君が教えてくれたモノ

 

 

 

 

『景吾か?』

 

 

 

父の書斎。

見渡す限りの書物に囲まれ、印刷物の匂いが鼻につく。

そこに、滅多に見ることの無い父の姿が目の前にあった。

 

 

 

『帰ってたんですか。』

『ああ、会議があってな。 どうだ景吾、日本の学校は楽しいか?』

『……はい、退屈はしてません。』

『そうか。 テニス部の部長になったんだってな。 まあ俺の息子だ、当たり前か。』

『はい、二三年なんて敵じゃありませんでした。』

 

 

 

書物から目を離すことなく繰り出される会話。

ここへ来てから一度もこちらを見ることも無い。

 

 

 

『あと三十分もしたらまたイギリス(あっち)へ戻らなくてはならん。 家の留守番頼んだぞ。』

『はい。 爺がいますし、問題ありませんよ。』

『それもそうだな。 あと、部活もいいが、しっかり勉強も頑張りなさい。』

『心配いりません。 全て完璧にこなしてますので。 貴方は貴方の事だけを考えていればいい。』

 

 

 

そう言って、初めて父は俺のことを見た。

一瞬だけ目を真ん丸く見開いて、すぐにいつもの凛々しい表情へと戻す。

そこに、もう驚きの色は見えやしない。

 

 

 

『そうか。 頼もしいぞ、景吾。 それでこそ跡部家の跡継ぎに相応しい。』

 

 

 

跡部家の跡継ぎに相応しい、だと?

 

なぜ、怒らない。

どうして、疑問に思わない。

 

“貴方”と言われて。

父を必要としない息子を見て。

 

どうして貴方はそれを喜ぶんだ。

 

 

 

『……それでは部活へ行ってきます。 お元気で。』

『ああ、部活だったのか。 頑張ってきなさい。 ……そうだ、景吾、』

 

 

 

呼ばれて振り返る。

次は何ヶ月後に会うかもわからない、顔が良く似た実の父が視界に映る。

しかし目が合うことは決してない。

彼の視線の先はあくまで書物だ。

俺では、ない。

 

 

 

『友達は選ぶんだぞ。』

 

 

 

貴方なんか、父であって、父じゃない。

 

 

 

―― あとべー! 試合しよー!

―― おい跡部! お前ふざけんな!!

―― 跡部、教科書貸してくれへん?

―― ほんと嫌味な奴だぜ、クソクソ。

 

 

 

普通だと思ってた。

アイツらに会うまでは、これが普通だと思ってたんだ。

誰も頼りにせず一人で立っている事が、常に完璧である事が、それが普通なんだと。

だからできて当たり前で、できない事が可笑しくて。

今までずっとそうだったのに、アイツらと出会ってから、何かが違う。

 

久しぶりに見た父の素っ気無い態度が、これほどまでに感情の無い会話が、すごく滑稽に思えた。

 

 

 

『俺がどんな奴と付き合おうが、貴方には何一つ関係ありませんよ。』

 

 

 

否定なんかさせない。

俺に寂しさしか与えやしなかった貴方なんかに、

アイツらを否定する言葉なんて言わせやしない。

 

父からの返事はなく、視線がこちらを向く事もなかった。

ただ紙を捲る音だけがして、俺はそれ以上何も言わずに書斎を後にした。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「止めんでええんか?」

 

 

 

滝が振り向く。

誰もおらんようになった教室で一人、ユニホーム姿のまま窓の桟に肘をついてテニスコートを眺めていた。

見つめる先には、コートに向かい合って立つ二人の男の姿。

 

 

 

「何で?」

「何でって、事情知ってるくせによう惚けるわ、自分。」

「……とっととゲーム終わらせちゃえば問題ないよ。」

「無理やってわかってるから、聞いたんやけど?」

「………、」

 

 

 

黙り込む滝の隣の椅子を引いて腰を下ろす。

滝の視線が俺からコートへと戻った。

 

 

 

「どんなに長い試合になったって、止めるべきじゃない。 いつまでもぐだぐだやってないで、試合(ゲーム)をさっさと終わらせないと。」

「でもどないすんねん。 このままやったらアイツ……、」

「この試合を持ちかけた本人が言うべき言葉じゃないね。 忍足本人がそうなるよう仕向けたくせに。」

「……そやけど、」

「たぶん、秋乃自身ももうわかってるはずだから……好きなようにやらせとけばいいよ。」

 

