ただ何となく。

君の存在はまさに空気のようで

必死に手を伸ばしてみても掴みどころなんてどこにもなかった。

 

 

 

 

 

-kurenai-

 

 

 

 

 

たくさんの人を傷つけて当然の報いなんじゃないのかなと頭の何処かで諦めかけていた。

 

 

 

 

 

遠足が始まって市営バスの後ろで揺られる私。

クラス単位の遠足なだけあってバスは借りるのではなく市営バスの利用だった。

ぎゅうぎゅう詰めだがなんとか全員入りきっている。

だけど時折激しく揺れるこのバスに不快感を抱きながら何とかこけないように踏ん張っていた。

が、急ブレーキをかけたようにいきなり止まったバスに思わず私はつんのめり小さな悲鳴を上げて前の人の背中に顔面をぶつけた。

 

 

 

 

 

「イテテテテ。ごめん。」

「あーサン。」

「おや、切原君だ。」

 

 

 

 

 

どうやらぶつかった相手は切原君だったようでぶつけた鼻がへしゃがってはいないかと確かめながら笑う。

結構固いんだね背中。

切原君は振り返ったまましばらく私の顔を見つめたかと思うともう一度私の名前を呼んだ。

どうやら前を向く気はないらしい。

 

 

 

 

 

「仁王先輩とどう?メールしてんの?」

「ああうん。昨日夜にきた!」

「へー・・・・続いた?」

「まあぼちぼち。明日遠足だからってすぐ終わっちゃったけどね。」

 

 

 

 

 

私が苦笑いを浮かべると切原君は「そっか」って呟いて同じように苦笑いを浮かべていた。

何で君までそんな顔をするんだ。

 

昨日の夜、たぶん部活も終わって家に帰り、一段落ついただろうなって時くらいに仁王先輩からメールがあった。

初めはお互いの挨拶らしき内容だったけど次第に話題は盛り上がって結構どうでもいい話なんかを長い時間やり取りしていた。

仁王先輩は面白い人で飽きない人だった。

とまあこんな感じで一日目のメールは終わった。

今日も来るのかな?と妙な期待がないわけでもなくきてくれたら嬉しいなと素直に思った。

 

 

 

 

 

「なあなあサンのバーベキューの班ってどこ?」

「あ、その話なんだけど昨日決めたんだよね?私休みだったから知らなくて・・・どこだろ。」

「あーそういやそうだっけ?寝てたから俺も渡瀬と同じ班ってことくらいしか知らねえや。」

「なーに言ってんだ切原。さんは俺達の班だぜ?」

 

 

 

 

 

今までずっと他の男子と話していた渡瀬君が急に振り返って言った。

 

 

 

 

 

「ええ!?マジで!?」

「何驚いてんだよ。ほら、お前の彼女が一人定員人数割ってるからって休みだったさん入れよって言い出したんじゃん。」

「・・・杏璃が?」

「ほんっとお前何にも聞いてなかったんだな。さんのいつも一緒の女子はさん抜きで定員人数ぴったりだったから仕方がなかったんだよ。」

「そっか・・・私一人違う班なんだ。」

 

 

 

 

 

正直いつも一緒にいるわけでもなくあまり話したこともない切原君達の班は居づらい。

私は肩を竦めると小さく溜め息を吐いた。

それを見た切原君が慌てたような態度を見せて肩を叩いた。

 

 

 

 

 

「ま、まあそう言うなって!俺いるじゃん!な?」

「うー切原君がいて何になるって言うのー?」

「失礼だな!話し相手くらいにはなってやるよってこと!」

 

 

 

 

 

私の肩をポンポンというよりはバシバシと(おそらく力の加減を知らないだろう)叩いてきた。

その優しさが嬉しかったから特に何の返事をするわけでもなく笑って返した。

それをじっと、誰かに見られていたなんて気もつかずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さーん!火消えないように加減しといてー!」

「え!?」

 

 

 

 

 

材料を机に置きにきた私を見つけると嬉しそうに団扇を渡し、去っていく男子。

団扇を受け取ると炭から火が消えないように扇ぐ。

消えないようにってかもともと火は今すぐにでも消えてしまいそうなくらいの弱火だ。

ここからが追い上げ時ってところで私一人にされて・・・大丈夫かな?

ちゃんと火移ってくれるかな?

