君が教えてくれたモノ

 

 

 

 

タイムリミットは確実に近付いていた。

私はただそれに気付かなかっただけ。

 

 

 

 

 

上がったり下がったりな体温。

その都度苦しそうな息遣いを聞きながら、俺は仁王の額に濡れタオルを置いてやる。

そんな俺の優しさも虚しく、タオルはすぐに熱を吸収して温くなる。

 

今マネージャーは一人しか動ける奴がいない。

だから看病は交代で。

 

 

 

「ったく、バカじゃねえのコイツも。」

 

 

 

またタオルを濡らして絞って額に置く。

熱の所為でほんのり頬が赤い。

ま、マネージャーが冷えピタを買ってくるまでの辛抱だ。

我慢我慢。

 

 

 

「そんなになってまで…アイツの言いなりになるのかよ。」

 

 

 

バカじゃねえの、ともう一度呟いて椅子の背もたれにもたれ掛かる。

仁王はアイツの何を知ったらこんなにも無茶苦茶なことをするんだっての。

何が、仁王をこんなにも情緒不安定にするんだろう。

 

 

 

「バカじゃん、バーカバーカバーカ。」

 

 

 

普段あまり見ることがない仁王の寝顔に向かってひたすらバカを連呼。

寝ているはずの仁王の眉がピクリと動いたからちょいビビッた。

俺って小心者じゃん、と自分で自分に苦笑い。

 

 

 

「さて、そろそろ行きますか。」

 

 

 

時計なんて見なくても俺の腹が昼飯だと告げている。

あんな壁にかかった時計よりも信じるべきは自分の腹。

立ち上がり、次に来るだろう赤也の足音が段々と近づいて来ている気がした。

その時、

 

 

 

「うわっと、て、俺のじゃねえや。 仁王?」

 

 

 

携帯が大音量で鳴り響く。

俺のは部屋だからたぶん仁王だ。

どこから鳴っているんだろうと辺りを見回してみるけどらしいものは見当たらない。

 

 

あークソうるせえ!

 

 

ピーピー鳴り続けるその音を辿ると、その音がどこから鳴っているのかがわかった。

 

 

……布団の中、だよな。

ああもう、仁王が起きませんよーに!

 

 

そっと掛け布団をめくり上げてポケットを探る。

一度鳴り止んだ着信音は、ほぼ間髪なく再び鳴り始めた。

 

 

 

「丸井センパーイ、交代っスよー。」

 

 

 

バッカうるせえっつの!

仁王が起きたらどうするつもりだよ!

 

俺の焦りにも気付かずに部屋に入って来た暢気な赤也の声に思わず舌打ちする。

 

 

 

「よっしゃあった!」

 

 

 

赤也の存在完全無視で小声でガッツポーズ。

携帯を開いて電源を消してやろうとした手が止まった。

鳴り続けるけたたましい着信音。

赤也が耳に指を突っ込みながら顔をしかめて近寄って来る。

 

 

 

「何スか早く止め…」

「どうすっか、赤也。」

「え?」

 

 

 

携帯のディスプレイから目は反らせない。

ただ、鼓動だけが速くなる。

俺の質問に、赤也は間抜けな声を出した。

 

 

 

「でるっきゃねえよな。」

 

 

 

着信、棟田秋乃。

俺は迷わず通話ボタンを押す指に力を込めた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

静かなこの部屋には規則的な寝息だけが聞こえる。

よほど衰弱していたのか、起きる気配すらない。

まるでもう二度と目が覚めないんじゃないかってくらいその寝顔は儚かった。

僅かに聞こえる寝息がかろうじての救いだ。

 

 

 

「それでも君は覚えていないんだろうね。」

 

 

 

独り言のように呟く。

優しい手つきで前髪を撫でてやってもぴくりとも動かなかった。

 

 

 

「ホント、どうして君なんだろう。 あの頃の僕は若かったってことかな。

 

 

 

くすりと笑うと、次第にそれは苦笑いに変わる。

自分だけがまるで昨日の事のようにこんなにも鮮明に覚えていると言うのに。

あの日は夢だったのかと思ってしまうほど、相手は何ひとつ覚えてなどいない。

 

 

 

「最低な女、最低最低サーイーテー。

「自分っ、ちょ、やめえ! 窒息したらどないすんねん!

