君が教えてくれたモノ

 

 

 

 

久々に触れた優しさが、すごく嬉しかったんだ。

でも、これ以上踏み込んでなんてほしくないんだ。

 

 

 

 

 

ちゃん何で岳人の体操服なんて着てんの?コスプレ?」

 

 

 

部室のドアを開けると、ジャージに着替えてソファーで寛ぐジローの姿が真っ先に飛び込んできた。

くわえていたポッキーをパキンッと音を立てて折る。

そして何故かピンクのDSを片手に持ったジローが首を傾げながら体操着姿の私を見上げていた。

・・・・え、コスプレ?

 

 

 

私は今日、向日岳人から借りた体操着を身につけた状態のまま残りの授業を受けた。

三つ向こうの席から心配そうに小百合が見ていたけれど、私はただ真っ直ぐに黒板と睨めっこしていた。

一列飛んだ斜め後ろからは絶えずぷぷっと人を馬鹿にしたような滝萩之介の笑い声が妙に耳に障ったが、これは完全に無視

 

しかし休憩時間になると、一応理由は気になったのか、わざわざ私の席の前までやって来ては

彼特有の話術と威圧感により、見事に全てを吐かされた。 マジで容赦ないよアイツ。

みんなが制服を着用している中、ひとり体操着なのはやはり相当浮いていたらしく、

授業が終わるたびに先生にも事情を聞かれたけれど、全て「水道が突如爆破しました。」と答えて逃げた。

 

そして今に至る。

 

 

 

、今日頭から水かけられたんやって? とんだ災難やな。」

「ええ、そうなんですか!? ああ、だから体操服を着ているんですね…。」

 

 

 

靴紐を結びながらやけにニヤニヤ顔の忍足侑士。

若干オーバーに驚きながらも納得したように頷く鳳長太郎。

忍足侑士の奥で妙にチラつくニッコリ顔の滝萩之介がネクタイを解きながら私に微笑んできた。

こンのお喋り!!!

 

 

 

「そ、だから偶然その場にいた向日岳人が貸してくれたの。 サイズピッタリだしね。」

「へ〜てっきり俺、ちゃんが岳人のこと好きすぎて勝手に岳人のロッカーからパクって着ちゃってんのかと思っちゃった。」

「勘違い甚だしいよ君。 張り倒すよ。」

 

 

 

ソファーの上でゴロゴロしながらDSをピコピコと弄るジローを見下ろし、乾ききった笑みを零す。

何だか気分的に涙がちょちょぎれそうだった。

 

 

 

「それにしても災難だったな、お前。 大丈夫なのかよ。」

「……ッやっぱりアンタが一番いい奴だよね! ってか普通だよね!

「はあ?」

 

 

 

そう、それだよ。

私その言葉が聞きたかったのよ!

普通は真っ先にその言葉が出てくるはずでしょ!?

第一声は大丈夫だった?って聞くのが普通でしょ!?

何でドイツもコイツも人をおちょくった言い方しかできないのかなこの人で無し共!!

 

はあ…と溜め息を吐きながら机の上に転がっていたポッキーを一本口にくわえて肩を落とした。

誰のだろ、ジローのかな。

「チョキッ!パーッ!」と何やらゲームに夢中のややテンション高めなジローの欝陶しい声が私の背後から絶えず聞こえてくる。

 

………頭鍛えてんじゃねえっつの。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

結局私はみんなに貶されながらも向日岳人の体操着着用のまま部活に参加。

ふざけて「向日君」と呼んでくる鬱陶しい奴も中にはいたけど、そういった奴は完全にシカトモード突入。

特に忍足侑士とかいう奴ね。 アイツ本当しつこいの。

 

そして今の私は休憩に入った人から順番にボトルとタオルを配り歩く。

 

 

 

「はい、宍戸亮と鳳長太郎君。」

「お、悪いな。 サンキュ。」

「ありがとうございます!」

 

 

 

