君が教えてくれたモノ

 

 

 

 

当時の俺も、今の俺も、きっと何処かで他人事のように見ていた。

自分のことじゃないし、面倒だって。

最低だけど、仕方がないと自分で自分を守ってた。

 

 

 

 

 

『死んだんだって、朱音ちゃん。』

 

 

 

クラスだけでなく、学校中の奴が同じ事を口にする。

朝学校に来たら、いつもは朝一番に来ているはずの朱音の姿はなく、

窓際一番後ろの彼女の席にポツンと菊の花がのっていた。

 

死んだんだって、とさっき聞こえてきた女子同士の会話をもう一度頭の中で繰り返してみる。

てっきり俺は部活内の虐めがとうとうクラスや学校中にまで広まったんだと思ってた。

 

でも、朝教室に入ってきた先生の第一声で俺の考えは全て覆される。

 

 

 

『昨日、交通事故で来栖朱音さんがお亡くなりになられました。』

 

 

 

これには俺と同じクラスだった幸村君も目を見開いて驚いていた。

もちろん俺も驚いた。 マネージャーが死んだって聞かされたんだ、当然のことだ。

 

だって、冗談だって、思っていたから。

女子が勝手に噂しているだけだって、そう思っていたから。

 

だけど、どこかやはり他人事のようにその事実を受け止めていた。

ああ、死んだんだ、って。

 

きっと、いつか彼女は死んじまうんじゃないかって薄々だけど、心の中で思っていた。

今まで普通に接していた奴らに、手のひら返したようにあれだけ虐められりゃ、人生に絶望を感じていても可笑しくない。

いつもへらへら笑っていた朱音だって、言わばただの人間。 ましてや、性別は女だ。

傷つかないはずもなければ、死にたいと、生きる希望を失くすことだってあるはずだった。

だから、日に日に笑わなくなって、声をかけたら貼り付けたような笑みしか浮かべないようになった朱音を見ていたら、

いつ目の前からいなくなっても、可笑しくなかったんだと思う。

 

先生の口から聞かされた朱音の悲報。

驚いたけど、悲しかったけど、寂しかったけど、それ以上の何でもなかった。

 

 

 

『おい丸井知ってる? マネージャー死んだんだって。』

 

 

 

部活が始まり、先輩達も後輩もみんな、マネージャーの話で持ちきりだった。

やばいんじゃねえのとか、もしバレたらどうするよとか、

だけどもう後の祭。 どうにでもなれとか叫びまくってる馬鹿もたくさんいた。

 

俺達一、二年からしたら今回のマネージャーの死は虐めが原因だってわかりきっていた。

だってそうだろい。

おかしいって、何で急に事故死すんだよ。

そりゃ事故ってのは急に起こるものだけどさ。

虐めがあったって知ってるテニス部内では明らかあれはもう自殺だろうって、噂になっていた。

 

 

 

『先輩達がやり過ぎだったんだって。 見てて可哀想だったし。』

 

 

 

よくよく考えてみたら、事故前日の朱音の態度は明らかにおかしかったと思う。

妙によそよそしかったり、何か考え込んだり、俺達が話しかけても上の空だった。

帰り際にまた明日なって俺やジャッカルが言うと、アイツはいつもと違って、

『明日が来るといいね。』って切なそうに笑って言ったんだ。

予想外の返答を残して帰っていった朱音の後ろ姿を見送って、俺もジャッカルも目を見合わせたっけ。

 

 

 

気づいてやればよかったなってジャッカルが後から零してたけど、

俺はこうなってしまったんだからもうどうしようもないと言って諦めていた。

確かにあの時気づいていたら朱音の自殺は止められたかもしれないけど。

だけど俺からしたら、無理だろ、そんなの。

終わっちまったもんは今更どう足掻いたってどうすることもできねえんだから。

考えるだけ時間の無駄、と自分でも冷たい人間だと思うくらい酷い言葉を口にした。

 

 

 

あの時のジャッカルの歪んだ表情と言ったら、笑えたな。

雰囲気が雰囲気じゃなかったし笑わなかったけど。

それにそんな顔させたのは俺だから。

 

 

 

『お前って、優しさが中途半端なんだよ…。』

 

 

 

そうジャッカルに言われて、その時俺はうるせえよっつって頭叩いたっけ。

でもそれ以上言い返せなかったのは、きっと俺自身わかっていたことだから。

 

 

 