 

 

そっと、男にしては長めの睫毛を伏せる。

滝の横顔をじっと見つめていると、「ねえ忍足、」とこちらを見ずに呼ばれた。

 

窓の向こうではホイッスルの音が鳴る。

……試合、開始や。

 

 

 

「秋乃の事、どうして気づいたの?」

 

 

 

サーブは棟田秋乃から。

すぐにリターンエースで跡部にポイントが入る。

コートの周りのギャラリーからは盛大な歓声と拍手が沸き起こった。

 

 

 

「俺を誰やと思ってるん? 俺は、忍足家の息子やで。」

 

 

 

さあ、反撃開始といきましょか。

囚われの姫さん護るために、俺らは動き出すんや。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「はい、どうぞ。」

 

 

 

ドアの向こうにいる人物に声をかけると、ゆっくりとドアが開く。

そこからひょこっと顔を出したのは、

 

 

 

ちゃん、具合はどう?」

「!、ジロー、」

「へへ、はい、お見舞いのケーキ!」

「…あ、ありがと。」

「いーよいーよ気にしないで、一緒に食べよ!

「え、あ、うん…一緒にね。 そっか、うん。」

 

 

 

ジローは笑みを浮かべながらケーキの箱を開ける。

クリームの甘い匂いが鼻を掠めた。

 

 

 

「部活じゃないの? 休みって、わけじゃないよね?」

「うん、あるよ。 サボったんだ。」

「……、そう。 ごめんね。」

「あ、気にしないで気にしないで! どうせ俺ら今日は見てるだけだCー。」

「?、え?」

 

 

 

何のことか意味がわからなくて、私が目を瞬かせると、

 

 

 

「昨日跡部から聞かなかった? 棟田秋乃と試合、するって。」

 

 

 

ジローはへへっと笑ってそう言った。

はい、とプラスチックのフォークで口元までケーキを運ばれて、ゆっくりと口を開ける。

途端に口の中に広がった甘い味が、何だかものすごく懐かしかった。

 

 

 

「見ないでよかったの? みんな見てるんでしょ?」

「結果分ってるし、見なくても大丈夫だよ。」

「…そんな、どうなるかなんて、」

「跡部が負けるはずないC。 ちゃんだってそう思うでしょ?」

 

 

 

にこにこと笑うジローの笑顔。

跡部を信じきったその言葉。

 

―― 跡部傷つけたら、許さねえからな。

 

思い返せば、ジローはいつも跡部を信じてた。

二人の間に何があったかなんて私は知らない。

教えてもらったこともないし、聞いたこともない。

 

でも、ジローは、いつも跡部を大切に思ってた。

 

 

 

「……そう…だよね、跡部がアイツに負けるはず、ないか。」

 

 

 

そう思わせる力がジロー自身にあるのか、人に信じてもらえる力が跡部自身にあるのか。

どっちであるのかわからないけれど、自然と私も跡部に信用を置いて来ている気がする。

いや、気だけじゃない。

確実に私は跡部を頼り始めてる。

きっと彼なら裏切らないって、心のどこかで確信を抱いているから。

 

 

 

「うんうんちゃんよくわかってる〜! あ、イチゴあげるね。 はいあーん。」

「え、あ、ありがとう。 …うん、甘酸っぱい。 でも美味しいね。」

「マジマジ!? ここのケーキ、丸井君が好きなんだって! 東京来たらここのケーキ食べるって言ってた。」

「へえ、丸井君が…。」

 

 

 

ジローがケーキを入れて持ってきた箱に視線を落とす。

 

― GOOD FORTUNE ―

 

……幸運、か。

こんな名前の店、いったい何処にあるんだろう。

今まで見た事も聞いた事もない。

きっと丸井君のことだから、みんなが知らない美味しいケーキの穴場とか知ってたんだろうな。

 

 

 

『今お前が死んだらアイツらだって、苦しむんじゃねぇのかよ!』

 

 

 

ふと、あの時に私のことを必死で止めてくれた丸井君を思い出す。

丸井君がいたから、死のうとした私を止めてくれたから、今こうやって生き続けることができるんだ。

丸井君がいなかったら私、死んでたんだなって、今になってすごく思う。

 

