君が教えてくれたモノ

 

 

 

 

どうしてみんなそんなすぐに『死ね』とか『死にたい』とか口にするわけ?

なあ、知ってんの?

生きたいって思っても、生きれない奴がいるんだって事。

 

 

 

 

 

何が起こったのか、一瞬理解することができなかった。

審判である俺はさっき同様、ただコールをしようとしただけだった。

 

 

 

「宍戸、何ボケッとしてやがる!! 救急車だ!! 早く!!」

「お、おう! わかった!!」

 

 

 

跡部に怒鳴られて、ハッとする。

そこで初めて今目の前で起っている状況を何となく理解する事ができた。

頭ではわかっているんだけれど、それでも、身体はついて来てはくれない。

慌ててポケットやケツを叩いて携帯を探してみるけどよく考えれば今は部活中だ。

携帯なんて部室のロッカーに決まってる。

 

 

 

「ッチ、肝心な時に使えねぇな携帯も!!」

 

 

 

立ち往生しているギャラリーを掻き分けて部室へ向かう。

荒々しく部室のドアを開け、自分のロッカーから携帯を取り出す。

携帯を握り締め、小刻みに震える指でボタンを押した。

 

 

 

「何がどうなってんだよ、ったくよ!」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

騒がしくなったテニスコート。

そんなコートの真ん中で、跡部さんが必死に彼に呼びかける。

 

 

 

「おい、大丈夫か、おい!!」

「……ぜぇっ、はっ、ぜぇっ、」

「チッ、おい誰か萩を呼んで来い!! どこかにいるはずだ!!」

 

 

 

何人かの部員が一斉に駆け出す。

俺も捜しに行こうかと思ったけれど、驚きと恐怖で何故だか上手く身体が動いてくれなかった。

苦しそうに息を繰り返す棟田先輩の背中を支えながら跡部さんは再び声をかけ始める。

救急車を呼びに部室へ走って行った宍戸さんはまだ戻ってこない。

 

 

 

どうして、こんなことになってしまったんだろうか。

跡部さんのサーブが棟田先輩のコートに突き刺さった瞬間だった。

 

棟田先輩が急に蹲って胸を押さえだしたのは。

 

 

 

「なあ、長太郎…。」

「あ、はい! 俺達、何もしなくていいんですかね…向日先ぱ、」

「……俺、」

 

 

 

俺の前に顔を真っ青にして現れた向日先輩が、コートの真ん中で蹲る棟田先輩を見ながら言う。

 

 

 

「急に自分が怖くなった。」

 

 

 

何も言い返すことができない。

 

だって、それは俺も同じだったから。

 

 

 

「怖ぇよ、俺! すんげぇ自分が怖い!!!」

「向日さん落ちついてください!」

「なんでっか、わかんねぇけど…怖ぇ!! が落ちた時と同じくらい…怖ぇよ…!!」

 

 

 

取り乱したように両腕を抱えて叫ぶ向日先輩の両肩を、案外近くにいた日吉が掴む。

向日先輩の声は震えていて、涙で溢れた瞳を揺るがせながら俺を見上げた。

 

 

 

「俺、何となくわかってたんだ…。」

「向日先輩…、」

「はっきりじゃねぇけどさ…。 試合すればどうなんのかなって…何か、ずっと胸がモヤモヤしてて…不安だった。

 でも別にどうなってもいいやって思えたのはアイツが嫌いだったからで、を苦しめたアイツならどうなったっていいって…、」

 

 

 

 

 

「なのに、こうなったの見た瞬間、そう思ってた自分が急に怖くなった……!!」

 

 

 

 

 

ボロボロと大粒の涙を流しながら俺のジャージを掴む向日先輩。

先輩は悔しそうに顔を歪めながら、俺にしがみ付く様に肩を上下に揺らして泣き始めた。

そんな先輩の俺より小さな背中を見て、俺の表情も強張った。

 

 

 

そんなの、俺だって一緒だ。

 

 

 

どうなってもいいって、そう思ってた。

試合をする時点で、何か起るんじゃないかって、だけど。

 