彼女が虐めを受けていた時はかわいそうだって思って

先輩達の目を盗んでよく話しかけてやったり、仕事手伝ったりしてやった。

朝の挨拶も帰りの挨拶もちゃんとしてたし、シカトとかそんなことは一切しなかった。

それは俺だけじゃなく、幸村君やジャッカル、真田や柳、あとは柳生とか仁王とか赤也とか

三年以外はみんなそうだったけど、それでも朱音に対して俺らみたいに真っ直ぐ向き合う奴は多くなかった。

 

 

 

だけどどうだろう。

実際彼女が自ら死を選んでこの世を去ったと知った時、

俺は自分でもびっくりするぐらい冷たい感情を持ち合わせた。

彼女が死んで慌てふためく先輩達より、遥かに残酷だと思う。

死んだんだ、馬鹿だな、とか、そんな感情が俺を支配していた。

 

 

 

『赤也、ちょいとこっち来んさい。』

『ウィーッス。』

 

 

 

ちょうどその時あたりくらいからだったかな。

仁王や赤也がコソコソしながら何かしだしたのって。

俺の嫌いな棟田絡みでアイツらは俺らの見てない所で何かしている時が多々あった。

俺はそれが気に食わなかったけど、妙に首を突っ込むのも面倒だと、いつも見てみぬフリをしていた。

時折それに幸村君が加わっていたようだけど、それも同様。

俺は決して首を突っ込んだりはしなかった。

 

 

 

『人間とは、愚かだな。』

 

 

 

いつだったか、仁王が棟田と話しているのをぼんやり見ていた俺の隣にやって来た柳がそう言った。

どこか遠くを見つめた瞳で、何の気無しにそう呟いたんだろう。

俺が返事を返すことなくガムを膨らませていると、柳は続けてこう言った。

 

 

 

『死にたいと思っても、死なない強さを持ってる人間が、俺には輝いて見える。』

 

 

 

今でも覚えている。

あれは一体誰を思って言った言葉なのだろうか。

朱音ではないことは確かで、だけど柳の中にはそれに当たる人物が存在しているようにも見えた。

かといってそれを柳に尋ねるわけでもなく、俺はガムを割ってもう一度大きく膨らませただけだった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

何の為に生きているのか、たまにわからなくなる。

大切なモノを失うたびに浮かぶのは、いつしかアイツの顔だった。

 

 

 

 

 

「目、覚めたか?」

 

 

 

ぼんやりして怠い体を無理矢理起こすと、真っ先に目に飛び込んできたのは眼鏡だった。

誰だ、とまだ寝ぼけている頭が考える。 うーん、身体が重い。

 

 

 

「腹空いてへん? もう昼やけど何か食えるか?」

 

 

 

あーこの声聞いたことある。

お腹空いてないかって聞かれても正直な話、体が怠くて食べれそうにない。

それよりここ何処だっけなんて考えていると開きっぱなしだった部屋の入り口から誰かが入って来た。

 

 

 

「なんだ、アンタいたの。」

「…越前やんか。 何の用や?」

「別に、用がなきゃ来ちゃダメなわけ?」

「何で自分そんな喧嘩腰やねん…。」

 

 

 

越前と呼ばれた少年が呆れ返った眼鏡から私に視線を移す。

すると少年はぼんやりと二人のやり取りを見ていた私のもとへと歩み寄った。

 

 

 

「寝ぼけてんの?」

「…んー…そうみたい…。」

「俺が誰だかわかってる?」

「…さあ、たぶん…?」

「アカンなこりゃ。」

 

 

 

眼鏡から呆れた声色の言葉が返ってくる。

…あー、思い出した思い出した。

今私テニス部の合宿来てて、眼鏡は忍足侑士で、少年は確か…

 

 

 

「無気力で薄情な越前リョーマ。」

「張り倒すよ。」

「返り討ちにしてやる。」

「…自分ら一体何やねん物騒な奴らやな。」

 

 

 

私とリョーマは睨み合っていたけど、

しばらくしてリョーマが少し口元に笑みを浮かべて「ま、いいや。」と言った。

だから私も睨むのをやめ、釣られて軽く笑う。

それを見て、眼鏡の正体、忍足侑士もホッとしたように肩の荷を下ろした。

 

 

 

「何や、何か夢見とったんか?」

「さあ、何で?」

「泣きながら笑っとった。」

「何ソレ気持ち悪…。」

 

 

 

ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべる忍足侑士にドン引きのリョーマ。

むかつくけど何も言い返せない。

だって確かに間違いなく気持ち悪い。

何の夢を見ていたかなんてこれっぽっちも覚えてないけど、

泣きながら笑ってたって一体どんな夢見てたんだ私。

 

 

 

「あ、でも何だか…」

「ん?」

「何だか滝萩之介がいたような…」

「…滝?」

 

 

 

夢の中で笑う、今よりうんと幼さの残る滝萩之介がいたような気がした。

何故だろう。

やはり昨日あんなことがあったからだろうか。

そんなことをあれこれ考えていると、何やら廊下の方がやけに騒がしくなりだした。

 

 

 

「おい仁王!」

 

 

 

部屋に入って来たのは顔をしかめて少し額に汗が滲んだ仁王雅治。

その後ろから丸井君やら向日岳人やら切原赤也やら鳳長太郎君やらがぞくぞくと入って来た。

丸井君は何やらかなり機嫌が悪いようでかなり怒っているご様子。

何だなんだ、寝起きの私に何の用だ。

 

 

 

「…、目、覚めたのかよ!」

「あ、先輩、大丈夫ですか?」

 

 

 

私と目が合った向日岳人と鳳長太郎君が慌てて駆け寄ってくれた。

私は頷き、笑う。

するとホッとしたように二人とも肩を撫で下ろした。

 

 

 

。」

 

 

 

名前を呼ばれて顔を上げる。

仁王雅治がじっと私のことを見つめていて、思わず全身を強張らせた。

 

 

 

「ちょい待ち。 何の用やねん。」

 

 

 

一歩、歩み寄る仁王雅治を忍足侑士が私の前にはだかるようにして止める。

相手を鋭く睨み付けた忍足侑士から感じられるのは敵対心。

仁王雅治は立ち止まって忍足侑士と私を交互に見遣った。

 

 

 

「そない睨みなさんな。 何もせんよ。」

「信用できるかい。 こうなったんは誰のせいや。」

「…俺は間違っとらんよ。」

「いい加減にしろよ、仁王!」

 

 

 

丸井君が物凄い勢いで仁王雅治の肩を掴んで怒鳴る。

仁王雅治はちらりと横目で彼を一瞥すると、またすぐに私へと視線を戻した。

 

 

 

「お前さっきは謝りに行くっつってただろぃ!」

「二人きりで話したい言うただけじゃ。」

「謝るんじゃないのかよ!」

「とにかく二人で話したい。 そんな心配せんでもさっきの電話の内容を伝えるだけ。」

 

 

 

仁王雅治はそう言うと私の前まで来て先程まで忍足侑士が座っていた椅子に腰を下ろした。

鳳長太郎君が小さく声を漏らし振り返る。

みんなもつられて振り返るとちょうどリョーマが部屋を出ていくところだった。

 

 

 

「ジュース買いに行ってきまーす。」

「な、おい待てよ!」

「二人で話したいって言ってるんだから出て行くべきなんじゃないの?」

「二人ってったって相手が仁王だからダメだっつってんじゃん!」

「でも、俺はその人がに何かするようには見えないけど?」

「何の根拠があるんだよ…。」

 

 

 

向日岳人が止めるも、リョーマはさっさと部屋を出て行ってしまった。

一体何しに来たのやら。 相も変わらず謎な少年だ。

全く意味の分からないリョーマに私だけでなくそこにいたみんなが呆気に取られていた。

黙って部屋を出て行くリョーマを見届けた後、何かを振り切るように切原赤也が突然声を上げた。

 

 

 

「行きましょうよ。 ここに俺達はいちゃいけねえ。」

「赤也!」

「仁王先輩だってただの中学生っスよ。 信じましょうよ。」

 

 

 

丸井君を睨むように見つめる切原赤也。

丸井君は言葉につまって苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。

 

ちょっとちょっと、一体何なのよ。

喧嘩なんてしないでよね。

間違っても私巻き込まないで下さいよ。

 

途端に空気が物凄く重くなり、切原赤也が部屋から出て行こうと私達に背を向けたその時、

黙っていたはずの丸井君が切原赤也の肩を掴んで顔面をぶん殴った。

 

 

 

「ッ、何すンだよ!」

「いい加減にしろってさっきから何度も言ってんだろうが! お前ら二人してコソコソやりやがって!

 お前らはコイツらの信用なくしてんのがわかんねえのか!? 自分のとった行動甘く見てんじゃねぇ!

