君が教えてくれたモノ
少しだけ、ほんの少しだけ、
アイツのことを許してしまいそうになった自分が嫌だった。
「あ、宍戸さんいましたか!?」
「いや、何処にも…見当たらねえ! この雨じゃ捜すのは困難だ…。」
せっかく風呂に入った宍戸もびしょ濡れで、雨の雫が髪を滴っていた。
念のため宿舎で待機組と捜索組に分かれたが、一度捜索から帰って来た捜索組の彼等は誰しもが首を横に振った。
「はい、宍戸と桃にタオル。」
「不二先輩サンキュっス。」
「おお悪いな。」
不二から差し出されたタオルを受け取り頭から豪快に拭う。
その他にもちらほら同じような動作をしている人達がいる。
彼らはみんな捜索組で、この雨の中傘も差さずに捜し回っていた者達ばかりだ。
ジャッカルは頭から被っていたタオルを、雨の雫を伝わせたまま唇を噛み締めて座っている丸井へと被せてやった。
「すまない跡部、仁王が勝手な真似をして。」
クソッと壁を殴り、濡れた髪も乾かさずにいた跡部に幸村がそっと近寄りタオルを被せる。
タオルの隙間から見えた跡部の鋭い目に幸村は歯を食いしばった。
「御影捕まえてきました!」
バンッ、食堂の扉が勢いよく開いて御影咲を連れた赤也が帰って来た。
視線はほぼ二人に集まり、赤也の後ろをやや俯き気味に歩く御影咲の表情が歪んだ。
幸村へ知らせに行った後直ぐさま御影咲を捜しに出掛けたので、
氷帝の彼等と柳、丸井以外が赤也を見るのは夕食時、あるいは練習後以来だった。
そんな赤也へ向かってくる足音が食堂内に響き渡る。
「赤也ぁあ!」
室内に豪快な音が響き渡る。
ガタガタとあらゆる椅子や机がぶつかり合って音を立てる。
今朝も同じような光景を見たなと誰しもがその痛々しい場景に目を背けた。
柳生に叩かれた箇所を再び真田によって叩き倒された赤也は切れた口端を手の甲で拭い取った。
「お前という奴は! 何故仁王を止めなかったのだ!」
「…すんません。」
「もし取り返しのつかんことになったらどうするつもりだ!」
もう一度消え入りそうな声で謝罪の言葉を述べる赤也に真田は容赦なく胸倉を掴み上げた。
突然襲ってきた窮屈さに顔を歪める赤也。
そのまま振りかざされた真田の手に、このままもう一発いかれる覚悟を決めて目を閉じた。
「抑えて、真田。」
しかしなかなか襲ってこない衝撃に恐る恐る目を開けると、
来ると思っていた真田の手を寸手のところで幸村が掴んでいた。
「ぶちょ、」
「殴るなら俺を殴ればいい。」
全責任は俺にある、そう続けられた言葉に真田の手から力が抜けた。
誰もが真田と幸村へ視線を向けて、先程まで開いていた口を固く結んだ。
「俺達は何の恨みもない彼女を犠牲にした。 テニス部を守りたいがために。」
「幸村君…」
「いけないことだとわかっていながら、それでも。 俺達は…アイツと同罪だ。」
やっていることは違っても結局は同じなのだと、幸村は跡部の方へ体を向け、深々と頭を下げた。
「すまない跡部。 責任は全て俺がとって彼女を無事捜し出すから、だから、」
「知らねえな。」
幸村が全てを言い終わる前に跡部は吐き捨てる。
え、と幸村が下げていた頭を上げると、いつも通りの憎たらしい笑みを口許に浮かべた跡部と目が合った。
おい跡部!と向日が呼び止める声も無視で、跡部は携帯を片手で開いた。
「テメェらの事情も、がどうなろうとも俺様の知ったこっちゃねえんだよ。」
思いもよらなかった台詞を耳にした幸村は目を見開いたまま、
表情一つ変えずに跡部が携帯のボタンを押していく指を見つめた。
驚いたのは幸村、ましてや立海だけでなく、青学や氷帝のメンバーまでもが驚きで口をあんぐりと開けていた。
だがな、と続けられる言葉に近くにいた忍足の口許がニッと上がる。