先輩を苦しめるあの人がどうなろうが、どうだっていいじゃないかって思っていたんだ。

 

思っていたのに。

 

 

 

思っていた自分が、怖い。

 

 

 

「俺達は…何も知らなかったんだな。」

「………うん、そうだね。」

「知らない方が、幸せだったのかも知れないな。」

 

 

 

日吉の髪が風で揺れる。

俺は黙ったまま視線を棟田先輩へと向け、頷いた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「……え?」

 

 

 

シンと静まり返った病室内。

最初に声を発したのは、サンだった。

 

 

 

「ねえ、……今の、どういう…意味?」

「そのままの意味。 理解できんかったか?」

「ちょっ、ちょっと待ってよ! そんなの、嘘だよ!!」

 

 

 

引き攣った表情で声を荒げるサン。

黙ったまま何も言えずに視線を泳がす芥川サン。

そんな二人を見て、仁王先輩はポケットに手を突っ込んだまま立ち上がった。

 

 

 

「嘘じゃない。 全部ホントの話。」

 

 

 

先輩の目が窓の外を映す。

昨日とは違い、今日は綺麗に晴れていた。

 

 

 

 

 

「アイツの命はもう、長くない。」

 

 

 

 

 

あの人と出会ったのも確か、これくらい綺麗に晴れた日だった気がする。

 

 

 

 

 

『お前の頭、ワカメみてぇ。』

 

 

 

ムカチン。

初対面にしてはマジで失礼すぎる発言。

この喧嘩買ってやろうじゃんと、拳作って振り向いた先にいたのがあの人だった。

 

 

 

『チリ毛、お前名前何つーんだ?』

『ああ? アンタ、喧嘩売ってんの?』

『は? 別に売ってねぇし。 あと威勢いいのはいいけど俺先輩ね。』

『関係ねぇぶっ潰す!!』

 

 

 

殴りかかろうとしたら片手で頭掴まれて即終わった。

何、え? 強ぇマジ強ぇ。

瞬時にこの人には敵わないと思ったけど、やられっ放しも悔しいから思いっきり睨みあげてやる。

すると、あの人はすんげぇ楽しそうに笑い出した。

 

 

 

『お前負けん気強ぇなぁ。 いい眼してんじゃん。』

『うっせぇ一発殴らせろ!!』

『殴らせてやるからその毛刈らせろ。』

『マジ殺ス!!!』

 

 

 

俺が本気で殴ってやろうとした時だった。

あの人の目が、急に色を失って、

まるで、蔑んだように俺を見下したのは。

 

 

 

『だったら、殺してみろよ。』

 

 

 

そう言って俺の手を自分の首に宛がったあの人の目は、まるで生きている気がしなかった。

 

 

 

『殺せないくせに、殺すだなんて軽々しく口にすんな。』

 

 

 

力が完全に抜け切った俺の手を、使えない玩具を投げ捨てるように手放したあの人。

この人には勝てない。そう思って何も言い返すことができなくなった俺。

あの日、立海には強くて怖ぇ先輩がいるもんだとしか思わなかったけど、だけど、

 

あの時、あの人は本当に殺して欲しかったんだなって、今になって思った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「秋乃は生れた時から心臓が弱かったんだ。」

 

 

 

窓の下を見下ろせば青々としたコートが広がっていて、その真ん中では僕の再従兄弟が跡部に支えられていた。

騒がしい声が僕がいる教室にまで聞こえてきている。

隣でその様子をじっと眺めていた忍足が、見るに耐え兼ねたのか視線を逸らし窓に背を向けた。

 

 

 

「小さい頃は何度も発作を繰り返しては、生死を彷徨ってた。」

 

 

 

そのたびに棟田は唯一の跡取りを失いたくないと、みんな必死だった。

だけど、

 

 

 

「ある日秋乃の主治医がね、持って十五年くらいだって。」

 

 

 

