ただ何となく。
君の存在はまさに空気のようで
必死に手を伸ばしてみても掴みどころなんてどこにもなかった。
紅-kurenai-
好き。
嫌い。
好き。
私は、誰が好き?
『今日部活終わるまで待っちょって。』
それだけのメール。
携帯を閉じて溜め息を吐いた。
さっき階段で押されてこけた時に出来た傷をそっと撫でる。
ずきっと痛んで思わず手を離した。
「・・・・・・仁王先輩に近付くな、か。」
これはあまりに不本意な台詞。
もはや私の口からはもう溜め息しか出てこない。
――― 俺の暇な時間、面白い時間に変えてみんしゃい、。
暇な時間を面白い時間に変える?
それが付き合う前の交わした言葉。
それならまだ好きって言われたほうがよかったなんて考えてしまう。
だって、それで何か周りにグチグチ言われるのって、理不尽じゃない?
「・・・・はあ。」
今日何度目になるかわからない溜め息を吐いて机に突っ伏した。
誰もいない教室が物静かでとても落ち着く。
仁王先輩が部活終わるまではここで寝て時間を潰そう。
カーテンが揺れて入ってくる風がとても心地よかった。
温かい。
この香り、どこかで ・・ ――――
「・・・・・・・ん。」
ゆっくりと体を起こす。
もう外は夕暮れに包まれていて、部活の騒がしい声なんかは聞こえなくなっていた。
ぼんやりした頭で時計を見上げ、そろそろ部活が終わる頃だと目を擦る。
バサッ
「?」
肩から何かがずり落ちる。
地面に落ちたそれを見るために私は椅子から立ち上がって足元を見た。
そこに落ちていたもの。
それはテニス部のジャージ。
何故か私の胸はドキンと跳ね上がった。
何で?
誰が・・・・
「・・・・・・・きり、はらくん?」
頭に過ぎった彼の姿。
知らず知らずのうちに口に出していたこの名前。
何故だろう。
何故私は切原君だと思ったのだろう。
あの時、あの試合の時は柳生先輩しか思い浮かばなかったっていうのに・・・・・・どうして?
「っ・・・!」
何だか急に切原君のことが無性に愛しく思えてその場にへたり込んで
自然と溢れて零れ落ちてきた涙を堪えることもせずに流し続ける。
ジャージをそっと手にとってぎゅっと抱きしめる。
この香り、覚えてる。
あの試合の日のジャージの香り。
遠足の時に助けてくれた時に抱きしめられた彼の香り。
どうして?
何で・・・・・
私にそんな優しくしてくれるの?
もう、私どうすればいいのかわからない。
自分の気持ちが、わからない。
これが恋なのか、それすらもわからないんだ。
張り裂けそうな心臓。
高鳴る鼓動を必死に抑えながら俺は英語のプリント片手に部室のドアを思いっきり閉めた。
「・・・・・・・・っ」
顔が熱い。
何だコレ。
何・・・・・・・してんだ俺。
部活中、英語のプリント机の中に入れっ放しだったのを思い出して「まあいいか」なんて独り言のように言ったら
それを運悪く真田副部長に聞かれていて問い詰められた挙句「今すぐ取って来い!」と怒鳴られて
渋々教室取りに言ったらサンが気持ちよさそうに寝てて・・・・・
心臓が飛び跳ねるかと思った。
息が止まって、
だけど何か知らないうちに足が勝手にサンの方に向かってて、
気がつけば俺の羽織っていたジャージをあの日みたいにかぶしてやってて・・・・
「マジ、俺何やってんだ・・・・・って」
熱い。
唇が、熱い。
俺またサンにキスしちゃったし・・・
彼女いるくせに、
相手にも仁王先輩という彼氏がいるくせに、
俺、何やってんだ本当。
「くそっ、調子狂う!!!」
近くにあった椅子を思いっきり蹴っ飛ばしてロッカーを殴った。
自分のペースに物事が進まない。
苛立たしい。
もどかしくて、どうしようもない。
熱い。
熱い。
熱い。
こんな熱、俺は求めちゃいないんだよ。
「仁王先輩!」
名前を呼ぶと振り返る。
部室の近くで待っていたら部室から出てきた仁王先輩を見つけて声をかけた。
仁王先輩は私の姿を確認すると薄ら笑顔を浮かべて私の元までやってきてくれた。
「待たせたの。」
「はい、たくさん待ちました。」
「ん、素直じゃね。可愛げのない子じゃ。」