 

 

「……丸井君、怒ってるよね。 呆れてるよね、きっと。」

「え、何で?」

「だって、あんなに必死で怒ってくれたのに私、話聞こうともしないで…手、怪我させちゃった…。」

 

 

 

丸井君の手を振り払った拍子に怪我をさせてしまったことはちゃんと覚えてる。

その瞬間、身体中の血液が一気に引いたのも、しっかりと覚えてる。

 

大丈夫なのかな。 どれくらいの怪我だったのかな。

丸井君は全国区のテニスプレイヤーなのに。 大事な手、だったのに。

…私、彼に最低なことをしてしまったんだ。

 

なのに私、まだ『ごめんなさい』も、『ありがとう』も言っていない。

きっと丸井君、私のこと、恨んでるよね。

謝ったって、許してくれないと思う。

…でも、ちゃんと会って謝りたいよ。

 

 

 

ちゃんあのね、このケーキさ、」

「……?」

ちゃんに買ってってやってくれって丸井君に言われたんだ。」

 

 

 

そう言うと、ジローはニッコリ笑って残りのケーキを美味しそうに頬張った。

 

あれ、私のケーキだったんじゃ…、

 

 

 

「大丈夫、怒ってないよ。 それにもし怒ってたとしても、次に会って『ありがとう』って言えば丸井君は許してくれるよ。」

 

 

 

先ほどのジローの思いもかけない行動に茫然としていると、ジローは私の頭をヨシヨシと撫でた。

すると、再び病室のドアが鳴った。

短く返事を返すと、さきほどと同じようにガラリと開く。

 

 

 

「よう、元気か。」

「チーッス。 見舞いに来たッスよ。」

「仁王君! 切原君!」

「ほれ、見舞いの品じゃ。 受け取りんしゃい。」

「あ、ありがとう…、」

 

 

 

予想外の来訪者に私もジローも驚きを隠せず、二人のペースにされるがまま。

仁王君から受け取った紙袋をジローは私の許可無く覗き込む。

こいつ、口元にケーキのクリームつけたままだ。

 

 

 

「何が好きか知らんから適当に買ってきた。 まあ食えんかったらそこの羊にでもやればいい。」

「羊って俺のこと? うん、ちゃん食べられなかったら俺にくれたらいいからね〜。」

「誰がやるもんか。 卑しい羊だなホント。」

「何があったか知りませんけど芥川サン口にクリームついてるッスよ。」

「あ、マジマジ? あめぇー。」

 

 

 

言わなくてよかったのに。

帰るまで黙っててやろうと思ってたのに。

 

ジローに取られないように紙袋を抱えたまま仁王君と切原君にもう一度お礼を言う。

二人は人の良い笑みを浮かべて私のベッド脇に腰を下ろした。

いや、来客用の椅子に座ってよ。 何であえてそこなの?

 

 

 

「退院はいつするんじゃ?」

「えっと、たぶん明後日くらいじゃないかな。 私よくわかんないの。」

「ふーん、怪我とかはもう問題ないんスか? 階段から突き落とされたんっしょ?」

「うん、もう特に痛いところとかないし……別に大丈夫だよ。 元気元気!」

 

 

 

笑って腕を振れば、仁王君がホッとしたように笑った。

でもすぐに合宿でも見たような真面目な表情に変わり、私をじっと見つめて言った。

 

 

 

「参謀からの情報では、今日、跡部はアイツと試合をしとるそうじゃな。」

「うん、この時間じゃもう始まったんじゃないかな。 本当は前の続きからするはずだったんだけど…今日はまた初めからするって。」

「……そうか。」

 

 

 

ジローの返答に仁王君は少しだけ表情を曇らせる。

 

 

 

「今日こそ決着つけるつもりなんスね。 跡部さん。」

「しかし何で…試合なんかすることになった? アイツ、棟田は断らんかったんか?」

「棟田秋乃は試合の申し込み、あっさりと受け入れたよ。 半ば忍足に挑発されて、ならしいけど。」

「…忍足、侑士か?」

「そ、試合を提案したのも忍足だったからね。」

 

 

 

