君が教えてくれたモノ

 

 

 

 

許せなかった。

どうしても君の面影が、アイツの面影と重なって。

 

 

 

 

 

「小百合〜そんな奴放っておいて早くおいでよ〜。」

 

 

 

教室のドアの前で数人の女子が我が友、小百合を呼んでいる。

私の席の前で躊躇している小百合はどうしたらいいのかわからず行ったり来たり。

あの女子達はきっと私から小百合を遠ざけたいだけなんだろうけど……

 

だったら私が言ってあげるべき言葉はただ一つ。

 

私個人の問題で小百合を巻き込むわけにいかない。

あそこに行って小百合が巻き添えをくわなくて済むのなら……

そう考えた私は、私のことを心配そうに見下ろしている小百合に笑顔を見せた。

 

 

 

「行っておいでよ、小百合。」

「え、どうして!!? だってそれじゃが……!!」

「アンタまで虐められることないじゃん。 あっち行ってたら安全だし……私は大丈夫だから、ね?」

「やだ!! 私はといたいよ!!」

「小百合、お願い。 私はアンタが虐められる方が辛いの。 わかって?」

 

 

 

小百合はぐっと言葉に詰まると、私の気持ちを理解してくれたのか、目にいっぱいの涙を浮かべて渋々だったけど頷いてくれた。

ひとりが苦しくて泣きたくなった時は絶対私を呼んでね、ごめんね、と言って小百合は私の元を去って行った。

 

きっと小百合は本当にあのグループに行きたくなかったんだな、と立ち去る時の小百合の顔を見てわかった。

ごめんね、小百合。

だけどこの場合仕方が無いことだから……私はアンタを巻き込みたくないの。

だからね、今日まで一緒にいてくれたことに感謝してるよ。

 

(ありがとう、小百合。)

 

小百合達が去って、教室はシンと静まり返り、私も移動教室の用意を始めた。

今日から本格的に一人ぼっちってわけか。

きのう跡部に牛乳をかけて靴箱の前であんな勢いよく怒鳴って、ファンの皆様の怒りを買わないわけはなかった。

 

 

 

それにしても……

跡部景吾、アイツ何のために部室まで連れて行ったんだ?

 

 

 

正直の話、あれ、無意味に近かったよね。

まあキスシーンを公の場で見られなかったことだけが幸いだったわけで……。

 

ん? 結局は部室でよかったのだろうか?

いやいやいやいやいや、やっぱり無意味だったよね? あれ?

……てか結局何で私キスされたんだっけ?

 

 

 

 

 

「はは、唯一のお友達もいなくなっちゃったね。」

 

 

 

 

 

突如、聞こえるはずのない声が背後から聞こえて思わず肩が飛び上がった。

振り返れば、面白おかしそうに笑っている同じクラスの滝萩之介がいた。

途端に自分の顔が引き攣るのがわかる。

 

うっそ、見られてた……。

 

焦る気持ちとは裏腹に何とか平常心を保とうと、前を向いたまま髪を掻き上げる。

そして一度だけ小さく深呼吸をして言った。

 

 

 

「いいの。 巻き添え食らわすなんてゴメンだもん。 私ひとりでも大丈夫。」

「へ〜やるね〜。」

 

 

 

感心したように机に肘をついて私を上目遣いで見上げてくる。

何、なんで早く移動しないの?

さっさと授業に行きなさいよ。

そんな私の心の叫びも虚しく、滝萩之介は貼り付けたような笑顔で私の少し伸びた髪をちょいちょいと引っ張った。

 

 

 

「なに? 何か用なの?」

「あのさ、前から気になってたんだけどってさ……」

 

 

 

そこまで言って髪を離す。

フッと笑った奴の口元の形が次の言葉を紡ごうとしたのを見て、私の本能がヤバイと告げた。

スローモーションのように動く口元。

ここまでくるとこの続きは絶対ッ……―――――――

 

 

 

「びん「いやぁああああああああああああああああ!!!!」

 

 

 

教室に私の叫び声が響き渡る。

滝萩之介は咄嗟に耳を押さえ、目を閉じてうるさそうに顔を歪めた。

 

あ、危な……

危うく耳障りな単語が耳に入るところだった……

じゅ、寿命縮まっちゃったよ……

 

 

 

「ちょっと煩くてムカついたけど、その反応は図星ってことなんだ。」

「な、え!? ねえ滝萩之介君、どうしてそんなこと急に……!!」

「うん、なんとなくたまに見てて思っただけ。」

「み、見てただけって、……ずいぶん観察力に優れていらっしゃる。」

 

 

 

 

 

滝萩之介はただひたすら笑顔を浮かべていて、何を考えているのかなんて全く分からない。

どうすればいい?