女の子達は材料を切りに、男子達は・・・どこだろう。

 

 

 

 

 

(あ、やばい消えそう。)

 

 

 

 

 

火は小さな炭が一つ一生懸命に赤く燃えているだけ。

時折違う班の友達が「あれ?他のメンバーは?」と顔を出してはくれるけど私は男子の居場所を知らないうえに火を任されているからどうしようもない。

はあと深く溜め息を吐いて肩を落とすと同時に肩に大きな衝撃が加わった。

 

 

 

 

 

「わっ!」

「だ、誰!?」

「ウィッス切原っス!」

「・・・切原君?」

 

 

 

 

 

よく切原君は背後から現れるなあとぼんやり考えながらも自分の寿命を縮められたことに少しムカッとした。

 

 

 

 

 

「ちょっと驚かさないでよ!びっくりするじゃん!」

「びっくりさせてんじゃん。まあまあそうすぐ怒んない怒んない。真田副部長になっちゃうよ?」

「さ、真田副部長!?」

 

 

 

 

 

真田副部長って真田副部長?

あの怖い老け顔で有名な・・・。

あ、でもテニスは切原君より上手いんだよね。

 

切原君は私の手から団扇を取り上げるとリズム感のある鼻歌をうたいながら扇ぎ始めた。

 

 

 

 

 

「あー早く食いてえ!俺焼肉好きなんだよな〜。」

「これは焼肉じゃなくてバーベキュー。焼肉じゃありませーん。」

「はあ!?細けえよ!一緒じゃん一緒!」

「違うよ!焼肉は焼肉の定義ってもんがあってバーベキューにはバーベキューの定義ってもんがあるの!焼肉好きなくせにそんなことも知らないのー?」

 

 

 

 

 

私が意地悪でからかうと切原君は悔しそうに「うっせ。俺は食うの専門なの!」とそっぽを向いてしまった。

でも炭を扇ぐ手は止めない。

何だかその姿がかわいくて思わず笑ったら「喧嘩売ってんの?」と炭が焼けてできた灰を団扇で飛ばされた。

 

 

 

 

 

「ちょっ、やめてよ!黒い!黒くなる!」

「うわサン汚ね!」

「アンタがやったんでしょアンタが!どうしてくれんのよ!」

「さー似合ってっからいいんじゃね?」

「似合ってるって何よ!」

「そのまんまの意味ー。」

「潰す!」

 

 

 

 

 

人を小ばかにしたようにへらへら笑う切原君にヘッドロックを一発かましてやろうとしたら

憎たらしくもあっさりと避けられたうえに額を団扇を持っていない方の左手で押さえ付けられた。

奴は何が可笑しいのか楽しそうにケラケラと笑っていた。

そこに、私も切原君も気付かないうちに一人の影が忍び寄る。

 

 

 

 

 

「赤也!」

「杏璃?」

「ねえ遊んでるなら材料運ぶの手伝って?今人手足らなくて。」

「・・・へいへい。あ、でもそれならサンの方がいいな!サン団扇あおぐの下手だったし!」

「う、うるさいなあ!」

「へへ、でもホントのことっしょ?じゃあここは俺に任せて行ってらっしゃーい。」

「・・・うんそうだね。さん行こう。」

「あ、うん。」

 

 

 

 

 

半ば強引に杏璃ちゃんに手を引かれて歩き出す。

私の手を握るその力が半端なく強くてちょっとばかり顔が歪んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おー肉だ肉!うっまそー!」

 

 

 

 

 

肉がいい感じに焼き上がる。

俺は一番最初に箸をつけて食ってやった。

こういう時は弱肉強食ってね。

他の奴らも負けじと食べ始める。

焼けた肉は次から次へと網から消え去りタレの入った皿へと移った。

そんな中、俺の右隣りに座るサンの皿を見るとまだ何の肉にもありつけていない様子だったことに気づく。

 

 

 

 

 

「はいコレ。サンにプレゼント。」

「ちょ、こんな焦げた肉食べれるわけないでしょ!?何かこの肉黒い!」

「食い物粗末にしちゃダメって習っただろ?ちゃんと食えよ。」

「自分で食え!」

 

 

 

 

 

俺はニマニマした笑みを浮かべてサンをからかうように見てたら

俺の皿に黒くなった数分前までは肉だったモノが返ってきた。

うっわ食いたくねー!