それが告げられた途端、諦めたように棟田は秋乃を見放した。

跡継ぎになれないのなら、仕方がないと言えば仕方がないんだけど…。

すぐに棟田は滝の長男である僕を跡継ぎにしようって言い出した。

でも、地位や権力に執着心が強い秋乃の伯母さんはそれをすぐには認めようとしなくて、説得するのにすごく時間がかかったらしい。

そして最終的に、秋乃の残りの人生何だって秋乃の好きなようにさせる代わりに、僕を跡継ぎにする事に決まった。

 

 

 

「ちょい待ちぃや。 そやけど、世間では未だに棟田の跡継ぎはアイツの名前で通ってるはずやで?」

「うん、公に発表はしてないよ。 だけどこれは棟田と滝の間ではもう何年も前から決まっている事だから。」

「何で…言わんかったん?」

「あくまで棟田が本家だからね。 その跡取りがいないって世間に知れたら信用を失くしちゃうとかそんなところじゃないかな。

 …よくわかんないけど、秋乃が完全に使い物にならなくなったら僕を表に出すって、そう言う話だったよ。」

 

 

 

感情を失ったオトナって残酷だなって、まだ小さかった僕でも思った。

家が潰れちゃったら僕自身も生活出来なくなっちゃうから何も言えなかったけど。

企業を成功させる為には自分の子どもですらモノとしか見ていないんだから、金に左右される人間ってのは怖い。

 

そして、そんな扱いを受けてきた秋乃自身に、酷く同情した。

 

 

 

「秋乃はね、幼稚園の年長になるまで知らなかったんだ。 自分が病気だって事。」

 

 

 

知ってからだった。

秋乃は僕に酷く当たるようになって、無茶な事ばかりするようになった。

それはもう目に余るくらいで。

きっと初めは死にたくないって、そんな気持ちでいっぱいだったんだ。

どうして同じように生れた僕は何不自由なく元気に生きていて、自分だけこんなにも苦しい思いをして死ななければならないんだって。

きっと、そんな気持ちでいっぱいだったんだと思う。

 

 

 

「それがキッカケかな、秋乃の奇行に伯母さんも手に負えなくなっちゃって。

 伯母さんはこの時やっと、秋乃の起こす問題を棟田が金で揉み消す代わりに僕を跡継ぎとして認めたんだって。」

 

 

 

どんな傷害事件を起こそうが、どんなに我が侭言おうが、どれだけ人を虐めようが。

その度に棟田が彼の尻拭いをしてきたから、秋乃は何だって自分の好きなことが出来た。

何をしても許されて、何をしてもその行動を咎められる事なんてなかった。

 

 

 

「小さい頃は頻繁に起こってた発作もね、成長するにつれて少なくなってきて、激しい運動をしない限りは結構普通の生活が出来てたんだ。」

「……アイツめっちゃ激しい運動してるやん。」

「そうだよ、だから最近は特に発作ばっかり起きてるんだよ。 本当はテニスだってしちゃダメなのに…。」

 

 

 

ある日、僕がテニスを始めて、それに続くように秋乃もテニスを始めた。

これなら二人きりでも出来るだろうって、嬉しそうに笑って言った。

その無垢な笑顔を奪ったのは、一体誰だったっけ。

 

 

 

『ハギ鬼ごっこしよ!』

 

 

 

「いつからだったかな…」

 

 

 

まだ病気だって知らされる前。

病気だって事もあって、家からあまり出してもらえなかった秋乃。

家にいる間、友達と呼べる遊び相手は僕一人で。

激しい運動や動き回る遊びはしちゃダメだって、厳しく言い聞かされていた。

だけど、僕の顔を見たら嬉しそうに笑いながら走ってやってくる秋乃。

 

 

 

 

 

ねえ秋乃、いつから君はそんな歪んだ感情を持つようになっちゃったんだっけ。

 

 

 

 

 

『二人で?』

『そう二人で!』

『……ごめん、僕今から幼稚園行くんだけど。』

『じゃあ帰って来てからしよ。』

『今日はすぐには帰って来ないから無理だよ。 僕その後テニスしに行くから。』

『テニス?』

『うん、すっごく楽しくてね。 跡部ん家にでっかいコートがあるんだ。』

『…あと、べ?』

 

 

 