どうすればこの難関を乗り切れる!?

今日までこの秘密を小百合以外の誰にも話したことも無ければ誰にもバレてなどいなかった。

今この滝萩之介を口止めするか……諦めてこの秘密を全校生徒にさらけ出すか。

卒業するまで何事もなく温和に過ごしたかったから黙ってはいたものの、虐めの対象になってしまった今、もうこれも無意味だ。

どの道、最悪な事態になってしまってる以上、隠さなくてもいいのかな……。

 

若干諦めモードに入っていた私の頭にふと、大嫌いな笑みを浮かべたアイツの姿が浮かんだ。

 

 

 

「あの滝君?」

「ん、なに?」

「このこと、黙っててくれる?」

 

 

 

その言葉を予測していたかのように滝萩之介はニッコリ笑う。

彼の素敵とは言いがたい無言の笑みに、私の背筋には一筋の汗が流れ落ちた。

 

 

 

 

 

「でももうみんな聞いてるよ?」

 

 

 

 

 

みんな。

滝萩之介が指す みんな とはどの みんな なのだろうか。

言わずもがな、たぶん私の予想は当たってる。

当たってほしくないけど百発百中で当たってる。

 

出来れば外れてほしい嫌な予感がして、振り返る。

そこには堪えていた笑いを今、とでも言わんばかりに腹を抱えて笑う氷帝学園テニス部レギュラー陣(3年)が揃いも揃っていた。

 

今日初めての殺意が芽生えた瞬間だった。

 

 

 

「あーヤベッ! 腹筋割れる!!!」

「マジマジ!? ちゃんってそうだったの!?」

「ほんま自分ないわー! 笑かさんとってくれるか!? ちょ、ほんま腹捩れそう!!!

 

 

 

向日岳人、芥川慈郎、忍足侑士。

笑うのをヤメロ。

 

 

 

「お前って……そっか、そうだったんだな。」

「ね、僕の言った通りだったでしょ? は絶対び「ぎゃぁああああああああ!!!!!」

 

 

 

再び耳障りな単語を発せられそうになったので思わず本能で叫びを上げてしまった。

それがまたツボにはまったのか、向日芥川忍足は揃いも揃って腹を抱えて再び笑い始めた。

ぴきっと私の額に血管が浮かび上がったのなんて鏡を見なくてもわかる。

それはそうと、宍戸亮。

 

そんな哀れんだ目で私を見てんじゃないわよ!!!

 

そりゃ私は残念な人間だけれども!!

テニス部の奴らにだけは哀れまれたくもないわ!!

どうせみんな金持ちなんでしょ!! 跡部フレンズだものね!!

私の苦労なんて死んだって分からないくせに!!

だから、だから私は跡部景吾率いるこの氷帝学園テニス部の連中が大嫌いなのよ!!!

 

 

 

「いちいち大声出すなよ、鼓膜が破れるだろうが。 アーン?」

 

 

 

私がキッと睨み返すと、喉の奥でクツクツ笑う跡部景吾が私の目の前に姿を現した。

さーて、宿敵のご登場だ。

私の人生最大ともいえる天敵、跡部景吾。

視界に入ってきただけで死ぬほど吐き気がするわ。

 

 

 

「よう、ちゃんよ。」

「……関わらないでって言ったでしょ。」

「連れねぇな。 いいじゃねぇか。 キスした仲だろ?」

「あんな一方的なものは私の中でカウントされてません残念でした。」

「ククッ、昨日は認めてたじゃねぇか。 なあ、」

 

 

 

 

 

貧乏なちゃん?

 

 

 

 

 

最後にこの大嫌いな奴の口から紡がれた言葉。

私にとって耳に入れることすら許されない大嫌いなこの単語。

ずっとずっと隠してきたこの事実。

 

貧乏。

 

この言葉を発した罪は重いわよ、跡部景吾。

 

 

 

「……っさいのよ。」

「そう睨むなよ。 事実だろ。」

 

 

 

許さない。

絶対に許さない。

 

 

 

 

 

捻り潰してやる!!!!!!

 

 

 

 

 

こうして私と跡部景吾率いる氷帝学園テニス部の連中との新たな戦いの日々が幕を開けた。

 

 

 

 

 

2008.11.17 加筆修正