仁王君の表情が強張ってジローを見つめる。

急に空気が重くなった病室。

私の背筋に一筋の汗が伝った。

 

 

 

「……知ってて、提案したんか?」

「何の話?」

「アイツの事、知ってて試合を提案したんかって。」

「……俺達は知らないよ。 でも、忍足は何かに気づいてたみたいだけど。」

 

 

 

そう言って、ジローは少し不安そうに私に視線を向けた。

秋乃の秘密を知っている仁王君だからこそ、今の状況に何か焦りを感じているようで、

でもその秘密を何も知らない私とジローは仁王君が何に対して焦りを感じているのかなんて全く検討がつかなかった。

そこで、さっきから聞き手に回っていた切原君が口を挟む。

 

 

 

「今日は仁王先輩、サンに全てを話しに来たんスよ。」

「……え?」

「今日の試合のことを柳先輩から聞いて、急に時間がないからって言い出して…。」

 

 

 

ちらりと切原君は黙りきった仁王君を盗み見る。

仁王君は視線を落として口を閉ざしたままだ。

 

全てを話しに来たってことは、やはりここは秋乃のことで間違いはないだろう。

でも、時間が無いって、どういうこと?

今回行われている試合とどう関係があるのか、いくら考えても私にはわかりっこなかった。

 

助けを求めるようにジローに視線を向けると、彼も同じように私に視線を向けていた。

少しの沈黙の後、決心がついたように仁王君がゆっくりと口を開く。

 

 

 

、よく聞きんしゃい。」

 

 

 

落ち着いた低い声が病室内ひ響く。

まるで、吸い込まれそうな声色。

ごくりと、乾いた喉を潤すように唾を飲み込んだ。

 

 

 

「アイツ、棟田秋乃は……、」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「ゲーム棟田! 2−2!!」

 

 

 

コートの周りからどよめきが起こる。

息が上がった肩を上下に揺らす、一人の男。

汗一つ掻かずにじっと相手を睨みつける、一人の男。

 

 

 

「どうした、もう疲れたのか?」

「うるせぇ、次行くぞ。」

 

 

 

ボールが高く空へと舞い上がる。

 

 

 

「俺はお前なんかに負けねぇんだよ!!」

 

 

 

鋭いボールが相手コートに突き刺さる。

しかし汗一つ掻いていない彼は難なくそのボールを相手コートへと返す。

そして再び返って来たボール。

棟田秋乃はラケットを強く握り締め、奥歯を噛み締め、

そして相手コートへと目掛けてラケットを振った。

 

 

 

「だったら、そんな顔してないでもっと攻めて来いよ。 なあ、棟田!!」

 

 

 

パーン

 

 

 

ボールとラケットが音を奏でる。

突き刺さるようにコートへと落ちたボールは棟田秋乃のサイドを勢いよくすり抜ける。

誰もがそのボールを目で追う事が出来ず、審判をしていた宍戸亮が誰よりも真っ先に我に返り慌ててコールした。

 

 

 

「15−0!!」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「……向日さん、そんな顔しないでください。」

 

 

 

言われて、ぎゅっと握っていた手に汗が滲んでいた事に気がつく。

ああ言ったくせに日吉は俺のことを見ずに真っ直ぐと跡部の試合を直視していた。

 

 

 

「大丈夫、あの人は気づいている。」

「何が、」

「気づいていてあえて、全力で挑んでいるんだ。」

 

 

 

俺の質問には答えてくれない。

日吉は武者震いのように体を震わせ、目を見開いて跡部の事だけを凝視していた。

跡部の強さを改めて目の当たりにして、日吉の中の 何か がざわめきだしているんだろう。

 

 

 

『侑士、どういうつもりなんだよ。』

『さあな、それは見てからのお楽しみや。』

 

 

 

俺達は何も知らない。

何も聞かされていないからこそ、この試合を固唾を飲む思いで見守ってなくちゃならない。

知っているのは侑士だけ。

侑士が何故この試合を持ちかけてきたのか、わかんねぇけど…

試合が始まってからずっと俺の胸はドキドキしっぱなし。

不安で、試合から目が逸らせない。

 

 

 

「跡部は、気づいてんのかな。 この試合の意味に。」

「あの人はそういった事を見抜く力だけはずば抜けているでしょう。 見てくださいよ、あの顔。」

 