秋乃には秋乃の人生があるように、僕にだって、僕の人生ってモノがあった。

 

幼稚園へ行けば、秋乃以外の遊び相手だって出来た。

幼稚園が終われば、その子達といろんな遊びをして、自分が楽しいって思える事をしたかった。

秋乃と二人の世界ばかりを見てきた僕は、こんなにも楽しい世界があるんだって事を知らなかったんだ。

 

それまでは大勢でやる遊びだって秋乃と二人だけでやってきた。

秋乃には僕しかいなかったから。

また、その逆。 僕にとっても秋乃しかいなかったから。

その事に嫌気がさしていたのかもしれない。

だから小さかった僕は、知ってしまった楽しい世界につい夢中になっちゃって、秋乃の事なんてそっちのけになってしまっていたんだ。

 

でも、それって、いけないことだったのかな。

 

 

 

『ハギが帰ってこなかったら、俺何すればいいんだよ。』

『……ごめんって。』

『もういいよ、さっさと幼稚園行けば?』

『秋乃…、』

『そのテニスって奴もあとべって奴もハギを取ったから俺は嫌いだ!!』

 

 

 

あの時の君は、怒りながら泣いてたよね。

顔を真っ赤にして、僕の事を睨んで、二度とここに来るなって怒鳴ったよね。

 

そういえば、あの日からしばらく家に行かせてもらえなかった覚えがある。

その時は僕も幼稚園の方に夢中だったから、気になりながらも秋乃の家には行かなかった。

何ヶ月か経って、もう怒ってないだろうって久しぶりに家を訪ねると、

 

 

 

『ハギ、どっちが強いか勝負しようぜ!!』

 

 

 

秋乃は泥だらけになりながらも自信満々の笑みでテニスラケットを僕に突きつけた。

驚いて、そのラケットとボールはどうしたんだって聞いたら、『倉庫にあったのこっそり持ってきた』って言ってた。

バレたらきっと伯母さんに酷く怒られるんだろうなって思いながら、僕は秋乃と試合をしたっけ。

 

 

 

『どうだハギ、俺お前より強いだろ。 これから毎日練習相手になってやってもいいぜ。』

 

 

 

君は僕と試合をする為に、ルールを覚えてずっと一人で練習をしていたんだよね。

僕と遊びたくて、発作が起きるのも我慢して、ずっと。

 

秋乃は生まれ持った才能なのか、先に始めた僕よりうんと強くて、いつもテニスの相手をしてくれる跡部と同じくらい強かった。

だけどその跡部も、来月からはお父さんの仕事の都合でまたイギリスの幼稚園に通うって、その日の幼稚園で会った時に言っていた。

ふとそのことを思い出して、新しい練習相手に丁度いいかなって思ったんだ。

 

なのに、それなのに僕は…

 

 

 

 

 

『いらないよ、それに秋乃、ビョーキなんだからテニスなんてしちゃダメじゃん。 死んじゃうよ。』

 

 

 

 

 

負けた事への悔しさで、幼かった僕は、君のことを酷く傷つけた。

 

 

 

 

 

「秋乃が病気のこと知ったのはこの時。 …自分の命がそう長くないって知って、周りに八つ当たりを始めたんだ。

 ……まあ、まだ小学生にもなってない子どもだったんだから、当然だよね。」

 

 

 

当然だったんだ。

秋乃が死にたくないって思うのも、それは当然のことだった。

君は十五歳までしか生きられないんだよって言われて、喜ぶ奴なんていない。

誰だって、死にたくないに決まってる。

 

なのに、いつからか、秋乃は死ぬ事を望みだした。

 

ううん、違う。

死ぬ事を恐れて、決められた死の瞬間を恐れて、

知ってしまった人生の終着点を恐れて、秋乃は誰かに殺される事を望んだんだ。

 

 

 

「……何で、なん?」

「十五年しか生きられない人生が、辿り着く先が見えてしまった人生が…秋乃にとっては恐怖でしかなかったんだ。

 だから秋乃は……予測できない死を望んだ。 発作を起こして死ぬんじゃなくて、違った死に方を望んだんだ。」

 

 

