられた料理の数々。
そのどれもがまだ手が付けられてなくて。
俺と、。
二人分が用意されていたままだった。
待って・・・たんだな。
俺を。
「・・・?」
俺は辺りを見回しながらリビングの奥まで歩き、そこにあるソファーの上を覗き見る。
そこには静かな寝息を立てながら眠るの姿があった。
息を呑む。
キャミソールに短パンと、ラフな恰好。
これじゃあ仁王と何かあったか・・・わかんねえ。
「・・・・、起きろ。」
左側に回り込んでしゃがみ込み、軽く肩を掴んで揺さぶってみる。
鼓動が妙に早くて。
うるさくて。
は小さく寝返りをうつと小さく唸って眠たそうに目を擦った。
「ん・・・に、お・・くん?」
胸が。
痛い。
どうして俺じゃねえの?
何で仁王の名前を呼ぶんだよ。
いつも側にいたのは俺なのに。
いつもお前の中にいたのは俺なのに。
どうして。
何で。
俺じゃない?
「―――・・あ、ブン太!」
「うるせえ!」
「きゃ、んや!何!?」
の腹に顔を埋める。
痛くて。
ただ胸が痛くて。
泣きそうになるのを必死に堪えて。
震える肩を震えないように。
震えないように必死に力入れて。
状況を理解しきれていないはただ驚いた表情のまま体を起こし、黙って俺の頭を撫でた。
「何か・・・あったの?」
コイツはそう。
何も知らない。
俺が何を思って今ここにいるのかも。
何が俺をこうさせているのかも。
俺が、彼女よりが好きなんだってことも。
「・・・・何か言ってよ。じゃないとわかんない。」
そんなの言えるわけがない。
ただが俺を好きじゃないと嫌だとか。
俺意外の奴にとられるのが嫌だとか。
いつまでも俺のものじゃないと嫌だとか。
・・・・・・・・・・・言えるわけがない。
ダサくて、ガキで、我が儘で、自分勝手なそんな台詞。
言いたくねえよ。
「・・・仁王と、付き合ってんの?」
「え?」
「今日、手・・繋いでたし。」
「・・・見てたの?」
「うん。で、付き合ってんの?」
目なんか絶対合わせられない。
俺は俯いたまま掠れた声で、胸の痛みに耐えながら言葉を紡ぐ。
怖い。本当は聞くことすら怖い。
の口から、聞きたくない。
仁王と付き合ってるなんて言われたら俺・・・。
だけど聞かないと始まらない。
何も、動けねえんだ俺は。
小刻みに呼吸をしながらの返事を待つ。
顔は見れないけどたぶん今のはものすごく驚いた顔をしてると思う。
なんか知んねえけどそう思う。
が、俺の頭から手を退けて自分のお腹の上で手を組んだ。
「・・・付き合ってないけど?」
「―――・・え、マジ?嘘だろぃ?」
「嘘じゃないよ。・・・告白はされたけど。」
最後に付け足された言葉が胸をえぐる。
わかってはいたけど、覚悟はしてたけど辛かった。
俺にどうこうする権利なんてさらさらないけど嫌でたまんなかった。
・・・俺どんだけ嫉妬深い男なんだよ。
自分が嫌になってしまいそう。
自己嫌悪。
この言葉が今の俺にはぴったりだった。
「そういえばブン太、遅かったね。ご飯は?」
相当俺は辛そうな、嫌そうな顔をしてたんだろう。
はわざと話を変えた。
だけどダメだ。
今ちゃんとしとかなきゃ。
今、今言わないと。
間に合わなくなりそうで。
「遅くなったのは・・・アイツと別れてたから。」
「・・・アイツって・・美咲ちゃん!?」
「そう、別れた。ついさっき。」
「何で!?」
んな顔すんなよ。
んな泣きそうな声で俺を見んなよ。
俺まで・・・泣きたくなる。
「好きな奴ができたから。」
