ただ何となく。
君の存在はまさに空気のようで
必死に手を伸ばしてみても掴みどころなんてどこにもなかった。
紅-kurenai-
恋に落ちるってのは、そんなに難しいことじゃなかった。
「「あ、」」
お互い顔を見合わせて思わず声を出す。
委員会だりぃなあとか思いながら教卓の前に立つ隣のクラスの委員長をぼんやりと眺め、
学芸委員なんてなるんじゃなかったと今更ながらに思っていた時だった。
赤也の想い人、もとい仁王の想い人。
んで、俺に菓子を恵んでくれたちゃん。
「すみません遅れました!」って言いながら申し訳なさそうに入って来て空いている席をキョロキョロと探している様子だった。
で、目が合ったってわけ。
「・・・こんにちは。」
「おう。席探してるんだろぃ?隣座れば?」
「あ、じゃあ失礼します。」
隣の椅子を引いて座る。
そういえばちゃんって学芸委員だったっけ?
なんて疑問が浮かぶ。
何回か今までにも委員会はあったけど、ちゃんを見た覚えはなかった。
「ちゃん学芸委員?」
「いえ、代理です。」
「だよねー。見たことなかったし。いたら絶対気付いてっし。」
「ふふ。絶対、ですか?」
「そ。絶対。」
こっちを見ずに伏せ目がちな視線で配られたプリントを見るちゃんの横顔を見つめ、ふと、あることに気がつく。
微かに笑ったちゃんの目元がほんのりと赤くなっていた。
・・・泣いた?
「なあ、ちゃん。」
「はい何ですか?」
「赤也と、どう?ちゃんと話してる・・・・・わけないよなー。」
赤也って名前を口にした瞬間、ちゃんの肩が跳ね上がり、
口をきつく閉ざしてしまったのを見て、俺は失言だったと肩を竦めた。
こりゃ何かあったな。
ってかかなり動揺してるってちゃん。
やべ、すんげー気になるんだけど!
「・・・何か、あったん?」
「・・・・いえ、何も。」
「あっただろ?」
「いえ全然。」
「あった。」
「ありません。」
「嘘だろぃ?」
「嘘じゃありません!」
「じゃあ何でそんなに頼りなさそうな顔してんだよ。」
「・・・・・・・。」
委員会中だってことも忘れて言い合ってた俺とちゃんに委員長からの鋭い視線が突き刺さる。
反論できなくなったちゃんは口を閉ざして俯いた。
肩が、小刻みに震えていた。
「・・・何で、そんなこと聞くんですか?」
ぼそりと、掠れた声が聞こえる。
委員長の視線はもう手元のプリントに向いていて、訳のわからん一向に進む気配のない話し合いを再会していた。
何だよ。
もうこれ以上花壇なんていらねえって。
世話すんの誰だと思ってんだっつの。
「何でって、昨日の見たらやっぱ先輩として心配だし・・・・」
「私・・・切原君の考えてることが、全くわかんないです。」
俺の言葉を遮って紡がれた言葉。
このハッキリした口調からして、絶対赤也の奴何かしたこと間違いないな。
あのバカ。
「赤也の考えてることねえー・・・確かにな。」
アイツ気分屋だし。
感情の浮き沈み激しいし。
「何であんなに怒ってんのとか、急に素っ気なくなる意味がもうわけわかんない・・・。」
まあ、だろうな。
と思いながら頬杖をついて小さく息を吐く。
何だか物寂しい口の中。
いつも何か入っているはずなのに、今日は何も入っていないことを思いだし、もう一度肩を落として落胆した。
HR終わってからこの教室まででどっかにガム落しちゃったんだよな。
慌てて走ってこなきゃよかった。
「あのさ、赤也がちゃんに何言ったとか何したのかとか俺は知らねぇけど・・・嫌いにだけはなったりしないでやってほしいんだ。」
「・・・どうしてですか?」
「赤也は、不器用で鈍感で馬鹿で感情のコントロールがなってないところがあるから、
自分で気付かないうちに相手を傷つけてるってことが多々あってさ。」
「・・・・・。」
「相手に好意があっても傷つけちまう。損な奴だろぃ?」
仕方ねえなーって顔をした俺を一目見て、ちゃんは少し考える素振りを見せてまた俯いた。
そしてゆっくりと頷いて小さく笑った。
「あ、私の犬。」
突然何かを思い出したかのように声を上げて手を叩いた。
いぬ?
イヌ?
犬?
・・・・また急な話題変換だなぁこの子も・・・・。
「・・・犬?」
「そうです。最近飼ったばっかりなんです!」
「へえー、可愛い?」
「はい!ちょっと小太りなんですけど・・・」
「そうなんだ。で、その犬がどうしたんだよ。」
「えへへ、その犬がですね、ブン太っていう名前なんですよ!」
「はあ!?」
思わずまた大きな声を上げてしまう。
委員長がいい加減にしてくれとでも言わんばかりの視線を投げかけてくるから思わず肩を竦めた。
さっきとは打って変わって照れくさそうにはにかむちゃんに、俺は顔を引き攣らせて乾いた笑いを零すしか他なかった。
「切原君が名付け親なんですけど・・・私がちょっとアレンジを加えてブンちゃんって呼んでます!」
「・・・・へ、へー。」
複雑な気分になった。
っつか赤也かよ!!
アイツ何勝手に俺の名前デブ犬に名づけちゃってるわけ!!?
あとで絶対絞め殺す!!と心に誓うも、気がつけばちゃんが元気を取り戻したみたいで内心ホッとする。
ちゃんの笑っている顔を見て、まあいいかと思ってポケットに手を入れて探った。
「あ、そだ。なかったんだった。」
「?」
「あ、いや・・・ガムが。」
「切らしちゃったんですか?」
「それがここに来る前にどっかで落としちゃったみたいでさ。マジ最悪なんだけど・・・。」
どーすっかな部活中。
部活前に買いに行くったって委員会で遅れた上に買いに行ったりしたら完璧真田に殺されるだろうしな。
なんて不安が募って思わず眉間に皺が寄る。
ちゃんが首を傾げて「あ、」と声を漏らし、何やら鞄の中を探り始めた。
「私確か持ってた気が・・・」
「え、マジ!?」
「お、ありましたありました!はい、どうぞこれ食べていいですよ。」
そう言って渡されたのはまだ買ったままのガム。
しかも俺の好きなグリーンアップル。
「まだ一個も食ってねえじゃん!いいの!?」
「別にいいですよ?何となく買っただけですし・・・。」
「マジで!?ちょ、まじサンキュ!!今度絶対お礼すっから!」
「へへ、期待しないで待ってます。」
俺はガムを受け取ると心の中でガッツポーズをかました。
これで真田に怒られずにすむし、部活にも集中できるってもんだ。
ちょっとさり気に酷い返事が返ってきた気もするけど・・・まあいいや。
「ちゃん、サンキューな!」
俺が満面の笑顔でそう言うと、キョトンとしていたちゃんも満面の笑顔で微笑んだ。
途端に、俺の心臓が揺れる。
あり?
「どうしたんですか?丸井先輩?」
「!」
どくんどくん。
覗き込まれた顔に、また動悸が激しくなる。
一瞬合った目を、バッと逸らしてしまった。
(・・・・あーなるほど、こりゃ仁王も・・・・)
俺は大丈夫。
それだけを何度も繰り返し、何とか治まった動悸に、眩暈がした。
自分の中に芽生えた一瞬のときめき。
赤也や仁王が惚れる理由が何となく分かってきた気がしなくもない。
だけどこれはまた、別の話。