 

 

 

 

 

さん何も食べてないんじゃない?私のお肉あげる!」

「え、あ、ありがと!」

 

 

 

 

 

いきなり俺の目の前を焼けたばかりの肉が通る。

俺の左側に座っていた杏璃がサンの皿に肉を一枚入れてやっていた。

あ、それ俺の役目だったのに・・・。

サンは戸惑いながらもお礼を言って嬉しそうに笑った。

現金な奴。

 

 

 

 

 

「ほら、肉食うならピーマンも食えよ。」

「い、いらない!って皿の中に入れないでよ!私ピーマン嫌いなのに!」

「肉ばっか食ってっと太るよー?」

「肉ばっかって・・・まだ一枚しか食べてないもん!だからいらなッ・・「ほらアーン。」・・―――!?」

「んーんーン〜!」

 

 

 

 

 

開いていた口に隙をついてピーマンを突っ込んでやると

涙目を浮かべながら口を押さえて口の中で広がる苦味を必死に堪えて声にならない声で叫んでいた。

その姿が面白くて面白くて。

堪え切れずに俺は腹を抱えて笑った。

サンは俺を一睨みしてそのままピーマンを吐きに行ってしまった。

 

 

 

 

 

「・・・私ちょっとお手洗い行ってくる。」

「杏璃一人でへーき?」

「うん。」

 

 

 

 

 

隣の席を立ち上がる杏璃にそのまた隣の女子が(端からついていく気はないだろう)声をかける。

軽く頷くと重い足取りで杏璃はここからじゃ死角になって見えないお手洗いの方向へと歩いていった。

 

 

 

 

 

「おい切原ー。彼女の前で堂々と浮気か?」

「え?何?」

「そうだよ切原ー!杏璃の前で堂々とさんといちゃついちゃって・・・杏璃の気持ち考えてやんなよ!」

「杏璃かわいそうー。今頃きっと泣いてるよ。」

 

 

 

 

 

二人が姿を消した途端、次々に罵られる俺。

みんなの言う悪い奴は明らかに俺で。

だけど俺から言わせてもらうともともと好きじゃなくて付き合った女なんだから別にどうでもいい。

泣いてようが文句言ってようが俺には関係なかった。

むしろ今はサンの方が好きだし喋りやすい。

だけど今は俺はサンじゃなくて杏璃と付き合ってるわけで。

他の奴らからしたら最悪なことをしているのかもしれない。

 

(目の前であーんだもんな。)

みんなの視線は冷ややかなままで居づらくなった俺は噛んでた肉を飲み込むと立ち上がった。

 

 

 

 

 

「わかった、謝ってくる。」

 

 

 

 

 

不本意だったけど一理あるわけでここはおとなしく俺が引き下がることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

、ちょっとこっち来な!」

 

 

 

 

 

ピーマンを吐いてトイレから出てくると腕を組んで立っていた杏璃ちゃんに手首を掴まれ連れていかれる。

どこに行く気なんだろうか、止まる気配はなく、どんどん草木が生い茂った中へと引きずられていく。

 

確かめなくても杏璃ちゃんは怒っている。

それはもう無言のままでも嫌っていうほど伝わってきて掴まれている手に爪が食い込んでいた。

さっきまでのかわいらしい女の子。とはまるっきり態度が変わりきっている。

 

 

 

 

 

「アンタさー何なわけ?」

「はい?」

「赤也にちょっかい出してんじゃねーよ!」

「・・・あ。」

 

 

 

 

 

(そうだ。杏璃ちゃんは切原君と付き合ってたんだった!)

 

思い出しても時すでに遅し。

胸倉を掴まれ憎しみ込められた目で睨み付けられる。

自分のことに精一杯だった私は杏璃ちゃん達のことにまで気が回っていなかったんだ。

 

 

 

 

 

「・・・ごめん。」

「ふざけんなよ!当て付けみたいに見せつけてたんでしょ!?」

「いや、別にそういうわけじゃ・・・」

「ちょっと相手にされてるからって思い上がんな!」

 

 

 

 

 

突き放されて尻餅をついて地面に落ちる。

杏璃ちゃんは顔を真っ赤にして怒っていた。

 

(イタタタタタ尻打っちゃった。)

じんじん痛むお尻を摩りながら立ち上がる。

その拍子に足を絡ませて思わずよろめいてしまった。

 

 

 

 

 

「わっ!」

「落ちれば?」

「や、やめて!ちょ、きゃあ!!」

 

 

 

 

 

後ろは急斜面。

冗談抜きで危なくて。

だけどそんなこともお構いなしに杏璃ちゃんはいとも簡単に私を突き落とそうと肩を押した。

ぐらつく体に途端に私の視界は一変する。

見えていた杏璃ちゃんは見えなくなって笑い声だけが耳に響く中、

曇り出した薄暗い空と覆い茂った木だけが私の視界を支配した。

 

落ちる・・―――――!