「大丈夫だよ、口あるし。 てか覗いてないでよ悪趣味。」

 

 

 

憎らしさのあまり摘んでいた鼻を解放してやる。

さっきからずっと後ろから覗いてた忍足がここにきてやっと部屋に入って来て隣に座った。

 

 

 

「覗き。」

「よう言うわ。 気づいとったくせに。」

「まあね。 だって鏡に映ってたし。」

「早よ言えや。」

 

 

 

ベッドを挟んで目の前の壁に掛かってある鏡にはドア付近が映っている。

そこから時折覗く忍足の顔はばっちり見えていた。

 

せっかく面倒だから気付いてないふりしてあげてたのに。

馬鹿だな。

 

でも忍足がここに来たってことはそろそろ昼食の時間かな、と時計を見上げる。

 

 

 

「まさかお前が寝に行くとは思てへんかったわ。」

「突然何の話?」

「昨日の話や。」

 

 

 

部屋に入って来てからの寝顔を見つめていた忍足が言った。

昨日の話とは昨晩の事だろう。

 

を待つか、次の日の練習のために部屋に戻って寝るか。

そんなの、決まってるじゃん。

 

 

 

「だって寝ないと美容に悪いじゃないか。」

「あーそうくる思たわ。 滝は自分第一やもんな。」

「うんまずは自分から、がモットーだよ。」

「そこまで割切っとると逆に清々しいわ。 自分ほんま素晴らしい性格しとんなあ。」

「そりゃどうも。」

 

 

 

忍足の微妙に渋い表情が何だか面白くて笑えたけど、あえてそこは笑わなかった。

 

 

 

「鼻毛出てるよ。」

「うそ!」

「嘘。」

「自分ほんま何やねん…。」

 

 

 

テンポのいい会話に満足していると、忍足がウンザリした視線を投げ掛けてきた。

はは、怒ってる怒ってる。

 

 

 

「滝、枝毛生えてんで。」

「大丈夫、忍足ほどじゃないから。」

「俺は生えてへん。」

「あれ自覚なかった? だったらごめんね。

「何でそこで謝んねん。 生えてへん言うてるやろ。 ムカつくわー。」

「馬鹿だなあ忍足は。 人間誰しも枝毛くらい生えてるもんなんだって。 気付いていないだけだよ。」

「……さよか、そりゃすまんかったな。」

 

 

 

もう何か反論する気も起こらなかったのか、忍足はやや投げやりで妥協気味に頷いた。

何をそんなに苛々してるのか僕にはわからないけれど、

この部屋に来た時からすでに忍足の機嫌はあまりよくない。

言葉にもちょっと刺があったし。

 

 

 

「ホントはね、わかってたんだ。」

 

 

 

だから僕は、少しだけ意地悪をしようと思った。

 

 

 

は、ひとりじゃないって。」

 

 

 

忍足は黙ったまま。

聞いているのかどうかわからない。

けど、僕はそんな忍足を見て楽しむように口許を緩めた。

 

 

 

「僕だけが、彼女の良さに気付いていたわけじゃないんだってことくらい、わかってた。

 僕の中にある彼女への苛立ちは、ただの独占欲だってことも。」

 

 

 

いつか、彼女が誰よりも強く、誰よりも輝いて、手が届かないくらい遠い存在になる日が来る。

誰かに、必要とされる日が。

 

わかっていたつもりだったんだけど、どうも気に喰わない。

彼女は、は、いつまでもあの日のままなわけがないのに。

 

 

 

「なあ、滝はいつからのこと知っとったん?」

 

 

 

忍足がごく普通の疑問を尋ねる。

こんな婉曲した言い方されたら誰だって知りたくなるよね。

 

でも言ってやんなーい。

 

 

 

「うん、ナイショ。」

 

 

 

