ただ何となく。
君の存在はまさに空気のようで
必死に手を伸ばしてみても掴みどころなんてどこにもなかった。
紅-kurenai-
「ゲームセットウォンバイ 立海・切原 6―1!」
辺り一面に響き渡る審判の声。
それと同時に周りのギャラリーからもドッと声援が沸き上がる。
目の前の真っ赤に目を充血させた我が立海大附属テニス部エース、切原赤也はニタニタと嫌らしい笑みを浮かべてコートを去った。
「あーやっぱり切原は強いね!」
「かっこよかったー!同じクラスってだけでなんだか鼻が高いよね!」
「マジ惚れる!あ、次は柳先輩の試合だよ!」
フェンスにかじりつく友達もみんな切原赤也の虜。
そりゃこの試合会場に来たからは自分の学校を応援したいものだ。
私もそう、切原赤也を応援していた。
今日は見渡すだけで結構な立海生がコートのフェンスを取り囲んでいる。
試合を見に来たのはまあ気分であって別に誰が好きだとかミーハー心ではなく、ただ純粋に今日は立海テニス部の試合だと聞いたから。
それが夏の野球部の試合なら野球部を見に行くし、サッカー部の試合であってもそう。
今まで雑談していたギャラリーもみんな次の柳先輩の試合を見るためにまたフェンスにかじりつき始めた。
そんな中、私はそっと抜け出す。
携帯を取り出して『疲れたから自販機の前で休んでる』とメールを打ち、一緒に来ていた友達に一斉送信した。
(怖かったな・・・切原君。)
あの真っ赤に充血した目を思い出すとぞっとする。
普段はおちゃらけた感じで結構いい奴だけどコートの上ではまるで鬼。
あの容赦ないサーブやスマッシュにかっこいいという声が上がるけどあれはどうみても恐怖感しか私には伝わってこなかった。
「怒らせたら女の子相手でもあんな目にあうのかな・・・。」
ごろりと自販機前のベンチに寝転がる。
見上げた空には雲一つない、快晴だった。
「赤也、さっさと走りに行け。」
「・・・ウィッス。」
真田副部長に促され、体が冷えないうちにテニスコートから少し離れた場所を軽くマイペースに走る。
段々と体の興奮も治まってきて目の充血もマシになってきたそんな時。
ふと、自動販売機の前で足を止めた。
「ん?コイツ・・・・」
そこには同じクラスのが静かに寝息を立ててベンチで寝ていた。
何しに来たんだコイツ・・・。
応援しに来たんじゃないのかよ。
わざわざこんなところに来てまで寝んなよな。
そっとソイツに近寄る。
物凄く気持ちよさそうに眠っていて起きる気配は全くない。
それにしてもよくこんなところで寝れるもんだな。
その大胆な行動、尊敬するぜ。
「・・・・ったく、襲われるかもとか考えないわけ?」
とりあえず羽織っていたレギュラージャージを上にかけてやる。
俺ってば何ガラでもないことしてんだって内心思ったけど
こんな無防備な奴を放っておけるほど俺もモラルが欠けているわけじゃない。
ちょーっと汗臭いかもしんねえけどそこんとこは勘弁してもらわなきゃな。
ま、文句なんて言わせねえけど。
「さーって、早く走らなきゃ鉄拳食らわされちゃたまったもんじゃねえ。」
俺は再び走り出した。
「お帰り赤也。」
「あー柳先輩もう試合終わりそうじゃないっスかー!俺見たかったのに!!」
「そんなたいした試合じゃねえぞ。柳の圧勝だし。」
近くのベンチにドカッと座り込むとお馴染みのガムを膨らませたブン太サンが続いて俺の隣に腰を下ろした。
やべ、アップル臭え。
「あれ赤也。お前ジャージは?」
俺の斜め後ろに座っていたジャッカル先輩が不思議そうに言った。
みんなジャージを羽織っている中、俺ひとりが半袖のユニホームだったことに疑問を持ったんだろう。
俺は「別に。暑いから脱いだだけっス。」と素っ気無く答えて前を向いた。
ただ何となく先輩達にさっきのことを言いたくなかったから。
だって言ったら絶対からかわれるし。
特に俺の隣にいるブン太サンとか・・・その隣で何か面白いネタはないかと目を光らせている仁王先輩とか・・・
とにかく余計なことは言わない。
そう決め込んで柳先輩の試合を見るのに没頭することにした。
「あー疲れた。」
伸びをするように後ろへと仰け反る。
ちょうど俺の後ろに座っていた柳生先輩と目が合って、へへっと笑うと「お疲れ様です。」と柳生先輩は苦笑いを浮かべた。
「行儀が悪いぞ赤也!ちゃんと座って前を向け!!馬鹿もんが!!」
「いでッ!!何も叩くことないじゃないっスかー!!」
「ゲームセットウォンバイ 立海・柳 6―0!」
「あ、終わった!」
柳先輩が相手の選手と握手を交わし、こちらに向かって戻ってくる。
汗一つかかずに清清しい表情をしていて、今まさに試合が終わった直後の人って感じは全くしなかった。
あーあ。嫌な人。
「あ、飛行機雲。」
「あーホントだ。飛行機雲だ。」
「ほー、確かに飛行機雲じゃな。」
「・・・・だから何だってんだよお前ら。」
ブン太サンに仁王先輩が俺に続いて空を見上げる。
ジャッカル先輩が呆れたように呟くと、相手校と挨拶を交わす為、俺らは全員コートへと出ていった。
空は青。
黄色いユニホームが並ぶその中で、俺は一人だけ半袖で挨拶を交わした。
「・・・・・・・ん?」
ずっと変な体勢で寝てたから相当だるくなった体を起こすと、体の上から何かがずり落ちた。
目を擦ってよーく見てみるとそれは見覚えのあるもの。
黄色くて、さっきまで嫌というほど見ていたソレ。
「何でこんなところにあるんだ・・・?」
立海レギュラー専用ジャージ。
「え?・・・何事?」
とりあえずあのレギュラーの中の親切な人が私にかけてくれたことは間違いないだろう。
・・・でも一体誰が?
そんなことをしてくれるのはやはり紳士で有名なあの柳生先輩だろうか?
いろいろ頭の中で考えてみたけれどどうも、そういったことをしてくれる人はというとその柳生先輩しか思い浮かばない。
「とにかく・・・返しに行かなきゃね。」
ジャージを掴むと立ち上がって一度、体を起こす為に伸びをした。
そこで気づいたが辺りからはさっきまでしきりに聞こえていた煩いほどの声援がない。
おかしいなと首を傾げて携帯のディスプレイに目を遣る。
「はぁあああああああああああああ!!!?」
ただ今の時刻は4時過ぎ。
試合は終わっていて、この付近にも人の気配がほとんどない。
たぶんもう大半の人は帰っているに違いない。
それよりも私の友達は一体何処で何をしているのかな・・・・
まさか放って帰ったってことは・・・ないよね?
恐る恐る携帯の受信ボックスを開くと、
「お、ナニナニ?
『何処にいるかわかんないし電話繋がんなかったから先帰るね(^0^)/』
・・・・・・・・・・・・・はあ、やっぱり。」
溜め息を吐きながら携帯を閉じると、握り締めていたジャージを綺麗に折り畳んで鞄の中にしまった。
明日テニス部の誰かに返そう。
そう心に決めて、テニスコートから一人で帰路を歩いた。