「あの貧乏女が規律を乱したことが許せねえから死ぬ気で捜し出しているだけだ。」
キョトンとしてジローが首を傾げる。
跡部の言わんとしていることを感じ取った忍足が「ほんま、集合時間守らんとか…ジローやん。」とぼやいた。
そういう忍足もよく部活を遅刻したりサボったりするので、相方である向日からは少し冷ややかな視線を送られていた。
「とにかく、今捜しに行っても他に行方不明者が出るだけだ。 俺達は明日の練習に備えてもう寝るぞ。」
「えーちょっとちょっと! ちゃんはいいの!?」
「そうッスよ! アンタんとこのマネージャーの命が掛かってるんスよ!?」
携帯をパタンと音を立てて閉じ、部屋を出て行こうとする跡部に菊丸と桃城が焦って止めに入る。
二人の背後からも何て冷酷な人なんだという視線を向けられ、跡部はうざったそうに眉を寄せた。
「うるせえな。 俺達は何のために合宿に来たんだ? テニスをするためだ。
こんなくだらない揉め事に巻き込まれるためじゃねえ。 巻き込まれてぇっつーんなら話は別だがな。」
「それでもアンタんとこのマネージャーなんでしょ? だったら、」
「アイツは仁王如きに殺されるほど柔な人間じゃねえよ。」
棘のある越前の言葉を遮って跡部は口許に小さく笑みを浮かべ、食堂の扉に手を掛ける。
「柳、前言撤回だ。」
突然呼ばれた名前に、柳はスッと目を開く。
それを見て、隣に立っていたジャッカルが少し肩をビクつかせた。
「は、ちょっとやそっとじゃ死にゃしねえよ。」
「……ほう、何故そう思う。」
「そりゃなんてったって、」
かちゃり、扉が開く。
肩越しに振り返った跡部はいつも通りの自信満々な笑みを浮かべ、
「俺様がついてるからに決まってんだろバーカ。」
それだけ一言を残して食堂を出て行った。
全く理解できていない間抜け面の赤也とは反対に、柳の口許にはフッと僅かな笑みが浮かぶ。
「ふん、頼もしい限りだな。」と呟く柳の声が静かになった食堂内に響いた。
「ねえ、御影さん?」
「…え、あ、はい、何ですか?」
先ほどから傍観を務めていた不二がくるっと向きを変え、俯いて手を握り締めていた御影咲に声を掛ける。
そのにこやかな不二の表情の裏側には一体どんな表情が隠されているのか、それを見ていた手塚は肩の力を抜いた。
「君はどうするの?」
「な、にをですか? 言ってる意味がよくわからな、」
「このまま二人が帰ってこなかったら責任を被るのは君だよ。」
サッと顔色を変える御影咲に容赦なく不二は言葉を続ける。
どうやら彼女の誤魔化しを聞き入れるつもりはもっとうないらしい。
そんな不二に大石はハラハラした表情を浮かべながら胃の辺りをそっと押さえて
もし彼女が泣こうものなら自分が彼を止めなくてやらなくては、と決心した。
「君がどれだけ仁王に好かれようと努力をするのは別に構わない。 だけど、
他人を巻き込んでやって良いことと悪いことの区別もつけられないようじゃ、
君はマネージャーをする資格はないんじゃないかな。」
不二の言葉にグッと唇を噛み締める彼女の肩をそっと抱える幸村に不二の目が薄っすらと開く。
まるで庇う必要がないと目で訴えられているような、そんな目。
それでも幸村は関係ないといった様子で依然とその姿勢を保っていた。
「彼女をマネージャーとして置いているのは俺だ。 苦情なら俺に言ってくれ。」
「そうやって、庇うからその子あかんようになるんとちゃう?」
「確かに、咲ちゃんがやったことは良い事だと俺だって思っちゃいない。
だけど、そうさせたのは俺達、いや、俺だ。 彼女をやりたい放題させてきたのは俺なんだ。」
忍足の言葉にも首を横に振る幸村の頑なな態度に、不二は開いた瞳を再び閉じた。
「本当はあの時に叱ってやるべきだったんだ。 でも俺はそれをしなかった。 できなかった。