ニッコリ微笑んで立ち上がる僕をアホ面で見上げる忍足。

すぐに苦虫を噛み潰したような表情に変わる。

そんな忍足の反応を見てさらに機嫌を良くした僕は、満面の笑みで背を向けた。

 

さーて、僕もお昼にしますか。

お腹空いたお腹空いた。

 

何か言いたそうに、だけど言うと面倒だからか、

忍足は何も言わずに部屋を出て行く僕を見つめていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

『咲ちゃん、少し、昔話をしようか。』

 

 

 

やめて、やめて。

そういうの、やめてほしい。

みんな私にどうしろと言うのか。

 

 

 

「もう、ワケわかんないっつーの…。」

 

 

 

頭を抱えてバスに揺られる。

袋の中でかさかさ音を立てている冷えピタ。

仁王先輩は今も、熱に苦しんでいるのだろうか。

 

 

 

「咲が悪いんじゃ、ない。」

 

 

 

悪いのはあの人達。

そして、全てを投げ出して自分を殺したあの人。

 

突然だった。

みんなの態度が急変したのは。

 

今まで普通の後輩として可愛がってくれていたはずが、

ある日を境に急に気にかけてくれるようになって、私はよくわからなかった。

仕事はどうだとか一人で辛くないかとか。

 

 

 

「咲はただ、便乗しただけじゃん。」

 

 

 

適当に頷いてニコニコしてれば先輩達はみるみるうちに私とあの人との態度を急変させた。

私には優しく、壊れ物を扱うように丁寧に。

でもそれとは反対に、あの人にはまるで軽蔑したような冷めた瞳を向けていた。

 

心の中で、私はいつもあの人の立場にならなくてよかったって思った。

 

 

 

「幸村部長も…ブン太先輩も…みんな知ってたんだ。」

 

 

 

でも、彼らは知っていたんだ。

あの人の無実を。

私が置かれた立場を。

 

 

 

『君が全て悪いわけじゃない。 それは俺達だってよくわかってる。』

 

 

 

でもね、そう続けられた部長からの言葉に、私は自分のしてきたことが急に怖くなった。

何が悪い、何がどうなってこうなった。

そんなことをいろいろ考えてみたけど全くわからない。

ただ、初めて知った事実に、困惑するだけ。

 

 

 

『俺達が咲ちゃんに合わせていたのは、この立海を守る為、ただそれだけだよ。』

 

『それさえなければ、きっと俺達は君のことを軽蔑して、突き放していただろうね。』

 

 

 

当時の三年生の先輩達が私に聞いてきたことは全て何かの誤解であるとわかっていながら頷いた私。

その所為で一人の人間を死に追いやってしまった結果となったこと。

 

許されることではない。

私には罪がある。

 

棟田先輩からの脅しさえなければ、

真実を知っている彼らにとって、私は軽蔑するに値する人間であって当たり前。

 

だけど今全く同じ立場に立たされ、当時の先輩達と同じようなことをしている部長達には

そんな私を責めることが出来なくなってしまった。

つまりはそういうことだったんだ。

何も知らずに、部長達が私をどんな目で見ていたのかすら気づかずに、

平然とした態度で接してきた自分が恥ずかしくて、怖かった。

 

 

 

「お客さん、終点ですよ。」

 

 

 

ボーっと窓の外を眺めながら昨晩の部長達の会話を思い出していると、

終点だったのか、降りる気配のなかった私の元までバスの運転手さんが教えに来てくれた。

適当にお礼を言って立ち上がる。

 

宿舎に帰ったら、謝らなくては。

 

先輩が起きていたら頭を下げて謝って、

仁王先輩にもちゃんと謝って。

 

 

 

「……それで、何もかもが…済んだらいいのにな…。」

 

 

 

カサカサ音を立てながらビニール袋を手にし、

背後でバスが再び動き出すエンジンの音を聞いた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「ねえ、部屋どこ?」

「はあ?」

 

 

 

振り返ると、俺より少し背の低い、えっと何だっけ…

あ、そうそう。 青学の越前リョーマが立っていた。

 

部屋どこって…何だよ。

俺の部屋訊いてんのか?

