好きだと、そうひとこと言ってくれれば

全てはうまくいったはずなんだ。

 

 

 

 

モノクロームサイレンス

 

 

 

 

「チィーッス!切原赤也ただ今参りました!!」

 

 

 

 

 

彼が今日もまた。

あたしの世界を鮮やかな色へと塗り替える。

いつもうるさくて騒がしくてトラブルメーカー。

気がつけば、彼はあたしにとって無くてはならない存在になっていた。

 

 

 

 

 

「遅い!同じクラスのはもうとっくにマネージャーの仕事に取り掛かってるんだぞ!」

「げっ、す、スンマセン!!」

「謝る前に赤也、今日は何をしてたんだ?」

 

 

 

 

 

怒鳴る副部長に頭を下げる切原に、それを冷静な落ち着きで対処する柳さん。

これ、よく見る光景。

切原は何かにつけてよく遅刻する。

調子に乗った時なんかは「主役は遅れて登場するもんっしょ!」なんて言って副部長にどつかれてる。

ほんと、懲りないバカ。

 

 

 

 

 

だけど、そんな奴を好きなあたしはもっとバカ。

こんな地味で報われないマネージャーなんて仕事を文句を言いながらも続けているのはアイツ、切原がいるから。

できるかぎり切原の近くにいれるように、あたしはマネージャーというポジションを保ってきた。

好きなんて言わない。

気持ちを伝えることなんてできない。

だってあたしはアイツに嫌われてるから。

嫌われてるのに好きっておかしな話だけど、気付いた時には遅かったんだから、しかたないじゃない?

 

 

 

 

 

「おい!お前、副部長に俺が再テスト受けてたって言っただろ!」

「言ったよ?だって赤也はどうしたって聞かれたんだもん。」

「そういう時は掃除とか何とか言えよ!お前いい加減にしねえとマジで潰すよ?」

 

 

 

 

 

ギロリと睨み付けてくるその瞳に少しばかり怯む。

切原が遅れた原因はそう、英語の再テスト。

今日の二時間目に行われた英語の小テストで0点をとった切原ただ一人が先生の監視付きで放課後再テストとなった。

いくら切原が英語ができないと言ってもけっこう簡単だったうえに出るところを先日予告していたにも関わらず、

1点も取れなかったことに先生は少なからず怒っていた。

それを切原の遅さに痺れを切らした副部長に尋ねられ、

嘘偽りなく伝えたことに切原はあたしに対して怒りを覚えているらしい。

さっき副部長と柳さんに挟まれてかなり怒鳴られてたもんね。

 

 

 

 

 

「いい加減にって・・・別にあたし悪いことはしてないもん。」

「は?何?自覚ねぇのかよ。毎回毎回お前余計なことばっかしてんじゃん。」

「してません。でも結局悪いのアンタじゃん。遅刻でも何でもしなきゃいいだけの話でしょ?」

 

 

 

 

 

冷めた瞳で言い返してくる切原に負けじとあたしも言い返す。

だけどあたしのボトルを握る手は汗で滲んでいて、胸は悲鳴をあげるほど苦しかった。

どうしていつもあたしだけこんな態度ばっかりとられなきゃなんないの?

もっとクラスの女子みたいに優しく接してほしいだけなのに。

どうしてあたしだけ、いつもこんなに尖った言葉で傷つけていくの?

好きになれなんて言わない。

だけど、

 

 

 

 

 

「・・・ホント、マジ可愛くねぇの。お前。」

 

 

 

 

 

そんな、冷めた瞳であたしを見ないで。

嫌いに、ならないでよ。

お願い、嫌いに、ならないで。

 

 

 

 

 

「・・・・ご、めん。」

 

 

 

 

 

俯いたまま掠れた声でそう呟くと、あたしは部室を飛び出した。

これ以上傷つけられたくなくて。

これ以上嫌われたくなくて。

切原の前で、泣きたくなんてなくて。

 

 

 

 

 

あたしも切原も意地っ張りなうえに素直じゃない。

そう前にブン太さんに言われたことがあった。

その時は「はあ・・・。」とよくわからないと言った感じに適当に相槌をうっておいた。

確かにあたしは素直じゃないし意地っ張り。

 

 

 

 

 

だけど切原はどうだろうか。

物凄く感情を剥き出しにした、まさに素直とも言うべき敵意を丸出しにしてそれをあたしに向けているじゃないか。

これを素直じゃなくて何と呼ぶ?