彼女が取り返しの付かない状況になるまで、俺は判っていながら黙ってその様子を第三者の立場で見ていたんだ。」
去年のあの惨劇を脳裏に思い浮かべながら唇を噛み締める幸村。
そんな彼の姿にジローはぽつりと彼の名前を呼んだ。
「それって今からじゃ遅いの? 今怒ってやったらE話じゃん。 自分は怒れる立場じゃないとか言って
その子をずっと庇い続けてたら、じゃあ一体誰がその子のこと止めんの? それって、余計ダメにしてんじゃない?」
「…ジローの言う通りなんちゃう? なんや、その子結構自分がやってること悪いことや判ってるみたいやし、
怒るべき立場の奴がちゃんとその義務果たさな、いつまでも同じことの繰り返しや。」
ジローに続き、机に肘を突いてそう言った忍足の言葉に幸村は視線を俯かせる。
わかっている。 わかっているがどうしても自分に負い目がある以上は彼女にきつく言うことができなくなる。
ある意味彼女も被害者だ。
本来ならただの猫かぶりなマネージャーで済んだところが、あの彼の一言によって空想の被害者として仕立て上げられ、
周りが途端にチヤホヤしだしたことに彼女自身も付け上がってしまい、一人の少女を死に追いやってしまった形となってしまった。
あの時、もしも自分が先輩に逆らう勇気があったなら、そして彼女を叱ることができたなら、
そう考えるとどうしても幸村は彼女を叱れず、自分に全ての責任を感じてしまうのだった。
「とりあえず、明日の練習に備えて寝る者は部屋へ戻れ。 達が心配な者だけここに残れば良い。」
「真田、でもよ…」
「明日の練習をサボることは許さん。 だがここに残っても明日の練習をしっかりできるというのなら残れば良い。
それは個人の自由だ。 跡部の言うとおり、俺は今捜しに行っても仕方がないと思うので先に寝かせてもらうぞ。」
ならば俺もそうするか、と部屋を出て行こうとする真田の後に続いて柳も立ち上がる。
驚いた丸井が柳の名を呼ぶ。
柳はそっと振り返ると、
「アイツは帰ってくる。 どうやら俺の計算違いだったようでな、
出会った頃とは違って、大分生命線が伸びてしまっているようだ。」
そう言って僅かな笑みを残して去って行った。
「ふぁあ、じゃあ俺も寝ーよおっと。」
「越前…こんな時に欠伸を出せるお前はすげぇよ。」
「桃先輩寝ないんスか?」
「いや、そりゃ寝たいけどよ…空気読める男ってのはここで寝るとか言わないんだっつーの。」
「ふーん、そ。 じゃ、お先に失礼するッス。 おやすみなさい。」
「ちょ、えち、お前………え、マジで?」
欠伸を零し、涙目になりながら部屋を出て行く越前に桃城は顔を引き攣らせる。
じゃあ俺も寝させてもらうよと言って乾が部屋を出て行き、
続いて無言で立ち上がった日吉の、捜索時の雨の所為で少し湿った服の袖を掴む鳳。
「ちょっと日吉、寝るの?」
「俺は朝早いんだ。 寝る。」
「でも先輩が…」
「跡部さんが何とかしてんだろ? だったら俺は知ったこっちゃねえな。」
フンと鼻を鳴らして食堂を出て行く日吉の背中を心配そうな目で見つめる鳳の肩を
ちょいちょいと人差し指で突く赤也。
それに気が付いた鳳が視線を向けると赤也は何やらこそこそと口許に手を当てて言った。
「お前んとこの学校、薄情な奴ばっかだな。」
「………切原のとこの学校は極悪非道な人ばっかりだけどね。」
「なっ、誰が極悪非道だ!! テメェ大人しそうな顔して言うじゃねえか!! その喧嘩買ってや、」
「赤也、お前ももう寝てきたらどうだ?」
すぐにカッとなって掴みかかろうとする勢いの赤也を幸村は一言で黙らせる。
う〜と歯を食いしばりながらムズムズと肩を竦めて立ち上がる赤也は「んじゃそうするッス。」と一言告げて食堂の扉を目指した。