…訊いてどうすんだよ。

 

いろいろな疑問が瞬時に頭の中に浮かび上がるが、

いくら考えたって疑問が疑問を生むだけ。

その間も越前リョーマは何ともないように俺のことを見上げているだけだった。

 

 

 

「…俺の?」

「んなワケないじゃん。 アンタの訊いてどうすんのさ。」

「だよなー……って、だったらちゃんと主語つけて言えよ!!

の。」

「はあ!?」

 

 

 

予想もしなかった奴の名前が出てきて、思わず大声で聞き返してしまう。

 

今何つった?

? って…!?

コイツ何のこと呼び捨てにしてるんだよ!

しかも部屋なんて訊いてどうするつもりだ!?

 

 

 

「お前、に何の用なんだ?」

「別に。 用なんてないけど?」

「用もないのに何しに行くんだよ。 可笑しいだろ。」

「用なくちゃ部屋に行くのはおかしいの? ふーん、まあいいや。 で、何処?」

 

 

 

俺が必死になっているのにも関わらず、越前リョーマは淡々としている。

しかも、まあいいやって、良くねえよ!

本当によくわかんねえ奴だぜクソクソ!!

 

 

 

「……ねえ、早く教えてくんない? 時間勿体ないんだけど。」

 

 

 

俺がどうすべきか大いに悩んでいると、ちょっと不機嫌にそう言われた。

 

くそっ、何だってコイツは…!

ってか、今気づいたけどコイツ、俺にもろタメ口じゃん。

確か一年だった気がするんだけど。

 

 

 

「あーもう! そこの廊下真っ直ぐ行って左に曲がったらマネージャーの部屋だ!

 向かって右が立海のマネージャーの部屋だから間違えんなよ! 左だからな!」

「……どもッス。」

 

 

 

俺のほぼ投げやりな説明に、ちょっと不満そうにお礼を返す越前リョーマ。

すぐに歩き出して行くかと思いきや、何か言いたそうに俺の顔を見上げていた。

 

 

 

「……な、何だよ。 そんな見んなよ。」

「見てないっスよ。」

いや見てたじゃん! 思いっきり今目合ってただろ!?」

「気のせいじゃない? じゃ。」

 

 

 

片手を上げて俺に背を向ける越前リョーマに、俺はもう何が何だかわからなくなって、

コイツには二度と関わりたくないなと思いながらその背中を見送った。

 

……マジでペース狂わされるぜ。

クソクソ、何なんだよ青学!!

 

 

 

「あ、向日先輩。 こんなところにいたんですか?」

「…長太郎。」

「跡部部長が呼んでましたよ。 早く部屋に来いって。」

「おう、今行くところだったんだよ。 サンキュ。」

 

 

 

そうだ。

アイツに邪魔さえされなければ俺はとっくの昔に跡部の部屋に行っていたんだ。

とんだ足止めくらっちまったぜ。

 

長太郎はニコニコ笑いながら「それじゃあ一緒に行きましょう。」と言って

俺より歩幅大きいくせに、俺より先に歩き出した。

 

 

 

「向日先輩、」

「んー?」

 

 

 

跡部の部屋までの距離を俺は頑張って長太郎と並ぶようにして歩く。

突然長太郎が俺の名前を呼んだから俺は何の躊躇いもなく返事を返した。

長太郎は前を向いたままで、何か緊張したような雰囲気を身に纏っていた。

 

 

 

先輩をあそこまで追い詰めている人って…一体どんな人なんでしょうね。」

「さあな。 見たことねえし、想像もできねえよ。」

「……俺、先輩が跡部部長を嫌いだってことには前から気づいてました。」

「まあアレだけ大声で大嫌いって叫んでたくらいだしな。」

「だけど、嫌いだって理由に、そんな深い訳があるとは…思ってなかったです。」

 

 

 

フッと視線を落とす。

何でお前がそんなに落ち込んでるんだよって笑って言ってやりたかったけど、

いつもの俺らしくなくて、言えなかった。

何だか俺まで気落ちしそうで、慌てて首を左右に振った。

 

 

 