感情を隠すことをしない、まさに地の自分をさらけ出している切原。

これのどこが素直じゃなく意地っ張りだと言うのですか、ブン太さん。

あたしには、理解しかねます。

 

 

 

 

 

きのうはあれから切原と話すことなんてなかった。

あたしから避けてたのもあったけど、どうやら切原からも避けていたもよう。

少し、傷ついた。

 

 

 

 

 

「あ、ちょっといい?」

 

 

 

 

 

放課後、きのうと違い、HRが終わった後真っ先に教室を飛び出して行った切原のあとを追うべく

あたしも椅子から立ち上がった時。

後ろの席の桐山君が声をかけてきたので仕方なく振り返った。

 

 

 

 

 

「なに?どうしたの?」

「あー・・・ここじゃちょっと・・・あ、中庭までいい?」

 

 

 

 

 

周りを見渡し、頬を掻く桐山君を見て、あたしは悟った。

自惚れとか言われるかもだけど、たぶんあってる。

初めてじゃないし、こういうのは大体雰囲気でわかるんだ。

桐山君とは最近席が前後なだけあってよく話してたし、気が合っていた。

授業中も勉強教え合ったり無駄話したりして結構仲が良かった。

切原に睨まれたり「先生、アイツ煩くて寝れないんスけど。」とか言って先生に怒られたこともしょっちゅう。

もちろん怒られるのは切原で、あたしと桐山君は注意程度だ。

「切原、寝るな!」とよく先生に頭どつかれたりしてさ。

 

鞄を持って中庭に来ると、桐山君は一度深呼吸をしてあたしの目を見つめた。

 

 

 

 

 

「あんさ、俺・・・が、好きなんだ。」

 

 

 

 

 

ほら、きた。

あたしは何て言えばいい?

あたしはどうすればいい?

切原が好きなあたしだけど、いくら切原を思ったってふたりの未来はない。

だったら今ここで桐山君と新しい気持ちでスタート切るのも悪くないんじゃないだろうか。

なんていろいろ複雑な気持ちがあたしの頭の中で葛藤を始める。

あたしが何か言おうと口を開きかけたその時だった。

桐山君の背後で、人がいる足音がした。

 

 

 

 

 

「あ、ブン太さん!」

「よ、よう!ちゃん。・・・もしかして俺、邪魔しちゃった?」

 

 

 

 

 

苦笑いを浮かべて肩を竦めるブン太さんに何事だと振り返る桐山君。

そういえば前にここ、部室行くのに1番近い近道だってブン太さんが自慢げに話してたっけ?

しまった。ブン太さんに見られちゃったよ。

 

 

 

 

 

「あ、えっと・・・桐山君。返事は明日でもいいかな?」

「え、うん!全然気にしないでいいよ!」

「そっか、ありがと。じゃああたし部活行くね。」

「うん、頑張って!引き止めてごめんな。いい返事待ってるから。じゃあ。」

 

 

 

 

 

桐山君は手を振って帰って行った。

残されたあたしとブン太さんはお互い気まずそうに視線を絡めると、どちらからともなく歩き始めた。

 

 

 

 

 

「付き合うの?」

「え?」

「だから、今の奴と付き合うのかって聞いたんだよ。」

 

 

 

 

 

振り向くと、ブン太さんはガムを膨らましながら空を見ていた。

・・・・前を向いて歩いてくださいよ。

風に乗って香る今日のかおりはシトラスオレンジだった。

 

 

 

 

 

「・・・わかりません。」

「へえー、今回は迷ってんだ。意外、何で?」

「へへ、ちょっといろんな葛藤がありまして・・・。」

 

 

 

 

 

苦笑いを浮かべて地面を見る。

今までにも何回かあった告白。

いつもあっさり迷う事なく切っていた。

だってあたしが好きなのは切原だったから。

それは今も変わらないんだけど・・・限界ってものがあった。

希望のない未来に、ずっと期待できるほどあたしは我慢強くなんてなかったんだ。

 

 

 

 

 

「ふーん・・・ま、たまには思い切った行動に出てみんのもいいかもな。」

「はあ・・・そうですか?」

「おう、そろそろどっちかが動かなきゃずっと停滞したままだろぃ?お前ら。」

 

 

 

 

 

ガムをパチンと割って笑顔であたしの頭をわしわしと撫で回す。

ブン太さんはあたしにこうするのが好きならしい。

前に言っていた。

それよりもブン太さんは一体何の話をしているのだろうか。

その言葉の主旨を、あたしはまだ掴めないでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前、どうすんの?」

 

 

 

 

 

