君が教えてくれたモノ
みんなすぐにお金お金って……
私はただ、平凡に過ごせたらそれでよかったんだ。
『うちにはお金がないんだから我慢しなさい。』
これは母親の口癖でもあった。
私だって一家庭の娘だ。
小さければアレが欲しいコレが欲しいと駄々だってこねる。
しかし、その度に母親は眉を引き攣らせて同じ言葉を口にした。
物心ついた時から既に家にはお金はなくて。
家のローンもまだ何十年と残ってて、家計簿は毎月赤字。
別に明日のご飯も危ういとかそんな時限ではないけれど、たぶん一般家庭よりはかなり貧しい家だと思う。
そりゃお金がない以上、人よりは我慢しなきゃなんない箇所は多いわけで、なるべくお金が出ていかないように節約だってしてる。
だけどたまに夢を見て宝くじを買ってみたり。
………まあ当たらないけどね。
そして今、私が抱く疑問にそんな事は関係ない。
私、どうしてそんな虚しい家庭事情を死んでも理解できなさそうな大嫌いなコイツらにわっざわざ説明させられているんだろうか。
しかも何で正座なの?
アナタたち授業は?
……ああ、なんだか泣きたくなってきた。
「で、何でそんなに貧乏なの?」
涙目で笑いを堪えながら(と言ってもさっきまでは腹を抱えて笑っていた)滝萩之介は私に問う。
その脇でも似たような奴らが遠慮もなく笑い転げていた。
「何でって聞かれても……
生まれた時からそうだったんだから説明しようないでしょうが!!」
弾かれたようにまた笑いが沸き起こる。
ああ、何でこんな事になったのかな。
本当に一番バレたくなかった奴らにバレてしまったものだ。
……いい加減コイツら張り倒したいわ、本当。
はあ、と深い溜め息を吐くと、笑いを押し殺してひーひー言っている忍足が半笑いの表情で私の名を呼んだ。
さっきからコイツが1番笑ってる気がする。
「じゃあ何で氷帝なんか通ってんねん。 学費バカならんやろ?」
「あー俺わかった! あれだろ!? 玉の輿!」
「他人に縋ろうって魂胆かよ。 激ダサ。」
私が答えるはずの質問にあっさり答えちゃう向日。
宍戸が呆れたように溜め息を吐いて哀れんだ瞳に私を映した。
悔しいけど言い返せないからつくづく私は可哀相。
あの日、入学案内を手にして母親が私に言った言葉が『氷帝はお金持ちが通う学校なのよ、ここに入学決定ね。』だもんね。
くそっ、恨むよお母さん!
「そういえば、最悪友達にでも金持ちがいれば何かあった時に役立つだろうってお母さんが……。」
「友達いねぇじゃんお前。」
「あーそーですね!! ついさっきいなくなりましたよハハハハハ!!」
「あ〜あ〜岳人のせいで自棄になっちゃったよちゃん。」
ヤケクソに笑っている私を見て、芥川にどうすんだよって視線を向けられた向日は
悪びれもなく笑いながら何か思い付いたように声を上げた。
「じゃあお前跡部に歯向かったの失敗だったんじゃん?」
「いや、牛乳かけた時点でアウトだろ。」
「そうか、1番媚売らなあかん相手にやってもうたんやな! 自分ほんま笑かしよんな!」
バシバシと忍足に背中を叩かれ、イライラするのを抑えて握りこぶしを作って俯いた。
どうやら我慢の限界なのか、滝萩之介がまた高らかに笑い声を上げて爆笑し始めた。
なんだか今なら殴っても許される気がする。
「お母さんが勝手にそう言ってるだけで私はそんなつもり全くないの! 勘違いしないで!」
フンッと私がそっぽを向くと、そんなに怒るなよと言う向日の声が聞こえる。
が、その声も笑いが含まれてるってんだから、ぜぇったい振り向いてやんないっ。
一生笑って腹筋でも何でも割ってろバカ!
「まあ俺はのその悩みわかんなくもないけどな。」
「え?」
「出たで! 一般庶民宍戸!!」
「庶民って言うなコラァ!!!!!」
忍足に向かって怒鳴る宍戸を見て私は目を瞬かせる。
ああ、どおりで微妙に同じ匂いがすると思った。
私の目に狂いはなかったんだ、よかった。
「怒んなや」と苦笑いを浮かべる忍足にガンを飛ばし、宍戸は拗ねたように「お前らが異常なだけだ。」と言って視線をそらした。
「ねえ、宍戸亮のお父さんの職業って何?」
「親父? 学校の先生だけど?」
なんだ、この人本当に一般庶民だったんだ。
「な、何だよ!!! 文句あんのか!!?」
「いや、別にいいじゃんまだ一般なだけ。 私なんて下級なんだし。」
「……まあ氷帝には珍しいよな、お前ら。 って俺もだけど。」
向日が頭の後ろで手を組みながらそう言った。
それに続いて芥川慈郎も「オレもオレも〜」なんて言って手を上げる。
え、何?