休憩に入ったばかりの二人にドリンクがたっぷり入ったボトルとタオルを手渡し、ふう、と息を吐いて凝った肩を解した。

宍戸亮と鳳長太郎君はボトルとタオルを受け取ると、それを持って二人してベンチへと戻っていく。

その背中を眺めていると、すぐ近くから聞こえてくる向日岳人とジローが戯れているやけに楽しそうな声。

時折バシャアッという思い出すのも嫌な水音が聞こえてくる。

 

おいおいおいおい。

いくら休憩中だからって水風船で遊ぶなっての。

何歳でしゅか君達は…。

 

かろうじて救いなのは今、跡部が生徒会で不在だってこと。

もしこの場にいたなら即ボッコボコだからねコイツら。

むしろしてくれて構わないけどさ。

 

 

 

「やーだ忍足君ー。 それ冗談でしょ〜?」

 

 

 

突然聞こえてきたキャハハという甲高い笑い声が耳に障る。

聞き覚えのある笑い声に視線を向けてみると、

そこにはフェンスを挟んで楽しそうに談笑している休憩中の忍足侑士と、彼のクラスメートっぽい女子生徒が数人いた。

忍足侑士は時折さっき渡してあげたドリンクで喉を潤し、笑いを零しながら相手の女の子と何やら楽しそうに話をしていた。

 

 

 

ちゃんちゃん!」

 

 

 

そんな忍足侑士を少し離れた場所からぼんやりと見つめていると、

向日岳人とコショコショ話をしていたジローが水風船を両手に私の元へとやってきた。

女の子の笑い声がまた、高らかにコートに響く。

 

 

 

「はい、これ持って。 俺に力いっぱいぶん投げていいよ〜。」

「は?」

「避けないから大丈夫! さあドンと来い!」

「ちょ、意味わかんないんだけど…。 何なの、君…。」

 

 

 

無駄にテンションの高いジローは両手に持っていた水風船の三つのうち、二つを私に手渡して、私から少し離れる。

何がなんだか全くわかんない私が手渡された水風船を投げられずに戸惑っていると、

いつ来てもいいように身構えているジローが「早く〜!」とか言いながら四肢をバタつかせていた。

それでもやはりこの水風船を彼に投げ付けていいものかと、目を瞬かせてその場に立ち尽くしていた。

すると、そんな私を見て、ジローの動きがピタリと止まる。

 

 

 

 

 

「………早く投げろよ貧乏女。」

 

 

 

 

 

突如、低く聞き捨てならない台詞がボソリと呟かれる。

あれ、今のって……え、ジロー?

誰が貧乏って? え、私?

貧乏女って………私のこと?

 

まさか、私のこと?

 

 

 

 

 

「その喧嘩買ったぞこんのやろーーーーーーーー!!」

 

 

 

 

 

ぶちりと綺麗に切れた血管。

その勢いに任せ、力いっぱい水風船をぶん投げる。

するとジローはそんな水風船を綺麗にかわした。

目的の人物に当たらなかったそれは当然のことながら勢いを持ったままジローの背後へと一直線。

ガシャンとバチャッと「きゃあ!」と「うわっ!」って声が聞こえて思わずやっちゃったと固まる私。

水風船は真っ直ぐフェンスにぶつかって破裂し、そこでお喋りしていた女子生徒と忍足侑士に見事命中。

途端に鋭い視線が私を貫いた。

 

ってか避けないっつったじゃんジロー君!

 

 

 

「ちょっと何ー!? 最悪なんだけど!」

「やだ濡れたー! マジありえない!!」

「え、誰々!? 誰がやったわけ!? ふざけないでよマジで!!」

 

 

 

さっきの甘い声とは打って変わってものすごくキーキーとした非難の野次が私を責める。

私は俯いて目を泳がすしか他なかった。

ごめんなさい。 やったの、私です…。

 

女子生徒の鋭い目つきが、縮こまった私を捕らえ、再び野次が飛び交う。

 

 

 

さんマネージャーのくせに何遊んでんのよ! 仕事しなさいよ!!」

「顔濡れちゃったじゃない! 化粧落ちたらどーしてくれんの!?」

「よく言うぜ。 お前らなんてコイツの頭から水ぶっかけたくせにさー。」

 

 

 

ぴたりと野次が止まり、さっと顔が青く変わっていく女子生徒達。

いつの間にか私の隣に立っていた向日岳人が水風船を軽く上へ投げながら冷たく言い放った言葉。

それに驚いたのは彼女たちだけでなく、私もだった。

 

え、この子たちが私に水を…?