 誰がこんな殺人未遂起こしたような奴と二人っきりにさせるかよ!!」

 

 

 

丸井君が叫び終わると、水を打ったようにその場は静かになった。

今度は切原赤也が黙り込んでしまい、苦い表情をしている。

ちらりと仁王雅治を見てみるも、彼も同様だ。

 

それにしても切原赤也はよく殴られるな、なんて場違いなことを考えていると、

鳳君がちらちらと私を見ていることに気が付いた。

 

きっと、この喧嘩の原因がほとんどが私にあることだから。

決定権は、全て私にある。

 

 

 

「丸井君、もういいよ。」

 

 

 

私が静かにそう言うと、丸井君が驚いたような表情を浮かべる。

頬に手を当てて痛みを堪えていた切原赤也も少し目を見開いてこっちを見ている。

氷帝の彼らも、納得がいかないのか、何でだよって顔をした。

 

 

 

「いいよ、話訊いてあげる。 だからゴメンだけどみんな席外してくれるかな。」

「ちょ、!」

「ダメですよ先輩!」

「いいの、大丈夫だよ。 仁王雅治を信じてやってもいい。」

「そないなこと言うて、何かあったらどないすんねん。」

「今の仁王雅治なら背負い投げくらいできるって。」

「いや、いくらなんでもそりゃ無理だ。」

 

 

 

熱を出して体力が劣っている仁王雅治を甘く見るなとでも言うように丸井君が呆れ交じりで突っ込む。

私がムッとした顔をすると、忍足侑士も呆れたとでも言わんばかりの盛大な溜め息を吐いた。

 

 

 

「どうなっても、知らんで。 場合によっては、助けてやれんかもしれんで。」

「おう任しとけ。」

「男らしいのは返事だけやからな。 自分も病人やってこと忘れんなよ。」

「きっびしーな、忍足侑士は…。」

 

 

 

私がふざけて笑うと、忍足侑士は観念したように私の頭をポンポンと叩いて背を向けた。

向日岳人が「おい侑士!」と呼び止めたけど彼は歩き出した。

 

 

 

「行くで、岳人。 本人がええ言うてるんや。 大丈夫やろ。」

「でもっ…!」

「そない石頭やとどこぞの副部長さんみたいに若いうちから老けるで。 ほな行こか、長太郎も。」

「…え、あ…はい。」

 

 

 

鳳長太郎君も戸惑いがちにだけれど、忍足侑士のあとをついて歩き出す。

それには向日岳人も行くしかないと思ったのか、渋々足を動かした。

 

それを見た丸井君や切原赤也がどうしようかって顔をしながら部屋を出て行く三人を見つめる。

切原赤也ははなから出て行くつもりだったからか、仁王雅治と私をちらりと見た後、体を反転させた。

 

 

 

「おい仁王。」

「…なんじゃ。」

 

 

 

名を呼んだ丸井君に背を向けたまま返事を返す仁王雅治。

丸井君は気難しい顔をしてじっと彼の背中を睨みつけるように見ていた。

握り締めた拳が、少し震えているようにも見える。

少し息を吸って吐いた丸井君は意を決したように口を開いた。

 

 

 

「もう二度と、間違い起こしたり…すんな。 絶対だかんな。」

 

 

 

それだけ言うと、丸井君は仁王雅治の返事も聞かずに部屋を出て行った。

バタンと乱暴に閉められたドア。

二人きりになり、この空間が途端に静かに感じる。

 

仁王雅治の顔をチラリと見てみると、彼はどこか視線を彷徨わせながら口を閉ざしていた。

 

 

 

「…何で、大丈夫だと思った?」

 

 

 

ぽつりと仁王雅治が口を開く。

ハッとして彼を見ると、彼は真っ直ぐに私を見ていた。

 

 

 

「だって、殺すんだったら…あの時助けなかったでしょ。」

「あの時はとっさのことで手を伸ばしただけかもしれんよ。」

「…でも、アンタは…違う気がする。」

「何を根拠に。」

 

 

 

仁王雅治が鼻で笑ったかと思うと、

気が付けば視界が変わっていて、いつの間にか仁王雅治が私に馬乗りになって首を絞めていた。

両手で掴まれた首が少し苦しい。

涙目で見上げると、天井と仁王雅治の歪んだ顔が視界に入った。

 

 

 

「…お前さんは甘いぜよ。 狂った人間を今まであんなに間近で見ておきながら、

 まだ俺みたいな男を信じよる。 ほんに馬鹿じゃの。」

 

 

 

霞む視界で仁王雅治が自嘲のような笑みを浮かべる。

 

 

 

「さっき俺の携帯にアイツから電話がかかってきたんよ。」

 

 

 

首に当たる指先が、小刻みに震えているような気がする。

不思議と、苦しくは、ない。

 

 

 

「丸井が出そうになってたのを俺が取り上げて出た。 じゃあアイツ何を言いに電話かけてきたかわかるか?」

 

 

 

歪んだ表情。

震える手。

まるで自分を笑っているかのような笑み。

 

 

 

彼はどうしてそこまで自分を責める?

