ただ何となく。

君の存在はまさに空気のようで

必死に手を伸ばしてみても掴みどころなんてどこにもなかった。

 

 

 

 

 

-kurenai-

 

 

 

 

 

こんな気持ち

 

認めたく、ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

違う。

俺は好きなんかじゃない。

俺は、そんな感情、サンに抱いたりしない。

 

 

 

 

 

頭を振って今日何回目になるだろう溜め息を吐いて椅子に座った。

昨日からずっとイライラが止まらない。

思いの他椅子がガタンと音を立ててしまい、クラスの奴からたくさんの視線を受ける。

俺は居心地が悪くなって舌打ちを軽くしたあと、教室を出て行くことにした。

 

 

 

 

 

「あの・・・切原くん・・・」

 

 

 

 

 

ちょうどドアの前に来たところで顔を真っ赤にした女子が俺の名前を呼んだ。

イライラしてたからたぶん俺の顔は今ものすごい険しい顔になっていたんだと思う。

その女子はびくびくしながらも俺のことを必死に見上げていた。

照れてんのか怖がってんのかどっちだよ、なんて思いながらも「何?」と返事を返す。

 

 

 

 

 

「あ・・・の・・・・ここじゃちょっと・・・」

「あーはいはい、裏庭?屋上?それとも何処?」

「え?」

 

 

 

 

 

俺はコイツのこれからするだろうことがわかってしまい、何だか面倒になって適当に返事を返すと、

その女子は目を真ん丸くして俺のことをまじまじと見つめてサッと顔色を蒼くした。

俺はそれを冷めた目で見下ろしながらも一つ、キツイ視線を感じて教室の中へと視線を向けた。

そこで俺を見ていた、いや、この俯く女子を見ていたのは、

 

 

 

 

 

「へーなるほどね。」

「え?あ、あの・・・・」

 

 

 

 

 

俺がひとりで納得していると、この目の前の女子が遠慮がちに俺のことを上目遣いで見上げていた。

あ、まだいたの?

 

 

 

 

 

「で、何処?ってか俺今忙しいからまた今度でもいい?」

「え、あ、・・・・うん。」

「そ、じゃあね。」

 

 

 

 

 

俺は適当にあしらったあと、すばやく踵を返して教室から離れることに成功した。

つか今教室にサンがいなかったことが救いだった。

もしこんなところサンに見られてたら・・・・とか考えちゃう俺って一体何なわけ?

サンなんて全然関係ないじゃん。

 

 

 

 

 

「あーあ、呆れた。」

「何に?」

「うわっ!!!」

 

 

 

 

 

屋上について、何となく独り言で呟いた言葉に返事が返って来て思わず声を上げる。

慌てて振り返ってみたらそこにいたのはニヤニヤ顔のマネージャーの朱音先輩だった。

ホントこの人は・・・・。

 

 

 

 

 

「何してんの赤也。」

「別に・・・。次の時間サボろうかなーなんて。」

「ちゃんと授業は受けたまえ切原君!真田君に言いつけますよ!」

「何ソレ。柳生先輩の物真似ッスか?」

「似てる?」

「似てない。」

「ちぇ・・・。」

 

 

 

 

 

唇を尖らせて俺の隣にドカッと座る。

先輩もサボる気なんだろうな。

どうやら教室に帰るという動作はとらないらしい。

人に言っといて何ソレ。

 

 

 

 

 

「何スか、そんなにジロジロ見んなよ。」

「見てないし。っつか先輩に対しての言葉遣いなってない。」

「あ、アンタ先輩だったんだ。へー。」

「何それマジむかつくんだけど!!!」

「あっそ。」

 

 

 

 

 

隣でギャーギャー言いながら俺の頭をぐしゃぐしゃにしてくる朱音先輩に抵抗するわけでもなく、

俺はホントにやる気がないって感じに空を見上げていた。

普段なら怒るのにな。頭触られたら。

変な感じ。

俺マジで今かなりの腑抜けかも・・・。

 

 

 

 

 

俺がボーっと口を空けたままただ一心に空を見上げていると、

朱音先輩の頭を撫でる手が止まってまた俺の顔を凝視している。

一体何なんだこの人も。

今の俺にあんまり関わんないでほしいんだけど。

 

 

 

 

 

「ねえ赤也。」

「・・・・・・何スか。」

「アンタ今彼女いたっけ?」

「いません。別れた。」

「へー・・・・・。」

 

 

 

 

 

興味なさそうに返事を返してくる朱音先輩に見向きもしないで俺の視界は空一色。

ホント、もう恋愛系の話は大概にしてほしい。

うんざりだ。

このもやもやした気持ちも。

サンのことも。

 

 

 

 

 

「だったら私と付き合ってよ。」

 

 

 

 

 

まずは耳を疑った。

驚きのあまり振り向くと、意外と真剣な表情をしていた朱音先輩と目が合う。

俺が何も言えないで黙っていると、朱音先輩はへへっと笑って空を見上げた。

 

 

 

 

 