 

初めは自殺も考えたみたい。

何度も何度も繰り返してみたけど、結局自分では死ねなかった。

死に直面して、そこで初めて知る“死ぬ事”に対する恐怖。

すごく怖かったんだと思う。

余計に死ぬ事が怖くなって、近いうちいつか必ず来るだろう“その時”を迎える事が怖くなって。

その度に僕や伯母さん、当時隣に住んでいてたまに家に遊びに来てくれていた朱音ちゃんに『殺してくれ』って叫んでた。

 

 

 

「初めて自殺を謀った時にね、秋乃が言ったんだ。 死ぬ事は怖いけど、それよりも、死んだ事によって忘れられる事の方が怖いって。」

 

 

 

たった十五年しか生きていなくて、家の為の道具としてしか見てもらえなかった秋乃。

死んで、誰もが彼を必要としなくなって、時が経って、忘れられていく。

死ぬ事よりも、死んで、自分が生きていた事さえ忘れ去られる事を秋乃はずっと恐れていたんだ。

 

怖くて、辛くて、苦しくて、ただ、寂しくて。

 

 

 

「人一倍の寂しがり屋だから、秋乃は……、絶対に自分の事を忘れないでいてくれる存在が欲しかったんだ。」

 

 

 

どんな形であっても、絶対に自分を忘れない存在。

秋乃は、心に傷を負わす事によって、自分の存在を僕や朱音ちゃん、そしてに焼き付けようとした。

周りからの愛を受けてこなかった秋乃には、きっと、この方法でしか自分を残す事ができなかったんだ。

いや、できなかったんじゃない。

それ以外の方法を知らなかったんだ。

 

 

 

「………本当に、可哀想な奴。」

 

 

 

可哀想で、愚かで、本当に不器用な愛情表現。

 

 

 

寂しいくせに。

辛いくせに。

死にたくないくせに。

生きたいくせに。

 

 

 

本当はもっと普通に笑って、

普通にテニスをして、

普通に誰かを愛して、

ただ、みんなと同じように普通の人生を生きたかったくせに。

 

 

 

『ハギ遊ぼ!!』

 

 

 

「滝さん!!」

「おい、滝さんがいたぞ!!!」

 

 

 

僕の事を捜し回っていた部員が二人、教室へと入ってくる。

遅れてもう一人が息を切らしながら大量の汗を流して入ってきた。

 

さあ、もうタイムリミットだ。

 

 

 

「滝さん、棟田先輩がっ…」

「ああ、わかってるよ知ってる。 ごめんね、走り回らせちゃって。」

「…はあ、っ…はあ、滝さん?」

「想い出に耽ってたら、行動に出るのが遅くなっちゃった。」

 

 

 

ハハハと乾いた笑みを零す僕を見て、肩を上下に揺らしながら戸惑った表情を見せる部員達。

立ち上がると、僕の動きを制止させるように忍足が僕の腕を掴んだ。

 

 

 

「滝は今すぐのところへ行ってこの事伝えて来てくれへんか。」

「……え?」

「後の事は俺と跡部に任せたらええ。」

「ちょっと、何言ってんの…その役目は僕じゃなくて跡部の役目でしょ?」

 

 

 

戸惑う僕を見て、フッと口元に笑みを浮かべ、僕の頭を数回叩く。

忍足はそんな僕を追い越し、教室を出て行こうとする。

ドアの前で振り返ると、真剣な表情で忍足が僕を見据えて言った。

 

 

 

 

 

「見とき。 俺らがアイツに奇跡(ミラクル)起こしたるわ。」

 

 

 

 

 

“君はヒトリじゃないんだよ。”

 

 

 

どれだけ君に叫んでも、一度も君に届いた事はなかったね。

でもね、知ってるかい。

 

君は周りが見えていないだけなんだってこと。

彼女に固執するあまり、何も周りが見えちゃいない。

 

それは、あの日の跡部と同じ。

それは、先日までの彼女と同じ。

 

 

 

 

 

君がそれに気づくのは、一体いつの事なんだろうね。

 

 

 

 

 

2008.01.03 執筆