それをきっかけに次々と食堂を出て行く他の部員達を見送りながら
御影咲の肩を抱いたままだった幸村はそっとその手を退けて、先ほどまで柳が座っていた椅子に腰掛けた。
「咲ちゃん、少し、昔話をしようか。」
柔らかな笑みを浮かべてそう言った幸村に、御影咲は居た堪れずに視線を泳がす。
まだ残っていた丸井と宍戸、それに鳳、向日、忍足、不二の六人も黙って幸村へと視線を向けた。
「俺は最後まで隠し通すつもりだったけど、世の中そう甘くはないんだな。」
「……幸村君、それってまさか、」
「うん、限界、なんだろうね。 起こってしまった事を隠し通すのって、簡単なことじゃないから。」
苦笑いを浮かべた幸村を見て、丸井は噛んでいたガムを包み紙へと吐き捨てた。
かち、こち、かち、
時計の進む音が虚しく食堂内に響き渡る。
夜は、まだまだ続きそうだなと、向日は大きな欠伸を零した。
***
ある日、彼女は交通事故で死んだ。
死因、事故死。
だけどそれが事実、自殺であると知っているのはたぶん、俺達立海大附属中テニス部内だけだろう。
そして、その原因が虐めであるということも。
ただし、その虐めが意図的に仕組まれたものであると知っているのは俺と、赤也、それに幸村だけ。
他の奴らはきっと知らない。
アイツがあの一言を言ったがために彼女が自殺に追い込まれただなんて。
丸井なんかはよくアイツのことを気に食わないとか言ってた覚えがある。
それでも知らない。
アイツが何故ああやって他人を犠牲にしてあのような姿勢を貫いているのかも。
俺だって、知らなければ他の奴らと同じようにアイツのことを白い目で見ていたのかもしれない。
でも実際、俺は知ってしまったから。
あの時、アイツの秘密を知ってしまったから、だから俺はあの日からアイツを見る目を変えてしまって、
気が付けば支えてやらなくてはいけないという正義感まで生まれてくる始末。
『言うな!!』
『言わん。』
『絶対に…絶対に誰にも言うな!! 言ったらお前っ…』
『言わんちゅうとるんに、信じんしゃい。』
『……ホントだな?』
『ああ、言わん。 男同士の約束、じゃな。』
『もし誰かに言ったりしたらお前…殺すぞ。』
『……ああ、肝に銘じとく。』
必死だった。
アイツのあんな目を見たのは初めてで、アイツだってあんな顔が出来るのだと、
初めて人間らしさを見出した気がして、気が付けば震えるアイツの手を取っていた。
『大丈夫、俺はお前に協力してやるから。 泣くな。』
撫でてやった頭が、あまりにも自分よりもちっぽけに思えて。
『……、』
『、?』
『アイツしか、も、ダメなんだっ、アイツしかっ!!』
『落ち着け棟田、誰じゃって…』
震える声で、視界の定まらないあの不安定な瞳。
まるで、自分を見失った子どものように、必死に、何かに縋りつこうとするその姿。
アイツは涙を拭うこともせずに俺の腕に爪を立て、震える体を支えもせずに掠れた声でこう言った。
『……お、れの、たった一人の、存在証明…』
。
理解してやれなんて言わない。
その手を取ってやれとも、愛してやれとも言わない。
ただ、アイツのことを忘れないでやってくれ。
どんな形であっても良い。
その記憶の片隅に、アイツの存在を焼き付けて、忘れないでやってほしい。
それが、アイツが望む、たった一つの願い。
***
「ん…」
眩しい。
太陽が直に俺の視界に入ってきて、あまりの眩しさに目を細める。
湿った体に、背中からもかなりの湿り気を感じる。
それにしてもここは何処じゃ、と少しダルイ体を起き上がらせて頭をポリポリ掻いた。
「……ああ、そっか。」
隣でうつ伏せに倒れているの姿を視界に捉えると、俺は迷いもなくソイツを抱きかかえて立ち上がった。