 

 

 

 

 

サン!」

 

 

 

 

 

伸ばした腕を誰かが掴んで引き寄せる。

だけど少し遅かったその登場に、私と誰かは二人して急斜面を転げ落ちてしまった。

きつく抱きしめられているから衝撃は思いのほかゆるかった。

 

 

 

 

 

「赤也!!」

 

 

 

 

 

杏璃ちゃんの叫ぶ声を頭の隅で聞き流し、ふわりと香る切原君の香り。

(あ・・・。)

この香りをどこかで嗅いだことがあったことを思い出しながらもそれを何処で嗅いだかなんて覚えてなくて。

気がつけば私達は急斜面の1番下まで落ちていて

頭の上から切原君の「う・・・」という唸り声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

「・・・サン、怪我は?」

「切原君が庇ってくれてたから大丈夫。それより切原君の方が怪我してるんじゃ・・・」

「俺は平気。擦りむいただけ。」

 

 

 

 

 

へへっと照れ臭そうに鼻を擦って笑う。

見せた腕は痛々しくも擦り切れて赤く血も出ていて思わず顔を歪めてしまった。

テニスで使う大事な手なのに・・・。

 

 

 

 

 

「それよりも、ごめんな。俺のせいでサンにこんな目に合わせちまって。」

「切原君のせいじゃないって。気付かなかった私のせいだし。それにたいした怪我もないし別に大丈夫だよ。」

「・・・・・・アイツ。」

 

 

 

 

 

ぼそりと低い声で呟いた切原君の目が赤かった。

私は急にあの日の試合の切原君を思い出し、背筋が震えるのを微かに感じた。

怒りの矛先はたぶん杏璃ちゃん。

切原君がぎゅっと握りこぶしを作って上を見上げたからつられて私も顔を上げた。

そこには人の気配なんてこれっぽっちもなかった。

誰か助けてくれないのかな。

杏璃ちゃんはどうなったんだろうなんて考えていたら途端に空腹感を覚えてお腹が鳴る。

予想以上になったお腹に切原君は目を瞬かせて私に向き直った。

 

 

 

 

 

「・・・・・・ムードのねえ奴。」

「アンタのせいで肉一枚しか食べてないの!あーお腹空いた!」

「俺だってそんな食ってねえし!これからって時だったのにみんながギャーギャー言うから!」

「そんなの知らないわよ!切原君がピーマンさえ私に食べさせなきゃ・・・ってごめん。別に責めるつもりじゃなかったんだった。」

「ま、責めてくれていいよ。だって悪いの俺だし。」

「悪くないよ。悪いのは私。」

「いや俺だって。」

「私。」

「俺。」

「私!」

「俺!」

 

 

 

 

 

お互い威嚇しあって叫ぶ。

何の意地の張り合いだこれは。

何だか急に可笑しくなってきて思わず私は噴き出してしまった。

続いて切原君も可笑しそうに笑い出す。

すると先に切原君の方が真面目な顔に戻ってじっと私の顔を見つめると何か言いたげに口を開いた。

 

 

 

 

 

「・・・な、なに?」

 

 

 

 

 

聞いても返事がない。

いや、何なのホントに。

私の顔が変ってか?私の顔に何かついてるとか!?

必死にいろいろ考えてみるけどこれといって的確な理由はなく、

本当に顔に何かついてないか触ってみるけどそれでも何もついていない。

 

 

 

 

 

「・・・・上、あがろうぜ。」

 

 

 

 

 

ふっと顔を逸らし、立ち上がる。

その瞬間の切原君の目はどこか切なそうで。

その目に見入っていた私は何も返事を返すことなく立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この時、心のうちに秘めた本当のことを言えたなら。

 

私は。

 

俺は。

 

どれだけ今救われていただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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