まだ、部室の明かりがついている。

誰かいるのかな、とこっそり中を覗くまでもなく少し開いた窓からもれるブン太さんの声。

相手は・・・

 

 

 

 

 

「どーするも何も、全部アイツ次第っしょ。俺じゃあどうすることもできねぇっスよ。」

 

 

 

 

 

切原だった。

財布を部室の机の上に忘れてしまったあたしは、仕方なく取りに帰ってきた。

しかしこうも深刻な会話をされてるといくらあたしでも入りづらい。

しかもあの切原が、ブン太さんと。

今入って空気を壊すのもどうかと思い、窓の下にしゃがみ込み、話が終わるのを待つことにした。

 

 

 

 

 

「そうだけどさ、このままじゃその桐山ってのにちゃんとられちまうぜぃ?いいのかよ、赤也。」

「・・・別に。」

 

 

 

 

 

何、何の話をしてるの?

あたし?

あたしと、桐山君の話。

 

 

 

 

 

「別にって・・・ホント今回はマジっぽいぜ?いい加減お前もホントのこと言えば全て丸くおさまるのによ。」

「絶ー対やだ。だってアイツ俺の前だけ可愛くねぇもん。他の男には色目使ってるくせに。・・・あーマジむかつく!!」

 

 

 

 

 

ガンッとロッカーを殴るか蹴るかした音が鳴り響く。

中から「物にあたんなよ。」って言うブン太さんの声が聞こえた。

それよりも、この会話は何?

あたしが他の男に色目使ってる?

使ってないわよ!

叫んでやりたい衝動を抑え、あたしは足元に生える草を握り潰した。

 

 

 

 

 

「だから、ソレはお前が悪いんだろぃ?もっと素直に接すればちゃんだってお前に普通に接するだろうよ。」

「・・・・それも何かやだ。普通は普通でやだ。」

「わっがままだなお前!どうやったらそんな我が儘に育つんだよ。」

「知らねっスよ。気が付けばこんなんでしたもん。」

 

 

 

 

 

切原がつく溜め息と、ガタンという椅子が動く音がしてすぐに部室の扉が開いた。

出てきたのはブン太さんで、一瞬目を見開くと何か思い出したかのように笑ってドアを閉めた。

 

 

 

 

 

「・・・帰るんですか?」

「おう。ちゃんは財布、だろぃ?」

「はい、机の上にありました?」

「あったあった。赤也の尻の横に落ちてらぁ。」

 

 

 

 

 

中の切原に聞こえないように声を潜めて話す。

ブン太さんは去り際に「な、素直じゃないだろぃ?」と笑いを含みながら耳元で囁いて帰って行った。

挨拶をし損ねたあたしはもう暗闇に消えてしまいそうな背中に小さく「お疲れ様です。」と呟いて立ち上がった。

 

 

 

 

 

ドアを開ける。

そこからもれた光に目を凝らす。

真っ直ぐ先の机の上に座っていた切原の見開かれた目とあたしの目がばっちりと合った。

 

 

 

 

 

「何、財布?」

「・・・え、う、うん。」

 

 

 

 

 

真っ直ぐ歩いて行くと切原のすぐ横にあたしの財布が転がっているのが見えた。

それを取ろうと手を伸ばすも、切原が財布を掴んでもう一方の手であたしの手を掴んだ。

鼓動が、大きく波打って速くなる。

 

 

 

 

 

「な、何すんのよ!」

「なあ、桐山と付き合うの?」

 

 

 

 

 

真っ直ぐ、反らされることのない大きな目。

息をすることさえ許してもらえないこの体勢に、あたしは思わず目を閉じた。

 

 

 

 

 

その瞬間、感じる唇の熱。

怖くて、目が開けられなかった。

 

 

 

 

 

そのまま立ち上がった切原にあたしはロッカーに押し付けられて何度も何度もキスを繰り返す。

何分、いや、何秒だろう。

ようやく離れた切原があたしのことをじっと見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前、やっぱ嫌い。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう捨て台詞を吐いて鞄を担ぎ、部室を出ていこうとする。

わけが、わからない。

あの部室での会話もわからないけど今のこの状況だってわからない。

どうしてキスしたの?