「・・・・・何か機嫌悪くないですか?」
私の頭をポンポン撫でていた手を止める。
声色が何か怒っているように聞こえた。(それに何か言葉が刺々しい・・・)
だけど顔を見上げようにも強く頭の上に手が置かれていて顔を上げさせてもらえなかった。
どう、したのだろうか・・・。
「そうでもなかよ。」
「・・・・・はっきり言ってくださいよ。気分悪いです。」
「・・・・・・・・・・。」
私が頭に乗せられていた手を掴んで退けると、仁王先輩の少々不満気な表情が目に入った。
仁王先輩は黙り込んで視線だけを私の手元にあるソレに目をやった。
「・・・・・・に、仁王先輩?」
私のソレを握る手にぎゅっと力が入る。
仁王先輩が無言のままそっと顔を上げて私と真っ直ぐに目線を合わせた。
「それ、誰の?」
心臓と同じように肩がビクリと跳ね上がる。
ジャージを掴む手にまたしても力が入ってしまう。
くしゃりとジャージに皺ができてしまった。
何故こんなにも後ろめたい気持ちになるのだろうか。
そして何故、こんなにも仁王先輩は私を責めるような物言いで聞いてくるのだろうか。
「それ、誰のかって聞いちょるんじゃけど。」
「・・・・仁王、先輩?」
「答えるくらい簡単じゃろ?で、誰の?」
「え、っと・・・その・・・・・。」
「はっきり言いんしゃい。聞こえん。」
仁王先輩にこんな目で見られて問い詰められると、
まるで浮気がばれたのを責められているかのような気分に陥ってしまう。
私は居心地が悪くなって思わず目をそらした。
言ってしまえばいいはずなのに。
目が覚めたら切原君がジャージをかけてくれてましたって、そう言えばいい話なのに。
言えないのは、なぜだろう・・・・。
「これは・・・その・・・・・」
その時だった。
少し離れたところから部室の扉が開く音がして、騒がしい声が聞こえだしたのは。
中には丸井先輩の騒ぐ声もあって、耳に入ってくる。
「!」
急に掴まれた腕。
近付く彼の顔。
見開かれた私の目。
「あれは仁王君ですかね?」
「え?」
「・・・・・・・・あ。」
柳生先輩の声と丸井先輩の声。
それに、
切原君の声も聞こえた。
「んっ・・・・・!」
仁王先輩の私の頭を後ろから支える力は強く、
少しの力じゃビクともしなかった。
後ろの彼らがどうなったかなんてわからない。
急に静かになって物音一つしなくなった。
「やっ、め・・・・やめてください!!」
ちょっと離れた隙をみて思いっきり仁王先輩を突き放す。
先輩はただのいつもどおりの無表情で私を真っ直ぐに見ていた。
肩で息を整えてキッと睨み上げる。
たぶんもう、後ろの彼らはこの場にいないだろう。
確かめてはいないけれどそんな気がした。
「いくら暇潰しだからって・・・最低!」
「・・・・・・・。」
「そこまで、しなくったっていいじゃないですか!!」
緩んだ涙腺から涙がボロボロと頬を伝う。
仁王先輩を睨みつけても表情ひとつ動かしはしない。
急に仁王先輩が怖くなって、私は一歩後ろへと下がった。
「・・・・、お前は赤也が好きなんか?」
仁王先輩らしくない低く、掠れた声。
だけど表情はそのまま。
私はただびっくりして目を丸々させて何も言えなかった。
ぎゅっと、握り締めたままだったジャージが急に存在感を増す。
「俺は、遊びのつもりじゃなか。」
「え?」
「じゃけん、嫉妬だってする。そのジャージ、赤也のじゃろ?」
指差されたジャージ。
私はそれを隠すように今更ながら自分の背中に隠した。
遊び、じゃない?
だって、あの時確かに暇潰しって彼自身がそう言ったのに?
なのに・・・・どういうこと?
「で、赤也が好きなんか?」
「そ、そんなわけ・・・・」
「・・・・じゃあ、赤也じゃのうて俺の方見とって。」
私は思わず言葉に詰まる。
本当に私は切原君が好きじゃない?
この切原君に対して抱いている思いは、恋じゃない?
わからない。
わからなさすぎてもどかしい。
「は今、俺の彼女じゃけん。」
この言葉が、ものすごく重く感じるのは、どうしてなんだろう。
お互い自分の気持ちに気づかずに、
お互いを傷つけ合って、
私達は本当に、どうしようもない子どもだったんだね。