「私ね、赤也のこと好きだったの。」

「・・・・・・・そう、なんスか?」

「でも赤也興味なさそうだったし・・・適当に女の子と付き合ってたし・・・・」

 

 

 

 

 

ぽつり

ぽつり

紡がれる言葉。

 

 

 

 

 

意外だった人からの意外な真相に、俺はただ返事と相槌しか返してあげられなかった。

ただ、頭の中はサンがいて。

俺に最低って言ったあの時のサンが俺の頭の中から離れてくれなくて。

また胸にもやもやしたものが俺の息をつまらせた。

 

 

 

 

 

「知ってるよ。ちゃんのことも。」

「え?」

「ブン太達が話してるの聞こえちゃったんだ。」

「ブン太・・サン?」

「そ。赤也、その子のこと好きなんでしょ?」

 

 

 

 

 

聞くなよ。

俺だって知らねえしそんなこと。

好きだと思った。

でも好きでいたくない。

自分から人を好きになんてなりたくない。

そんなのって、何か面倒だし、正直しんどい。

主導権を相手に握られるなんて真っ平ゴメンだ。

 

 

 

 

 

だから、俺はサンが好きだなんて、認めたくなかった。

だから、俺はサンが好きだなんて、認めねえ。

 

 

 

 

 

あの唇の感触だって、忘れてやる。

 

 

 

 

 

「その子と何かあったんでしょ赤也。」

「・・・・・・・。」

「私でよければ気分転換なんかにどうかなーなんて・・・・赤也?」

 

 

 

 

 

ハハッと乾いた笑いを零しながら俺の顔を覗き込む先輩。

俺は一度目を伏せ、そして何かを決心したかのように目を開けて先輩に向き直った。

 

 

 

 

 

サンなんて、もう知るかよ。

仁王先輩のところでも何処でも行っちまえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いっスよ。付き合いましょうか。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はアンタを好きだなんて、

 

絶対ぇ認めねえ。

 

主導権を握るのは、いつだって俺なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

噂はもう広まった。

それは私の耳にも届いて、

ただ呆然と彼の背中を見つめているだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから聞いてるの?」

「え、あ、うん。」

「ったく、ぼーっとしすぎ!」

 

 

 

 

 

小百合が目で少し遠くに離れた切原君を追いながら、私の頭を軽く小突く。

そう、小百合から聞かされた切原君の新しい彼女。

部活の先輩で、綺麗な人。

 

 

 

 

 

別にそれが?って言ってしまえば話は簡単。

私は今まで切原君が誰と付き合おうが誰と別れようが別に知ったこっちゃなくて。

どうでもいいように小百合の情報を聞き流していたのだから。

 

 

 

 

 

だけど今回は別。

 

 

 

 

 

だったらどうしてあの時私にキスしたの?とか

だったらどうしてあんなに怒ってたの?とか

 

 

 

 

 

次々に沸き起こる疑問。

別に切原君が私を好きとか、私が切原君を好きとかそういうのじゃなくて、

もっと違うところで疑問が沸いてくる。

 

 

 

 

 

あんな顔して、キスしたくせに。

 

 

 

 

 

(・・・・・・私の悩みを返せ。)

 

 

 

 

 

はあと溜め息を吐いて窓の外に視線を向ける。

それとほぼ同時に机の上に置いていた携帯が大きな音を立てて鳴り始めた。

一気に集まる私への視線。

私は慌てて携帯を手に取り、メールかと思って開いて電源を切るボタンを押した。

 

 

 

 

 

「あ、・・・」

「どうしたの?」

「・・・・・・電話だった。」

「あらら。」

 

 

 

 

 

通話時間0秒。

そう表示されたディスプレイを眺めて私は仕方なしに自分からかけなおす。

相手はもちろん、

 

 

 

 

 

「あ、もしもし仁王先輩ですか?」

 

 

 

 

 

繋がった。

周りに聞こえないようにちょっと声のトーンを落として話す。

前の席に座っていた小百合が「え、仁王先輩!!!!?」なんて大きな声で叫ぶから意味がなかったけど。

またしても注目を浴びることとなった私は居づらくなって教室を出て行くことにした。

 

 

 

 

 

ドアに向かって歩き出す私に、鋭く尖った視線がたくさん突き刺さる。

携帯を耳に当てたままなるべくドアから視線を逸らさないように歩き続ける。

だけどふと、切原君に視線を向けてしまった私は、自分の取った行動に後悔することとなった。

 

 

 

 

 

(なんで、なんでそんな顔してんのよ・・・。)

 

 

 

 

 

『あーもしもし?』

「!、あ、はい。どうしたんですか?」

 

 

 

 

 

仁王先輩の眠そうでダルそうな声が電話越しに聞こえる。

私は教室のドアを閉めて階段に向かって歩き出した。

こんな姿先生に見られたら絶対怒られるんだろうな、なんて思いながら。

 

 

 

 

 

『ちょっと今から時間ええ?』

「・・・・・授業サボれってことですか?」

『そ、一緒におサボりしよ。』

「・・・・・一回だけですよ?」

『うん。じゃ、部室で待っちょる。来て。』

 

 

 

 

 