明らかに熱を出しているの息遣いは少し苦しそうで、昨日の俺とは全く正反対じゃの、と
痛む足を我慢しながら一歩前へと歩み出た。
昨日記憶が途切れた場所とは風景が違っていて、俺が記憶を失った後もコイツは俺を抱えて
一人であの雨の中歩いて帰ろうとしていたことが窺える。
(まったく、無茶しよるの…)
半ば呆れながらも起きる気配のないを抱きかかえて一歩、また一歩と覚束ない足取りで進む。
足が痛いのと、俺もまだ熱が完全に下がっていないという最悪のコンディションで進むペースもかなり遅い。
そろそろ限界かと思った時、目の前が真っ暗になって手元の重みがなくなり、途端に軽くなった。
「……こっち、です……」
視界を遮ったのはあの跡部の後ろをいつもちょこまかとついて歩いている樺地とかいう男だった。
樺地は若干疲れた顔色をしながらも俺が抱きかかえていたはずのを肩に担いで道案内を始めた。
呆気に取られた俺は歩き出した樺地の背中をぼんやりと見つめながら、
その背中がやや濡れ気味だったことに気づき、一晩中俺達を捜してくれていたことを察した。
「…すまんの。」
「…………いえ、……無事で…何より…です。」
「ええ奴じゃの、お前さん。 さすが跡部とずっと一緒におれるだけあるのう。」
ククッと軽く笑う。
相変わらず樺地は無表情のまま前だけを見つめて歩き続けている。
これ以上の会話は無用だと、俺もそれ以上は何も言わなかった。
段々と見えてくる宿舎。
泥だらけ、というよりは乾いた土がついた頬を少し手で拭い、
真田にでも一発殴られる覚悟で歯を食いしばって瞳を閉じた。
わかってる、自分がやっていることは正しくないことくらい。
それが世間一般では認められないくらい、重大なことだったことも、全部。
たとえ周りにどんな目で見られようとも、どれだけ非難を浴びようとも。
ただ俺はアイツが気が済むようにやってやりたかっただけ。
たった一人の理解者になってやると、そう決めたから。
「仁王先輩!!」
驚いた表情で駆け寄ってくる赤也に俺は苦笑いを返す。
その奥で他のメンバーが勢揃いして立っている。
樺地が携帯を閉じると、そこで漸く俺は事の成り行きを理解した。
(跡部と連絡取っとったんか…)
何となく樺地が迎えに来た時から薄々気づいてはいたが、
こうもタイミングよく全員が正面玄関に集まっているとなると、
アイツらは捜索を樺地一人に任せて自分達は先ほどまでちゃんとテニスをしたようだ。
その証拠に走ってきた赤也の額には薄っすらと汗が滲んでいて、服装もちゃっかり練習着だ。
「………仁王。」
全員が俺との姿を見て眉をひそめる。
幸村と目が合って、低い声で名前を呼ばれた。
「仁王!!」
本当はここで全員に頭を下げて謝ろうと思っていた。
だけど、そんな俺の思いとは裏腹に、熱を帯びた体は言うことを聞かなくて、
俺は重力に逆らえずにそのままその場に崩れ落ちた。
朦朧とする意識の中、心配そうな表情を浮かべたジャッカルと丸井の姿が目に映って、
(こんな俺でも、まだ心配してくれる奴がおるんじゃのう、)
なんて思いながら、俺は口許に笑みを浮かべて瞳を閉じた。
俺はアイツと、何処か自分と重ねて見ている部分があった。
寂しさを上手くコントロールすることを知らなくて、独りが怖い。
それを誰かによって埋めてもらおうと、必死で誰かにしがみ付く。
そんな中、という人物を俺は何処か誤解していたのかもしれない。
彼女は、アイツの存在証明でも、特別な少女でも何でもない。
ただ一人の、人間だった。
何をやっても赦される物語の中のヒロインでも何でもない、ただ普通の人間だったのに。
俺は何処か勘違いをして、彼女の強さに甘えていたんだ。
2008.02.04 加筆修正