君が教えてくれたモノ

 

 

 

 

私なんかにかまわないで。

私は君を受け入れることなんてできやしないから。

アイツにそっくりな君のことなんて、絶対に、できやしないんだから。

 

 

 

 

 

昨日の焼肉。

結局行く羽目になったが、最悪だった。

 

目の前で繰り広げられる焼肉バトル。

気を抜いたもんなら肉一枚も食えないだろう、正しく弱肉強食と呼ぶに相応しいガチンコ勝負だった。

 

まあ相変わらず跡部景吾はひとりで一つの網を使って悠々と食べてたけどね。

 

 

 

 

 

三枚ある網の内、右端が跡部景吾専用で、左端が滝萩之介、日吉若、鳳長太郎、樺地崇弘の安全地帯チーム。

そして真ん中の網が私、忍足侑士、芥川慈郎、向日岳人、宍戸亮のサバイバルチームだった。

私は不本意ながらに主役というだけで真ん中に座らされ、この熱き戦いに女一人で参加させられた。

両隣と前は常にギャーギャー煩いし、斜め前で黙々と我関せずで自分の肉を食ってる跡部景吾は最高にムカつくし。

開始20分にしてまだ肉一枚も食えないし。

 

これじゃ主役とかもう何も関係ないじゃん。

 

主役を優遇しないの? 持て囃してくれないの?

何これ。 さっきから私キャベツしか食してないんだけど……。

 

 

 

 

 

とまあこんな感じで私の思いが伝わるはずもなく、次々と消えていく肉にじんわりと涙を浮かべながら、私はひたすらキャベツを頬張っていた。

そんな私に気付いてか、焼いたばかりの肉をタレにつけながら跡部景吾が鼻で笑った気がした。

ムカつくこの上なかった。

 

結局私が食べれていないと気付いてくれたのはみんなが満足に腹を膨らませたあと。

残った肉を焦げた網の上(もう今さら取り替えるのは面倒だった)でひとりで焼いてひとりで食べた。

 

それでも残った肉は向日岳人の「持って帰れば?」ってな鶴の一声により、お昼に平らげた空の弁当箱に全て仕舞われることとなった。

それにちょっと満足しながらも焼肉パーティーは幕を閉じ、そしてやっぱり私は自分で料金を支払うことにした。

財布を取り出す私を見て「奢ってもらいなよ。」って声をかけてくれた滝萩之介の言葉におもいっきり高速で首を横に振る。

「借りを作るのが嫌だから。」と言って財布を開いたが不運にも千円しか入ってなかった。

どうして行く前に財布の中を覗いてこなかったのか大いに後悔しながらも、泣く泣くあとの二千五百円は跡部景吾に払ってもらうことに。

 

最初は跡部景吾に借りるのがどうしても嫌だったので一番言いやすかった宍戸亮や向日岳人に頼んだが即答で断られた。

アイツらってばさ、自分の分で精一杯なんだって。 ぷっ。

 

 

 

 

 

よって現在、私の財布には昨日の二千五百円が入ってる。

何故かって?

いつまでも借り作ったままなんて絶対に嫌だからよ!

すぐにでも跡部景吾に返却しなきゃ私は落ち着いて授業も受けられやしない!

 

そんな財布を大事に大事に卵を抱えるように懐に忍び込ませながら廊下を歩いている私。

きっと周りから見れば不審人物である事は間違いないだろう。

 

 

 

さーん。」

「!?」

 

 

 

バシャアッ

 

豪快に水を被る。

馬鹿正直に呼ばれた方へ振り向いた私は自分の軽率な行動を大いに後悔した。

あっという間に私は頭のてっぺんから爪先までびしょ濡れ状態。

そしていきなりの展開に身体が動いてくれない。

前髪から滴り落ちる水滴を恨めしげに見つめながら、水をぶっかけただろう女生徒の段々と遠くなっていく笑い声を聞いていた。

 

 

 

「あーマジ冗談キツイってば……。」

 

 

 

やっと意識がはっきりしてきたところで視線を胸元へ移す。

当たり前ながら大事にしていた財布もびしょ濡れになっていた。

きっとお札もさぞかし濡れたことだろう。

 

……チクショウ今の女マジ殺ス!!

 

 

 

「ぷっ、お前びしょ濡れじゃん。 何やってんだよバーカ。」

「……向日岳人。」

 

 

 

一部始終を見ていたであろう向日岳人は半笑いでびしょ濡れの私と水溜まりができた廊下を交互に見ていた。

タイミングがいいのか悪いのか………あーもうホント最悪!

周りからの視線は痛いわ笑い声は煩いわ。

私はいい恥さらしだった。

見世物じゃないわよバカヤロウ!