「・・・・・好きな、人?」
「いや、もともと好きだった奴がいたけど・・・気付かないふりしてた。でももうダメ。」
無理なんだ。
知ってしまったから。
どれだけ自分にとってが大切か。
痛いほど身に染みて実感したから。
今が、限界。
「俺、お前じゃなきゃやっぱ無理。」
「な、何?どうしたのブン太?」
「俺が好きなのはだっつってんだよ!」
手を握って真っ直ぐ目を見る。
目なんて反らさせてやんない。
俺だけ見てればいい。
誰も、見んな。
「・・・勝手だね、ブン太は。」
「!」
「ズルイよ。」
目は反らさずにポツリと漏らすの台詞に俺の全身が反応を示す。
「私の気持ち知ってたくせに知らないふりして違う子のところに行っちゃうくせに・・・こんな時に戻ってくるなんて・・ズルイ。」
「・・・・ッ。」
震えながら吐くの言い分はもっともで。
否定なんてするところはどこにもない。
返す言葉もなかった。
「・・・だけど、何でかな・・」
の頬に堪えきれなくなった涙が伝う。
ひとつ、ふたつ。
落ちゆく涙。
の手を掴む俺の手の甲に落ちては弾けた。
「嬉しくって・・・怒れない。」
悔しそうに唇を噛み締めるが愛しくて。
ただ心から愛しくて。
大切で、手放したくなくて。
繋いでない方の手での頭の後ろを抱え、俺の方に引き寄せた。
そして勢いよく唇に貪りつく。
何度も何度も。
ただの感触を確かめるように。
好きだ、。
「で、何で仁王がここにいたわけ?」
かなり遅くなってしまったご飯の時間。
冷たくなったおかずを温めなおし、テーブルの上へと並べる。
あと7時間もすればお互いのお母さんが帰ってくる。
ブン太はお箸で肉を掴んだかと思うと、私をギロリと睨み上げて来た。
ちなみに今日、ブン太はこのまま私の家に住み着くらしい。
風呂も入り、この前私の部屋に置いて帰っていたブン太のTシャツと短パンに着替え、もう立派な居座りモードだ。
寝床はもちろん私のベッド。
いや、別に何もしないけどね。
「雨が降ったから・・・濡れたまま帰すわけにいかないじゃん。だからお風呂貸してあげたんだよ。」
「風呂貸しただあ!?」
「な、何よ!だって風邪ひいたら困るじゃない!」
「・・・・マジかよ。」
テーブルに肘をつき、額に手をあててはぁーと深く溜め息を吐く。
何よ、何か私が悪いみたいじゃん。
親切なことじゃん。
いいことしたんだよ私!
「(・・・仁王も、我慢してたんだな。)俺、同情しそう・・・。」
「誰に?」
「仁王に。」
「何で!?」
「べっつにー。それよりさ、お前俺以外の男に手料理食わすなよ。」
ふんっと鼻を鳴らして黙々とご飯を食べ始める。
「お、うめぇ。」なんて呟かれたもんだから思わず顔が綻んだ。
「何でダメなの?いいじゃん別に。」
「ダメ!ぜぇーったい食わすなよ!」
「何でよ!理由言ってくんなきゃ納得できない!」
私が負けじと睨み返すとブン太は箸を口にくわえたまま、居心地が悪そうに私から視線を反らした。
そしてぽそりと聞こえるか聞こえないかの小さな声で呟く。
「・・・お前の料理食わしたら・・すぐ惚れられちまうから。」
ほんのり頬を染めて「はっずい!俺キモ!」って叫ぶブン太を見て、私は何となく嬉しくなって笑った。
夢みたいで。
まるで夢の中にいるみたいで。
だけどやっぱり現実で。
ただこの幸せがいつまでも続けばいいと、願うだけ。
大好きだよ、ブン太。
ただ、今の時間が続けばいいと・・―――――
- FIN -