 

 

そう言って顎でボールを打ち返す跡部を指す。

俺の視線は日吉に言われるがままに跡部へと移った。

 

 

 

そうだ、跡部は、

 

 

 

「楽しそうじゃないですか。」

 

 

 

跡部は、

 

 

 

パーン

 

 

 

 

 

『そんなんじゃ誰もお前になんてついていかねぇぞ。』

 

 

 

 

 

ボールがコートを射抜く。

宍戸の声が高らかに上がって、またサーブから。

 

 

 

「………出会った頃と、変わったんだな。」

 

 

 

呟いた俺を、日吉が横目で見る。

 

 

 

「大丈夫、負けるわけねぇよ。 なんてったって天下の跡部様は俺達の部長なんだからな!」

 

 

 

そう言って頭の後ろで手を組めば、日吉は一瞬だけ目をまん丸くさせた。

でもすぐにいつもの憎たらしい顔で鼻で笑って再び試合に視線を移した。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

『ハギ、お願いがあるんだ。』

 

 

 

泣き顔でぐちゃぐちゃになった、まだ小学一年生の彼が言った。

 

 

 

『俺を殺して。』

 

 

 

そう言って泣きついてくるから、嫌でも僕は覚えてる。

彼が、初めて自殺を謀った日のことだ。

 

 

 

まだ小学一年生なのに、その目の奥には光も何も、存在してなどいなかった。

 

 

 

『ダメだよ秋乃。 生きないと、まだ、生きないとダメだよ。』

 

 

 

あやす事しか僕にはできない。

殺してあげることなんて、できるわけがない。

殺してあげたら、彼は救われるのだろうか。

否、小学一年生の僕に、答えなどわかるわけがない。

 

 

 

『もう、嫌なんだよ。 限界が、わからないから…怖いんだよ!!』

『秋乃、落ち着いて。 ほら、深呼吸だよ。』

『どうせお前だって早く俺が死ねばいいって思ってんだろ!』

『そんなことないから、ほら、とにかく一回深呼吸しなよ。』

『だって俺が死ねばお前が跡継ぎだもんな! お前らにとって俺は邪魔だもんな!!』

『………、』

 

 

 

両肩を掴んで僕の体を揺さぶる。

何も言いかえせない僕はそっと目を閉じて、彼にされるがまま。

 

 

 

『俺は何で、何でこの世に存在してんのかわかんねぇよ!!!』

 

 

 

泣き崩れる彼の背中を優しく撫でてやることしか、僕にはできない。

生まれ持った彼の運命を、僕が変えてやることなんてできやしないから。

彼の負担が少しでも減るように、彼を受け入れてやることしかできやしないんだ。

 

 

 

『…はあ、っいつか、……俺の事なんて……みんなっ、はあ、っ忘れちまうんだ……。』

 

 

 

忘れないよ。

 

そう言ってあげたいけど、言ってあげられない。

嘘になるから。

きっとまた、怒るから。

 

同情で言う言葉なんていらないって、秋乃は怒るから。

 

 

 

『そうだね。 みんなは忘れてしまうかもしれないね。』

『…はあっ、……はあっ、』

『だけど、秋乃を愛する人だったら、ずっと秋乃だけを思い続けてくれるかもしれないよ。』

 

 

 

言わなければよかったのかな。

そう思うよ、今でもずっと。

 

全部、全部僕が彼に告げた言葉が、この惨劇(ゲーム)を引き起こしてる。

 

 

 

「いつだって僕は、自分で自分の首を絞めているんだよね。」

 

 

 

忍足は何も言わない。

僅かな風に髪の襟足を揺らしながら、コートで行われている試合を見下ろしているだけ。

 

 

 

「ほんと、馬鹿みたい。」

 

 

 

生れた時から生きる希望を持てなかった秋乃。

そんな秋乃に目を付けられ、心に大きな傷をつけられて孤独を味わった

 

大切な再従兄弟も、本当に愛した人も、どちらも助けることができない僕。

 

 

 

さあ、一番不幸なのって、誰なんだろうね。

 

 

 

 

 

「ゲーム棟田! 3−2!!」

 

 

 

 

 

少し離れたコートに、そんな声が響き渡った。

 

 

 

 

 

2008.01.01 加筆修正