どうしてそこまで自分を追い詰める?

 

 

 

彼は、アイツに似ている。

跡部がアイツに似ている箇所とはまた違う。

心の闇の部分が、アイツと重なる。

 

きっと、きっと彼はそう、

 

 

 

 

 

「もう、俺に関わるなて抜かしたんじゃ。」

 

 

 

 

 

ああ、彼もまた、弱い人間の一人なんだ …―――

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「あ、」

 

 

 

まだ納得いってへんかったんか、ぎゃーぎゃーうるさい岳人達と分かれてロビーに出ると、

ロビーの自販機のところに越前を見つける。

 

アイツほんまに何か飲んどるやんか。

何やマイペースなやっちゃな。

 

呆れてものも言えんわ、と一声かけてやろうと近付くと、

ちょうどそこに滝が現れて俺より先に越前に声をかけよった。

だから自然と俺の歩みも止まって、やましい気はないんやけど物陰に隠れて様子を窺う。

 

 

 

「何飲んでるの?」

「…ファンタ。」

「ふーん、好きなんだ。」

「別に。」

「好きなんだ、そっか。 僕は炭酸飲料って苦手だな。」

「アンタって人の話訊かない人だったんだ。」

 

 

 

話の噛み合ってへん会話が俺の耳に届く。

滝が紅茶のボタンを押して落ちてきたそれを中腰になって取り出し口から取り出した。

プシュッというプルタブを上げて開いた音がする。

 

 

 

「紅茶って落ち着くけど…利尿作用があるからすぐトイレに行きたくなるんだよね。」

「あっそ。 だったら飲まなきゃいいじゃん。」

「美味しいよ、ミルクティー。 まあストレートもいいけど、落ち着きたいときはミルクかな。」

「…もうさっさとトイレ行って来れば?」

 

 

 

ほんまに全く噛み合ってへん会話に訊いてる俺すら疲れてくる。

越前も早よどっか行けみたいな空気醸し出しとるし。

それにしても滝って人の話聞かん奴やったっけ?

俺、次から気をつけよ…。

 

 

 

「でもそのジュース。 何だか懐かしい感じがする。」

 

 

 

ふと、滝が何か懐かしむような口調でそう言った。

越前はそんな滝を見て目をぱちぱちさせた後、口端を上げて口許に笑みを作った。

手に持っていたファンタを全て飲み干すと、それをちゃんと缶専用のゴミ箱へと捨てる。

 

 

 

「ねえ知ってる?」

 

 

 

いまだその笑みを崩さないままで越前はポケットに手を突っ込んで言う。

ハッとして滝が「何を?」と尋ねると、越前は帽子のツバを下げてニヤリと笑った。

 

 

 

 

 

「俺とアンタ、“ハジメマシテ”じゃないよね。」

 

 

 

 

 

それだけ言い残すと、越前がこっちに向かって歩いてくる。

 

やばっ、ちょ、バレる!!

 

俺がどうしようかあたふたしているうちに越前は俺の姿が見えるところまで来て、

 

 

 

「覗き見? 良い趣味だね。」

 

 

 

と不敵に笑って何処かへ行ってしまった。

ほんま、何やねんアイツ…。 くっそ生意気な…。

 

残された俺と滝が目を合わせる。

明らかに滝の目は、どこか困惑していた。

 

 

 

「……まさか、ね。」

 

 

 

そう呟いた滝の小さな声を、俺は聞き逃すことができへんかった。

一体何に対してのまさかなんか、俺にはわかりっこなかったけど、

確かに滝は越前のあの意味不明な言葉を理解したようやった。

 

 

 

 

 

俺は何も知らん。

知らんけど、どんどん先に進んでいくアイツらの姿見とったら

何や、俺も少しだけ、首突っ込んでみたくなってきたんや。

 

 

 

 

 

2008.02.04 執筆 2009.03.03 加筆修正