 

 

 

「む、向日岳人……?」

「自業自得だろ? ちょっと濡れたくらいで文句言ってんじゃねえっての。 それとも、頭からかけられてぇの?」

「え、じゃあやっぱり…この子達が私に水をかけた……」

 

 

 

状況がいまいち理解できていない私は戸惑いながら向日岳人を見つめる。

向日岳人はこっちを見ずにただ、押し黙る女子生徒達に睨みを利かせていた。

そして、さっきまで黙って事を見守っていたジローも女子生徒達に向き直る。

こっちからじゃ見えないけれどたぶん相当な顔をしているんだと思う。

だって今ものすごく顔引き攣ったもんこの子達。

 

 

 

「俺さ、そういう陰湿なの大っ嫌いなんだよねー。 すんげー目障り。」

 

 

 

ヒッという上擦った声を上げて女子生徒達は一歩後ずさった。

なおも私からは表情は見えないが、ジローが背中に嫌な空気を纏っているのがわかった。

この子……怖いよ。

 

 

 

 

 

「二度とコートに近寄んないでね。 ドブス。

 

 

 

 

 

妙に明るくはっきりと発せられた台詞。

ジローから出たとは思えないドスの利いた言葉に、女子生徒達はとうとう完全に真っ青になって速足でその場を駆け出していった。

その後ろ姿を最後まで見送ると、満面の笑みを浮かべたジローが振り返った。

もう先ほどの目と耳を疑うような空気は纏っていない。

やばい、私今かなり動揺してる

目を合わせることができないんだけど…。

 

 

 

「ざまーみろだよな。 俺もああいう奴ら嫌い。」

 

 

 

向日岳人がしてやったりな顔をして笑う。

何だかその笑顔を見て、ふっと肩の力が抜けた気がした。

本当に今日は助けられてばかりだ、私。

 

 

 

「さ、岳人! 続きやろ〜続き! 早くしないと跡部が帰ってきちゃうC〜!」

「よーしッ! びしょ濡れ覚悟しろよジロー!」

「て、ちょう待てよお前ら。」

 

 

 

再び水風船の投げ合いを始めようとしたジローと向日岳人に制止の言葉を投げ掛けるのは忍足侑士。

若干、前髪から垂れ落ちる水滴を恨めしげに眺めながら溜め息を吐いた。

あ、そっか、いたんだ……。

 

 

 

「事情はわかったけどやな。 俺まで水かかったやないか。」

「ごめん侑士! すぐ乾くって!」

「そーそーおっしー気にしすぎ。 ちまい。

「おいコラちまいて何やねんちまいて!」

 

 

 

忍足侑士の突っ込みを合図にして楽しそうな悲鳴を上げながら駆け出すジロー。

それを見て、忍足侑士も直ぐさま私の手から残りの水風船を奪い取り、走って逃げるジローを追いかけて行った。

 

 

 

「ほらお前も行くぞー、!」

 

 

 

呆然と立ち尽くす私の背中をバシッと叩いて笑う向日岳人を見上げ、私はこの日何度目かわからない「ありがとう。」を伝えた。

そして参加することなくまだ残っている自分の仕事に戻る。

……ってわけもなく、無理矢理半ば引きずるように連れて行かれて水風船合戦に参加させられた。

 

 

 

 

 

そしてこの日の部活後、私達は部室で待っていた跡部にこっぴどく怒られた。

いつ何処で見てたんだよこの俺様は!!

 

 

 

 

 

2008.12.11 加筆修正