私は「はい」とだけ返事を返すと向かい側から先生が歩いてくるのが見えてすぐに電話を切った。

危ない危ない。

もうちょっとで携帯取り上げられるところだったよ。

胸を押さえて安堵の息を吐くと、私はテニス部の部室に向かう為、踵を翻して階段を下りていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅い。」

「もしかしなくとも先輩、さっきの時間もサボってましたね。」

「ご名答。ようわかったの。」

 

 

 

 

 

部室の床に散らばったお菓子の袋を拾い上げてゴミ箱に捨てる。

「ソレ食ったの丸井じゃけん。俺じゃなか。」と今更になって言い訳を始める先輩に何故だか笑いが込み上げてくる。

そっか、丸井先輩もサボってたんだ。

 

 

 

 

 

「さっきここで赤也とちゃんの話しとったんよ。」

「・・・・・・・へえ、そうなんですか。」

「赤也彼女できたんじゃってな。」

 

 

 

 

 

しかもマネージャー。と言いながら喉を鳴らして笑う仁王先輩を恨めしげに睨み上げながら私は床に座った。

椅子の背もたれを前にして座る仁王先輩はそんな私を見て、ただ可笑しそうに笑う。

何だか、悪趣味だわこの人・・・・。

 

 

 

 

 

「どう?お気持ちは。」

「どうも何も意味がわかりません。」

「それは俺に対して?それとも赤也?」

「どっちもです。」

「へー・・・ククッ。」

 

 

 

 

 

仁王先輩は私を見下ろし、気のない返事を返して笑うのをやめた。

何だろう。

すっごくイライラする。

切原君に彼女が出来たって聞いたときから・・・

いや、もっとそれ以前からずっと、

イライラが治まらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺と、付き合わん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然言われた台詞に、思わず俯かせていた顔を上げる。

そこには悪戯に笑みを浮かべた仁王先輩の姿。

 

 

 

 

 

だけど目はあまりにも真剣で、

合った瞬間、逸らせなくなってしまった。

 

 

 

 

 

「・・・じょ・・うだん?」

「いや本気。」

「だって、え?」

 

 

 

 

 

仁王先輩が・・・どうして?

まだ話すようになってからそんなに経ってない。

しかもこの有名な仁王先輩が私と・・・?

ありえない。

混乱した頭が私に対して何かの警報を鳴らしている。

それは駄目だと言っているのか、応えろと言っているのか。

 

 

 

 

 

「好いとうよ、。」

「嘘・・・ですよね?」

「人の告白を嘘で返すな。」

「え、だって・・・そんなのありえないじゃないですか。」

「・・・・・・プリッ。」

 

 

 

 

 

意味不明な返答が返って来る。

怒っているのか、呆れているのか。

 

 

 

 

 

私はただどうすればいいのかわからずに仁王先輩から視線を逸らす。

するとすぐにガタンという椅子が地面と擦れる音が鳴って、体に人の温もりを感じる。

 

 

 

 

 

抱き、しめられてる・・・?

 

 

 

 

 

「利用してもよかよ?」

「え?」

「赤也が素直になるまで。」

「はい?」

 

 

 

 

 

耳元で聞こえる先輩の声。

身体全体が痺れてくる。

頭がおかしくなりそうだ。

 

 

 

 

 

「別れたいと思ったらすぐ別れていい。だから、その時までは俺と付き合って。」

「な、何なんですか・・・ソレ。」

「ん、今はまだわからんかも知れんけど・・・・・俺にも少しだけは夢見させてってこと。」

 

 

 

 

 

わからない。

仁王先輩の考えていること。

切原君の考えていること。

何もわからない。

 

 

 

 

 

目が合った仁王先輩があまりにも不安そうな表情をしているのに気がついた私は、

どうすればいいのかわからず、目を合わしていたくなくてただ黙って目を瞑った。

 

 

 

 

 

触れる。

温かさ。

柔らかいもの。

 

 

 

 

 

「!!!?」

 

 

 

 

 

それはついこの前、切原君にもされたのと同じ行為。

 

 

 

 

 

「ごちそうさん。」

 

 

 

 

 

ニヤリと笑う仁王先輩を真っ赤な顔で睨みつける。

仁王先輩は悪気もなく喉で笑うと、私を抱きしめる手を緩め、そっと離れていった。

 

 

 

 

 

「で、付き合ってくれるんか?」

「・・・・・・嫌です。」

「ほー、予想外の返事。」

「自信過剰。」

「よく言われる。」

 

 

 

 

 

口に手を当てながら私は涙目になって立ち上がった仁王先輩を睨み上げる。

まだ、唇が熱い。

 

 

 

 

 

「でも、付き合ってもらうぜよ。」

「な、何を勝手に・・・!!」

「暇つぶし。」

「はあ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「付き合って。俺の暇な時間、面白い時間に変えてみんしゃい、。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして私は仁王先輩と、

 

 

 

 

 

切原君は朱音先輩と、

 

 

 

 

 

自分の想いとは裏腹に、

 

 

 

 

 

それぞれ彼氏彼女ができてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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