 

 

 

「お前風邪ひくぞ。 ここにずっといるつもりかよ。」

「わかってるけど…今頭が上手く働いてくれないの。 混乱状態…。」

「あっそ、じゃあとりあえず部室行こうぜ部室。 着替えねぇとな。」

「ちょ、待っ、向日!?」

 

 

 

いきなり手を引かれて思わずつんのめりそうになる。

周りからの視線が好奇心から鋭く尖ったものに変わり、居心地が悪くなった私はただ俯いて連れていかれるがままに足を動かした。

少し前方を歩く向日も前を向いたまま忙しく足を動かす。

やっぱり歩幅って男女じゃ違うもんなんだなーとしみじみ思った。

 

 

 

「とりあえず着替えなきゃな。 体操着は?」

「え、持ってない、けど……。」

「マジかよ! ってあ、そっか…わり…。」

 

 

 

キュッキュッと上履きが廊下と擦れて音を立てる。

どうしてそこで謝るのかと不思議に思いながらその音を聞いていると、ふと、気まずそうな向日と目が合った。

 

……ッフ、まさかね。

 

 

 

「たぶんわかってるだろうけど! 今日は体育がなくて持ってきてないだけだからね!

「え、あ、そうなのかよ! なーんだ俺てっきり体操着も買えないんだと……ごめんなさい。

 

 

 

泣く子も黙るような鋭い目で睨み付けると、向日は顔を引き攣らせて謝った。

 

 

 

「あーっとじゃあ俺の着る? 部室にあるから。」

「え?」

「今日俺のところも体育ねえし。 洗ってねえけどそのままよりマシだろ。」

 

 

 

体型だってそんな変わんねえしな!なんて笑って言うけれど、悔しくないのかな。

私と変わんないって…それって男としてどうかと思うけど…。

普段はそういうのすごく気にしてそうな向日だけど、今は気づいていないようなので一応黙っておくことにした。

変なところ突っ込んで機嫌悪くされたらなんか面倒だし……。

 

 

 

「とりあえずはコレとコレに着替えればいいだろ。 ほいっ。」

「うえ!?っと、……ありがとう。」

「おう、気にすんな。 あ、洗って返せよ。

 

 

 

部室についたと思ったら即行で自分のロッカーから体操着の上下を取り出し、私に体操服の上下を投げ渡した。

それを受け取ると、確かにほんのり土色をした体操着だったため、洗ってないというのが目に見えて分かってしまった

しかもいい具合に洗濯を押し付けられた気がする。

 

 

 

「タオルは?」

「今手ぶら……。」

「じゃあコレも。 ほらよ。」

「……ありがとう。」

 

 

 

今日の部活で使うつもりだったんだろうタオルも続けて投げ渡される。

落とすことなくそれを受け取り、何処で着替えようかと辺りを見渡す。

そんな私に気づいた向日が「あ、」と声を漏らし、振り返って部室の奥のドアを指差した。

 

 

 

「あっちのトレーニングルーム使って着替えれば?」

「トレーニングルーム……なんてあったっけ?」

「知らねぇのかよ。 シャワー室もあるぜ。 別に使ってもいいし。」

「えっと、シャワーはいいや。 じゃあ着替えてくる。」

「おう。」

 

 

 

そうと決まればさっさと濡れた制服を脱ぎたかった私は言われた通りトレーニングルームへと入る。

トレーニングルームはそれはもう素晴しいほど贅沢で

部屋中鏡張りなうえに、あらゆる種類のトレーニングマシーン。

絶対これ週に一回使うか使わないかでしょ。

ほんっとに宝の持ち腐れだこの部活は。

 

 

 

「ちっ、世の中って不公平……。」

 

 

 

私の虚しい独り言もさることながら、向日の体操着へと着替え始める。

タオルで身体を適当に拭って水を含んだ下着をタオルの上できつく絞る。

下着はそれほど濡れていなかったにせよ、湿っていて気持ちが悪い。

あーあ、今日一日こんな気持ち悪いままで授業受けなきゃいけないのか、と思うと気分が滅入った。

 

なんとか着替え終わった私は髪をタオルでぐしゃぐしゃと拭きながら部室へと続くドアノブを捻って開けた。

そこで視界に飛び込んできたのはちょっと信じ難い光景。

え、ここってさっき私がいた部室ですよね?

 

 

 

「えーっと、どこやったっけなー。」

 

 

 

なんて言いながらロッカーを漁る向日岳人の姿。

向日のロッカーから次々に溢れ出て来る遊び道具(だろうね、絶対。)に私は目を丸くするしか他なかった。

足元には先ほどまではなかったはずの玩具の数々。

一体何処から出てきたんだコレらは。

水鉄砲とか剣玉とか一体何に使うんだろう。

 

 

 

「あ、あった! コレだコレ!」

 

 

 

バッと、嬉しそうに振り返った向日の手に握られていたのは、

 

 

 

「……水風船?」

 

 

 

俗にいう、水風船という名の風船の中に水を入れて遊ぶものだった。

懐かしい。 昔はよくコレを投げては遊んだものだ。

 

 

 

、後でこれに水入れるの手伝えよ!」

「…はあ?」

「どうせなら楽しくやってやろうってな。」

 

 

 

ニッと口角を上げて笑う目の前のオカッパ少年に、私はただただ目を瞬かせるだけだった。

 

 

 

 

 

そんな優しさ、私は求めてなかったのに。

気づいたら、もう、それはすぐそこにあったんだ。

 

 

 

 

 

2008.12.07 加筆修正