「バッカ、だから何だってんだよ。 俺達はに対して、いつも通りだろ。」

「そうですけど…できるか心配です。 俺、先輩を見たら何だか複雑な表情をしてしまいそうで…」

「………気に、しすぎだっつの。」

 

 

 

ふと、歩いていた足を止める。

長太郎も不思議そうに足を止めた。

 

俺が目を見開いて急に隣の部屋のドアの前に立ったからか、

長太郎は何か心配そうな目で、俺にどうしたんだと訊いてくる。

俺はシッと人差し指を口許にあて、そのまま耳をドアにくっ付ける。

 

 

 

「―――ぉぃ、―――…ぉう! ――…ろてって!」

 

 

 

ドアの向こうから物音と誰かの怒鳴り声が聞こえる。

さっき俺の耳に微かに聞こえた仁王と言う名前と、

棟田と言う名前に俺の足の動きがピタリと止まったんだ。

ここは確か立海の部屋だ、間違いはない。

 

 

 

「この声、丸井さんですかね…」

「ああ、何か言い争ってるみたいだな。」

「……どうします?」

 

 

 

長太郎が俺を窺うようにして尋ねる。

どうするってたって、気づいちまったからにはこのまま立ち去るわけにもいかねえだろう。

だからってこのまま立ち聞きってのもどうだかってところだ。

それに会話もよく聞こえねえ。

 

 

 

「よし、中入るぞ。」

「ええ!? マジッスか!?」

「いいから行くぞ! ほら、長太郎行け!」

ちょ、俺からですか!? ……ズルイですよ、ったく…」

 

 

 

呆れながらも渋々とドアノブを握る長太郎。

だけど、長太郎が開けるよりも先に、勝手にそのドアは開いた。

 

 

 

「!、お前ら…!!」

 

 

 

ドアから出てきたのは熱を出して寝込んでいるはずの仁王で、

その後ろから仁王の肩を掴む丸井が驚いた表情でそう言った。

丸井の隣には切原もいる。

 

 

 

「……そこを退け。」

「何言ってんだよお前顔真っ赤じゃん。」

「いいから退きんしゃい。」

「おい仁王いい加減にしろよ!」

 

 

 

俺が仁王の熱の心配をして言うと、それでも行こうとする仁王を

やや怒り気味の丸井が仁王の肩をおもいっきり後ろへ引っ張った。

すぐに仁王の足はよろけ、倒れそうになる。

 

 

 

「ほら見ろ! そんな体で行ってどうすんだよ!」

「あーもう、ギャンギャンうるさいのう。」

「誰のせいで怒鳴ってると思ってんだっつーの!」

 

 

 

なんとか体勢を立て直した仁王は煩わしいと言いたげに頭を掻く。

そんな仁王の態度に怒る丸井。

 

……一体、何が起こってるわけ?

 

丸井は俺に「絶対そこ退くなよ!」と言って仁王の肩をもう一度掴んだ。

 

 

 

「放せ。」

「ふざけんな! 自分の体を大事にしろよ!」

「別にそんな危険なことはせん。 ただ二人で話がしたいだけじゃ。」

「だからそれはっ、もうちょっと熱が下がってからにっ…」

「遅いんよ。 それじゃ遅すぎる。」

「仁王!!」

 

 

 

丸井の手を振り切って再び歩き出す。

向かってくる仁王を部屋から出していいものか、俺と長太郎は目を見合わせて戸惑う。

 

 

 

「ちょいと通るぜよ。」

 

 

 

ダメだ、そう言おうかと迷ったが、

仁王の目を見ると俺も長太郎も何も言えなくなってしまった。

 

俺と長太郎の間を通って部屋を出て行った仁王の背中を、振り返って見送る。

覚束ないけれど確実に何処かへ向かっている足。

ふらふらと見ていて危なっかしかったけど、今更アイツを止めようという気にも起こらなかった。

 

 

 

 

 

この先の俺達に待ち受けているものって、一体何なんだろう。

周りが確実に動き出しているのを、俺はまだ何処か遠くの方から見ていた気がする。

 

 

 

 

 

2008.02.04 加筆修正