どうして嫌いなんて言うの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――・・素直じゃねぇだろぃ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あたしは、好き。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

言いたかったわけじゃない。

ただブン太さんの言葉を思い出したと同時に口が勝手に動いただけ。

切原は振り返ることなく前を向いたまま一度立ち止まり、そして何も言わずに出て行った。

 

 

 

 

 

私の目には色なんて映ってなくて。

彼が出て行ったこの部屋は無音。

アイツの考えてることなんて、今のあたしにわかるわけがなかったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でさ、返事。聞かせて?」

 

 

 

 

 

とうとうきた。

この時が。

今日一日避けて避けて避けてきた桐山君への返事。

 

 

 

 

 

あたしは中庭まで連れていかれ、校舎の壁を背にして立たされた。

あたしはまだ何も考えてなどいない。

考える余裕などどこにもなかった。

 

 

 

 

 

ただ、切原のことだけを考えて。考えて。

あのキスはただの嫌がらせだったのかとか、切原は本当にあたしのことが嫌いなのか、とか。

だけど考えても考えても答えは見つからなくて、仕方なく今までのことを考えて答えは、嫌われているんだと思うことにした。

あのキスは嫌がらせで、あの部室での会話も何か裏があって・・・。

そう考えると胸が痛くて涙が出そうになったけど、何だか今更な気がして泣くに泣けなかった。

 

 

 

 

 

「あたし、好きな人いるの。」

「・・・そっか。でも付き合っては・・ないんだよな?」

「うん、あたしソイツに嫌われてるから。」

 

 

 

 

 

必死に笑顔作って答えるけど実際声に出してみるとやっぱり何だか虚しくて、立ってる足が震えた。

桐山君は何か考える仕草をしたあと、ニッコリ笑ってあたしの手をとった。

 

 

 

 

 

「じゃあ俺と付き合うだけ付き合ってみてよ!もしかしたらそいつより俺の方が好きになるかも!」

「え、ええ!?」

「とりあえず付き合ってみてよ!俺を振り向かせる自信あるし!」

 

 

 

 

 

桐山君が一歩、あたしに歩み寄る。

あたしは予想外の展開に頭が真っ白になってその場から動けないでいた。

どうしようか、それでいいんだろうか。

でも・・・

 

 

 

 

 

「じゃ、そういうことでよろしく!」

「あ、ちょ、桐山く・・――――!!」

 

 

 

 

 

あたしの返事も聞かず、自己完結してしまった桐山君はあたしに手を振って中庭から立ち去ってしまった。

本気でどうしようかと、この突然の展開に呆然としていると、

ふと、向かいの壁にもたれた切原が腕を組んでこちらを見ていることに気がついた。

 

え、マジで!?

いつからいたの!?

ってか話聞かれてたんじゃ・・――――

 

 

 

 

 

「!」

 

 

 

 

 

切原と目が合うと、切原は壁から離れてあたしに向かって歩き始めた。

ちょ、やだ来ないでよ!と思うも、あたしの体は何故か動いてくれない。

距離は、縮まるばかり。

 

 

 

 

 

「ふーん、俺のこと好きっつったくせに付き合ったんだ。」

 

 

 

 

 

目の前には、顔。

どこか不満そうで、だけど笑ってる。

人を見下したように、笑ってる。

 

 

 

 

 

「き、切原には関係ないじゃん。」

「いや、あるっしょ。好きなんじゃねえの?」

「―――・・ッでも切原はあたしのこと嫌いじゃん。」

「・・・・・・・・。」

 

 

 

 

 

一瞬目を見開いて押し黙る。

そして舌打ちをして視線を反らした。

 

 

 

 

 

「・・・ンで、アレでわかんねえんだよ!」

 

 

 

 

 

そう言った途端、視界が暗くなって、あたしには切原しか見えなくなって。

また、噛み付くようなキスに、熱を感じる。

両頬に添えられた手が、触れ合う肌が、重なる唇が、熱い。

 

 

 

 

 

「渡さねえから。」

 

 

 

 

 

惜しくも離れてしまった唇から最初に発せられた言葉。

まだ酸素の行き届いていない頭でぼうっと聞いていると切原があたしの肩に顔を埋めた。

突然のことで体が飛び上がり、泣きそうになる。

 

何で?

どうして?

嫌いなんじゃなかったの?

嫌い、なんじゃ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

― あたしの世界に色はなかった。

   望みなんてなくて、彼の気持ちなんてわからなくて。

   ただ、絶望的だと思い込んでいた。 ―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちゃんと断ってきて。」

「え?」

「そしたら・・・言うから。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちゃんと、好きだと、そう言うから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どくん。

 

 

 

 

 

最後、あたしの心臓の音が鳴って、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界中の音がなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2007.06.21執筆 jappppa!!!!!様の企画参加。

素敵な企画ありがとうございました^^

 

ユギリ@恋愛ゴッコ〜A君の事情〜