案外、跡部フレンズは一般人だったりするの?
……でもやっぱり結局は一般なだけあって、苦労はしてなさそうだけど。
私にとっては一般だって羨ましいくらいなのに、何がそんなに不満なのだろうか宍戸亮は。
いいじゃん学校の先生。 公務員じゃん。
所詮この宍戸ですら氷帝にだって一応は余裕で通ってるんでしょ。
あーあ、羨ましい!!
「ま、とりあえずそういうわけでむしろ私は金持ちが嫌いなんです。」
「なんだ、僻みか?」
「半分は僻みで半分はまた違う理由です。」
「半分僻んでるんかいな。 何や自分素直なやっちゃなぁ…。」
フンッとまた鼻息を吐いて窓の外に視線を向ける。
そうだ、私は金持ちが大嫌いだ。
みんなみんな、アイツみたいに同じようなタイプばかり。
現にこの跡部だって同じだった。
大嫌い。 大嫌いなんだ。
『金で動くんだろ、お前。』
見下されるのなんて、もうゴメンだ。
「……ねえ、跡部。」
「あん? 何だ?」
とっくに笑いが治まっていて、いつも通りに戻っていた滝が跡部の名を呼ぶ。
私は我関せずで、膨れっ面のまま窓の外を眺めていた。
あー、早く授業終わんないかなー。
「を今度の合宿に連れて行かない?」
は?
滝の言葉をよく聞き取れなかった私は、窓の外からゆっくりと視線を奴らに戻す。
みんな口元に笑みを浮かべて、さも名案とでも言いたげに私を見ていた。
……いったい、何を言ったんだこの男は?
「ほう、それはいいかもしれねぇな。」
「でしょ? 僕たまにのこと見てたんだけど…節約とか上手いし、マネージャー業に向いてると思うんだよね。」
「結構です私にお構いなく。」
「あーそうそう! 立海の奴ら可愛いマネージャーいるらしいじゃん! この前偶然会った丸井君に自慢された!!」
「マジかよジロー!! じゃあ俺らもマネージャー連れて行こうぜ!! くそくそ立海!!」
「あの、話聞きやがってくださいますかこの野郎共!!!」
立海って何!?
マネージャーって何!?
丸井君って誰!!?
勝手に盛り上がり始めた芥川と向日に喝を入れても私の存在なんて丸っきり無視。
宍戸は忍足と「そういえばもうすぐ合同合宿だったなー」なんて暢気に内輪ネタで話し出す。
言いだしっぺの滝はもう跡部と何やら計画を立て始めてしまったようで……
結局は誰も話聞く気ないんだこの人達。
「というわけで、合宿は来週の土曜からだから。 来週からはマネージャー業教わりに部活に来てね。」
「というわけでの前の部分を聞かされてない上に勝手に決めないでね。」
「……しょうがないなぁ、跡部、いいよね?」
「ああ、別にいいぜ。 俺様はな。」
全く聞き分けのない子どもだとでも言いたそうな視線を投げかけられる。
その瞬間、私の額に青筋が浮かんだ気がした。
この滝萩之介という男、
さっきからマジでムカつくんですけど。
何の了解を取ったんですかアンタは。
一体何がしょうがないんですか?
私のどこがしょうがないんですか?
ってか私、そんな合宿とか行ってる暇ないんですけど。
人の世話とかより自分の家の事で精一杯なんですけど。
あの、聞いてんのかな…ねえ、この聞かザル共めがぁあああああああ!!!
「、合宿参加してくれたらバイト代として金一封くらい出すけど、どうかな?」
「あ、そう? じゃあやる。」
単純明快な私の即答にまたスイッチが入ったのか、後ろの彼らは再び腹を抱えて笑い始めた。
本気でそろそろ誰かの腹筋が割れてしまうのではないのでは、という疑問が浮かぶ。
でも金一封だよ。
合宿参加しただけでお金貰えるんだよ?
行くしかないじゃんバカじゃないの?
「が頑張れば頑張るだけ浮いた部費をにバイト代として支払うから、節約頑張ってね。」
「任せといて!! 私そういうの学園一得意だから!! 朝飯前だから!!!」
「マジマジ!!? ちゃん何かわかんねぇけどカッコE−!!!!」
「コイツがこんなにやる気出してんの初めて見たぜ俺……。」
こうして、どういう成り行きかよくわかんないけれど、私、
一番縁がないと思っていた氷帝学園テニス部の合同合宿に参加することになってしまったみたいです。
無事、お金を貰えることだけが今はおおいに心配です。
『さあ、ゲームスタート……だよ。』
2008.11.18 加筆修正